第29話 ドロリとした。

 「いーやーだーはーなーせー!」

 

 アトラの肩に担がれながら、レナは子供のようにジタバタして対抗していた。


 今回は作戦を変えて、四人で同時に入る事になった。

 

 「腹括ったかテメェら! いくぞぉ!」


 そして、再びモールへの突入が開始されるその次の瞬間だった。


 「グフっ!! ほ゛ら゛ぁぁ゛! やっぱりごうなっだぁぁ!!」


 レナの体に再び先程体験した黒い液体を血反吐のように溢れる現象が起こったのだ。


 先程よりも数段早く、レナの顔からみるみると色が失せていく。


 (うそっ、これ殺る気マンマンじゃん、やばい、マジで死───)

 

 「天童ぉ! 気合い入れろぉ!」


 「おえっ?」


 アトラは練り上げた霊力を掌に込めると、バシィッ!! という音がモール内に反響し共にレナの背中が強烈に叩いた。


 「グッ、ゲェェェ!!!」


 その掌打はレナからすると、背骨を粉砕されるのではと脳裏によぎらせるくらいには強烈だった。


 しかし、不思議と不快感は無い、それどころか、黒い液体を吐く状態が回復し始めたのだ。


 青白く染まっていたレナの顔色が肌の色を取り戻し正気が宿って行くのがわかる。


 「えっ? 何やったんですか?」


 「そう難しい事はしてねぇ、叩き出せると思って試しにやってみただけだぜ」


 「我が姉君よ、レナに憑依された気配など無かったはずだが、なぜ気づいたのだ?」


 「半分感だ。が憑かれている奴に見える特徴に似てただけだ」


 (気? 最近スケールが宇宙レベルで途方もなくなったレジェンド少年漫画に出てくる概念みたいなやつかな?)


 「ただ、天童が食らってたあの〜なんだ呪いモドキ? みてぇなのは、正直オレも直接見るまで分かんなかったが、ありゃ多分死者とか悪霊の仕業じゃねえな」


 「どういう、ことなの?」


 テルハの質問に合わせるように、レナも呼吸を整えながら、アトラに視線を送る。


 「時間がねぇ、天童悪ぃがおぶさって行くぞ、歩きながら話す」


 ◇


 四人は歩きながら、2階フロアの内装を頭に叩き込みながら、アトラは自らの見解をを説明していく。


 「生霊?」


 「そっ、要は死者じゃなくて、生きてるやつの霊体だ。幽体離脱とはちょっと違うんだけどな」


 「それが、レナっちょ先生を襲った怪異の正体であると?」


 「生霊ってのは、例えばそうだな」


 アトラはどうにか分かりやすく説明できるように実例も交えた解説を始めた。


 例として挙げられたのは、とある高校の修学旅行の女子グループに起こった出来事。


 彼女達は仲良し五人組なのだが、メンバーの一人が体調不良が原因で修学旅行途中で早退してしまった。


 彼女は修学旅行をとても楽しみにしており、早退には最後まで反対していたのだが、彼女には持病があり、早く帰らねば悪化してしまうので、彼女は断腸の思いで修学旅行を後にした。


 仕方なく残りのメンバー四人は、せめて早退した娘のために何かお土産を買っていこうと約束すると、その先でそこで怪異が起きる。


 四人がそこで写真を撮影した際、四人組の間に潜むような正気のない顔が写っていたのだ。


 その顔は体調不良で早退したグループのメンバーだったのだ。


 それに驚いて、彼女に慌てて連絡を入れるがその娘は電話越しでも分かるほどポカンとしていたと言う。


 その後、通りがかりの親切なお坊さんに声をかけられ、お祓いを受けたという。


 生霊とは幽体離脱のように命綱だけ繋いで肉体と霊体を分離した場合とは違い、術者の想念が霊体に影響し、霊体自体を分けた分身となって、飛ばしたアバターのようなもの。


 このケースの場合は、四人の女の子達には大した害は無いが、いわゆる憑かれいる状態なため彼女らの霊体に負担をかけて、最悪体調不良を招く。


 しかし、最も危険なのは術者本人であり、霊体を二つに分けた影響で霊力への耐性が著しく低下してしまい、最悪、邪悪な霊や悪意ある霊能者に狙われかねないので、素早くお祓いをして分身を元の肉体に戻さねばならない。


