第36話 ゴリラとラスボス
ゴリラとは霊長類ヒト科に属する大型の動物で霊長類の中では最大級の屈強な体格を誇る。
霊長類の中では最強クラスの剛腕を持ち強化ガラスにヒビを入れるほど、そのパンチを喰らえば頭が実際に三百六十度回転させる事も可能である。
しかし、その性格は温和で臆病な物であり、下手に刺激をしなければ襲われる事は少ない。
そう、刺激しなければ……。
◇
アトラは大きく息を吸って吐き、体に流れる霊力を整えるとその技の名を唱える。
「秘術───
「アレはまさか、我が姉君よ、あの技を」
「なにあれ、変身!?」
レナが目を疑ったのは、変化するアトラの体色だった。
元の人間らしい肌色から、まるで赤鬼のように血を被ったような赤色に変化しているのだ。
その姿を初めて見たレナとテルハは、シノブに聞く。
「ちょ、なんですあれ? めっちゃ怖いんですけど」
「知らぬとあらば教えよう、アレこそ我が姉の切り札にして奥義【武神来】人の身に余る狂気の技だ」
普段の演技がかったような態度はなりをひそめ、シノブからはあの姿に対する恐れが現れていた。
京極アトラ、拳法において右に出る者無しと謳われる名家の京極家の令嬢。
およそ四年前までは、彼女は名家の令嬢に相応しい品行方正な淑女だった。
挨拶はごきげんよう、語尾にはですわ、不良になるなど考えもしないような、筋金入りの箱入り娘。
そんな彼女を変えたのは、父の蔵書。
書斎の整理を手伝う途中に彼女の運命を決定づける出会いを果たしたのだ。
手に取った書籍の名は日本を代表する不良漫画の金字塔【まっすぐ一番】
今まで不良とは無縁の彼女だったが、熱い
息をつかせぬハイテンポさと手に汗握る先の読めない展開、アトラはその漫画にスッカリどハマりしてしまった。
そこから、漫画の主人公のような正義感に溢れる不良に憧れ、長かった髪を切り、口調を男勝りに変え、裁縫で特攻服を作ったり、武道の修行をより厳しくした。
その厳しい修行の結果、一族の歴史上類を見ない、怪物が誕生したのだ。
武神来は今のアトラ、そのあり方を象徴する技であると言えよう。
この技は、一族本来の秘伝【
霊力を電気信号へと変換する事で自身の脳に干渉、人間が本来発揮できない潜在能力のリミッターを全て開放、続いてリミッターが解放されたことによって心拍数も人体の限界を超えて加速させられるようになり、常人では即死するほどの血流加速を実行し、驚異的な瞬発力を獲得する。
その苦痛は想像を絶し最悪身体中の血管が破裂し脳にも深刻なダメージを負い植物状態になりかねない、そこでアトラは自己回復能力に長けた式神で絶え間なく肉体を治癒しつつ、独自に編み出した呼吸法で痛みを柔げつつ脳内物質の過剰分泌で暴走する闘争本能の安定化に成功させる。
その発動は血流の加速と体温の向上により体の色が赤く染まり、白目も充血して赤く染まることで確認する事ができる。
「いくぜぇ、もう止まれねぇからよぉ!」
「アトラ先輩の周りがゆらめいて見えるんですけど、なにあれ蜃気楼?」
「【
繰り出したのは腕の薙ぎ払い、アトラのいる位置からは遠すぎて拳など到底届かない距離、その次の瞬間だった。
アトラが腕を払った事で巻き起こったのは強烈な突風、その風はまさに砲弾となり怪物の上半身を風化させて木っ端微塵に吹き飛ばしてしまった。
「ヒィッ! 風強い!! スカートめくれちゃう!!!」
「ん、レナちゃんルゥに掴まって!」
「二人とも我の後ろへ! 吹っ飛ばされるなよ死ぬぞ!」
流石のタフネスと言うべきか、ある程度休んで即時に復帰したシノブとテルハがレナの前に出る。
シノブは鎧を来たまま両手を大きく広げて壁となり、テルハは斧を盾にレナの頭を抑えて身を
流石に全て防ぐとはいかなかったものの、シノブが余波を吸収し、テルハが斧で風除けをしてくれたお陰でレナはなんとか危険は免れることが出来た。
しかし、その風はレナはスカートがひっくり返しあられも無い姿となったが、とにかく無事だった。
「あっ、ありがとう二人とも」
「どういたしましてなの、ん、あっ、えっ、レナちゃんなんでトランクス履いてるの?」
テルハ、戦闘中にも関わらずレナの下着に意識が逸れる。
「二人とも目線を切るな、集中せよ!」
その様子をシノブが注意し、二人はすぐに直る。
その時、アトラを危険分子と判断した敵達が一斉にアトラを包囲しにかかる。
「一般人は死なねぇ程度に、それ以外の眷属は普通に、ぶっ飛ばす!!」
囲まれたアトラ、敵達は一斉に全方位から襲いかかった次の瞬間、最前列にいた敵達がいつのまにか宙を舞っていた。
「オラオラオラオラオラァ!!!」
アトラが繰り出したのは目にも止まらぬ拳の
時には人間を捕まえて棍棒にしたり、時には男女平等に顔面パンチを打ったり、時には容赦なく肉と骨が弾けあう鈍く生々しい衝突音と共に頭突きをはなったりと、その姿は、慈悲などカケラも感じさせない凶暴さと残忍さ、それはまさに赤鬼とでも言うべきものだった。
「たりねぇ! たりねぇ! つまらねぇ! もっと俺を血に酔わせろォォォ!!!」
「うっわ、完全にバーサーカーだ」
(ん、なにあれ?)
