File27.蒸し風呂

派遣された看護師間でたわいもない会話をしてほどよく緊張感が解れた頃…。

コロナ感染患者の受け入れ要請の連絡が入り出した。病床数は決して多くないが、コロナ感染病棟は15人までは入院できる構造になっている。初めからエンジン全開で受け入れることはないだろう、と思っていたのだが…俺たちの甘い考えを嘲笑うかのように各方面から感染者を送り込んできた。自宅療養中、近隣の療養施設、老人ホームなど、受け入れの連絡は後をたたなかったようだ。


稼働してまだ数日しか経っていないのに、いきなり半数近くの7名の患者を送ってくるなんて…頭おかしいんじゃねーの


心の中で文句を言いながらも、受け入れるしかないため日勤組は渋々準備に取りかかることにした。


感染者数が日に日に増える一方で、未だに治療方針も確定していない状況は一向によくなることはなく、亡くなる人も増え続けていた。


初回受け入れ時には人手が要ると見越していたのか、スタッフの人員配置は多く置かれていた。

2人1組となり、グリーンゾーンとレッドゾーンに分かれ、レッドゾーンに入室する者同士でPPE装着確認をすることにした。勿論、この日一緒にペアを組んでいたのは先輩ということもあり、レッドゾーンへと入室するのは…話し合いをする間もなく後輩である俺だった。


初っ端に入りたいなんて思わないもんな…


一緒にレッドゾーンへと向かうのは、確か看護師歴10年目である先輩の中山さんだ。


「佐久山くん、病棟開設一発目のレッドゾーン担当よろしくね」

「はは…よろしくお願いします」

「なぁなぁ、どっちが入るってどうやって決めた?」

「あぁ…俺が入るって言いました…」

「じゃぁ同じやね!」


イヤイヤ…一緒じゃないでしょ…こちとら一切入りたくなかったんっすよ!


初めてのわりに目がキラキラしていたのはなぜだろう、と考えつつ、俺たちはイエローゾーンへと向かった。患者の到着までに時間のかかるPPEの装備はしておいた方がよいだろう、と上の方々に言われたからには…従うしかないだろう。


これPPE着て対応するって結構しんどいですね」

「まだ身に着けてそんなに時間経ってないけど…暑いわ」

「そうっすね」


互いのPPEに問題ないかを指差しで確認し、レッドゾーンへと向かった。入ってすぐ、レッドゾーン専用のPHSが鳴り、1人目の患者が搬送されてきた。


――嘉島芳雄かしまよしおさん、45歳男性。

症状:発熱、咳、頭痛

意識レベル:問題なし


一見軽症に見えるが、もとから抱えている疾患として肺がんがあり、決して油断できる状況ではなかった。


「嘉島さん、今日からここで療養していただきます。基本的に身の回りのことはご自身でしていただきたいのですが、身体は動かせそうですか?」

「…今は大丈夫です」


俺は、嘉島さんに病棟で療養生活を送ってもらう点で必要なことを簡潔的に伝えた。これまで何度か入院されたことがあったようだが、全く違う療養生活に始めは困惑されていた。


「まだ治療方法がわからないんですもんね。看護師さんたちも大変ですが、無理はされないで下さいね」


こちらにまで優しい言葉をかけて下さるなんて、と思いつつも、持病を抱えている患者は要注意であることを念頭におき、業務を遂行した。


俺が嘉島さんを担当している間に先輩は、宿泊療養施設から送られて来た患者の対応に追われていた。



――清水晴彦しみずはるひこさん、66歳男性。

症状:発熱、咳

意識レベル:やや朦朧気味


「清水さん、清水さん、わかりますか?」

「…はぃ」

「佐久山くん!手が空いたらこっち一緒にお願いできる?」

「わかりました」


電子カルテで嘉島さんの情報を入れた後、すぐさま中山さんの元へと急いだ。


「中山さん、何したらええですか?」

「先生に連絡して欲しいねん」

「了解っす」


俺が電話をかけている間に中山さんは清水さんの状態確認をしていた。


「先生、佐久山です。先ほど来られた清水さんの事で連絡しました」

「バイタル、体温39.8度」

「熱が39.8度」

「脈131」

「脈131」

「血圧91/63」

「血圧91/63」

「レベルJCS20」

「レベルJCS20」


俺は中山さんから得た情報を電話越しで医師へ伝えた。


「熱のせいか頻脈やし、血圧も低いな。点滴しよか!ライン確保して、同時に採血も出すわ。点滴は一旦ソルラクト500をオーダーするし繋いで!解熱剤も一緒に落とすか。アセリオ500もお願い」

「了解です」


医師の指示を中山さんへと伝え、俺は処置ができるように準備を始めた。その間に次の患者が送られてきたが、状態的に優先すべきは清水さんの方だったため、とりあえず病室へと案内した後、すぐさま点滴確保、点滴投与の準備を再開した。


「中山さん、準備できました。俺、ライン取りますね」

「ありがとう」

「清水さん、今から点滴するために針を刺しますね。アルコール消毒は大丈夫ですか?」

「…はぃ」


反応が確かに弱い、けどこちらの問いかけには応じられる…

要注意で観察が必要かな


「先生にモニターの指示もお願いすれば良かったです」

「確かに…私から言っとく。詰め所からモニターをイエローに入れてもらうように伝えとくわ」

「ありがとうございます」


点滴ラインを確保し、医師がオーダーした脱水予防の点滴と解熱剤を繋ぎ、俺は一旦清水さんの元を離れた。


コロナ患者受け入れはまさに怒涛そのものだった。

レッドゾーン内での対応をしていると時間があっという間に過ぎるものの、PPEを身に着けて長時間過ごすことがない故に、半端ない疲労感を味わっていた。


昼休憩に入れたのは14時過ぎ…。

現時点で患者の状態も安定しており、看護師がすぐさま対応することはないだろう、と判断し中山さんと一緒にレッドゾーンから出た。イエローゾーンでPPEを外すと、サウナから出たような爽快感を感じれた。


「これ…、こんな長時間着るもんじゃないですね」

「ほんまそれ!」

「汗だく…」

「物が少ないのはわかるけど…これはあかんわ!」

「蒸し風呂…はぁ…あっちぃ」


汗だくで疲労感MAXの中山さんと俺はグリーンゾーンの詰め所へと戻り、休憩した後レッドゾーン内での業務を師長と主任に報告した。


「感染するのもイヤですけど、蒸し風呂もイヤですね」

「時間を決めて交代したいところやけど、物がないからなぁ」

「そうなんですよね…物がないんですよ!」

「病院長にも伝えてはいるんだけど…なかなか手に入らなくてね…」

「これは肉体過酷労働です!別途お給金をいただかないと!」

「佐久山くん、ナイスアイデア!」

「レッドゾーンに入った人たちの意見を集めて、何かしら対応してもらえないか言ってみましょうか!」

「それもそうね!」


寛大な師長と主任は息ピッタリという表現が当てはまるくらい見事なコンビネーションだった。


こうしてコロナ感染者と看護師の闘いは始まった。



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