第12話 早めの冬

 百合の探究者、天童レナの朝は早い。

 まずは、毎朝六時に起床する。


 その後は顔を洗い、寝癖を治して髪を結う、ある程度支度を整え終えると朝食の時間。


 登校までの余った時間を有効に使い、漫画のプロット詰めたり、優雅に紅茶を飲んだりして過ごしている。


 いつもと変わらぬ朝、それは所変われど変わらぬはずだった。


 今日を除けば。


 「さむっ」


 春とはいえ朝は冷える。

 しかし今日はいつにも増して寒々とした空気に満ちている。


 布団を被っても、全く改善しない、掛け布団自体がまるで氷の様に冷たい。


 たまらず飛び起きると、レナはリビングにやって来た。


 そこには、窓の外を眺める意味ありげに儚げな雰囲気を漂わせながら、淹れたての紅茶を飲んでいた。


 「おはようございますレナ」


 今日の天気予報は全国的に快晴。

 春の暖かい風が吹く良い日と報道されていた。


 「は?」

 

 それに反して窓の外は、エベレストでも来たのかと思うほどの猛吹雪だ。

 窓の外から見下ろせた絶景の街並み、それが白い闇に覆われて、何も見えない。


 「ちょいちょい、なんで雪降ってるんですか?」


 「私も目が覚めたらこうなっていました。雪に霊力が込められているのを見るあたり、なんらかの霊現象が起きてるようですね」


 「霊現象って、これが!? こんな異常気象みたいなのモノまであるんですか!」


 驚くレナの様子を見て、カレンはある事に気づいた。


 「レナ、アナタもしかして、霊力を感じ無いのですか?」


 この雪には、一粒一粒に強い霊力が宿されている。

 本来であれば、霊能力者は寝ていても、雪の霊力を感じ取りその気配で飛び起きるのだ。


 「霊力の感知か、そういえばあんま意識したことないかも」


 これまでを振り返ると、レナが気配を感じたのは直接相対した霊だけだ。

 遠方から気配を感じた。という芸当はこれまでやった事がなかった。


 「恐らく感覚が過敏すぎて無意識にセーブしているのかもしれませんね」 


 「それはつまり……私の感度が何千倍になってる。みたいヤツですか」


 「というより、元々高いのです」


 「なるほど、私って女だったんですねぇ」


 カレンら特に表情に変化無し、何を狙ってかの発言だったのか、彼女には伝わらなかったようだ。


 そこはかとなく、攻めた発言をするレナはさておき、この場に一人欠けている人物がいる。

 レナもそれに気づいて、カレンに聞く


 「あれ、イユリお姉様ってまだ寝てるんですか?」


 「イユリですか、彼女なら今、この雪の原因を調べに行って貰っていますが……」


 イユリの行方を聞いて、レナは思わず我が耳を疑った。

 この猛吹雪は、見知った土地とはいえ、真っ白で先なんて見えない、下手すれば遭難、最悪凍死である。


 「イユリお姉様外に出しちゃったんですか、この天気で?」


 「心配無用よレナ、イユリはこの程度では死なないから」


 (うわっ、クッソ鬼畜だこの人)


 噂をすると、玄関から扉が開く音が聞こえた。

 調べを終えてらイユリが帰って来たのだ。


 「かっ、かかカレン姉、わわわッ、分かったよよよ〜」

 

 レナ達が様子を見に行くと、季節外れのもっこもこな厚着を着込んでいて、フードには雪を被っている。


 寒さで凍った鼻水がポロリと割れ落ちると、イユリはガックガクに声を震えさせながら報告を初めようとした。


 流石に危ないので、カイロやらタオルを持って来て、イユリの体を暖める。

 

 「お疲れ様、朝から大変だったわね」


 何事も無かったかの様に話しかけるカレンを見て、流石にキレたイユリが言った。


 「ナニ他人事みたいに言ってんの? イユリが嫌だって言ってんのに、殺気向けてまで調べに行かせたのカレン姉じゃん」


 「身に覚えがありませんね、それで、調べはつきましたか?」


 イユリの不満をカレンはシラを切って一蹴。

 早く報告を聞かせるよう急かした。


 「あぁ、さっき風紀委員がタワマン張り込んでたから聞いて来た。悲哀愁だって、原因」


 「そう、厄介な事になったわね」


 その名前が出た時、少し重くなった。

 それとは別にレナは気になる事があった。

 

 (ひあいしゅう? なんかどっかで聞いた事ある様な……)


