File4.初めての夜勤

俺は……、この状況に…かなり困惑している。

亡くなったはずのじっちゃんが目の前にいる…。

それも半分身体が透けた状態で…。

〈幽霊はこんなにもはっきりと見えてしまうモノなのか…、いや…それ以前に…俺に霊感はない…、霊感がなければ幽霊なんて見えないのではないか…、いや待てっ、…言葉を聞き取れている時点でおかしくないか…〉


「何1人で顔芸をしとるんじゃ。せっかく来てやってるんじゃ、お・も・て・な・し、せんかい!!」

「そうだな…、おもてなしな。………いやいや、おかしいだろ!!じっちゃんがなんで俺ん家にいんの?死んだんじゃねーの?」

「ぽっくり死んだわい」

「そうか、ぽっくり逝けたのか‥‥。そりゃあ良かった。いやっ…そうじゃなくて!!普通は死んだら生きてる人の前に現れないだろ…。あー…まじで訳わかんねぇ」

「わしもわからん。楽人のことが心配すぎて成仏できんかったんじゃろ」

「……よし!!お寺に行ってお祓いを頼むわ!!」

「待て待て…。そう焦るんじゃない!!わしの話を聞かんかい!!ええか…、わしは、楽人がどんな生活をしとるか、ずーっと気になってたんじゃ。寝たきりでなかなか来れんかったけど…、今ではこうして動けるようになったんじゃ。自由に動ける身体を手に入れてわしは嬉しいんじゃ!!」

「ははははは。……自由すぎだろ。」


何が起きているのかわからないまま、

俺は目の前にいるじっちゃんを見て笑うしかなかった。


「じっちゃん、俺さぁ看護師になったんだぜ。つっても、この4月からなんだけどな…。K大学病院、すっげーでかいの」

「んなことは知っとる。わしのせがれが嬉しそうに話しとったわい」

「…なんだよ。父さんから聞いてたのかよ…」

「楽人はいつの頃からか、わしにも、…お前さんの父親にも態度が冷たかったさかいのぅ…。まぁ、口の利き方がなってないのは変わっておらんわ」

「うっせー。って、もうこんな時間っ!!…俺今から夜勤やぞ!!」

「おうおう、気張ってこーい」


家族とこんなにも話をしたのは久々だった。

いつの頃か、父親はおろか姉貴とも距離をおき、家族内での口数も減っていた。

幽霊であるじっちゃんがいる状況はともかく、こんなにも楽しく話せていたことが嬉しかった。二日酔いもいつの間にか治まっており、初めての夜勤で緊張していた俺の心は嘘みたいに晴れやかだった。


15時、S8に出勤。

病棟に着くなり、俺を見つけた向井さんが声をかけてきた。


「佐久山君、今日はよろしくね。初めての夜勤で緊張していると思うけど、今回は僕と一緒だから安心して。ちなみにここの病棟の夜勤は3人体制。今日は僕の他に国木田茜くにきだあかねさんと、戸田浩子とだひろこさんが一緒。2人ともあっちで患者さんの情報を取ってるから、挨拶しておいで~」

「はい」


病棟の入り口からすぐの所に詰め所ナースステーションがあり、左右の分かれ道に沿って病室がある。

病室の前には車いすや、検査に行くために所定の位置から移動させられたストレッチャー、看護師が使用するワゴンが置かれており、その状況は忙しさを物語っていた。詰め所の中には、師長、日勤デイリーダーと夜勤スタッフしかいなかった。

日勤スタッフはそれぞれの担当患者の対応で忙しく、詰め所を離れていたようだ。

時折鳴り響くモニターを横目に、空いているパソコンを探した。


「お疲れ様でーす」


国木田さんと戸田さんの近くに座る際、声をかけたものの、…2人とも情報収集量が多いためか、俺の声には反応しなかった。しばらくすると、向井さんが俺の隣に来た。


「佐久山君も、僕たちと同じように患者さんの情報を取ってみようか。僕が担当する患者さんは……」

「さっきホワイトボード見ました。この10人っすよね」

「おっ、やる気満々だね!!」

「………………。」


何も返す言葉がなく、俺は黙って情報を取ることにした。

夜勤開始時間は15時30分、日勤の申し送りは15時45分。申し送りが始まるまでに受け持つ患者の情報を取らなくてはならず、限られた時間内に数十人の情報を得るのは至難の業とも言えた。

情報を取るために早く出勤しても、給与としては夜勤開始時間からしか支払われないため、早く来ようがギリギリで来ようが同じなのだ。それなら俺はギリギリで出勤し、正確かつ迅速に情報を取れるようになろうと思った。

申し送り時間になった頃、俺は3分の1程度しか情報を取れていなかった。向井さん、国木田さん、戸田さんは担当患者全員分の情報を取り終えていた。

〈やっべ…全然時間足りねーじゃん…〉


「向井さん、俺…3人しか情報取れてないです」

「初めてだし仕方ないよ。また取れそうなときに取りな」


日勤リーダーから申し送りを受け、そのまま夜勤メンバーで情報共有が始まった。それぞれが受け持っている患者の情報を簡潔的に話し、夜間注意すべきを伝えていた。俺は必要そうな情報を聞き、向井さんからもらった情報シートに書き込んだ。そうこうしているうちに夜勤メンバー間での申し合わせが終わり、3人が一斉に俺を見た。


「………?」

「挨拶しな」


向井さんの一言にはっとした俺はぎこちなく答えた。


「今日はよろしくお願いします」


「なんだか懐かしいなー。私も初めての夜勤は緊張したよ。私のときなんて、3交代制だったから睡魔が半端なかった。戸田っちのときは2交代になってたっけ?」

「はい。確か私が入職した年に3交代から2交代に変わった気がします」

「そんなに気負わず朝までよろしくね~、新人君!!」


あまり話をしたことのない先輩方であったが、見かけによらず気さくで話しやすい人たちだと思った。


初めての夜勤、何事もなく朝を迎えられますように……。


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