「天童! 魔導書探すんだろ、目星は付いてんのか?」
「えぇと、はい! まだ確証はないですけど候補なら!」
「どこだ?」
「さっきの事務所です。ここ以外だと一番可能性があるんじゃないかと」
「はっ、そりぁいい」
ある程度の敵を蹴散らし、周囲が静かになるとアトラは膝をついてしゃがみ、地面に掌底をそっとおいた。
「【
体重を乗せてコンクリートの地面をグッと押し込む、衝撃が床内部に浸透した次の瞬間だった。
ドカァァン!!
とまるで爆発が起きたよう地面が破裂し鉄筋コンクリートが砕け散った。
「ギャァァァァァ!!!」
それと同時、辺りから甲高い悲鳴がこだまする。
京極一族に伝わる衝撃を内部に通す技、中国拳法で言う所の発勁に相当する技だ。
アンナ・オーサーは力を得た事で魂を以前の肉体から移植し建造物へと体を置き換えた。
つまりは肉体に穴を開けられたような物なので、その苦痛は想像を絶する。
「ハッハハハ、あぁスッキリしたぁ! ガラにもなく逃げてばかりでずっとイライラしてたんだ!!」
(こっ、こっわぁ……ヒャッハー系だったか、怒らせないようにしよう)
「おし、行ってこい天童!」
「えっ?」
彼女の暴走具合にドン引きするレナだが、次の瞬間にはアトラの声が背後から聞こえてきていた。
「うぉビックリした!」レナはと言いかけたがすでに首根っこ掴まれている。
(えっ、なにさっきから、アトラ先輩の一挙手一投足が全然見えないんだけど、ていうか反応できないですけど、いつ背後に、てかいつ掴まれた?)
レナは現在集中状態、当然感知能力も高まっている。
にも関わらず、アトラの動く気配すらも知覚することが出来ずに捕まった。
「そぉら、行ってこい!!」
アトラは先程の一撃で開けた穴にレナを放り投げた。
「うぉわぁぁぁぁ!!」
続いて、テルハ、シノブを送り込む
「おっし、そっちは任せた! こっちは俺と先生に任せとけ!」
アトラがそう声がけした時、開けられた穴があっという間に塞がってしまった。
「さて、レナっちょ先生よ我らが最終目標の目星とやらを教えて貰おうか」
「いてて、えっと、多分ですけど、アレで探せます」
「ん? これは、先程使ったパソコンか」
魔導書は現在アンナ・オーサーにとって重要な中枢機関の役割を果たしている。
彼女の霊力の源でもあり、同時に脳に近い、アンナを含めた大勢の魂を封じると同時に、外にいるゾンビ状態の肉体達や作り出した眷属を操作するサーバーの様な役割を果たしていた。
モール内のフリーワイファイを自らの脳波とし、精神と結合させる形で利用、独自のネットワークを構築、これによって外部にいる眷属や被害者達の肉体を操作してる。
テルハが先程、パソコンから複数の気配を感じたのは、インターネット越しに魔導書に封じられた魂達を感知たからだ。
「なっ、なるほど、そんな複雑なシステムが構築されていたとは」
「あの仮面の男は、色々と仕込んでいましたから、おそらく魔導書に関しても同じです」
「考えられるのは、」
レナが触れたのはPCの本体、それを開いて見ると中には機械のパーツなどは無く、本がそのまま入っていた。
「うわっ、これも肉化してくっ付いている……グロい」
「まさか、PCに本を搭載するとは、どんな発想をしたらこんな真似をするのだ」
レナが魔導書を取り出そうと手を触れた次の瞬間だった。
「……あれ? ここどこ?」
突如、場面転換したように、気づくと森に囲まれた湖の近くに立ち尽くしていた。
その湖を見てみると、その中には大勢の人々が沈んでいた。
「これって、まさか行方不明者達の魂、てことは……」
「ようやく話せるね、天童レナさん」
音もなく突然現れたその少女は、静かにただ立っていた。
「あなたが……アンナ・オーサー」
煌びやかな姫ドレスに身を包んだ白人の女児は達者な日本語を話し、レナに言った。
「少し、お話しましょうか」
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