 聞き覚えのある名前だが、それがなんなのか思い出せない、とりあえず悲哀愁が何者なのかを姉達に聞く。


 「有名なんですか、そのしりとりっぽい名前の人」


 「アレ、もしかして知らないの? 情ザコすぎてウケ、ふぇっくしょん!!」


 イユリ、煽ろうにもくしゃみが止まらずそれどころでは無い。

 質問にはカレンが答えた。


 「元は戦国時代で最強の雪女として名を轟かせた大妖怪です」


 その伝説は遡ること戦国時代。

 四カ国が入り乱れる天下分け目の大合戦。


 そこに突如、割って入るように現れたのは、おおよそ戦場には似つかわしく無い、見目麗しき美女。

 その者こそが雪女の悲哀愁である。


 彼女は現れると同時、戦場に荒れ狂う猛吹雪を吹かせて見せた。


 風に乗って飛び荒れる雪の速度は、甲冑を着た兵士を用意に貫く、現代で例えるならまるで弾丸。


 戦場にいた兵士は次々と皆穴だらけとなって鏖殺されて行く。


 そんな中、洞窟で隠れていたとある国の将軍と僅かな兵。

 眼前で起こる惨劇の数々に恐れをなしてしまい、怯えながら身を隠していた。


 しかし、隠れても意味を成さず、あっさりと悲哀愁に見つかってしまった。


 もはや命運ここまでと死を覚悟をした将軍だったが、その時、悲哀愁はどこから取り出したのか、美しい球体の青い水晶を手渡しこう言った。


 「命が惜しくばお前達が持つ財を差し出しなさい、さすればこの水晶を差し上げましょう」


 彼女にすっかり怯えていた将軍は言う通りに水晶を買い取った。


 訳も分からず貰った水晶だったが、そもそもこれがどの様な代物なのかは全く分からなかった。


 しばらくは城の一室で祀られていたが、将軍は水晶を見るたびに戦場でのトラウマを呼び起こすようになってしまっていた。


 その水晶は一体なんなのか、得体の知れない不気味さに将軍は耐えられなくなってしまい、逃れるように、水晶は後に神社へと寄与されたという。


 その後、兵の多くを失った将軍の国はすぐに隣国へと吸収された。


 自らの将としての器の無さに失望した彼は、切腹を試みるも、国を吸収した隣国の将軍によってそれを禁じられてしまい、死ぬ事も出来ず残りの生涯を寺の坊主として過ごしたと言う。


 その後に見つかった彼の手記には、悲哀愁と言葉を交わした当時の事を振り返り、その時に感じた彼女の印象について記されている。


 『いついかなる時も悲しき顔を浮かべし雅な雪女、積もり積もった雪の山は秘められた悲哀を物語るかのようだ、しかして、かの者、まことの姿は虚なり』


 「当時犠牲になったと言われている兵士は総勢七万にのぼります。その過半数は霊能力者でした」


 突然現れては、どこぞで通りすがりそうな破壊者第一話の如く、霊能者の兵を相手に殺戮無双した挙句、生き残った人間を殺すぞと脅して、恐喝したという事実。

 レナは、その無茶苦茶すぎる所業にドン引きしている。


 「なんつー傍迷惑な妖怪、強盗かよ」


 なお、なぜ悲哀愁が戦場に現れたのか、なぜ人間を殺戮したのか、その理由はわかっていない。


 一説では、戦が原因で起きた何かしらの理由で悲哀愁の怒りを買ったのではないか、とも言われている。


 カレンは続けて、悲哀愁についての伝説を語る。


 「後に悲哀愁を鎮めて式神にしたのは、水晶を寄与されたという神社の長男、凍河氷左衛門いてかわひざえもんという霊能力者しでた」


 「えっ……凍河って」


 「そう、この異常気象の原因となっているのは、おそらく───」


 「まさか、フユちゃん!?」


 その時、レナは思い出した。

 悲哀愁とは、フユキが契約していた式神の名前であると言う事を。


 「ちょっと待って下さい、この吹雪がフユちゃんの仕業だって言うつもりですか!」


 「いや、無理っしょ」


 イユリは即答で否定した。

 掘り返したのは、数日前にレナが言ったの発言だった。

 

