第9話 レナの初実戦

 レナは授業が終わり、カレン達と待ち合わせると、市外にある空港まで連れて来られた。

 ここからは海外から来た生徒や要人らが入る玄関口。


 月之輪家が派遣した専用IDチップを埋め込まれたパイロットと乗務員、そして専用の飛行機でなければ入国不可能。


 それ以外の機体や乗務員が不時着以外の理由で入港した場合は弾道制御AI搭載式の地対空ミサイルによって問答無用で撃墜される。


 その説明が記載されたマニュアルを読んでレナは戦慄していた。


 (こっわ、ミサイルって、警備システム過剰なんじゃ)


 その時、レナはふと思い出した事をカレンに尋ねた。


 「カレンお姉様、日帰りってどうやるんですか?」


 「まずは、アレに乗ります」


 カレンが窓を指差した先には飛行機が止まっていた。

 全体的に紺色に塗られたボディには、月の満ち欠けを表す月之輪家の家紋が描かれている。


 「旅客機ですよねアレ」


 それについてイユリが答える。


 「違う、カレン姉のプライベートジェット」


 「へぇ〜カレンお姉様って飛行機まで持ってるんですね」


 「どした。もっとリアクションとかないの」


 「いちいち驚くのも疲れて来ました」


 二人がそんなやりとりをしているのを他所にカレンは腕時計を確認している。

 誰かを待っているようだ。


 「遅いですね、もうすぐ、パイロットの方が来る予定なのですが」


 カッカッと革靴の歩む音が聞こえる。

 三人は音のする方へ視線をやると一人の紳士が現れた。


 「カレンお嬢様、お待たせしまい、誠に申し訳ありません」


 発せられた声は熟練声優の如し激渋なイケヴォ、ピシッと伸びた背筋、キレイに整えた髭、白髪混じりの髪をかっちりとオールバックに固めた燕尾服の男性だ。


 「紹介します。今回、飛行機の操縦をして頂く、当家執事長のミカドさんです。サチヨ先生の旦那さんでもあります」


 林川ミカド、月之輪家に50年もの渡り仕え続けている信頼厚い執事。

 サチヨの夫でシアの父でもある。


 「この林川ミカド、皆様のフライトが快適な物になる事を、お約束いたしましょう」


 そのイケヴォから語られた宣言は、妙な説得力があり、このフライトが安心できるモノなると確信させる力があった。


 「私、ガチの執事さん初めて見ました」


 「それでは行きましょうか、20分もあれば着くでしょう」


 ◇


 全員がプライベートジェットに搭乗すると、機内の設備にレナはド肝を抜かれた。

 高級ホテルのスイートルームの如し設備の数々は庶民な彼女の視線を釘付けにする。


 「ぬぉぉぉぉ! スゴイ、ガチのプラベじゃん! ウッホォ、シートふっかふかぁ!」


 「ねぇザコ、機内であんまりはしゃがないでくれる。恥ずいから」


 「え〜いいじゃないですか、どうせ私達しかいないんですし」

 

 「レナ、今回はキャビンアテンダントとして学園のメイドも何人か乗っているから、品位を欠く様な行動は慎むように」


 「えっ、あの人達いるんですか?」


 生徒いる所にメイドあり。

 郊外で任務を行う際、メイド・イン・メイデン達は、護衛として陰ながら生徒に同行する事になっている。


 しかし、そんな事などお構い無し、自制できない程の興奮。

 未知なことは知りたい漫画家の反応に抗えずレナはすぐさま機内の探索を再開した。


 「あっ! テレビも動画サイトも見れますよ! ぬぉっ、推しのバーチャル配信者がホラゲ実況生配信中!? もう始まってるとは不覚っ!」


 「とはいえ、妹にここまで喜んで貰えると、姉としては、ちょっと嬉しいですね」

 

 時間にすれば二十分と短いフライトだがとても楽しい時間だった。

 

