File24.未知なるものの脅威

最近もっぱら話題となるのは、日本国内で開催予定の東京オリンピックの話よりも、新型コロナウイルスのことだ。アスリートにとっては一大イベントかもしれないが、医療従事者からすると、こういった感染症パンデミックの方が気になるのは仕方がないことだ。

中国での感染拡大に相次ぎ、世界規模で広がりを見せていた。

そしてとうとう日本でも恐れていた自体が起きたのだ。


2020年1月20日。

横浜港を出港したクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス(DP)号の乗客で、1月25日に香港で下船した80代男性が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患していたことが2月1日確認された、大々的に報道されたのだ。

船自体は隔離され、帰港できずに海上で待機させられているニュースは話題を呼んだ。乗船している人たちは食料や薬剤の補充を望み、バルコニーで旗を掲げている姿をテレビ越しで観ていた。

船上で長期に渡る待機命令は苦痛そのものだろう…俺は他人事のように思いながら見ていた。


「ウイルスっちゅうのは厄介じゃのぉ」

「こんなこと…、俺初めてだわ」

「インフルエンザのように効く薬はねぇのか?」

「ないから隔離してんでしょうが…」

「そうか…可愛そうじゃ」

「旅行中なんて、薬なんて多く持って行かねーもんな」

「食料もなくなる一方じゃろうに…」


この話題は病院内でも尽きなかった。

船に乗船する自衛隊のことも話には上がっていた。

感染対策を徹底していても油断すれば感染してしまう恐れがある…。

すべてが未知なるものであり、デマなのか事実なのか、一体何が正解かもわからない世の中になっていた。


そして、世間的に物資が枯渇する事態に陥る少し前のこと…。院内では様々な制限がかけられ始めた。


1つ、全スタッフマスク着用宣言

2つ、マスク供給量制限

3つ、行動制限

4つ、休憩室では黙食を徹底


これまでマスク着用は任意だったが、新型コロナウイルス感染拡大を予防する目的で、院内に務める全スタッフのマスク着用が求められた。

ウイルスの感染経路が不明確であり、飛沫感染だの、空気感染だの、接触感染だの…マスクさせしておけば感染させないだろう、という判断のもと始まった。これは、入院している抵抗力の弱い患者に、医療従事者が感染源とならないような措置であり、必要不可欠なことだとはわかっていた。

だが、2つ目に設けられたマスク供給量の大幅な削減に伴い、1スタッフあたりマスクの提供に枚数制限として、1週間分の7枚とかけられ始めた。毎週月曜日に7枚配布される形となり、自由に使い捨てができないようになった。

世間でも一時マスクが入手困難となる事態になり、あろうことかマスクの値段が高騰する世の中となっていた。

薬局からはマスクとともにアルコール消毒も姿を消していた。


飛沫感染だの言われてるのに、マスクが手に入らないなんて…


俺の頭を過ったのは実家にいる年老いた父と、病気療養中の姉貴のことだった。

思わず俺は、家族のグループLINEに連絡入れていた。


楽:『マスク、持ってる?』

美里:『あるよー』

父:『余分に買ってた分がまだある』

楽:『それなら良かった。2人とも気をつけてな!』

美里:『病院は大変みたいね…楽人も気を付けなよ』

楽:『ありがとう』

父:『あんまり無理せずにな』


一先ず安心できたが、先が見えないことに人々は困惑していた。

ワクチン開発が進められるも、効果があるのかわからない上に、優先的に接種できるのは医療従事者のみ。K大学病院でもワクチン接種希望調査があったが、俺は希望しなかった。どういった副反応が出るかわからないものを、体内に入れたくなかったのだ。


未曾有の大災害ともいうべきパンデミックは瞬く間に広がりを見せ、終息する気配は…見えなかった。

複合施設は閉鎖、テーマパークですら休園となる始末。

大型スーパーも専門店街は一時閉鎖され、食料品のみ販売されていた。あの光景は異様そのものだった。


病院では度々会議が行われ、スタッフの行動制限に関すること、物資提供について話し合われ、病棟のトップである師長は連日のように会議に参加していた。


日に日に行動制限が厳しさを増す事に、どれだけのスタッフが苦しめられたことだろう…。


外食の禁止、人が多く集まる箇所(映画館、テーマパーク、カラオケ等)禁止、旅行禁止、冠婚葬祭への参列に関しては要相談とかいいつつも、基本的には禁止であった。


まさかここまで制限がかけられるなんて…一体誰に想像ができたのであろう。


そしてついに、病院内でも感染者が出てしまった。

もともと抵抗力の弱い高齢者が感染してしまい、集中治療室へと運ばれた人は、適格な治療がなく対症療法をするも、その甲斐なく亡くなってしまった。ご遺体からもウイルス感染をすると言われていたことから、家族との対面もできないまま火葬されたそうだ。


感染が拡大することで、各地の病院にはひっきりなしに症状が出ている患者で溢れかえっていた。

K大学病院では、定期的に通院する患者に対し水際対策が取られていた。

病院の入り口を1か所にし、非接触型の体温計を設置。全患者体温測定後、アルコール消毒をしてから問診表への記入を依頼。問診票に当てはまる症状があれば、屋外に設置したテントへと一時的に隔離、完全防備の医師による問診を受けた上で、そのまま外来受診可能か、コロナ検査をするか判断することになっていた。


それも長続きはできなかった…。


検査キットの不足、医療品の欠品が大きな理由だ。


そしてついに、国の依頼でK大学病院でもコロナ患者専用病棟の設置が決められたのだ。その専用病棟を稼働させるにあたり、各病棟から看護師のピックアップが始まり、あろうことか…俺が呼ばれてしまったのだ。



遡ること1週間前———。

俺はいつも通り病棟で夜勤をしており、勤務が終わる9時過ぎに看護部管理室より連絡が来た。


「佐久山さん、勤務が終わってましたら看護部の会議室Aまで来てください」


看護部管理室から呼び出しなんて…只事じゃない!

ってか、俺なんかしでかした?


この時の俺は、まさか自分がコロナ患者専用病棟に送り込まれるなんて思ってもいなかった…。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る