第8話 理事長 月之輪シラユリ

 「イユリお姉様、なんであの二人は仲悪そうにしてるんですか?」


 レナはなぜ月之輪母娘が反目し合っているこか、それをイユリに尋ねた。


 「それをあの二人の前で、堂々とイユリに聞ける度胸だけは認めたげる」


 「ありがとうございます」


 「褒めてねぇよザコ」


 イユリの語るところによれば、月之輪家長男のリアムは高校受験で失敗してしまい志望校に受からなかったという。


 その事が相当ショックだったようでリアムはしばらく引き篭もっていたそう。

 それを危惧した母シラユリは北欧にある親族が運営する姉妹校に放り込んだ。


 カレンは自分に断りもなく弟を海外へ強制留学させ自分達の中を引き裂こうとしていると憎んでいるらしい。


 「滑り込み入学の学校とか選んでなかったんですか?」


 「できないんだよ、月之輪に生まれた人間に受験失敗なんて許されないから」


 「うわっ、そういう厳格系な名家のお家事情ってリアルであるんですね。エグいわ〜」


 「アンタさ、よく当人達の前でそういうコト言えんね」


 二人は聞こえないフリをしてくれているのか、それとも単に聞いていないのか、レナの発言には反応を示していない。

 続けてレナは言った。


 「でも、こうして傍観してると、ラノベとかにありそうなテンプレを見てるみたいで、ちょっと面白いですね!」


 イユリはレナと目を合わせない。返事も返さない。数歩横にずれて距離を取る。

 思いを馳せるリアムの家族にサイコ女と同類とは思われたくないから。

 

 この空気を切り替えるように、シラユリは言った。


 「さて、くだらない言い合いはここまでにして、本題に入りましょう」


 そう言って、シラユリは机に一枚の紙を置いた。

 真面目な文面の紙、紙の端には霊能協会の印鑑が押印されている。


 「……これは、中級の依頼ですか」


 「一応は協会を通した正式な依頼です。今回はコレをこなして貰います」


 「私とイユリだけならすぐ片付きますが、経験の浅いレナにはちょうど良いですかね」


 「へぇ、どんな依頼なんですか?」


 レナは覗き込むようにして依頼書に目を通した。


◇◇◇◇◇


         依頼書


対象資格

中級霊能者向け


依頼内容

心霊スポット荻野八束橋おぎのやつかばしにて発生した悪霊を速やかに除霊せよ。


依頼危険度

レベル60


報酬

1千万円


◇◇◇◇◇


 「荻野八束橋って、有名な自殺スポットですよね? それで1千万円も貰えるんですか」


 荻野八束橋。

 地方のとある大きな川を跨ぐように作られたこの橋は絶景が見れる観光スポットとしても知られている。


 その一方でここで飛び降り自殺を図る人々は後を絶たず。

 未遂者含め、年間で20人近い人達がここに身を投げている。


 「そうね、日本でも有数心霊スポットでもあるわ、危険度レベルは60」


 「それって、どれくらい危険なんですか?」


 イユリが少し脅かすつもりで、嘲笑の笑みを浮かべながら答える。


 「だいたい〜戦車一台分くらい♡」


 「こんな危険な事はやめましょう!! 私絶対死ぬやつですよねコレ!!」


 イユリの答えを聞いたレナは即答!

 通りの良い、とても元気の良い声で依頼を全力で拒否した。

 

 「素直ねレナ、学校が終わったら行くわよ」


 「嫌だッー!!」


 月之輪市は外界から隔絶された陸の孤島だ。

 荻野八束橋まで行くには移動までに相当な日数が掛かる。

 それを疑問に思いレナは質問した。


 「ていうか、依頼の場所って他県ですよね、学校どうするんですか!!」


 「日帰りで行けるので大丈夫ですよ」

 