 ここで飛行機は謎の行動を取る。

 目的地のある県の空港を降りずにそのまま通過したのだ。

 レナはカレンに言った。


 「あの、空港通り過ぎましたよ?」


 その質問にカレンが答える。


 「空港へは行きませんよ、スカイダイビングでこのまま目的地まで降下します」


 「へ?」


 レナはあれよあれよと、流されるまま、ダイブの準備が始まった。

 レナはスカイダイビング未経験な為、カレンと一緒に飛ぶ事になった。


 飛行機の暑い扉が開くと、途轍もない力の気流が吹き上がる。


 ピンポンパンポーンと校内放送の音楽が流れると、天井のスピーカーから渋めのイケヴォが聞こえた。


 『この林川ミカド、皆様のご武運を陰ながらお祈りしております』


 機内アナウンスでミカドからのエールが送られた。

 それを機に三人は飛行機から飛び降りた。


 その気流はレナに直撃する。

 その風圧はドッキリ番組とかで見そうな面白い感じの顔面崩壊を起こしている。

 口から垂れたヨダレは置いていかれるように上へと上げられた。


 しかも制服のまま来たので、風邪でスカートが目から上がる。

 流石に恥じらいはあるようで、急降下の恐怖も混じった絶叫を放つ。


 「イヤァァァァ!! ちょっ、スカート! パンツがモロ出しだからぁ!!」


 その発言にイユリが突っ込む。


 「トランクス履いてる奴が言うセリフか」


 意識が遠のき気絶しそうな時、レナは背中から柔らかな感触がした。


 (むっ? この背中のクッションは感触は……もしや)


 感触の正体はカレンの胸だ。

 そこからレナはセクハラ親父のような下品な思考を巡らせる。


 (カレンお姉様って結構デカいな、こっちのシートも悪く無いかも……グヘヘ)


 それで少し恐怖が和らいだ。


 スカイダイビングの後、荻野八束橋近辺の広場に難なく着陸に成功した。

 レナは酸欠気味で過呼吸になりながら言った。


 「はぁ、ハァ、キッツ、風圧で、息が、ハァ、苦し、死ぬかと、思った」


 レナがバテている中、姉二人は慣れているのかケロッとしている。

 それどころか、冷静にパラシュートを片付けている。


 「あの、すいません、今度から普通に行けないんですか?」


 「レナったら、リアムくんみたいな事を言うのね、こっちの方が時短になるでしょう」


 どうやら月之輪弟も被害者らしい。


 「こんくらいでヘバるとか、体力ザコすぎ、筋トレしたら♡」


 イユリの言う通り、霊力による身体強化が無ければレナの体力は貧弱である。

 運動神経は平均的な方だが、基礎となる体力が雀の涙。

 夢中になると体力の限界も忘れて、事が済むと力尽きる事も多い、今後の課題である。


 「それで、例の戦車級はどこに」


 「この先ね、行くわよ」


 ◇


 目的地まで行くとそこには巨大な人形の肉塊が鎮座していた。


 「あっ、見っけ♡」


 「うわっ、思ったよりグロい、ホラゲーのクリーチャーみたい」


 異形の悪霊は人型の肉塊で、全身の至る所に人間の口が付いている。

 それぞれの口はそれぞれに違う怨嗟を言葉にしている。


 「『やめて、痛い、いじめないで』『どうせ、俺なんか』『これで、楽になれる』『いやだ死にたくねぇよ!』『イヤァァァァ!!』」


 「理性が消えていますね、器が急速に増えた霊力に耐えられなかったのでしょう」


 荻野八束橋の霊は蠱毒のように殺し合いが発生し最後に生き残り他の霊を食らった個体が強化された。


 「お母様ったら、私達にコイツを調べさせるつもりなのね、全く」


 「あれ、ねぇカレン姉、天童どこ行った?」


 「えっ、レナだったら、あそこに───」


 いつの間にか、レナは悪霊の足元まで接近していた。

 恐れていないのか、悠然と悪霊に歩み寄る。


 「おぉ〜デッか」


 「『なんだお前』『幸せそうな顔しやがって』『いじめないで』『お前も俺を殺そうとしてんのか!』『オイオイ、霊になってもモテちまうなんて、罪なオトコだぜ、オレ』」


 「あぁ、そのまま動かないで貰っていいですか、スケッチしたいんで」


 「『はぁ?』」


 「いや、戦車級さんのビジュアルが良い感じにキモいんで、漫画のネタにしようかと」


 レナは持参したスケッチブックに、絵を描いていく。

 その筆のはテキパキと迅速かつ丁寧に悪霊のラフ画を描きあげてしまった。


 「どうですか、まだラフですけど、良く描けてるでしょう!」


 意気揚々と披露したラフ画。

 それは特徴を捉えた手早く描いたラフ画とは思えないほど精巧な絵だ。


 しかし、それは悪霊の火に油を注ぐだけだった。


 「『これが、オレ』『嘘よ、私の美しい顔が』『いじめないで』『お前、俺をバカにすんじゃねぇ!』『ウソだろオレ、キモくても男前が隠せてねぇ、てか、お嬢ちゃん、絵上手いねぇ!』『テメェは黙ってろ!』」