 その後は、何事もなく修学旅行は無事に終了し五人は再び学校で再会する。


 これは余談になってしまうが、最後に、旅行先ではないが、早退してしまった娘は四人から貰ったお土産を身につけて、できなかった五人の集合写真を撮影した。


 その写真には、早退した娘の半分に見知らぬ男の正気のない顔が仮面のように張り付いていたそうな。


 ◇


 「あの、オチつけてまで怪談話しただけですよね? 話す必要ありました?」


 「ワリィワリィ、つい口がノッちまった。話を戻すな、えっとな要は今話したケースみたいに生霊っての要は霊だけど死んだわけじゃなくて、生きたまま霊障を引き起こしてるんだよ」


 「それって、霊能力ってことですか?」


 「まぁ〜広義的に見ればそうだな、うん」


 「さっきレジーナ先生から聞いたろ? 外国人の女の子は磔の状態で生きてたって、多分まだ死んでねぇ」


 「だが、さっき話したケースと今回のは格が違う、空間操作やらは生霊で出来る事の範疇を超えてやがる。これはもう人の技じゃねぇ」


 「えっと、じゃあその女の子はなんらかの理由で人間辞めて、それで進化したクソ強い生霊で私を狙ってるってことですか?」


 「おう、そんなとこだ」


 「なんの理由があって私を狙っているんですか? 食べても美味しくないですよ!」


 「行動の核になる想念ってのがあるんだよ、まだ推測だが、お前にはその念に該当する何かがあるんじゃねえか?」


 その時、突如としてテルハは足を止めた。

 何かに集中して耳を傾けるように天井の方を見上げ始めたのだ。


 そして口を小さく動かして、何かをブツブツと話し始める。


 その謎の挙動に、彼女の隣にいたシノブは状況もあって心配して様子を聞いた。


 「どうしたのだテルハ? まさか、お前まで生霊の影響を受けたか!?」


 テルハが独り言状態を終えると、かなり神妙な面持ちをしている。

 テルハは皆に問いただすように聞いた。


 「ねぇ、シノブお姉ちゃん、ルゥ達ここに入ってから、どれくらいたったの?」


 「うん? まだ七分も行ってないはずだが」


 「違うの、全然違うの、! お母さんが言ってるの、時間が歪んでるの!」


 慌てふためくテルハのただならぬ様子に全員が足を止める。


 そして、アトラは何かを察したようで、自分の腕時計を確認すると、テルハの言っている事が真実だと気づき、その顔からは明らかな焦りが現れた。


 「……まさか、もう対策されたのか!」


 ◇


 一方、時を同じく、いや、一時間の時差をしてレジーナは能力が発動しない事に頭を悩ませていた。


 「予測はしていたが、思っていたより早くやられたな……!」


 レジーナは周囲を見回すと、ある事に気づいた。


 周囲の防犯カメラが全てレジーナに向けて焦点を当てられていたのだ。


 「奴め、使!」


 ◇


 「術者はレナにつけた生霊を介して盗み聞きしてやがったんだ!」


 「こっちの会話が筒抜けだったんですか!」


 「でも、生霊の声なんてルゥは聞こえなかったの!」


 「モール空間とおんなじ理屈だ! 隔絶された別空間の声は拾えない! 生霊は天童に取り憑きながら異空間に隠れてやがったんだ!」


 アンナ・オーサーは監視カメラを操り視覚情報を自らの生霊を派手な霊障を起こして自分の目的が悟られないようアトラ達の意識を逸らしつつそれを盗聴器代わりとして、あらゆる側面から情報を集めていた。

 

 レジーナの力の流れを完全に遮断し巻き戻しを拒絶、レナ達をモール内に隔離したのだ。


 「ちょー!! ループもの初見対策するとか反則でしょ! そういうのは苦労して破るのがセオリーじゃん!」


 「なんという対応力の早さ! さながら獲物を逃さんとする狩人」


 「シノブ先輩、今そういう厨二的リアクションしてる場合じゃないですよ!」


 ループものでメンタルを削られると思いきや迷宮で脱出ゲームものだと気づいたレナ、果たして彼女らの運命やいかに!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る