File25.一種のハラスメント

俺は勤務を終えたタイミングで看護部管理室へと呼ばれ、いざその場所に向かっていると、何名かのスタッフとエレベーターが一緒になった。


「あれ、佐久山さんもお呼ばれですか?」

「そうなんっすよ。何ですかね」

「ねぇ」


そんな会話をしながら会議室Aへと入ると、総勢20名程の看護師が集まっていた。

9時15分、会議室Aへと入ってきたのは、病院長、看護部長、副看護部長、顔だけ知っている師長というそうそうたるメンバーだった。

入ってきたメンバーの表情はどこか暗く、一見申し訳なさそうな様子が見て取れた。


「看護師の皆様、今日はお忙しい中、各病棟からお集まりいただきありがとうございます」


堅苦しい挨拶をするのは、このK大学病院の病院長を務める平井医師だ。


俺も含め、周りは何がなんだかわからないまま、ただただ次の言葉を待っていた。


「えー、皆様もご存知かと思いますが、世間ではものすごいスピードでコロナ感染が広がっております。当院でもこれまでに数名のコロナ感染を確認しております。集中治療室では感染者の急変に備え、隔離できるように空調調整やゾーイングを行っております。しかしながら、患者の数に対してのベッドが間に合ってないことも事実です。そこで、当院では救急病棟をコロナ感染者専用病棟に考えております」


この人たちは一体何を言っているんだ…

ってか何を伝えたいんだ…


そうこう思っているうちに平井医師は意を決したように話した。


「ここから本題です。今日お集まりいただきました皆さんには、新たに新設する新型コロナ病棟で勤務していただこうと思います」

「ちょっと待って下さい!急に言われても困ります!」

「…それは重々わかっています」

「わかってねーよ」

「コロナに対する治療方針もまだわかってないのに、どう看護するんですか?」


集められたスタッフは口節に思っていることを言っていた。


わからなくもないが…


「私たちも!できれば皆さんを選びたくなかったです。ですが!頼れる人がいないんです!どうか力になっていただけませんか?」


そう悲痛な声で言うのは看護部長だ。


言っていることは…一理ある

でも、いざ行け~と言われると…行きたくないのも事実


「病棟は、救急病棟をコロナ患者さんを迎えるために使用します。現時点での期間は未定です。みなさんの派遣期間も決めておりません」

「つまり…いつコロナ感染病棟から出られるのかわからない…ということですか?」

「そうなります」

「希望は募らなかったのですか?」

「自主的に参加してくださる補償はありませんでしたので、こちらから各病棟の師長にピックアップしていただきました」


ここにいるスタッフの直属の上司である病棟師長は全て知っている…ってことかぁ

病棟に帰ったら問い詰めよう


呼び出されたスタッフ全員の意見を聞いている時間はなく、質問があれば後日対応する、とだけ言われ俺たちは、今後の日程について聞かされていた。


今の救急病棟に入院されている患者さんの大移動(受け入れ可能な病棟が引き取ることになった)をこの1週間の間に行い、大移動が終わり次第、コロナ患者受け入れ準備を開始するそうだ。


いわいる隔離病棟へと変身するみたいだな


その間、俺たち派遣組は感染対策の講習を再受講しなければならない、と…正直面倒だが、感染対策を怠ることで自ら感染することになるから致し方ない…


病院内でかき集めた医療品、主に全身を覆うことのできる防護エプロン、マスク、手袋、アルコール消毒液はコロナ患者優先で使用して良いそうだ。ただ…数に限りがあるため、一度装着したら外さないで欲しいと念押しされた。


看護師はこうして各病棟からピックアップされたが、医師はどうなのだろか…


そう思っていると、


「先生はどこのどなたが担当してくださるのですか?」

「それは…呼吸器内科の藤松先生が病棟長、補佐として2名の医師が派遣される予定です」


その2名は決まってないのかい!

…やっぱ呼吸器系の疾患になるのか


なぜか納得できることに俺は不思議だった。


「皆さんが不安に感じてることも十分理解しております。ですが、協力して未曾有の大災害とも言われているコロナウイルスと闘いましょう」


夜勤明けで、疲れはててるってのに、ろくでもないことに巻き込まれた…


俺はいつも以上にテンション低く病棟へと戻った。

そして入り口近くに座っている人目掛けてスタスタと駆け寄った。近づいてくる俺の姿に気づいた師長は、マスク越しでもわかるくらい苦笑いし、俺を迎えた。


「夜勤明けで疲れているのにごめんね」

「俺が聞きたいのは、何で俺なのか、ってことです」


感情が高ぶったせいか、声が少し大きくなってしまったみたいで、詰め所にいた何名かがこちらを見ていた。


「佐久山くん、場所を変えようか」


連れられたのは、前にも入ったことのある師長室だった。


「まだ他のスタッフには言ってないの」

「どうしてですか?」

「病院全体でアナウンスする日が決まっててね…」

「それは別にいいんです。俺が聞きたいのは!」

「どうして佐久山くんを選んだか、でしょ?」

「はい」

「…貴方ならみんなをまとめてくれるかと思って…」

「みんなって…今回選ばれた人たちのことですか?」

「そう」

「知らない人も多いのに、まとめられる訳ないですよ!」

「客観的観察力」

「…?」

「貴方にはそれがあると思うの」

「それが何なのですか?」

「今回派遣される看護師の中には、いやいや看護する人もいるかもしれない、ストレスで看護師を辞めたいと思う人がいるかもしれない…そんな看護師をフォローして欲しいと思ってるの。客観的に判断できる人だし…だから推薦したのよ」

「俺に相談とかしなかったのは、もともと俺と師長さんが決めていたからですよね」

「そうよ」

「一種のハラスメントですね」


小声で言ったはずなのに地獄耳の師長には通じなかった。


「他の病棟のスタッフも同じなのよ…誰かが行かなければ…選ぶ方も好き好んで選んでないのよ。それはわかっといてね」


話はこれまでと言わんばかりの態度だったが、師長にも色々と抱えている事が多いため、渋々納得したようで納得してないまま師長室を後にした。


この気持ち、新人担当と言われたときと同じだな…


俺は誰にも会いたくなく、そそくさと病院を出た。

家に着くなり、俺はソファへとダイブした。


「楽人、いつも以上にお疲れじゃな」

「まぁね…理不尽極まりないことがあったからね。どうせ下々の俺に断る権利なんてないからなぁ…」

「楽人…」

「今は何にも考えたくない…そっとしといて」


俺は、ソファでそのまま突っ伏した状態のまま夕方まで寝ていた。


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