 「ねぇ、さっきから一人くらい理性残ってる奴いない?」


 悪霊の名は百々口どどぐち

 怨嗟を吐き散らし、橋に訪れた人々を狂乱させ自殺に追いやる悪霊。

 それぞれの口はこの荻野八束橋にて命を落とした怨霊の集合体である。


 百々口は全身の口から、鼓膜を破かんばかりの絶叫を一斉に放った。


 「『『ギャァァァァァァァァ!!!!』』」


 その叫びは人間を狂乱へと誘う。

 これを聞いた人間は発狂して、精神をズタズタに破壊される。


 心を壊された人間は、橋から身を投げ無ければという思考に取り憑かれる。結果、投身自殺をしてしまう。


 死んだ人間はその魂を百々口に食われる。

 百々口に浮かび上がる口の数々は全て奴によって操られた被害者達の物である。


 その、攻撃を受けたレナは、徐々に精神を蝕まれて行き───


 「ぬぉ、ビックリした。なに?」


 「『『あれ?』』」


 ───否。

 なんの効果も無かった。


 困惑する百々口、ポカンとしているレナ。

 両者の間に割って入る様に、カレンが静かに降り立ち、レナに言った。


 「レナ、あなた精神干渉が効かないのね」


 「えっ、どういう事ですか」


 「この悪霊の叫びには、人間の精神を破壊する効力があるの」


 「怖っわ! あれ、でも、私なんともないですけど」


 「『ふざけるなァァァァ!!』」


 精神攻撃が効かないのならと、どどかは物理攻撃に切り替えた。

 その巨躯から繰り出される拳は巨岩が降り注ぐかの様な迫力がある。

 慌てて回避するレナ。避けた所には拳の形にクレーターができていた。


 「あっぶな」


 その腕にも当然沢山の口が付いている。

 レナは起き上がると、移動速度の強化に力を当てて撹乱する様に百々口の周囲を駆け回り始めた。


 「『ギャッ!』」


 口の一つが血と共に悲鳴を上げる。

 そこには生えてた前歯が二本消えていた。

 それを皮切りに、全身の口から前歯が消えていく。


 それは、レナの仕業である。

 百々口を見て、ふと抜歯は古来より存在する拷問の一つ、という事を思い出し、それが効果があるのではと考えた。


 高速で移動しながら次々と歯を抜いていく。

 

 「『ギャァァァァ私の歯がぁ!』『痛ぇ、痛ぇよ!』」


 口にはそれぞれ自立した意識がある。

 歯を抜かれれば当然口内に激痛が走る。


 「お化けでも歯とか抜けるんだ。でもチマチマ攻撃しても効果薄そうだし、どうしよう」


 その少しの間が、百々口に落ち着きを取り戻させた。

 奴は全身の口から舌ベロを触手の様に伸ばしレナに向けて一斉に振るった。


 (やばっ、逃げ場が)


 大量の舌に逃げ道を阻まれてしまった。

 そのままレナは全身を絡め取られてしまう。


 「ちょっと、触手プレイは興味無いんだけど、ん、でもこれ舌ベロ、舌ベロで触手プレイ、あれ? 意外とネタになりそうかも」


 そんな事を考えていられるのも束の間、百々口の体が突如裂ける。

 その裂け目は無数の牙が生えた大きな口となり、レナをそこへと飲み込もうとする。


 「ちょー!! タンマ、食べる気なの!? ダメダメ、って口クッサ!」


 まさに絶対絶命。

 しかしその時、レナを縛っていた舌が次々と切り落とされていく。


 「中級とはいえ、初陣ういじんでここまで動けるのは及第点と言った所ね」


 その窮地を救ったのはカレン。

 彼女の手には薔薇の鍔が付いた薙刀が握られている。


 「かっ、カレンお姉様」


 「でも、戦闘中に余計な事を考えてはダメ、危うく死ぬ所だったって分かってる?」


 「ごっ、ごめんなさい」


 百々口は舌を切られた事に激昂したようで、標的をカレンへと変えてその剛腕を振るった。


 「『どけぇぇぇぇ』」


 それと同時、百々口の体に花火が炸裂する。

 その衝撃は巨体を容易くひっくり返した。

 