 「アンタが言ったんじゃん、凍河の式神は術者に力を貸して無いって話」


 カレンもイユリに続くように言う。


 「経緯は存じあげませんが、式神が暴走してしまったんでしょうね」


 「……フユちゃん」


 事件の中心に中学時代からのクラスメイトがいる。

 どうして、こうなったのか、知らなければならない、そう思いレナはカレンに言った。


 「お願いですカレンお姉様、フユちゃんの所に行かせてください!」


 「それ、危険は承知の上での発言ですか?」


 その威圧が込められた言葉を聞いて、レナは一瞬言葉が詰まる。


 例え姉妹三人で向かったとしても命が危険である事に変わりはない。

 しかし、やりたい事に背く様な事だけはレナは絶対にするつもりが無かった。


 「いいえ、全く承知しておりません! 正直メッチャ行きたく無いです!」


 「ではなぜ?」


 「彼女は大切な、私の友達で、作品を読んでくれた読者です」


 「凍河さんはアナタの漫画をあまり良く思っていない様でしたが、それでも?」


 「例え、私の作品を快く思われていなくても、作品に目を通してくれた以上、彼女は私の読者です」


 「それに、命をかけるだけの価値があるのですか?」


 「……長い」


 「はい?」


 「問答が長い!」


 このやり取り自体は対して時間はかかっていない。

 しかし、一刻も早くフユキの元に行きたかったレナはとっとと切り上げたかった。


 「命を賭ける価値? そんなもん気にしてたらエナドリがぶ飲みだなんてしてバカやらかしてませんよ私はぁ!」


 レナは感情のままカレンの胸ぐらを掴んだ。

 腹のそこから捻り出すように力をいれて、堂々と言う。


 「後先なんて考えない、思い立ったらすぐ行動、石橋叩いて渡るくらいならぶっ壊す、故にの問答無用、分かったらさっさと行かせろ、このクソキモブラコン女ァ!」


 カレンの威圧に怯む事なく、その目を見つめてレナは啖呵を切った。

 命知らず過ぎる発言にイユリは戦々恐々としている。


 その啖呵に対してカレンが返したのは、受け入れた様な、穏やかな笑顔だった。


 「ふふっ、素直でよろしい」


 「胸ぐらを掴まれるなんて初めてよ」


 「あぁ、いや、すいません、つい」


 「レナ」


 カレンはレナの顔に手を触れて、自分のまた合わせる。

 その目をジッと見つめながら言った。


 「私達は姉妹、行くなら三人で、です」


 姉妹の絆は絶対、いついかなる時、困難にぶつかったら、姉妹一丸となって乗り越えるべし、開校以来続く校訓の一つである。


 「あと、私のブラザーコンプレックスは純愛です。断じて気持ち悪くなどありません」


 カレンは本気で言っていた。

 

 「着替えてレナ、凍河さんの元にいくわよ」


 ◇


 外出準備を終えて外に出ると、雪の中でも走行できるように改造された車が止められていた。

 そこには、複数人のメイドと執事のミカドが待っていた。


 「お嬢様、ご要望の品をお届けに上がりました」


 「注文通り、猛吹雪の中でも問題なく走行可能なカスタマイズを施しております」


 「ありがとうミカドさん」


 「運転はお任せ下さい、この林川ミカド如何いかなる環境においても、快適なドライブになる事をお約束しましょう」


 カレンは最初からフユキの元へと向かうつもりだった。

 既に準備していた。


 電車は使えないため、民間人には外出禁止令を出し、車を走行しやすい様にするなど、レナが寝ている間に手を回していたのだ。

 その手際の良さにレナは驚嘆する。


 「ぬっ、抜け目ねぇ〜」


 風紀委員のメンバーが展開した街全体を覆う結界の出力が上がった。

 結界内部では悲哀愁の霊力の影響を弱める効果を発揮するのだ。


 しかし、それを持ってしても、せいぜい吹雪が治るのが精一杯。

 無理矢理出力を上げているため長くは持たない。


 たが今は、それで十分だ。

 むしろ、車は走りやすくなった。


 月之輪姉妹の三人は車に乗車していく。

 ミカドが運転席に座ると、三人に確認する。


 「皆様、シートベルトのご準備はよろしいでしょうか?」


 「それでは安全第一、最速最短ルートで行きましょう」 

 

 ◇


 時を同じくして、理事長室では月之輪シラユリが身支度を整えていた。


 宣言通り一日で任務を終え戻って来たシア、彼女からの報告それを聞いたことで、向かうべき戦場が決まる。


 「シラユリ様、ミカドより連絡が、カレン様達が動き始めました」


 「そう、それなら、そちらはあの子達に任せます」


 「よろしいのですか、相手は悲哀愁ですよ」


 「愚問ねサチヨ、アナタもわかっているはず、結果がどうなるか」


 その身に纏うは戦闘装束は、おおよそ似つかわしく無い、無骨な軍用の戦闘服だ。


 そして、その額には青筋が走り、怒りが突き抜けそうになっている。


 「私達も教師としてやるべき事を遂げに行きましょう、愚か者のケジメをつけるのです」

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