File6.責任の重み

「次年度の新人教育担当として、佐久山くんに務めていただきます。本人へは先日お知らせしております」


――朝の申し送り。師長より出勤スタッフ全員に対し、先日俺が師長より言われたことのアナウンスがされた。各チーム夜勤担当者より申し送りを受け、俺が巡回の準備をしていると、ペアを組む同期の水谷が話かけてきた。


「がっーくん、朝師長さんが言ってたことって本当のこと?」

「さすがに嘘は言わねーだろ」

「ふーん。…なんか意外過ぎて嘘かと思っちゃった」

「俺も師長さんから言われとき、嘘かと思ったよ」

「まぁ、がっくんだから、きっと新人さんも心強いね」

「おいっ、…どういう意味だぁ?」

「さぁーねぇ…。あっ!!そうだ。私、点滴の準備しないと…」


溜息をつき、水谷の背中を見ながら考えていた。

俺に献身的という言葉が似合わないことは重々わかっていた。

誰かのために何かをする、向井さんが俺たちにして来たような事を、今度は俺がする…。今から考えるだけでも正直憂鬱だった。責任とともに伸し掛かる圧…。

まだ務めて3年足らずの俺に任せた師長の意図は何か…。

俺よりも立川の方がよっぽど向いているのではないか…。

同期の中で一番の劣等者とも言える俺に、…何の期待をされているのか。

師長から新人担当の件を任されて以降、俺は沸々と考え込むことが多くなった。


水谷とともに巡回を開始し、担当患者さんの部屋を訪れた。


中道俊和なかみちとしかずさん、24歳男性。精巣腫瘍に対し2年前に手術を受けたが再発がわかり、抗がん剤治療のために先日入院。明るい性格の持ち主であり、病棟でもムードメーカー的存在。俺たち同期とも年齢が近く、俺は彼に親近感を覚えていた。


「中道さん、失礼します」

「おっはよー!!今日は、楽人と水谷っちね。よろしくぅ」

「体調はどうですか?」

「ちょいちょい、楽人ー、口調が棒読みだぞ!!」

「そうでしたか?それは大変失礼いたしました」

「俺に対してだけ冷たい…。俺、病人なのに…」

「そんな患者さん毎に、態度を変えるなんてしてませんよ」


あろうことか、同室の患者さんのクスクスと笑う声が聞こえてきた。


「がっくん、…どんまい」

「楽人、…どんまいじゃ」


どさくさに紛れてじっちゃんの声。俺は溜息をつきながらも、点滴の準備を始めた。


「はい、では、点滴を始めます。お名前をフルネームで教えて下さい!!」

「中道俊和です。よろしくお願いしまぁす」


準備した点滴に貼り付けているラベルと、中道さんが手首に巻き付けているリストバンドを専用の機械で読み取り、間違いがないことを確認後、点滴の投与を開始した。


「そういえば楽人さ、来年新人さんの担当するんだって?」

「…どこからその情報を得たのかな?」


俺自身がどんな顔をして話しているのかはマスク越しでは伝わらないことをいいことに、少し怒りを込めて聞いてみた。


「それは言えるわけないじゃん」

「…大方誰が言ったかは想像できるけどな」

「楽人は良い指導者になるよ」

「何を根拠に言ってんだぁ?あっ、期待に応えられるかはわかりませんが、精一杯努めさせていただきます」

「ははは。素が出てるー。隠せ隠せ」


師長や先輩、患者さんからも口々に新人担当に向いていると言われ、俺自身はどうしようもない不安を感じていた。そんな俺の気持ちはお構いなしに次々と組み込まれる講習会の数々…。講習会に参加している他病棟の新人担当は、明らかに俺よりも先輩が多く…その事は俺自身の不安を更に煽ることとなったいた。



■□■□

必要な講習会をすべて受講し終えたある日———。

季節は秋から冬に移り変わり、病院から出るとひんやりとした風が頬を撫で、吐く息も白くなっていた。

〈うー、寒っ…。早く家に帰ってビール飲んであったまろ…〉

そんなことを考えながら歩いていると、俺の目の前に見知った人がいた。

その人は病院の敷地内に設置されているベンチに座り、下を向いてスマホを見ていた。


「中道さん」


声に反応した彼が俺を見た。

彼は涙を流していた―――。

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