第7話 恋するイユリ 理事長シラユリ現る。

 「イユリ先輩おはようございま〜す」


 「……」


 学園生活二日目の朝。

 昨夜の出来事にイユリは相当腹を立てているようでレナが朝の挨拶をしてもダンマリを決め込んでいた。


 「おーい、イユリ先輩〜」


 「うるさい」


 どうにかして挨拶を返させようとイタズラ心に火がついて少し調子に乗る。

 机の下に入りイユリの足元から語りかける。

 さながらピエロが題材のホラー映画の様に。


 「ハ〜イ、イユリィ」


 と挨拶、イラッと来たイユリはその瞬間にデコピン!

 結構強めに食らってびっくりしめ思わず立ちあがろうとしてレナは机に頭をぶつける。


 「あいったぁぁぁぁ!」


 机が思いのほか重く人ひとり立ち上がろうとしてもピクリとしか動かなかった。


 「アンタが凍河に嫌われてる理由なんとなくわかった気がする」


 興味を持った人にグイグイ迫るレナの癖。

 人は時にそれをウザいと感じ、男子は勘違いしてしまう。


 知りたいと思うと相手と親しくなって来ると相手どう思おうがお構い無しでとことん距離を詰めて来る。

 それが天童レナという女の子。


 「二人ともおはよう」


 「あ、カレン会長おはようございます」


 「カレン姉おはよ〜」


 「それじゃすぐ朝食にしましょうか」


 朝食の準備をすると三人で机を囲み「いただきます」と揃って言うと、箸を手に取り食事を始めた。


 今日の献立はシンプルにおにぎりだ。

 具はシャケ、コンビニの物とは違い米の内側に詰めるのではなく、炊いた米と混ぜ飯にして握ったもの。


 側面からは米と共に散りばめられたシャケのフレークが見える。

 白胡麻も一緒に混ぜてあるので風味も良く仕上がっている。


 付け合わせの味噌汁はワカメで昨日の残り物を温めなおしたもの。


 お嬢様学園ならもっとトリュフとかフォアグラなどを素材にした高級なフレンチとかが出ると思っていた。

 それもあってか、すごく庶民的な品々が出てきて、レナは少し拍子抜けする。


 「もっと、高いもの食べると思ってたんですけど、結構庶民派なんですね」


 「家計をやりくりしてるだけよ、お給料は大切に利用しないとね」


 「給料? ここってアルバイト禁止じゃありませんでしたっけ」


 「アンタ、ここがどこだか忘れたの? 霊能者なんだから、霊関係の仕事に決まってんじゃん」


 「あ〜そっか」


 「私達生徒は国際霊能協会から学園に来た依頼を受けて、達成することでそれに応じた給料が学園から支払われるんです」


 鮮麗白花学園では生徒達の自立する力を養う一環として、霊能者の生徒を派遣し発生している怪異の対処するという取り組みを行っている。


 これにより、生徒は実践経験を積み、さらに働いて稼ぐという大変さを学ぶことにもつながっている所謂いわゆる、課外活動の一環である。


 「へえ〜なんだか学生起業みたいですね」


 「まぁ、それに近いわね、協会の依頼を元請けである学園が受け、その下請けとして生徒に仕事を割り振る。構図としてはその表現で間違いないわね」


 仕事を受けると言っても学生、それも名家のお嬢様達だ。

 少しでも危険があるような事は本来すべきではない。


 「それ、危なくないですか? 保護者からクレームとか来そうですけど」 


 「依頼はそれぞれの生徒の実力に応じて教師が割り振るんです。よっぽどの事がない限り命に関わる事にはならないと思いますよ」


 「なんか、フラグに聞こえるんですけど」


 「とは言え、危険である事に変わりありません、弱い霊でも人を殺傷することは十分に可能です。生徒も保護者もそれを承知の上で、当校に入っています」


 百合以外に特に考えずこの学園を選んだレナだが、自分が踏み込んだ世界が危険に満ちた物であると、ようやく実感できた。

 それを理解したとたん、顔色が青くなって来ている。


 「なんか、急に怖くなって来ちゃいました」


 それを暖かく励ますように、カレンは激励の言葉を送る。


 「それが大事なの。霊は怖いもの、それを理解していればレナはもっと強くなれるわ」


 「……会長」


 「レナ、私たちは姉妹になったのよ? 会長だなんて他人行儀な敬称はやめて」


 「では、なんて呼べば」


 「そうね、姉とそう呼んでくれればいいわ」


 レナには良い呼び方が思いついていた。

 来た時から一目見て思った印象をそのまま伝えれば良い。


 「はい、カレンお姉様、イユリお姉様」


 それにカレンは微笑みで返す。

 その場にイユリはいなかった。いつの間にか皿を片付けて、自室に戻っていた。


 ◇


 「イーユリお姉様、いっしょにお着替えしましょう!」


 「入ってくんな変態」


 登校に向けて各々準備する中、レナは自分の着替えを抱えながら、イユリの部屋に押しかけてきた。


 「アンタさ、出会って二日目くらいなのに良くそんな馴れ馴れしくできんね、気まずいとか無いわけ?」


 レナも服を脱いで着替え始める。

 あまりこだわっていないのか、なんの色気もない地味な色合いのスポブラだ。

 上下揃えておらず、下はなんと苺トランクス。

 それには思わずイユリも絶句。


 (ダッセェ)

