第33話 廃墟の先客

 「……あれ?」


 モールに設置された廃墟への侵入を敢行したレナ達。


 入った瞬間に何が起こるかと警戒したが、特に異常事態が起こらない事にレナは一瞬拍子抜けしてしまう。


 「でも、こういう時って出口塞がれて閉じ込められるって相場が決まって……出れる!? 出口塞がれてないんかい!!」


 「塞ぐ必要がないのだレナっちょ先生、門番か大量にいるのだからな」


 扉を開けた先には、店の従業員だった別のナニカ達が瞬き一つせず目が真っ赤に充血しながらこちらを監視していた。


 「行くぞテメェら、多分この先に……あ?」


 アトラは上階にあるという遺体の発見現場に向かおうとするその瞬間室内に妙な違和感に気づいた。


 (……人の気配? どこからだ)


 「アトラお姉様、そこなの」


 そう言ってテルハが階段横の空間を指さすとアトラはそれとほぼ同時に動いていた。


 その迷いない動きは、まるで電光石火、気配の主を見つけると腕を捻り上げて床に押し付け容易く拘束してしまった。


 「いだだだ!! ギブギブ、やめて離して!」


 そう言ってタップをする男は、のっぺらぼうな仮面をつけたローブの男だった。


 「テメェ知ってんぞ凍河家と繋がってた……【神霊の剣】の構成員だな?」


 その名前を聞いた瞬間、シノブが一年二人の前の盾になる様に出る。その顔色と冷や汗からは、明らかな焦りの色が見て取れる。


 「シノブお姉ちゃん、なんなのその剣? っていうの」


 「なんと、知らんのかテルハよ、霊能者至上主義を掲げる国際テロ組織だぞ」


 流石のレナもその名前は知っていたようで、警戒心が前回になっていた。


 (聞いた事がある。霊能者とその才がある物以外を差別して排斥しようとしてるカルトじみた組織だっけ)


 足手纏いかも知られないと思いつつも、レナも臨戦体制をとり、ペンの剣を構える。


 「ちょっ待て待て、お嬢ちゃん達! 急ぐな俺の話を聞いてくれ!」


 「あぁ? なんか言ってみろよ、下手な事したら分かってるよなぁ?」


 「もっ、勿論だ! このモールの事は全部話す! だから拘束を解いてくれ!」


 「ダメだ。拘束は解かねぇ、このまま話せ」


 アトラのその目は獲物を狩るべく虎視眈々と見る狩人の瞳、男はそれに怖気付いたようで、そのまま拘束された状態で、話し始めた。


 「えっと、まずはこの家をアメリカから持って来てこのモールに設置したのは俺だ」


 「どうやって?」


 「結界で隠しながらトレーラーを使って船に乗せて日本に持って来て、同じようにモールまで運んで、あとは霊能力者数人で持ち上げてここまで持って来た」


 (思ったより、普通な方法だった)


 「テメェは何もんだ? なんでこんな手間のかかる真似を」


 「俺は研究チーム直属の工作員なんだ! だから凍河のDV親父とコネを作ったり、今回の実験も取り仕切ったりしてる!」


 「随分と口の軽い工作員ですねこの人」


 「うるせぇ! 俺だってこんな組織に入りたくて入ったんじゃねぇんだよ!」


 「それで、実験ってなんだ?」


 「あ〜確か、海外で恐怖を集めている霊現象が他国に来たらどう言った変化が現れるのか、だったか? プレゼンでそんな事言ってたぞ」


 「恐怖? どう言うことですか?」


 「人々の恐怖が噂などによって広まるとそれがそのまま霊力に変換されて霊現象が強化されるのだ。基礎知識だぞ?」


 「あぁ、そう言えば教科書にそんな様なこと書いてあったかも」


 「それで、その結果がこれか?」


 「おうよ、アンナちゃんが突然変異したかと思えばモールを取り込んで霊現象の範囲規模が拡大された挙句に元凶である俺も閉じ込められて出られなくなっちまった」


 「おっ、自業自得系のアホ?」


 「いやぁ、返す言葉も無いね、でも悪いとは思ってるんだぜ、これでも、だから償いの一環だと思ってここで大人しくしてたんだが」


 そう言葉を並べて飄々と振る舞う男を見てテルハはサラリと言った。


 「嘘、この人、まるで反省してないの」


 仮面の男はそう言ったテルハを見ると、すこし様子が変わった。


 「んん? んんんんん?」


 仮面には穴が無くどこから見ているかわからないが、それでも、テルハをじっと観察する様に見ている事は皆理解できた。


 「おいおい冗談だろ京極アトラ、君はとんでもない娘を連れているなぁ」


 (チッ、こいつテルハの事に知ってやがるのか)


