File33.サプライズ

風に吹かれるたび、桜の花びらが舞い落ち風情ある景色が楽しめる4月——。

俺は、改装された新たな勤務先へと向かっていた。


以前、師長より配布された『異動希望届』の件で看護部長に呼び出しを受けたが、俺の名前を見て納得したのか、


「君って人は…」


と言いながら笑っていた。

入職当時に新人が記載する、勤務先希望表に白紙で書いた強者がいる、と看護部内では有名な話となっており、看護部長が変わるたびにそのことは引き継がれていたらしい。


道理で名前を見て納得するわけだ…


俺はそう思いながら歩みを進めていた。


「さっくん、おはよぅ」


この声は…と思い振り返ると、相も変わらない揚々とした栗田の姿があった。


「おはよ」

「さっくん、この間看護部長さんに呼び出し受けたんだって?…何をしでかしたのかなぁ?」

「栗やんはいつもどこから情報を得てんの?」

「ん?そんなこと…内緒に決まってるけど…」


丸3年一緒にいても掴めない男だ、と思いつつもなんとも言えない居心地の良さがあるが、決して本人には言わないでおこう、と心に誓っていた。


「異動希望届、白紙で出したら呼び出された。ただそれだけ」

「えっ…。白紙で出したの?」

「別に、どこで働きたいとかないもん」

「うっわ…。そりゃ呼び出されるわ…」

「どこでも働けるやろ」

「何…その自信はどっから来るんさ」

「さぁ?」

「僕かてどこでも働ける自信はあるで!」

「じゃあ別にここじゃなくても良かったんじゃないの?」

「さっくんこそ!」


じゃれ合いながら病棟へ入ると、目の前に広がっていたのはこれまで2重構造をしていた扉が取り払われた、解放感漂う病棟の姿だった。


「扉がないだけでこんなにも変わる?」

「なぁ。ちょっと違和感あるわ…」


新しくし改装されたコロナ病棟改め救急病棟…。

つい先日までここで働いていたはずなのに、どこか雰囲気が違う様子に躊躇っていた。以前一緒に働いていたメンバーのほとんどは残り、こうしてまた同じ場所に集められていた。


「あっ…そう言えば、坂もっちゃんは一緒じゃないねんな」

「おぅ。なんか勉強したいことがあるねんて」


そう…。千夏はこの4月から希望通り小児科へ異動した。


「小児科かぁ…大変そう」

「俺もそう思う…」

「まぁでも、家に帰れば旦那さんがいるんだし…ねぇねぇ。新居にはいつ呼んでくれるのかなぁ?僕はいつでも待ってるよぉ」

「誰が呼ぶもんか!」

「さっくんってばひどいっ!」

「貴方たちは一体いつまでそうしてじゃれ合っているのですか?」


咳払いをし、少し低めの声で栗田と俺に声を掛けて来たのは、コロナ病棟時代から一緒の河口師長だった。


「…おはようございます」

「朝の申し送りの時間です」

「あ…はい」


すたすたと歩いて行く後ろ姿は、今までとはどこか雰囲気が違うようにも思えたが、気にしないでおこうと思った。


こうして新たに迎えた新年度。

救急外来も併用されたため、これまで以上に忙しくなるかと思っていたが、スタッフ間の強い絆があるせいか、生き生きと働ける気がしていた。



仕事面で忙しくなる一方、俺はある計画を練っていた。

実行するには協力者が必要であり、俺は千夏にバレないように連絡をしていた。

そして迎えた実行の日。

前もって同じ日に休み申請を行い、彼女には出掛けよう、とだけ伝えていた。


「ねぇ楽人、今日はどこにいくつもりなん?」

「天気もええし、少し遠出しよか」

「ええね」


上手いこと彼女を連れ出し、車の助手席にエスコートした。運転席へ向かう途中、俺は連絡用ラインに『今から向かいます』とだけ記し送った。


車で向かうこと約1時間。ようやく目的の場所に到着した。


「楽人…ここ?」

「そう」

「え…待って…」

「ほら急いで」


千夏の手を取り、俺たちは案内人に案内され、待ち合わせ場所まで向かった。

扉を開けた先には、俺たちを待ちわびていたかのように佐久山家、坂本家一同が出迎えてくれた。


「楽人、ちょっと遅いんじゃない?」

「道が少し込んでて…」

「千夏、なんでそんなに泣きそうなん?」

「たぶん状況がわからへんしやろ…」

「だって姉ちゃんにだけは言ってないもんな!」

「楽人、この状況を千夏ちゃんに説明してあげんと…」

「そうじゃよ。何が何だかわからんっちゅう顔しとるわい」


この世には存在しない人が居たが、俺は気にせず千夏に事情を説明することにした。


「少し前から、今日の日のために計画してたことがあって…ここにいる中で、状況を知らんのは千夏だけやねん」

「いきなり連れて来られて…よくわかってないねんけど、今日は一体何の日?皆えらいお洒落してるけど…」

「ここさ、琵琶湖が一望できる式場で有名な場所やねん。そこで…家族みんなでウェディングフォトを撮りたいな、と思って…」

「楽人!」


急に彼女が俺に抱きついてきた。

そっと彼女を受け止め優しく抱きしめ返すと、彼女は嬉し涙を流しながらぽつりぽつりと話し始めた。


「こんなサプライズ、嬉しいに決まってるやん…ありがとう」

「良かった…」

「けど…どうやって連絡してたん?」

「千夏にはバレへんようにグループラインを作って連絡してた」

「はは、全然気付かへんかった」

「さ、ほら。とびっきり綺麗な花嫁さんになっておいで」

「うん!」



ジューンブライド6月の花嫁、という言葉に俺自身が憧れていたとは、これから先誰にも言わないでおこうと思っていた。


家族に囲まれ、ドレスアップした千夏は幸せいっぱいの笑顔で写真に写っていた。

その後少し広めの部屋へと移動し、両家での食事会となり、楽しいひと時を過ごせたのだった。


少し疲れたのか、帰りの車の中で千夏は眠っていた。


「楽人もええ嫁さん掴まえたのぅ」

「おぅ」

「わしも…ここらでお暇成仏してもええのかもしれんの」

「じっちゃん、…何言ってんの?」

「何って…お前さんがここまで立派になれば、わしがおらんくてもええじゃろうに」

「そんな事言うけど、じっちゃん、ひ孫の顔は見んでもええの?」

「何っ?!ひ孫じゃと!」

「俺さ、結婚したからには子ども…居てもいいかなぁと思ってるねん。まぁ…昔のやんちゃが祟って子種がないかもしれへんけど、不妊外来に行ってみようかと思ってるねん」

「千夏ちゃんにはその事、言ってるんかい?」

「付き合ってすぐに話したよ。将来子どもができるかわからへん、って言ったら、千夏ぽかんとしてた。それが何か?って言わんばかりの顔やってん。俺には千夏しかおらんなぁ、って改めて感じたわ」

「なんじゃい、惚気かい!」

「あぁそうだよ」

「じゃが…ひ孫かぁ…是非とも拝んでからがええのぉ」

「ほなまだ帰らんでええな!」


昔の俺はきっと考えたことがなかっただろう…。

俺自身が結婚することも、子どもを持ちたいと思うことも…。


こうして俺は人生における、次なる目標を見つけたのだった。





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