第4部 迫りくる脅威
File23.リフレッシュ
実家に帰省して姉貴のことを聞き、衝撃を受けていた俺だったが、不思議なことにすんなりと受け入れられた。
病院で同じような患者さんを
姉貴から病気のこと、治療に関する事を聞きつつも、医師としての知識を持ち合わせている姉貴のことだから、守るべきことは聞くまでもないと思っていた…。
「姉貴、正月は何食った?」
何の躊躇いもなく姉貴に尋ねてみた。
「お父さんに頼んでお寿司にしてもらったよ」
「はぁ?」
「なぁに、羨ましいの?」
「そんなんじゃねーし!ってか、ケモ中(抗がん剤投与)の奴がナマモノ食うなんてありえへんやろ」
「ダメ…だったのか…」
父が不安そうに俺の顔と姉貴の顔を交互に見ていた。
「ダメってわけではないけど…」
「ダメ!ただでさえケモで血球が減ってるのに、ナマモノなんて毒に決まってんじゃん!俺、患者さんにそう言ってるけど!」
「そんなことは知らん」
「勝手すぎだろ!」
「これからは気をつけまーす」
姉貴は口を尖らせながら興味なさそうに言った。
たわいもない口論をしながらも、俺は内心ほっとしていたのかもしれない。
病気になった姉貴の気持ちは、本人にしかわからない。わかったような態度をすることで、逆に傷つけてしまうかもしれない…そんな不安を抱えていたが、姉貴の表情からは今まで通りに接して欲しい、と言っているかのようだった。
「2人とも!こうしてせっかく集まったんだ。今日のところは鍋にでもするか」
「いいねぇ」
「鍋なら火が通るからな!」
こうして久々の実家暮らしを満喫していた。
夕食時にふとテレビを点けると、中国武漢で広まっている新型コロナウイルスたるものが全世界で流行し、昨年12月31日には世界保健機関(WHO)に正式に報告されたことを報じていた。
「この新型コロナウイルスって何なの?」
「確か…、ウイルス自体はコウモリの個体群から見つかったんだよね。それより前のことはわからないみたいだけど、自然由来のウイルスって言われてるよ。それがどうやって人に移ったかまではわかんないんだって」
「ふーん。日本にも来んのかなぁ」
「中国なんてお隣じゃん、いくら検疫してたって、来るもんは来るよ」
「おっかねぇな」
こうして何気なく話していたことが現実に起こるとは、このとき誰も想像できないでいただろう…。
実家帰省中、じっちゃんも楽しそうだった。
一家団欒の席に幽霊がいるのもどうかと思うが、久々に家族が揃うのはいいものなんだろう。見えているのは俺だけだし…。
俺は、代わり映えのしない自室のベッドに横たわりながらじっちゃんに話しかけた。
「じっちゃん」
「なんじゃ」
「俺、なんで今まで帰って来なかったんだろうな」
「んなもん知るかい」
「そうだよなぁ」
「これを機に、こっちに帰ってくるのもいいんじゃないか?」
「んだな。…まとまった休みの日には帰って来るかぁ」
「んだんだ」
懐かしい景色、懐かしい家族の団欒。
俺は一時的であっても、心身共にリフレッシュできていた。
「明日帰ったら…また仕事が待ってるで」
「それがお前さんの役割じゃからな!」
「そう言えば…、じっちゃんは姉貴の事、わかってたんだよな?」
「まぁ…そうじゃな」
「かと言って、じっちゃんから聞いてもしゃーないか」
「なんじゃその言いぐさは!」
「事実じゃん!ははははは」
こうして、7年振りの帰省は驚きと憩いを持ち合わせる形で幕を閉じた。
久々に病棟出勤すると、休憩室には大量のお土産が置かれた一角ができていた。それぞれが帰省したり、旅行に行っていたようだ。
「俺は何にも買ってないけど…ま、いっか」
「えぇ、がっくん、お土産ないの?」
俺の肩に肘を乗せながら話しかけてくるのは、リア充真っ只中の立川だ。
「ねぇよ!っつか、腕のけろ!」
「実家に帰省してたのに、名物銘菓とかないの?」
「んなこと言ったって、銘菓が何かなんて知らねーよ。そういう立川は楽しんでたみたいですね!」
「あれれー嫉妬ぉ?」
「うぜぇ!」
立川はこれみよがしに年末年始の出来事を話して来た。散々聞きたくない、と言ってもしつこいくらいに聞かせてくる立川…。
ま、本人が幸せならそれでいいと思っていた。
ようは…年内には籍を入れる予定らしい。とびっきりのサプライズを計画しているらしく、そのことは聞いても一切答えてくれなかった。
言うだけ言って、こっちが聞きたいことは無視かよ
そう思いつつも、同期の幸せな姿は微笑ましいことだった。それは立川に限らず、和泉下も幸せオーラを周りにまき散らしていた…。なんだかんだ、2人はお似合いだと心の中で思うことにした。
こうしている間にも、じわりじわりとウイルスは近づいてきているとも知らず、俺たちはいつものように過ごしていた…。
そしてとうとう、日本にも脅威が襲い掛かってきたのだ。
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