 「はい? それはどういう───」


 「それでは、よろしくお願いします。月之輪の名に恥じぬ仕事を」


 「お任せください、お母様、あと早くリアムくんを呼び戻してください」


 「ねぇ、日帰りって、日帰りってなんですか? ねぇ?」


 結局、レナの疑問は解消されないまま、それぞれ教室へと向かった。


 ◇


 レナ達が理事長室を出ると、入れ替わるように二人の教員が入って来た。

 教頭、林川サチヨと今年赴任されたばかりの一年梅組、副担任、林川シアだ。


 「カレン様って、あんな感じの人なんだね、ちょっとビックリ」


 「アレでも実力はシアちゃんより上なのよ、それに普段はイメージ通りだから安心して」


 何を隠そう、この二人は親子である。

 彼女達はカレンに呼び出され、理事長室までやって来た。

 サチヨは、コンコンコン、と3回ノックをしてから扉を開けた。


 「カレン様。失礼しますよ」


 「サチヨ、それにシアさん良く来てくれましたね」


 気丈に振る舞うシラユリだが、その顔には明らかに疲労が見て取れる。

 それに気づいたサチヨが言った。


 「あらあら理事長ったら、朝からお疲れのようですね」


 「そうね、まったく、あの子と来たら何かあればリアムの事ばかり……」


 シラユリの悩みの種、それはカレンだ。

 幼少の頃より拗らせていたブラザーコンプレックスに長い間、頭を抱えている。


 「ホッホッホッ、誰に似たのでしょうね?」


 「皆目見当もつきません、一体誰ににたんだか……」


 「ワタクシは理事長だと思いますよ」


 「サチヨ、思っていてもそういう言葉は口に出さないものよ」 


 「あらま、それはつまり、ご自覚があるという事ですか?」


 「昔から、アナタのそういう所が苦手だわ」


 「あの、それで、私達を呼んだのは?」


 シアは本題を聞くためにシラユリに尋ねた。

 それを聞いて切り替えるように答える。


 「はい、カレンに渡した依頼書なのですが、依頼人が少々気になりまして」


 「まぁ、依頼するにしても、カレン様に見合ってませんものね」


 シアはサチヨに尋ねる。


 「上級の霊能者って中級レベルの仕事を受けるモノなんですか?」


 「実際は結構あるわ、ただ協会から来た依頼は学校側で振り分けちゃうから、生徒会長にはこのレベルのモノは渡していないのよ」


 「では、なぜ?」


 シラユリはその依頼人の名を重い口を開くようにして言った。


 「依頼人は、凍河家の現当主、凍河レイジ氏です」


 凍河レイジ。

 凍河家の現当主にして、凍河フユキの実の父親でもある。

 氷河の支配者の異名を持った上級のエリート霊能者だ。


 「は? 霊能者の名家ですよねそれ、そんな人がどうして、自分でもできるような中級の依頼を……」


 「我々はその意図を知りたいのです。シアさん、赴任されたばかりで申し訳ありませんが、彼について調べて頂けますか?」


 林川家は代々月之輪本家に影から使えて来た闇の一族。

 隠密や情報収集に長けており、中でも林川シアの能力は傑出している。


 「シアちゃん、できる?」


 「問題ありません、一日ほどお時間が必要ではありますが」


 「素晴らしい、流石サチヨの娘ね」


 「サチヨは、在学している凍河フユキさんの周囲を警戒して下さい、この件は風紀委員にも協力して頂く予定です」


 「まぁ、それは頼もしい」


 「それと、これはハツネ先生からの報告ですが、凍河フユキの式神術には、些かの違和感を感じたそうです」


 「ほう、それは?」


 「凍河フユキがを使っていたと、その上、情緒も普段では見られないほど、不安定だったとか」


 この学園では入学前の生徒に対しては必ず綿密な調査が行われる。

 それはレナやフユキも当然例外なく調査されている。


 当然、普段の素行も把握している。

 その上で今回レナと揉めたフユキの様子が不審だと判断した。


 「……それは、ちょっと嫌な予感がしますねぇ〜」


 「最初は、レナさんとの間にあったという揉め事が原因かとも思いましたが、もしかしたら、凍河さんに宿るに何か変化が起きているのかもしれません、くれぐれも気をつけて事に当たってください」


