第37話 アンナからの願い

 異空間を作り上げる核たる魔導書を見つけたレナ、しかし本に触れた瞬間今度は精神世界へと囚われてしまった。


 そこで、今回の事件を引き起こしている生霊アンナ・オーサーと邂逅する。


 「話って、何を話すの?」


 レナの問いに対してアンナは湖面の上を歩きながら話し始める。


 「あなた、家族はいる?」


 「……両親と弟がいます」


 (うへぇ子供なのにすげぇセクシーボイス、声だけで18歳説唱えられそうなベテラン女声優起用したみたい……思わず敬語使っちゃった)


 「そう、じゃあ家族は好き?」


 レナは思い返す様に少し考える間を置いて答えを口にする。


 「そう、ですね、好きだと思います」


 そう言ったレナをアンナはじっと見つめている。

 レナは話を続ける。


 「私の趣味は両親と同じで二人とも理解してくれるし、弟はぁ、クソ生意気だけど、なんだかんだコミケには毎度付き合ってくれてるし、押しに弱くてチョロいんで土下座すれば女装もしてくれるので、結構嫌いじゃないです」


 「……そう、いい家族みたいね」


 アンナはそういうと空に張り付いたように浮かぶ満月を見上げる。


 (あれ、ちょっと引かれたか?) 


 レナから見ると視線をそらされた様にも見えるので弟への扱いに関して引かれてしまったのかと思った。


 レナの考えとは異なり、アンナその姿はどこか悲しくも感じられるが、それ以上に深く暗い、グツグツと煮える怒りがふつふつと伝わってくる。


 「私ね少し前まで、人間が嫌いだったの」


 レナはその話を黙って聞く。


 「我欲に溺れて他者の尊厳を平然と踏み躙り挙げ句の果てには命を奪う。そんな汚れた心に満ちた人間が……大ッ嫌い」


 それを聞いたレナの脳裏に浮かんだのは、日記に描かれていた彼女の人としての生涯。


 (まぁ、あんな目に遭えばそりゃそうなるよね)


 「でもね、それと同時に嫉妬していたの」


 「嫉妬?」


 「私は死ぬ事も出来ず。マトモな人生なんて送れなかったのに、他の、当たり前の日常や生きる人々を妬んでいたの」

 

 アンナはしゃがんで湖に封じた人々を一人ひとり見ながら話す。


 「子供は学校へ行き、父は仕事へ、母は料理を作る。そんな当たり前を過ごす家族達はみんなは笑顔で過ごしていた。私には、それがたまらなく羨ましくて、そして許せなかった」


 幼少から地縛霊のように一つの場所に縛られたことにより、ひたすらに悪意を増長させてしまい、アメリカにいた時は結果的に多くの命を奪ってしまった。


 「……でも、それは間違っていたって、ここに連れてこられてから、理解したわ」


 「理解、何をですか?」


 「ここが私の新しい体になった時、突然、本当に急に、今までの暗い気持ちが今までより軽くなったの」


 「映画が楽しくて笑ってる人、ゲームに負けて悔しくて泣く子供、仕事に疲れて愚痴をこぼす従業員、今まで憎んでいたはずのものに妬みや恨みを感じなくなった」


 (突然怨念から解放、もしかして……教科書に乗ってたアレかな、噂などによって生じる恐怖の集合体ってやつ)


 レナはアンナの身に起きたこの変化に覚えがあった。


 死者の魂といった物理的な発生源が存在しないのに何の前触れもなく怪異が発生するケースが存在する。


 巷で囁かれるような都市伝説の怪物、日本で言うと人面犬や口裂け女などが当てはまる。


 噂が拡散して広まると、それによって生じる恐怖を霊力として集団無意識から思業式の式神のように具現化するというもの。


 アンナ・オーサーの場合、霊体は現世に実在しているので、噂はデータとなり集団無意識より強制的にインストールされた事で怪異が生まれた。


 しかし、それはアメリカでの話、国を渡ればそこには違う社会に暮らす人々によって異なる集合無意識が存在する。


 距離が離れればWiFiが繋がらなくなるのと同じように、アメリカとの回線が切断されたので噂から解放され、元の人格に戻ったのだ。


 (アメリカから離れた事で噂が届かなくなり元の温厚な人格に戻ったってとこかな?)


 そこで、レナは考えを巡らせる。


 誕生の起源を辿れば人知れず行われた儀式が始まり、異臭騒ぎの通報がなければ知られることすら無かった。


 不気味だが痛ましい事件その一言で終わるはずのこの事件、秘められた謎を考察をする人はいても、大々的に報道された時間が今回のように危険な怪異化を果たす物なのだろうかと。


 (問題は噂を広めたヤツ、思いつくのはあのふざけているようで実は黒幕系仮面か、もしくは、日記に記載されていた。この魔導書の世界に本来封印されていた奴)


 「……確か、ニャー様」


 アンナはその名を聞いて、次の様に答える。


 「そう私はヤツに願った。でも願いをどう解釈されるかでその形は変わる。その結果生まれたのがこの異空間を支配する力」


 「じゃあなんで私達を襲ったんですか、貴方が支配してるんですよね?」


 「アナタをここに招きたかったから」


 「へ? 私? なんで?」


 思い返すと魂を抜かれそうになったのはレナのみ、しかし、狙われるような理由がレナには思いつかない。


 アンナは、その疑問に答える。


 「あの中で、アナタにしか出来ないことがあるの、だからここに招きたかった」


 「私にしか、出来ないこと……」


 「そう、私を、殺せる人」


 レナはその答えに自分にしか出来ないという理由を考えるが全くわからないので、話を進める事を優先させる。


 「うーん、なるほど、なんとなく理解はしました。一部を除いて……それはそれとして、ここ来た時から思ってたんですけど」


 その時、レナは色々の疲れからか、突然感情を爆発させる。


 「能力がいちいち複雑すぎませんかねアナタ!! 厨二病時代の私でももうちょいわかりやすい能力設定してますよ! 次から次へと設定追加しないでください、流石に脳がパンクしそうですぅ!」


 「え、まだちょっとあるのに?」


 「まだあんの!? あんまり設定増やすと話とっ散らかりますよ!」


 「順を追って説明するつもりだったけど……仕方ない、要はここで私を倒せば全員この世界から解放される」


 「最初からそう言ってくださいよ、アナタの身の上話ならともかく、そういう要点は簡潔に教えて欲しかったです!」


 「なら、後の事は戦いながら教えましょうか」


 レナは導かれる様に、湖に足を踏み入れる。

 足裏に霊力を集中させる事でまるでアメンボのように、水面に立つ事ができる。


 「決着を……天童レナ、ここで私と戦って、私を、殺しなさい」

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