File2.出勤初日はオリエンテーション
―――4月1日、今日から俺は看護師デビューだ!!
専門学校で過ごした怒涛の3年間。入学当初は79人いた同級生も、時の流れとともに人が減り、卒業時には59人になっていた。専門的な知識を深め、実技演習を繰り返し行い、病院実習でしごかれた俺たち…。看護師国家試験受験者の1割は足切りで落とされる中、俺たち59人は全員で見事、看護師国家試験に受かりそれぞれの就職先で初日を迎えていた。
俺が選んだ病院はK大学病院。
理由は単純…、有名だから。
入職前に送付されたオリエンテーションの案内を片手に会場へ向かい、ホール内の指定された席へ座った。
〈全員同期かぁ、俺以外にも男はいるのか?〉
看護師という職業は女性が多いイメージだったため、キョロキョロと辺りを見渡した。何人かはいそうだな…。
そうこう考えているうちにオリエンテーションが始まった。病院長の挨拶、事務長による給与の説明、勤務体制について説明を受け、いよいよ配属部署の発表だ。
事前に希望部署の記載依頼は来ていたが、俺は白紙で提出していた。働けるならどこでも良かった、とは言いつつも、正直に言うならば……どんな病棟があるのか知らなかったからだ。
1人1人名前を呼ばれ檀上に上がり、看護部長から直々に辞令書を受け取った。
俺の名前が呼ばれ、看護部長の前へと行き、辞令書を受け取る間際…
「あなたですね。希望用紙に白紙で提出したのは。今後に期待しています」
にこやかに微笑む看護部長の顔に鳥肌が立ったが、深く考えずに壇上から降りた。
束の間の昼休憩。支給された幕の内弁当をぺろりと平らげ、ホールの外に設置されていた椅子へと座った。下を向きスマホゲームをしていると、俺の頭上から声がした。
「そのゲーム、俺もしてる」
ふと顔をあげると、そこには黒縁眼鏡をかけた長身の男がいた。
「あっ、急にすみません。通りすがりに画面が見えたので…。俺、
「佐久山楽人っす。同期なんだから敬語じゃなくてもよくね?」
「まぁ、確かにそうだよね。…よろしく」
「うっす」
「そういえば、佐久山君はどこの配属になった?」
「俺っすか?・・・確か、S8って書いてあった気がする」
「えっ?!俺と同じところだよ」
「マジっ?!それって何科?」
「あー、確か…泌尿器科と腎臓内科」
「ふーん…。なるほど」
「この後、各配属別部署に集まってのオリエンテーションだからよろしく」
「おう。…俺以外にも男性看護師が同じ病棟の配属になっててよかったわ、マジで」
「そうだね。…おっと、もうじき休憩時間が終わる、また後で」
手を振りながら、さっき知り合ったばかりの立川は颯爽と去って行った。
休憩時間終了のアナウンスを聞き、俺は座席へと戻った。
しばらくすると立川が言っていたように、部署別で集まるように指示が出された。指定された場所へ向かうと、そこには立川の他に4人いた。1人は明らかに俺たちとは違う雰囲気…。
「これで全員かな。初めまして。S8新人教育係の
向井さんの計らいで1人1人自己紹介をすることになった。
「
〈声ちっさ、この人…緊張してんのかな〉
「
〈目元、芸能人に似てるな…誰だっけ…名前が出てこねーや〉
「立川浩輔です。よろしくお願いします」
〈立川って…俺と身長同じくらいなのか。目線がほぼ同じだ〉
「佐久山楽人、よろしくお願いします」
「
〈いずみした……珍しい名字だな〉
自己紹介を終え、全員で向井さんの方を見た。
「簡単な自己紹介だったな。ま、初見だもんな。俺んときもこんな感じだったわ。じゃ、移動しよっか。病院内の見学ツアーへ行くぞ!!」
1人で盛り上がってる先輩の後ろを同期4人で追いかけた。病院説明会にも、インターシップたるイベントにも参加したことがなかった俺にとって、K大学病院は未知の世界同然だった。外来、採血室、検査室、病棟、AEDの設置場所————。
〈1日で病院のあちこちの場所を覚えられるわけがない!!〉
そう俺自身に言い聞かせながら歩き、ツアーの最終地点であるS8へと辿り着いた。
「明日からはこのS8に直接来てください。8時から勤務開始となるため、時間に余裕を持って来るように!!社会人としての自覚を持って……、って俺が言えた立場じゃないんだけどな、ははは…」
〈向井さん、絶対になんかやらかしてんな〉
初日のオリエンテーションも無事に終わり、同期4人とも連絡先を交換し、病院を後にした。
家に到着し、今日の事を振り返っていた。
新しい環境に慣れるまで時間はかかりそうだったが、今に始まったことではないと言い聞かせ、冷蔵庫でキンキンに冷えた缶ビールに手を伸ばした。
蓋を開け、ぐいっと一口。
「ぷはぁー。働いた後のビールは最高っ!!」
今日の俺、お疲れっした!!
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