File4-②22時→翌朝9時

「楽人。なんじゃあ、わしは楽人との約束、たーんと守っとったぞ。」


それは数時間前の出来事。

『「じっちゃん、頼むから俺の視界に入ってんな。向井さんも他の人も、じちゃんのこと見えてないから。俺がおかしい人って思われるやろ。」』


確かに視界には入っていなかった。だが俺にはわかっていた。俺の動きに合わせてじっちゃんが、に隠れていたことを。


「じっちゃん・・・あれで隠れてたつもりか?」


「背中は恰好の隠れ場所じゃ。」


「はあぁー、絶対俺には霊感があるって思われてるわ。」


「別に気にすることないじゃろ。」


「そうだな、気にすることないよな・・・・。んなわけいくか。じっちゃんは良くても、俺にはよくない。今回のことがきっかけで、変に霊感が強い新人、なんて思われたくないし、病院で霊感が強いとか笑えないですー。っつうか、俺じっちゃんしか見えんし、そもそもこんなはっきりと見えること自体おかしいし!!」


「かっ、かっ、かっ。楽人は照れ屋じゃのぉー。」


「照れてねーし。それよりも、じっちゃんの笑い声、久々に聞いたけど・・・・全然変わってないな。なんかもう、どうでも良くなったわ。じっちゃんのしたいようにしてくれていいよ。」


「おっ、そうかそうか。」


「俺、戻るわ。あとっ、したいようにしていいとは言ったけど、余計なことはしなくていいからな!!」


「わかっちょるって。」


深いため息をつき、俺は洗面台を後にした。詰め所に戻ると、向井さんが急ぎ足で俺のところに来た。その表情は少し強張っていた。


「佐久山君、大丈夫?」


「はい。」


「さっき・・・、洗面台に行ったのって・・・・。」


「あーー、少し気になることがあったんですが、俺の気のせいでした。」


「それならいいんだ。いや、たまーにいるじゃん、霊感の強い人って。それにここ病院だし、結構年季も入ってるし・・・。もしかしたらもしかすると・・・的な。」


「向井さんビビりすぎっすよ。」


死んだじっちゃんが見えることは伏せ、俺は何事もなかったかのように振舞うことにした。向井さんも、渋々納得した様子で夜勤業務について教えてくれた。

血圧計やSpO2モニター、PHSの物品確認、翌朝の採血準備、看護師で患者さんに渡す薬の準備、1日使用していた機材の消毒、詰め所の清掃、夜勤業務がこんなにもあるとは思わなかった。この業務をナースコールに対応しつつ、夜勤メンバー間で協力しながら行っていた。


22時過ぎ、812号室よりナースコールが鳴った。


柴野朱美しばのあけみさん、78歳女性。右腎臓がんに対し、全身麻酔下、ロボット支援腹腔鏡下腎部分切除術(RALPN)施行の患者さん。15時に手術室へ出棟しゅっとうし、18時10分に病室に帰室。術後の状態としては問題なく、巡回時にも目を閉じ、ゆっくり休まれていた。

〈こんな時間にナースコールって、痛み止めかな〉

そんな素朴な疑問を持ちつつ、向井さんとともに部屋へ向かうことにした。部屋の前にたどり着く直前、


「看護師さーん、早く来て―。」


向井さんと俺は急いで812号室の扉を開けた。


「柴野さん、どうされましたか?」


「あそこに、あそこに・・・・いるの。」


柴野さんが指さしている方を見た向井さんは、


「・・・・・・・何もないですけど。」


「よく見て。あそこにいるじゃないの。男の人がじっとこっちを見ているの。」


「・・・・柴野さん、とりあえず落ち着きましょう。」


向井さんが柴野さんを少しでも安心させよう、と背中をさすりながら声をかけるも、


「こんな状況で落ち着いてられると思うの?」


一向に落ち着く気配はない。


「どうして私にしか見えないの?」


俺は思った。

〈柴野さん、本っ当にすみません。手術を終えて、ゆっくり休んでいたのに・・・。目が覚めてみると見知らぬ人がじーっ、と見てたんですよね。向井さんにもこの状況をわかって欲しいんですよね。でもね、無理なんです。向井さんには理解してもらえないっすよ。ってか、そんなに騒いじゃうと、術後せん妄*だと思われちゃいますよ。それはさすがにイヤっしょ。すべての原因は、俺のじっちゃんにあります。っつか、じっちゃんも固まってんじゃん。えらく騒がれて参ってるのか?全部じっちゃんのせいだかんな。〉

*術後せん妄…手術を受けたことがきっかけで起こる意識の混乱のこと。失見当識、興奮、妄想、不安、抑うつ、幻覚などが挙げられる。


頭の中で色々と考え、俺は柴野さんに言った。


「柴野さん、あれ、俺のじっちゃんです。」


冷静かつ淡々と俺はじっちゃんの方を向き言い放った。


「余計なことすんな、って俺言ったよな。通じてなかったわけ?言ったこと忘れてるって、幽霊もボケんの?」


向井さんからすると壁に向かって話している俺の姿は異様だっただろう。俺の視線の先にじっちゃんがいることは、柴野さんと俺にしかわからないことだから。

その後、柴野さんは落ち着きを取り戻され入眠された。


先輩方にじっちゃん幽霊が見える新人看護師がいると知れ渡る結果となり、俺の初夜勤はこうして幕を閉じた。


翌朝9時。

看護師個人の情報漏洩問題幽霊じっちゃん可視はさておき、俺は無事に帰宅した。仮眠で設けられた2時間もろくに眠れず、俺はヘロヘロだった。

だが、何よりも問題なのは・・・・。


「さて、じっちゃんよ。」


「楽人、おけーり。」


「ただいま・・・・・・・。」


「おん?」


「ははは。なんか、もうどーでもよくなったわ。」


「楽人?」


「さっ、とりあえずシャワーかかってくるわ。誰かさんのせいで、変な汗結構かいたしー。上がったらとりあえずビールだな。」


何はともあれ、今日も俺は頑張った!!















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