 

 対して派手な紅色の下着をセットで着ているイユリ、その視線は顔から少し下に落ちていた。


 「ねぇ、アンタ、何カップ?」


 「え? えーと去年測った時は、確かCからDくらいだったと思います」


 「チッ、あっそ」


 ちなみにイユリはギリA、装甲の厚さは妹の方に軍配が上がった。

 一方レナは足は太すぎず程よい肉付きのイユリの美脚をガン見する。漫画の参考にするために。


 「あの、イユリお姉様」


 「なに、変態女」


 「あの〜なんて言うんだっけ、あっ、リアムさん? の事、好きなんですか?」


 「ッ!!」


 質問されたイユリは分かりやすく取り乱し始めた。

 

「はっ、ハァ〜!? 何言ってんのアンタ、なんでヤツ、あんなナヨナヨしたヘタレ、別に好きとか無いし、まぁ優しいとは思うけど、泣き虫だし、弱いし、とにかくそう言うんじゃないし!」


 挙動不審で早口になりながらも必死にレナの言葉を否定しようとする。 


 「え〜でも昨日一人でイたしてた時、言ってたじゃないですか、その人の名前、リアムぅ〜って」


 「覚えてんじゃねえ! あの時は突然入って来てビックリしただけ、別にやましい事なんてしてないし! 寝言だ寝言!」


 加木屋イユリはイジワルな女の子だった。

 幼馴染の月之輪リアムに対して事あるごとにちょっかいをかけて、いじめていた。


 欲しいおやつをパシリにして買いに行かせたり、成績で上を行くといちいちマウントをとったり、対戦ゲームでボコしたり、おやつを奪ったり、浴衣を見せびらかす為に強引に花火大会へ連れて行ったりと色々やっている。


 なぜ、イユリはリアムをいじめるのか? 


 なぜ能力が花火なのか? 


 なぜ、カレンと姉妹になったのか?


 その答えはただ一つ。


 加木屋イユリは月之輪リアムという男の事が大好きだからだァ!


 意中の男子に素直になれず、ついいじめてしまう例のアレ。

 気がつくと目で追ってる。他の女と話してニヤついているとムカつく、お情けの義理だと言いつつも毎年高級素材で作った手作りチョコを渡している。


 花火大会はイユリにとってカレンの邪魔されず、素直になれず意地を張って意地悪する事も無く、初めてただ純粋に子供らしく遊ぶ事ができた最良の思い出。


 イユリの能力はその思い出を能力として昇華させたもの、差異はあるがメカニズムは思業式の式神に近い。


 二人の着替えが終わる。

 レナはニヤニヤといやらしい笑顔を浮かべながら言った。

 

 「へぇ〜イユリお姉様って結構ツンデレさんなんですねぇ」


 「なにニヤついてんのアンタ、ガールズラブが好きなんじゃないの?」


 「確かに私は百合専門です。ですがそもそもの話オタクなので百合以外も当然見ます」


 「あっそ」


 「それにこう言う、青春ラノベとかにいそうなラブコメのツンデレヒロイン系のキャラ、私結構好きです」


 「知るか」


 「あぁ、でも、そのリアムさんって今海外にいるんですよね?」


 「まぁ、北欧の姉妹校に行ってる」


 「だったら、北欧神話の戦乙女ヴァルキリーみたいなイケてる外人美少女と付き合ってそれはもうウハウハだったりして」


 「……ッ!!」


 それを聞いた瞬間、イユリはまるで子供に戻ったように目を涙で潤ませた。

 今にも泣きそうにな震えた声で絞り出すように言う。


 「ど、どうしてそんなひどいこと言うのぉ」


 「えっ、イユリお姉様……?」


 「ヘタレのリアムに彼女なんて出来る訳ないもん、イユリが先に好きになったんだもん」


 この時、突然幼児退行したように泣くイユリを見てレナ正直な思いの丈を叫んだ。


 「可愛いッ!!」


 その姿を見てレナは反射的にスマホのカメラで激写!

