第28話 ループものをやるメンタルは私には無い

 「ぬわぁぁぁぁ!! あれ?」


 「戻ったか、ではキサマらが集めて来た情報を聞こうか」


 「レジーナ先生の声……え、私なんで外にいるの?」


 「私の能力で時間を巻き戻した。ちょうど十分前にな」


 レジーナ・ライニンガー、彼女の能力は時間操作である。

 式神たる懐中時計を触媒に時間の停止、巻き戻しが可能になっている。


 「なんでこう、ウチの教師陣は敵ボス系能力を習得してる人ばかりなんですかねぇ」


 「余計な私語は慎め、それでお前達が中で見たモノを聞こうか」


 そこでレナ達は自分達が見た一階フロアについて詳細に報告した。


 フロア内部に失踪したはずの客がいた事、行方不明者リストに記載されていない同じ顔の外国人が複数名いた事、レナに起こった特殊な怪奇現象についてなど。


 インカム越しに報告を聞いていたレジーナは眉間にシワを寄せている。


 「なるほど、外国人か」


 「オレ達もそいつら見たぜ、ただ天童が喰らったっていう呪いみてぇなのはなかったな」


 「先生は何か分かりますか、外国ゆかりの怪異とか」


 「私は直接見ていないからな、なんとも言えん、せめて顔さえ分かればな」


 レナの質問も最もだが、レジーナ自身も憶測やまだ不確定要素の多い情報下の中では、まだ何も言えない段階にあった。


 レナは質問を続けた。


 「それなら先生ご自身が入って確認して巻き戻しすればよろしいのでは?」


 「残念ながらそれは無理だ」


 「えぇ、なんで!?」


 「このモール内の異空間はこの事象を起こしている術者のテリトリーだ。術者は支配空間内の法則を自在に操るいわば神のような存在だ。仮に私が入った場合、空間内における時間を掌握されて能力を無効化されるだろう」


 「な、なるほど……」


 強い能力も決して万能ではない、それが世の常である事は、レナも理解はしていたが。


 しかし、いざ現実でそれを言われると攻略法が一つ減ったように感じられ、どこか落胆してしまう自分がいた事を感じる。


 「それなら写真を、と言いてぇ所だが、人間の記憶と違って巻き戻したらスマホのメモリーも戻っちまうからなァ」


 「ルゥも人の考えている事を見たり聞いたりできるけど、自分からは声を送ることしかできないの」


 「フッ、これぞ手詰まりと言う奴か……あのような危険があっては対策無しに突入するなど愚策、さて、どうしたものか」


 外国人は今回の時間の正体を知る上で外せない存在、その人物達の顔を知る事さえ出来たのなら、攻略の糸口が見えるはずだと、意見を出し合うも、中々アイデアが出てこない。


 その時、声を上げたのはレナだった。


 「あの、そういう事なら私似顔絵かきしょうか?」


 「ほぅ、天童レナ、お前は絵が得意なのか」


 「まぁ、それ仕事にして稼いでるんで、こう見えて美術の絵の授業は最高評価しかもらった事ないので自信あります」


 レジーナはレナの百合漫画趣味、もとい仕事について知らなかったようだ。


 その提案を採用する事とし、レジーナはレナに指令を出す。


 「よし、ならば一度私の元に集合しろ、天童は似顔絵作成、後の全員は休息をかねて待機だ」


 「「はい」」


 一同は揃って返事をした。


 バスに戻り一時間、レナは記憶を頼りに似顔絵を作成していく、仕事の杵柄と言うべきなのか、一枚ずつを流れるように作成していき、計四枚の絵を完成させる。


 「ふぅ、描けた描けた」


 「おぉ! うめぇな天童、さすが漫画家だぜ!」


 「ルゥ達が見た人達、そっくりなの」


 「むむ? レナっちょ先生よこの幼女は誰だ。こんな娘モールにいた?」


 「あぁ、私が呪いくらってる時に見たんですよね、レアなコス来てたんで覚えてたんですよね!」


 「この少女は、覚えがあるな」


 「あれ、レジーナ先生ご存知?」


 「私の母国では広く知られている子だ。ただしとしてな」


 すると、レジーナはまるで講義でもするようにその事件について語り始めた。


 ◇


 アメリカ、マサチューセッツ州。

 世界的に広く知られた名門大学がある事で有名なとある街で起こった事件。


 ある日、その街に暮らす住人が愛犬の散歩中近所の家から嗅いだことの無い異臭がすると警察へと通報が入り発覚した。

 

