File11.先輩の言葉
昨日、俺は新人時代にお世話になった先輩にアドバイスを貰いに行った…。
だが、俺が期待していたような答えは貰えず、拍子抜け状態となった。
〈何とかならないから聞いたのに…俺に何ができるんだ…全く…〉
そんなことを思いながら家を出ようとすると、じっちゃんが湯呑を啜りながら話しかけて来た。
「楽、あんまし思い詰めるんじゃねーぞ。無い頭で考えても無駄じゃ、無、駄!!」
「うっせー!!俺だってわーってるよ!!」
「おめーさんがどう関わるか、どう向き合うかが大事じゃ」
「…向き合うか…」
「ほれほれ、とっとと行かんかね~」
「行ってきます!!!」
勢いよくドアを開け、俺は家を出た。
まだ4月の終わりなのに、日差しが肌に突き刺さるような痛みを覚えた。
俺の足取りはかなり重く、病棟に向かうのが億劫になっていた。それもそのはず…。今日からまた1週間みっちりと1年目との仕事が待っているからだ。
〈仮病使って休みてーわ…まじで〉
憂鬱な気持ちのまま歩いていると、俺とは真逆の面持ちでやってくる
俺を見つけた陽キャは、手を振りながら近づいてきた。
「佐久山せんぱーい。おっはようございま~す!!」
「…おはよ…」
「えっ、テンション低っ!!今週始まったとこっすよ」
「原君…君は相変わらず元気だねぇ。その元気、分けて欲しいよ…」
「俺から元気を取ったら、何にも残んないですよ~」
「………そうだね」
「いやいやいやいや、待ってくださいよ~永遠そのテンションですか、もっと上げてくださいよ~」
今の俺に、陽キャを相手にする力はなくトボトボと職場へと向かったのだった。
〈精神的にきてるな…休みが欲しい…酒飲みてぇ…〉
ロッカーへと荷物を入れ、休憩室から出ようとドアノブを手で掴み、手前に引こうとした瞬間———、ドアは勢いよく俺の額に激突してきた。
ゴンッ―—。
鈍い音がした同時に、俺は痛みのあまり、その場に
「なんかすごい音しました…」
そう言いながら恐る恐る扉を開けたのは、これまた1年目の西口さんだった。
俺の姿を見た西口さんは、俺と目線が同じになるように屈み、心配そうに顔を覗き込んできた。
「…佐久山先輩、大丈夫ですか…」
「…大丈夫。ちょっとでこが痛いだけ」
「おでこ…あっー!!」
「おいっ!!急にでかい声出すな!!ビビるわ!!」
「すいません!!ちょっと待っててください」
パタパタパタ―—。
勢いそのまま足音は消えて行った。
しばらくすると、何人かの声が遠くから聞こえ、次第に近づいてくるのがわかった。
〈いって…俺どんくらいここにいた?〉
そうこう考えていると、おもむろに休憩室の扉が開いた。
「佐久山くん、大丈夫?」
ふと顔を上げると、目の前には師長を始め、西口さんに、原君、牧田君に月島君、更には今日の当直医の三木先生までもが居た。
「なんでそんな大勢で…」
「そのまま動かないで。ここがどこかはわかる?」
「K大学病院、S8の休憩室です」
「頭は問題なさそうね…問題は…」
三木先生が俺の前髪をかき分け、先ほどドアにぶつけた額を目視した。
「こりゃ痛いわ…ぱっくり開いてる」
「は?」
「ちょっとこのまま救急外来行こか」
「は?」
「でこ、切れてる。ついでに血も出てる。これは縫わな無理やな!!」
ようやく状況を理解できると、さらにズキズキとした痛みが俺を襲い、額に心臓があるかのように脈を打っているのがわかった。車椅子に座らされ、三木先生により俺は救急外来へと運ばれたのだった。
救急外来専属医師の診察の結果———、約3cmの切傷、局所麻酔下のもと5針縫うはめとなった。
念のため…と言わんばかりに、頭部レントゲンまで撮られる始末…。案の定、頭部へのダメージはなく、俺は出勤して1時間の時間休を取得し、何事もなかったかのように病棟へと戻ったのだった。
〈こんなことで予期せぬ出費…今日はツイてない日になりそうだ…〉
ふと昨日の向井さんの言葉が頭をよぎった。
「きっと何とかなる!!」
お気楽に何とかなる、って言えればいいものの、今の俺にはそんな気力すらないに等しい状態だった。あの時のやる気と気力はどこへ行ってしまったのやら―――。
今はただただ、傷の痛みに耐えながら、今週をどう乗り切るのかを考えるしかなかった。———そんな時に、トラブルは生じやすいものだ。
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