 その先には、イユリが真紅に彩られたポンプアクション式のショットガンを構えていた。


 「アンタ如きがカレン姉をヤろうなんて身の程知れよザ〜コ♡」


 「授業の代わりに見せてあげましょう、あなたの姉の、この月之輪カレンの力を」


 「唱名───【幻魔之薔薇げんまのばら】」

 

 次の瞬間、辺りに霧が立ち始めた。

 霧に混じって、周囲には薔薇の花びらが舞い散っている。


 それと同時、百々口は膝を付いて動きを止めた。

 口々は寝息やいびきをしている。

 百々口は眠ってしまったのだ。


 レナの視線は百々口よりも上の方に向いている。

 

 「なに、あれ」


 「私の式神です。とてもいい子ですよ」


 レナが見たのは百々口の頭上に現れた巨大な赤薔薇霧、中央には巨大な眼球がある。

 レナはそれと目が合った。


 (あれ、ダメだ。ヤバい奴だ)


 冷や汗が止まらない、足がすくんで動かない、百々口とは圧倒的に霊としての格が違うとレナは一目で理解した。


 百々口には巨大な包丁が突き刺さり、体に火が付いたりと色々な事が起き始める。


 「一体なにが」


 その力は夢。

 眠らされた相手が見た夢は全て現実になってしまう。

 それが例え悪夢でも。


 殴られたような痣、切り傷、絶え間なく追い続ける傷に次第に耐えられなくなり、百々口の肉体は朽ちた枯葉の様に崩れて落ちていく。


 「【幻想実現ファントム・リアリティ】これが私の霊能力です」


 「勝った。戦車級に」


 「さて、帰りましょう、寮に着いたら反省会ね」


 「あの、調べたりするっていうのは」


 「カレン姉、やっぱいたよ〜」


 イユリの手には百々口の体に付いていた口が一つ握られていた。

 それはその辺の石に融合させられているようだ。


 「いやぁ〜助かったよ、お嬢ちゃん達のお陰でまともに成仏できそうだぜ!」


 カレンはレナを助けた時、自我が残ってた口も切り落としておいたのだ。


 「アナタ達はどうしてこんな姿に?」


 「いやさ、ここにいる連中って今まで互いに不干渉でいるのが暗黙の了解? みたいな感じだったんだけど、なんか怪しいヤツが来てさ、オレらになんか細工したワケよ、そしたら皆トチ狂ってシバキ合いになってさ、気づいたら口沢山の怪物になってマジヤバかったんだよ」


 「なんかよく喋る口ですね」


 カレンは残った口に聞く。


 「それはどんな人でしたか?」


 その質問に、意気揚々と口は答えた。


 「えっとな、身なりが良かったからな、多分金持ちだ。後は、なかなか男前だったな!」


 他にも質問したが、結局、彼はこれくらいしか知らなかった。


 とりあえず、聞きたい情報は得ることが出来たので、霊の除霊をする事にした。


 「レナ、あなたが成仏してあげなさい」


 「私が、ですか」


 カレンはレナに任せる事にした。

 それを聞いたイユリは何も言わずに、霊を宿した石を手渡す。


 「でっ、出来るかな」


 上手く出来るか分からない、そんな不安でてが震える。

 その手をカレンは優しく手を触れた。


 「落ち着いて、優しく祈りなが、霊力を流し込むの」


 「優しく、祈りながら……」


 レナは深く深呼吸をして意識を落ち着ける。

 フユキとの模擬戦の時の様に、集中する。

 すると、その掌から暖かな光が溢れ出す。

 その光は石を包み、現世に縛られた魂を解放する事ができた。


 「ありがとうな、この恩は生まれ変わっても忘れないぜ!」


 本来の姿である若い男性へと戻り、魂は天へと昇って行った。


 魂の昇天を見届けると、カレンはパンと手を叩く。


 「さて、帰りましょうか、帰ったら反省会するわよ」


 始めての実戦、初めての除霊。

 レナはこの経験を決して忘れないよう、心の奥へ刻み込んだ。

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