 「どう言うことだ?」


 「外……いやもっと向こう側かな? この世界の理から外れた存在がこんな所までわざわざ足を運ぶとは、これは……関わらぬが吉だな」


 それを言われたテルハは、首を傾げてよくわかっていない様子だった。


 テレパスで心の声を聞けばその意味がわかるはずなのに、聞こえていない様子だ。


 「さて、流石に腕が痺れて来たから、悪いが今日はここで撤収させてもらう」


 まるで蛇の様にスルリと滑るように拘束から逃れると、意識外の隙間を縫う様に気づかれないまま既にレナの背後まで侵略していた。


 「最後に天童レナよ、君にはプレゼントを───うっ!」


 そう言って仮面の男がレナに何かしようとしたその時だった。


 「ガハッァ! 痛った! なに!?」


 仮面の下から血を吹き出して、裏面から滴り落ちると、その正体に気づいた。


 なんと、レナの体から真っ黒いインクの刃が制服を突き破って男を貫いていたのだ。


 レナが剣を展開した時に、インクの一部を服の中に忍ばせどから近づかれてもいいように仕掛けを施したいた。


 (なるほど、こいつ資料にあった天才児のセンスか、いいね)


 レナの顔には表情が無い、集中力が極限まで高め上げられ、既に本気の状態に入っていた。


 「まさか、これほどとは、天童レナいい才能だな、また会おう」


 仮面の男は傷を腕で抑えながらその調子を崩さず撤退して行く。


 「ちょっ、待って! 全部話してくれるんじゃないの!?」


 「はっ、ネタバレしたら面白くねーじゃん、言うわけねーだろバーカ! 知りたきゃ自分で調べやがれ!」


 子供みたいに悪態をつく男は、腕を降って袖からスタイリッシュに何かを取り出すとレナにそれを投げる。


 「それやるよ、選別だ!」


 「あっ、待て!!」


 「追うな!」


 レナが仮面の男を追おうとするがアトラがそれを静止した。


 「確かにアイツは危険だが、今はこの怪異の元凶を断つことが優先だ」


 アトラの言う通り、仮面の男を追っても根本的な解決には至らない、なぜなら事件を起こした当人の男ですらこのモールから出られないから、つまりは既に元凶の手を離れて制御不要に陥っているのだ。


 「わかったら上行くぞ、例の事件現場になんかあるはずだ」


 「はっ、はい!」 


 レナは男に渡された物を見る。


 (てか、コレ何?)


 その手にあるのは、小指の半分程度のサイズをした小さな鍵。


 錆びついているのか、色が銅色に変色しており表面がザラついている。


 そのザラついた表面は錆びた鉄とは触れた感触が違い、例えるなら人間の瘡蓋かさぶたのようだった。


 ◇


 四人は二階に上がる。


 一段、一段、屋上へやって来た時とは比べものにならない程の空気の重さ、もはや人外の域である事は誰が見ても明白だった。


 「うぅ、ジットリする。気持ち悪い」


 レナも思わず口からこんな言葉を漏らした。

 それとは対照的にテルハは涼しげな表情をしている。慣れているというよりは、気づいていないという方が高い感じだ。


 (ルゥちゃんスッゴ! メンタル強いんだなぁ〜)


 二階に上がり、現場と思われる扉の前までやって来る。

 

 「やっ、やっとここまで来た。なんかここまで来るのが妙に長く感じました」


 「時間が惜しい、開けるぞ」


 扉を開けるとそこに広がっていた光景は、まるで時間が止まったように廃墟を感じさせない生活感を感じさせる子供部屋だった。


 「部屋を調べるぞ、怪しいもんが無いかしっかり観察しろ、見落とすなよ」


 


 シノブが衣服を収納するクローゼットを漁る


 「……えっ、ウソ、これって」


 シノブはいつもの厨二言動を忘れてしまうほど、そこの箱には信じられない物が保管されていた。


 箱の中には、俗に言う大人のオモチャ、おびただしい数のアダルトグッズが収納されていたのだ。


 口にするのも憚られるような悍ましい想像が脳裏によぎりシノブは思わず口を手で覆う。


 一方レナは、真逆で少しはしゃいでいた。


 「……むぉ!! これは夢の国ランドで新キャラとして公開されたけど、怖すぎてお蔵入りになってぬいぐるみが二百個しか製造されなかった正義に燃える狂気ネズミ警官ショッピー君のぬいぐるみ!! スッゲェ!!」


 レナはあんまり空気をよまなかった。


 「アトラお姉様、ここから声が聞こえるの」


 そう発言したテルハは指さしたのは、机に置かれた一冊の日記と思われる本だ。


 「読めってことか?」


 アトラが日記を開こうとする。

 しかし、ガチャガチャっと金音を鳴らし開く事はできなかった。


 本には勝手に読まれないように鍵がかけられていた。


 「まさか、この鍵そういう?」


 レナは先程仮面の男に渡された鍵をその錠に合うか確かめてみることにする。


 「おっ、鍵穴合った! ん?」


 その鍵はまさにその日記の物だ。

 しかし、鍵をさした瞬間、グチュっと生々しい音が聞こえた。


 レナは思う、気持ち悪いと。


 血が付着して乾いたようなカピカピのハードカバーの表紙、開こうとすると付着した紙が破けてしまいそうになる感じがする。


 日記が破けないよう、ゆっくり、繊細にその本を開いた。


 そこには少女、アンナ・オーサー秘密が幼さを感じる荒い筆跡で書かれていた。

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