 「分かりました。その辺も含めて警戒を強めておきますね」


 サチヨはシラユリが生まれた日から長きに渡り使えて来た。

 それこそ、笑みを交わし合うだけである程度意思疎通がし合えるほど、まさに互いに心から信頼し合える存在だ。


 すると、シラユリはおもむろに壁に設置された大きな振り子時計を見る。

 すると、彼女は二人に言った。


 「そろそろ時間ですね、サチヨ、シアさん、申し訳ありませんが少し退室願えますか?」


 二人は言う通り、理事長室を後にする。

 シアは部屋から退出させた意図が分からず、母サチヨに尋ねた。

 

 「お母さん、私よく知らないんだけど理事長は何をしているの?」


 「アナタはここに赴任されて間もないですもの、知らないのも当然ね」


 サチヨの頭が少し開いた。

 視線を扉に向けながら少し考えるような仕草をすると、真剣な面持ちで言った。


 「そうね、言うなれば……自己鍛錬かしら」


 「鍛錬?」


 「何人も妨げること許さず、霊力を高める修行を理事長はしているのよ、ほら」


 「えっ、理事長の霊力反応が……消えた?」


 「特別製の結界よ。理事長の強大な霊力は人によっては感じただけで体調を崩してしまう、これは生徒達への影響を防ぐ為の配慮です」


 「理事長、一体どんな凄い修行を積んでいるの?」


 実は、サチヨは少し嘘をついていた。

 主の名誉と娘の忠誠心を守るため、シラユリの秘密をなんとか濁して伝えた。


 (カレン様だけならともかく、シラユリ様の醜態をシアちゃんに見せる訳にはいかないものねぇ)


 ◇


 シラユリは扉を閉めると入念に人払いの結界を張る。

 不備が無いか入念にチェックし、それが終わると、理事長室の壁際に置かれた本棚の前に行った。

 棚から本を一冊を抜き取って逆さまにして入れ直す。


 すると、本棚がひとりでに動き出す。

 そこには、入念に隠された秘密の部屋への入り口が現れた。


 「今日は最終日、スケジュールが合わず生で見に行けませんでしたが、せめて画面の向こうから応援するとしましょう」


 部屋に入ると、シラユリはピンクの法被にサイリウムを手にして眼前のモニター前に立つ。

 そこには、大勢の観客に囲まれた大きなステージが映し出されている。

 そしてステージにスモークが噴き上がると同時に七人のイケメンが現れる。


 『日本ニッポンノ皆サンコンニチハ、僕タチFly againデス!』


 「キャァァァァ、セウォンくぅ〜ん♡」


 鮮麗白花学園理事長、月ノ輪シラユリ。

 彼女はイケメンの韓流ダンスボーカルグループFly againの熱烈大ファンだった。

 推しは従軍明けで復帰した最年少のセウォンくん。


 今日は彼らの世界ライブツアー最終日、シラユリはその生配信を見るために、修練などと言って二人を退出させたのである。


 一応言っておくと、シラユリは現在職務中。

 彼女は仕事をサボって配信を見ている。


 「ファンノ皆サン、一人一人ノ力ガアッテ僕達ハ、コノ世界ツアーヲ、ココマデ続ケル事ガデキマシタ、僕達ノオ礼ノ気持チ、聴イテクダサイ、新曲Paradise Dragon!』


 「んほぉぉぉぉ新曲キタァァ!!」


 狂喜乱舞し見事なオタ芸をしながら、画面の向こうにいる推しを応援する。

 するとシラユリの霊力が爆発的に上昇し始めた。

 まぁ、鍛錬とは言い得て妙である。


 この時のシラユリの表情はリアム談義でトリップしていたカレンと全く同じ顔だった。


 

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