File3.自宅に現れた…じっちゃん

K大学病院に就職して早1ヶ月が経とうとしていた。

慣れない電子カルテに苦戦…。

疾患に対する知識を深める勉強会を同期の間で実施…。

先輩方の後ろを付いて回り、日常の業務を覚える日々…。

病棟に入院されている患者の中に、

「新人は担当につけないでくれ!!」

と念押しする人もいた。

〈俺、前もこの人に同じ事言われたぞ…〉


そんな中、同期の仲間意識は日に日に強くなっていた。週末には居酒屋で飲み、カラオケで歌い、日ごろのストレスを発散していた。


「がっくんはさぁー、いつも表情クールだよね…。私なんてぇー、すぐ顔に出ちゃうからさぁー、今日もリーダーに怒られたぁー。あの人ほんとにやだぁー」


水谷は酔いが回るといつもこうだ。正直こういう奴が一番面倒くさい。


「しおりん、飲みすぎだよ。あんまりお酒に強くないんだから、ちょっとは考えて飲みなよ」


いつも酒に酔った水谷の面倒を見る和泉下、何食わぬ顔でソフトドリンクを飲む小池、笑顔でその様子を見守っている立川、なんだかんだ言っても、この5人でいると心が落ち着いてしまう、俺。


「和泉下、もうほっとけ。どうせ俺以外はみんな明日休みなんだし、酔いつぶれるまで飲ませたらいいよ。ってか、もうすぐ寝るだろ」


案の定、テーブルに突っ伏したまま水谷は寝息を立て始めた。


「水谷さんの酒癖が悪いの、俺たちの前だけにしとかないとな」

「はっ?なんで?」

「今月15日、新人歓迎があるんだよ」

「私も今日、向井さんから聞いた。私たちは歓迎される側だから、当日の支払いはしなくてもいいんだって。ラッキーだよね!!」

「だからって、なんで水谷に気ぃ遣う必要があんの?酒癖悪いところを知られると何かまずいわけ?」

「社会人として…ってことじゃないかな」

「そっ。和泉下さんの言う通り」

「よくわかんねーけど、コントロールするのは水谷自身だから、俺には関係ねぇ」

「がっくんは相変わらずだね…」

「明日、初めて夜勤勤務で緊張してるんじゃないの?」

「そんなことで緊張しねーよ」


その場の空気が悪くなる前に解散することになった。

水谷のことはお互いの家が近い小池に任せた。

家に着く頃には日付が変わり、俺は玄関先で自分の誕生日を迎えた。


「22歳の俺から23歳の俺へ、誕生日おめでとう。そしてただいまー。はぁ、今日はなんだか疲れたな。酒も飲み過ぎた・・・。風呂入って寝るか」


『楽人、おけーり』


1人暮らしなのにふと声がした…。それもどこかで聞き覚えのある声…。

〈まさかな…、酒…飲み過ぎたせいだな〉

何事もなかったかのように、俺はそのまま風呂場へと向かった。


『なんじゃあ、つまらんのー。せっかく来てやったのに…。楽人、驚きもしおらんわい。仕方ないのー、くたばってから出直すとするか。楽人、待っとれよ…』


―――翌朝、いつもより遅めに起きた。

起きた瞬間、俺を襲ってきたズキズキする頭痛。昨晩のことを思い出し、普段とは違うお酒の飲み方をしたことを、この時初めて反省した。痛み止めを口に含み、ミネラルウォーターで流し込んだ。しばらく時間を置いてから掃除、洗濯、食事の準備を行い、束の間の休憩を満喫していた。すると、机の上に置いていたスマホの着信音が鳴った。画面には数年ぶりかに見る父親の番号が表示されたいた。


「…もしもし。」

「楽…、元気にしてるか?」

「おう元気。珍しいじゃん、父さんが電話してくるなんて…」

「そうだな」

「何、俺これから出勤なんだけど、なんか用事?」

「これから仕事か。…そんな時に悪い。すぐ終わるからよく聞きなさい。…おじいちゃんの事なんだが…、さっきおばあちゃんと母さんのところへ逝ったところなんだ」

「そっか…。じっちゃん…、死んだのか」


父親と少し話した後、スマホを持ったままソファに仰向けに寝そべった。家族の死を聞くのはこれで3回目だったが、2回は俺自身の記憶に残らないほど前であり、何の感情もなかった…。

だが今回は少し違った。思い出すじっちゃんとの思い出———。懐かしく――、切ない気持ちが込み上げてきたときだった。


「おーい楽人」


聞き覚えのある声がまた聞こえた。空耳かと思い、その場を動かずにいると、


「おう楽人、何年ぶりじゃ?」


俺の顔を覗き込むように現れたのは―――、

先ほど父親から亡くなったと聞いたばかりのじっちゃんだった。


「はあっ?!じっちゃん?!」

「そうじゃ、じっちゃんじゃ」


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