第25話 買い物帰りにて

 「おっ、卵安いじゃ〜ん、ラッキー♡」 


 放課後、学校の帰りにイユリはスーパーへと立ち寄っていた。


 冷蔵庫の中身が寂しく、買い足して置かなければならない物が多い。


 持って来たエコバッグだけでは、足りず仕方なくレジ袋も購入した。


 パンパンに詰め込まれた二つの袋を持って、帰路に着こうとした時、後ろから声をかけられる。


 「イユリさん、今よろしいかしら?」


 「ん、学園長……?」


 声をかけたのは、学園長の月之輪シラユリだった。


 普段は厳格で隙など微塵もない彼女だが、今は困っているという感じだ。


 そんな雰囲気を察してかイユリは快くその呼びかけに応じた。


 「はい、問題ありません」


 「あぁ、ありがとうございます。少し混み合った話しですので、こちらに」


 シラユリは話を聞いてくれるせめてもの礼も兼ねてと寮まで車に案内された。


 月の家紋が印字された漆黒のリムジン車、運転手は執事の林川ミカドで、二人がシートベルトを付けた事を確認すると、安全運転を意識してゆっくりとアクセルを踏んだ。


 「それで学園長、お話というのは?」


 「イユリさん、そんなに畏まらないでください、ここは公式の場ではありません、子供の頃みたいにと呼んでいただいて結構ですよ」


 「そっ、そんな、滅相もございません」


 「……それで、本題なのですが」


 「はい」


 どんな重い話題が振られるのか、緊張感でゴクッと音を立てて固唾を飲み込むイユリ。


 シラユリはその悩みを告白する。


 「リアムに会いましたか?」


 「……ピィ?」


 思わずクセのリアクションで返してしまうイユリだったが、すぐさま気を取り直してその言葉の意図を問い返した。


 「あの、大変申し訳ありません、学園長のおっしゃる事が理解できないのですが」


 「その様子なら、会っていないのですね」


 シラユリは自らを落ち着けようとしているのか、窓の外を見ながら事の経緯を話し始めた。


 「実は、北欧の姉妹校にリアムの様子を聞いたのですが」


 ◇


 遡ること数日前、三年生に喰血斬の件で招集をかけた後の事だった。


 教頭サチヨに諭されて息子リアムの携帯に電話をかけた。


 だが、繋がらなかったのだ。


 それを心配したシラユリは息子を預けている姉妹校に急いで連絡をかけた。


 そして帰ってきた返答は───


 「は? 卒業した!?」


 『はい、去年来た時にはもう飛び級していますが、ご存知なかったのですか?』


 「初耳です。それで、その後息子はどこに?」


 『えっと、一ヶ月は北欧のエルフの里やドワーフの里などに滞在していたみたいです。在校生に里の場所とか聞いて周ってたとか、その後の足取りは、すいません不明です』


 「……そう、ですか」


 ◇


 その話しを聞いてイユリは震えていた。


 今の今まで北欧で勉学に励んでいるものと思っていた幼馴染がとっくの昔に卒業していると聞かされたのだから。


 「あの、それじゃあ、今、リアムは行方不明ってことですか?」


 「そうなります。そして、足取りが掴めない事から、あの子も今回の件の容疑者として浮上しました」


 「ありえない、だってリアムは霊能力の才能なんてカケラも無い普通の人間なんですよ!」


 「そうですね、可能性は薄いと私も理解しています。あの結界の出入りも大前提として月之輪家の霊能者に限るという物です。ましてや力のないあの子が喰血斬に触れようものなら、その時点で食い殺されてしまいます。故にアレを奪えるはずがないのです」


 「……リアム」


 イユリはポツリの彼の名を口にする。

 かなり心配しているようだ。


 「アナタにリアムの事を尋ねたのは、もし日本に帰国していたのなら誰かしら知人に接触していないかを確認するためなのです」


 もし、何かの犯罪に巻き込まれていたら、刀を盗んだ犯人なのではないか、そんな心配と疑念が入り混じった複雑な心境が社内の空気感を支配していた。


 暫くの沈黙が続き、気がつくと車は月光寮の前に到着していた。


 シラユリはイユリに一つ約束をしてもらった。


 「この事はくれぐれもカレンには秘密にしておいて下さい、あの娘は必ず暴走しますので」


 「はい、肝に銘じます!」


 そう返事をすると、イユリは買い物の荷物を持って車を降りた。


 寮へと戻るイユリの姿を車窓から見守るシラユリはポツリと呟く。


 「……リアム、今どこにいるのですか」


 ◇


 「ただいま〜」


 「あぁイユリ、お帰りなさい」


 イユリは寮に入ると異様な光景が目に飛び込んできた。


 「ァァァァ」


 見下ろした先には、目に濃いクマを作って、ゾンビのような、枯れたうめき声を上げて力尽きていたレナの姿だった。


 「なんかあったの?」


 「それが、レナったらアマネを徹夜で説教してたらしくて、そのせいで今日はもうずっとこんな感じなのよ」


 「ふーん、アホ」


 先輩に対して迷惑をかけた百合怪人レナにイユリは呆かえっている。


 そんなゾンビレナを軽く蹴りながらイユリは言った。


 「おいサイコ女、これあげる」


 「ぁい?」


 「家のポストに入ってた。読め」


 渡されたのは一枚のプリントだっだ。


 レナはそれを受け取ると、小難しい文章をすっ飛ばして、自分の名前が書かれた要点だけを読んだ。


 ◇


天童レナ、囁木テルハ、鬼瞳シノブ、京極アトラ


以上四名でショッピングモールの怪異を解決の任務にあたるべし。

 

 ◇


 「……京極アトラ? あぁ、ボーイッシュ系美少女の……これがどうしたんですか?」


 「イユリの任務ね、一人で受けるんだ」

 

 「あらイユリもですか、私もです」


 聞くところによると、他の候補生徒達もどうやら、個人で任務を受けるような物らしい。


 「……なんで私だけ別の姉妹に派遣みたいな感じなんです?」


 「アンタと京極姉妹を今回の任務に組み込むつもりなんじゃない? 知らないけど♡」


 それはつまり私と京極姉妹だけレベルが段違いの依頼を渡されたという事になる。


 「……え? なんで私?」


 「これは予想だけど、もし、他の生徒を個人任務にしたのは、既に決定しているメンバーに加える面子を決まる為なんじゃないの」


 「いやいや、そうじゃなくて、なんで私」


 二人が挟んでいる事を横目にカレンはレナが机に空いた先ほどの指示書を手に取り読んで見る。


 「なお今回の任務に失敗した場合、天童レナを退学処分とする……ですって!?」


 カレンが驚いた様に読み上げると、その内容を聞いたレナは少しの間をおいて、隣の家まで聞こえるような大声をあげた。


 「なぁぁぁぁにぃぃぃぃ!!?」


 寝不足レナは、その話を聞いた瞬間、しなる竹が元に戻って行くかのように、一瞬で元気を取り戻した。


 その声は、日本でかつて人気を集めたクールな某餅つき芸人の鉄板ネタにとてもよく似ていた。


 退学の二文字を聞き、レナ狼狽! 


 新たなるピンチの登場に果たしてレナの運命やいかに!?

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