 スライディングで足元に滑り込み、その表情を写真に残す。

 

 「すいません、もうちょっと顔見えるように上げてくれませんか!」


 レナの興奮気味な様子にイユリはスッと泣き止む。

 自分の泣き顔を可愛い、そう叫んで楽しそうに撮影するレナに軽い恐怖を感じ、軽蔑したように思わず口から言葉を漏らす。


 「オメェ、サイコパスだろ」


 ◇


 学園に登校した三人。

 それぞれ教室へと向かわず、そろって別の場所に向かっている。

 レナは二人に尋ねる。


 「あの、何しに行くんですか?」


 答えたのはイユリだ。

 最初に返されたのは罵倒からだった。


 「はぁ? アンタそんな事も知らないとか、下調べが足りないんじゃ無いの? 情ザコじゃん♡」


 情ザコ、要は情弱と同様に情報力に乏しいことを侮辱するイユリの造語である。

 彼女は続いてレナの質問に答え初める。


 「依頼書を受け取り、カレン姉は学生じゃ珍しい上級霊能者だから、指名依頼が結構来んの」


 ついた先は理事長室。

 歴史を感じる木製のアンタティーク調の両開き扉。

 レナ扉の向こうから夏の陽光で肌がヒリつくかのような凄まじいプレッシャーを感じる。


 「あの、なんで理事長室なんですか?」


 「生徒で上級の資格持ってんのは五人だけ、指名依頼は理事長が直々に目を通して問題ないか精査する事になってる。大丈夫ならこうやって呼び出しくらって依頼書を渡されんの」


 「上級って、他の人ってどんな人達なんですか?」


 「三年に四人いる。あとイユリ」


 「マジですか!? イユリお姉様すご」


 二年で唯一の上級。

 妹に褒められ気を良くしたのか、鼻を高くし自慢する。


 「当たり前じゃん、イユリを誰の妹だと思って───」


 二人の会話中、カレンはノックもせず、扉を力強く前蹴りする。

 扉はバタンッと結構な勢いで開き、靴の形がクッキリついてしまう程にへこんでしまった。

 ちなみに扉の値段は歴史的な価値を含めるとその額は3千万に上る。


 突然の姉の暴挙、妹二人、流石に青ざめる。


 カレンは不機嫌そうにとりあえず貼り付けたようなため息混じりの挨拶をした。


 「ハァ、失礼します」


 カレンの視線の先には窓の外を眺めている女性がいた。

 若く美しい、それに反して年相応の雰囲気を感じる。


 「カレン、ここに入る時だけノックしないのはやめなさいと前から言っているでしょう」


 「恐れながら、お母様相手にはこれで十分かと」


 「はぁ、まだ怒っているのですね、月之輪の娘がなんと幼稚な」


 (うわ、仲悪そう)


 「さて、話が逸れましたが、初めましてですね天童レナさん」


 「はっ、はい」


 「私はこの鮮麗白花学園で理事長と務めています。月之輪シラユリです」


 学園理事長の月之輪シラユリは一族の現当主でもあり、この月之輪市の支配者。

 霊能力者として世界に十名しかいない超越級霊能者の資格を持つ世界屈指の実力者だ。


 穏やかにしていても漏れでるその迫力にレナは気押されつつも、彼女の容姿にどことなく既視感を感じる。


 (なんだろう、凄く若いし美人なんだけど、髪型かな? 恐ろしい子ッとか言いそう)


 「……ふむ」


 「なるほど、噂に聞いていた以上の素質を秘めている。フフッ、末恐ろしい子ですね」


 (本当に言った!)


 「カレン、いい妹を見つけましたね」


 「当然です。それよりお母様、リアムくんはいつ帰ってくるのですか?」


 「まだ一年でしょう、それくらい待ちなさい、これは月之輪の男子として必要な試練なのです」


 どうやら、この二人の険悪な雰囲気の原因は月之輪リアムにあるようだ。

 話題を切り替え、イユリに労いの言葉を送る。


 「イユリさんも、カレンの妹として頑張ってくれているようね、この子の相手は大変でしょう」


 「……ぃぇ」


 イユリは相当緊張しているようで、いつもの調子が失せてすっかり萎縮してしまった。


 (イユリお姉様、声ちっさ!?)


 カレンには依頼より弟の方が重要なようであり、なんとかシラユリがリアムの話題を切り上げようとしても、しつこく続けてくる。

 

 「お母様、私は今でもリアムくんの海外留学には反対していますから」


 「これはリアムのためです。高校受験、しかも志望校に落ちる様では月之輪家の名折れ、貴女が指図する事ではありません」


 ブラコンが止められず依頼の話を完全に忘れているカレン。

 娘に厳しくしつつも他二人には穏やかに接して忙しいシラユリ。

 二人の様子を見てレナは改めて思った。


 (うわぁ、やっぱ仲悪そう)

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