第32話 夢の城へと招待

 「あの、ビックリするほど邪魔されなくて、めっちゃ怖いんですけど」


 「気ぃ引き締めろよテメェら、間違いなく本番はこっからだ」


 上に何かあるというアトラの考えから、それを確かめるべくレナ達は、事務所から続く従業員用の階段から屋上へと移動する事になった。


 先程まで血眼になって群がっていた客達も奇襲を仕掛けて来た従業員も誰も妨害に来ない、まるで見えない力に導かれるように階段を登っていく。


 階段を登っていると、カツカツと靴音が反響している。その音は妙に乾いていて殺伐としている。


 その音が一つ、一つと鳴って上がるたびに空気が重く、苦しくなっていくのをレナは感じた。


 「……屋上着いたの」


 「では、開けるぞ」


 たどり着いた先にある少し重みがある鉄製の扉、先頭にいたシノブが扉のノブをぐっと握りながら押し開ける。


 扉を開けて出た先の屋上は外、しかし脱出が出来た訳ではないのは見てわかった。


 空の色がキャンディを彷彿とさせるようなカラフルな水色とピンクよマーブル模様で、不定形に流動を続けている。


 そして、視線を地上へと落とすと四人は目を疑う光景を目の当たりにする。


 その目に飛び込んで来たのは、欧米などで見られる建築洋式の二階建ての住宅。


 年季が入っている上、手入れもされていないのか、廃墟のようにも感じられる。


 「あれ、もしかして、先生が言っていた例の家?」


 レナがそう疑問に思う通り、それが突入前の作戦会議でレジーナが話していたアメリカ人の少女アンナ・オーサーが怪死していたという例の物件であることは明らかだった。 


 四人は警戒しながらゆっくり近づいて見ると、これまた異様な者を見てしまう。


 「これは、溶けて融合している?」


 その家は木造で、支柱となる部分はコンクリートとなっているが、それが、屋上地面と融合していたのだ。


 接合部は、鉄工所などでよく見られる鉄同士を溶かしてくっつける溶接ににているが、よく見ると硬質なコンクリートに反して何やら脈打っているように見えた。


 シノブはそれが気になると、恐る恐る近づきながら、厨二病感覚で懐に忍ばせて持ち歩いているおもちゃのナイフを取り出した。


 それを使って、直接触らないように、そっとつついて確かめてみる。


 「ふぅむ、何やらブニブニしている。まさか肉……なのか?」


 つついてたシノブがナイフ越しに感じたのは確かな肉の弾力だ。


 シノブは近いものを想起しようとすると昨日の料理で使った生の鶏肉、むね肉を思い浮かべた。


 滑り気、弾力、触れた感触がどれをとってもソレと酷似しているのだ。


 それに続くように、テルハがポロッとつぶやいた。


 「感じたの、この家」


 「はい? 感じた……何を?」


 レナがそう質問すると、テルハは真っ直ぐ家を指をさして言った。


 「シノブお姉ちゃんに突っつかれてくすぐったいって、この家が今思ったの」


 家の様子を観察していたテルハは、シノブが接合部に触れた事で反射的に感じた感覚を読み取ったのだ。


 「触覚があるの、この家生きているの」


 「生きた家ねぇ、このままぶっ壊してやりてぇが、どうやらそうも行かなそうだぜ」


 そう言うと、周りが既に囲まれていた事に気づいた。


 少し離れた先の立体駐車エリア、停車している車の車内に、車の下など、そこには従業員達がレナ達を見張るように、鋭く見つめていた。


 「入れって言ってやがるみてぇだ。どうやら俺らをこの中へ追い立てるつもりらしい」


 「……え、ちょ、まさか入るんですか! この中に!? いやいや、無理無理、絶対嫌です怖いです」 


 レナは首を横にブンブン振り続けて全力で拒絶する。


 退学がかかっているが、それ以上に命がかかっている。


 明らかに罠がありそうな領域の中に足を踏み入れるなど、レナの生存本能的に断じてありえなかった。


 その様子を見たアトラは、自らの顔をバシッと叩くと、人が変わったように顔つきが変わった。


 「レナぁ、ここまで来たら泣き言は許さねぇ、逃げる事も許さなぇ、覚悟決めやがれ」


 そう言うアトラの表情は残酷さすら感じられるほど冷たく、まるで獲物を前に心を沈め殺意を研ぎ澄ます獣のようだった。


 「……うぅっ」


 レナは迫力に気圧けおされたのか、それ以上何も言えなかった。


 アトラの妹達の方に目をやると二人とも腹を括っているのは明らかだった。


 (やるしか、ないっ!)


 レナは式神たるペンを見つめるとグッと握りしめる。


 己の原点、己の夢、それらのために自ら危険な道に足を踏み入れた。


 覚悟が甘かったのは、悲哀愁と相対した時点で分かっていた。


 しかし、それはレナにとって同時に恐ろしい事でもあった。


 レナは自分を容易に殺せる絶対的な強者を前に立ち向かう勇気など何度も出せるものではない。


 近日中に二度、自らの手に余るような怪物と戦わなければならない、しかし、死んでしまえば大好きな百合も書けない、逃げようにも逃げ場はもうない、故に立ち向かう以外の選択肢は、もうとっくの昔に失われていた。


 (生き残って漫画書く、お姉様達ともう一度会う、今年のコミケに参加する。やりたい事がいっぱいある)


 ペンを握るレナの手は、小刻みに震えながらもその目は恐怖を押さえつけて精一杯の勇気で進もうとしている事が見て取れる。


 それを見たアトラは、自ら纏っていた殺気だった空気を緩め、気さくに笑いかけながら言う。


 「いい顔だ。やる気になったみてぇだな」


 アトラはドア前に待機するシノブに視線で合図を送る。


 それを見て意図を理解したシノブはコクリと頷くと、式神の鎧を再び纏いドアノブに手をかけて突入大勢を整えた。


 「レナちゃん」


 まだ震えるレナの手をそっと包み込む小さな手、それはテルハだった。


 それは怯える我が子を鎮める母の抱擁のような悪意のない優しい思いがレナは伝わってくるような気がした。

 

 「怖いなら、ルゥが手を繋いでいるの、一緒に行けば怖くないの」


 「ルゥちゃん……ありがとう」


 「お父さんがルゥが怖い思いをしている時はいつもこうしてくれたの」


 「……そうなんだ」


 「だからルゥも同じ思いをしている人にはこうするの、こうすると安心するの」


 一人で行くわけではない、学生とは言え実務経験豊富な先輩達と共に行く、同じ同級生が、一緒に行こうと言ってくれた。


 「うん、行こう!」


 最初に来た時の退学への焦りも、呪いや謎の怪異への恐怖も、今は無い。


 一年二人の様子を確認したアトラは、突入の合図を開始する。


 「うっし、突入!!」


 扉をバタッと開き、四人はなだれ込むように民家の姿をした伏魔殿の最奥へと、潜行を開始した。

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