 通報があったのは、築百年ほどが経過していた古い邸宅で警官達が中に入ると、異臭はますます強くなっていたという。


 そして、二階の子供部屋と思しき一室に立ち入ると、そこに広がっていた異様な光景はいくつもの事件に立ち会って来たベテラン警官ですらも吐き気に耐えられなかったほど凄惨な物だった。


 そこには家具も何もない部屋の中心に十字架にはりつけにされた人型のナニカ、それが子供の死体であるという事を理解するのに時間はかからなかった。


 ミイラのように水分が抜け切ってガリガリに痩せ細り、まるで焦げたように黒くカサブタのように硬化した表皮、警官はその中で剥き出しになっていたというその子供の生き生きとした白い歯が妙に印象に残ったという。


 当初、この一見は殺人事件として捜査されていたが、彼女の身元などと後に衝撃的な事が判明した。


 十五年前から母親と共に行方不明となっていた当時幼稚園児だったアンナ・オーサーちゃん四歳。


 驚くべき事にアンナは磔にされていた十五年間、前述の状態で十字架から降ろされるまで普通に生きていたというのだ。


 検死官によると、死の直前までその脳内にはドーパミンやアドレナリンなど多幸感を生む脳内物質が分泌され続けており、本来拷問としても用いられた磔で一才の苦痛が無かったことが判明した。


 その後、土地のオーナーが警察の現場保存の忠告を無視して曰く付きの建物の取り壊しを強行が決まった時、仕事を引き受けていた解体業者が現場に向かった際に集団失踪した。


 これを霊障と判断したマサチューセッツ州議会は、高ランクの霊能者を集い件の解決を試みたが結果は失敗、現場に向かって霊能者は誰一人として帰って来なかったらという。


 以降、アメリカ国内においても五本の指に入る特級心霊スポットとして語り継がれ、恐れ知らずのゴーストハンターですら近寄らない場所として今も実在している。


 ◇


 「なっ、なんすかその話、気持ち悪い」


 「霊障とかにはよくある話だな、上級霊能者が全滅ってのはあんまり聞きたくなかったが」


 「でも、それアメリカの話なの、それがどうして日本で起こっているの?」


 「フフフッ、分からん」


 レジーナは少し考えて黙り込んだあと、次のように提案した。


 「ならば少し計画を変えよう、今度は四人一組となって二階フロアの探索しろ、天童レナ、お前は唯一呪いの被験者だそのお前が責任をもってその少女に接触しろ」


 「───は?」


 レナには晴天の霹靂、ループは覚悟してはいたが、彼女からしてみればもう一度いっちょ呪われに行ってこいと言われているようなものだった。


 「安心しろ、ヤバくなったら時間を巻き戻して助けてやる」


 「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ、レジーナ先生はこの私に、死にかけループを繰り返せ、とっ……!?」


 「その通りだ」


 レジーナはなんの否定もせず、その通りだと頷いた。


 流石に何度もあんな目に遭うのは嫌なのか、レナは必死に抵抗している。


 「いやいや、無理です無理です。ていうかループ物って私のメンタルゴリゴリ削られる奴じゃないですか、無理ですダメですお断りします」


 そうして、駄々をこねるレナにレジーナは次のようなカードを切る。


 「……確か、貴様には退学がかかっているそうだな」


 「ぬぐっ!」


 切られたのは任務失敗したら退学させられるという、勧告の事だった。


 「いいのか? 仕事を放棄すれば退学が確定するぞ」


 「おっ、おのれ〜卑怯なぁ!」


 「なんとでも言え、生徒の成長を促すのが教師の仕事だ。卑怯を犯すなど恐るるに足らん」


 抗議を続けるレナであるが、次の瞬間アトラによって後ろから首根っこを掴まれたかと思うと、まるで羽毛のようにフワリと持ち上げられ肩に担がれた。


 「ちょ、離して下さい、離せぇ!!」


 「やめとけレナ退学がかかっているなら、解決した方が早ぇよ」


 抵抗も虚しく、レナは再び街中の伏魔殿へと足を踏み入れる事になってしまった。

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