File30.繰り返す日常

栗田と俺は明け方近くまで話し込み、気が付くと炬燵こたつに潜り込んで眠ってしまっていた。


今日は夜勤やし、もう少しだけ寝るか…


こうして2度寝をした俺を、数時間後に栗田は揺さぶるように起こした。


「さっくん!」

「う…うーん…」

「早く起きて!」

「なんだよ…」

「ベランダにウグイスが来てる!」

「なっ…別に見なくてもいいよ」

「ほらほらぁ。かわいいよ。もうすぐ春やで!」

「はぁ…こんなことで起こされるなんて…」


もう一度眠れる訳もなく、俺は渋々起きることにした。

一度ホテルに戻り身支度を済ませると言い、栗田は颯爽と帰って行った。


「騒がしい奴じゃったのぉ」

「そうだな」

「楽人とは正反対じゃ」

「ああいう人が1人でもいると、殺伐とした職場環境は変わるやろ」

「そうか?」

「間違いないって。実際、俺は栗田の存在に救われてる」


じっちゃんが言うように、栗田のキャラは俺と正反対だ。だが、そんな彼に救われたのも事実だろう。


夜勤の準備を済ませ俺は職場へと向かった。

男性更衣室に入った途端、月島君の姿を見つけた。

声を掛けるべきか悩んだ末、俺は彼に近づき声を掛けることにした。


「月島君!」

「佐久山さん…お疲れ様です」

「お疲れ」

「…」

「やっぱ…気まずいよな、ははは」


片手で頭を掻きながら俺は苦笑いした。


「あの後…」

「ん?」

「佐久山さんがガチ切れした後…僕たちのモチベーション、がた落ちだったんですからね。今まで見たことない先輩にどうしていいかわからなかったです」

「それは…ごめん」

「…ちょっと待っててください」


そう言い、月島君は自分のロッカーがある場所へと駆け出した。しばらくすると、手に何かを持った状態で彼は戻ってきた。


「あの時渡しそびれた物です」

「あ、…ありがと」

「僕が佐久山さんと同じ更衣室だから、タイミングが合えば会えるでしょ、とか言われて押し付けられたんです」

「言い方…」

「みんなには伝えておきます。佐久山さん、猛省してたって」

「猛省…そうだね…ほんと、あの時はどうかしてた…他の3人にも会えたら言うけど、なかなか難しいからね。月島君から伝えてもらえると助かるわ」

「わかりました」

「つか、やばっ!早く着替えんと!これ、ありがとう!」


後輩の優しさに感謝しつつ、いつか会えたらいいなと心の中で思い、俺は着替えを済ませ病棟へと足を運んだ。道中、貰った中身を見ると甘さ控えめの焼き菓子が入っていた。


誰のセンスやろ…


そんな事を考えながら病棟へ入って間もなく、俺はある違和感に気づいた。

詰所に葬儀会社の人たちが居たのだ。何度も見かけたことのある姿…。

一体誰が…と思い、近くにいた先輩に小声で話しかけてみた。


「どなたのお見送りですか?」

「竹島さん」

「えっ?!昨日の日中、…会話できてましたよ」

「夜に呼吸状態が悪化して一度は持ち直したんやけど、昼前くらいから血圧も下がり始めてな…」

「…そうですか」

「今レッドゾーンでエンゼルケア中やねん。もう少ししたら裏口から出はると思うけど、一緒に行く?」

「いえ…俺はこのまま情報取ったらレッドに行きます」

「わかった。今日は確か…坂本さんとやし、よろしく頼んだよ」

「はい」


この日、無言の退院をされた方は、竹島さん含め3名。

そしてこの事を見計らったように受け入れ要請をしてくる電話もあり、悲しむ間もなくまた日常を繰り返すことになるのだ。


いつかは慣れるよ。

かつて同窓会の席で同級生に言われた言葉だ。

確かに、経験を積むことで慣れることもあるだろう。初めのうちはマニュアルを見ながらしか触れなかった電子機器でも、打ち込むのに時間がかかる電子カルテでも、触れる回数が多ければそれなりに慣れる…。

だが…これだけは断言できる。


看取りだけは慣れない


命と向き合う仕事を選んだ時点で、いつかは向き合わなければならない『人の死』。人生を全うしてこの世を去る人もいれば、病に侵されて寿命まで生きられない人もいる。その人たちの看護ケアをすることで、少しでも痛みやしんどさが和らぐ手伝いができればと思い、日々関わっている。

だが、こうしてまた1人…この世を去っていく現実を知ると、耐え難い苦しみが俺たちを襲ってくるのだ。


「さっくん」


俺の前に立っていたのは栗田だ。

普段ならにこにこしている彼も、この時ばかりは何とも言えない苦しそうな表情をしていた。


「僕たちができる最善を尽くそう」

「それしかないもんな」

「ちなみにだけど、僕は今日リーダーだからね」

「わかってるし」

「ほらほら、坂もっちゃんも早く行くよ」

「あ、はい!」

「これから2人搬送されてくるって」

「2人ならまだいいよ」

「さすがだねぇ、さっくん」

「待って…まだ情報取れてないけど!」

「じゃあ5分だけあげる」

「5分?!」


俺たちでできる最善を尽くすため、こうしてまた日常を繰り返すのだ。

他愛もない会話をして気を紛らわせ、こうして同僚と励まし合い過ごす日常を…。



「楽人、お前さんはようやっとるよ」


じっちゃんの声が聞こえたような気がしたが、俺は振り返ることなく日々の業務にとりかかった。

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