第35話 囁木テルハ

 ルゥは物心ついた時から、お父さんと二人で暮らしていた。


 お母さんはお仕事でいつも忙しいらしく家に来る事は一度も無かった。


 お母さんは当時テルルン星のお姫様、船が不時着した所をお父さんが助けて、二人は恋に落ち、ルゥが産まれた。


 ルゥとお父さんが暮らしていたのは床から天井まで一面真っ白な壁で覆われた一辺が四十メートルの立方体で構成された四角い部屋。


 ここが本当は家などではなく何かしらの施設であることは、その時の私でも理解できた。


 そこにあったのは、食事を取るための椅子と机、そして睡眠のためのベッドだけ。


 娯楽と言えばお父さんの希望で毎週送られてくる週間漫画雑誌くらいだった。


 漫画の中の女の子達はキレイでオシャレでこの時のルゥにはまさに憧れだった。


 しかし、ルゥに与えられていたのは病院で着るみたいな、変わり映えしない白い服だけ、だから子供の頃はオシャレなんて出来なかった。


 煩わしかったのは。毎日のように白衣や黒いスーツを来た物々しい人達が部屋に来る事だった。


 お父さんは自分の仕事仲間だと言っていたけど違う事をルゥは知っている。


 「テルハはいい子にしているんだよ」


 行かないで欲しい、そう嘆願するルゥを落ち着かせる為に、お父さんはルゥの手を優しく握っては、いつもお仕事に出かけていた。


 いつも笑顔で見送っていたけど、本当は行って欲しくなかった。だって、お父さんがしてるのはお仕事なんかじゃないから。


 お父さんが本当にしていたのは、仕事などではない、例の大人達による壮絶な尋問を受けていたんだ。


 硬くて冷たい鉄の椅子に拘束され、電気ショックや殴る蹴るの暴行、爪を剥がされ、何かしらの薬剤を投与されたり、顔にタオルを被せて水責めをするなどの拷問をされていた。


 この時、ルゥのテレパシーは今よりずっと強かったから、伝わって来た。


 その時に味わった痛み、見た景色、記憶や罵詈雑言、お父さんの苦しみが我が事の様に理解する事が出来た。


 ある日の事、いつもの様にお父さんが尋問を受けに行き、ルゥが家でその帰りを待っていた時の事だ。


 「……お父さん?」


 いつもなら、お父さんの気配、思考、感情、どこからでも感じる事ができた。


 しかし、それが、ない、まるで突然姿を消した様にどこにも感じる事ができなかった。


 部屋にやって来た大人達が、ルゥを別の部屋へと連れて行くと、そこには頑強そうな鉄扉が備え付けられていた。


 中を伺うためにあるであろうガラスを覗いてみると、そこには呼吸も思考も全てが止まって項垂れたように眠るお父さんの姿があった。


 「君のお父さんは結局何も喋らなかった。だから次は君から聞く事にする。次からよろしく頼むよ」


 彼らはそう言うと、何かのスイッチを入れたお父さんが入っていた部屋は焼却炉だった。


 大人達は悪意などなく、本当にゴミでも扱うみたいに、極めて作業的にその亡骸をルゥの目の前で燃やした。


 少しづつ骨も残らず灰と化して行く姿、その時のルゥは一体何が起こっているのか理解出来ずただ固まって、父の火葬を見ていることしか出来なかった。 


 「おっ、オェ、ハァハァ、お父さん、帰って来てよ、怖いよ」


 その日からルゥは一人になった。いつも寄り添ってくれたお父さんはもういない、そしてお父さんが受けていた仕打ちをルゥも受ける。


 眠る事が怖くて、ご飯が食べれなくて、震えて、寂しくて、縋りたいお父さんはもういなくて、そのお父さんが焼けていく光景を思い出しては吐いて、そうしてルゥはただうずくまる事しかできなかった。


 自分が拷問される日が刻一刻と近づいていく中、疲れ果てて、いつの間にか眠り落ちていたルゥを目覚めさせたのは、いつもの蛍光灯の点灯時間では無かった。


 ドカァァァァン!!!


 聞いた事のないような轟音が施設内に響きわたる。初めて聞いたそれが爆発音だというのがこの時のルゥはわからなかった。


 外からは、今までお父さんをいじめてきた大人達の人の物とは思えないような悍ましい悲鳴が聞こえる。どうやら施設が何者かに襲撃されたみたいだった。 


 襲撃者は複数人、テレパシーで伝わって来る気配で分かる。


 全員人間だ。でも人間じゃない、まるで全身に虫が這い回るかの様な嫌悪感、そして相対すれば死を錯覚させる超越者達だと即座に理解する事ができた。


 怖くてベットの中でうずくまるしかなかったけど、とうとうルゥのいた家の中にも、その一人が来た。


 現れたその人は豪快に壁を破壊すると、優雅に歩きながらルゥの前にやって来た。


 「貴様が例の非検体、囁木ソウイチロウの娘、囁木テルハだな?」


 さっき感じた気配の中では一番まともな人間の気配。先程感じた人達とは違い嫌な感じがしない人物だった。


 なんというか、全身から思考まで全てが自信に満ち溢れているような、そんな人間。


 その人が優しく手を差し伸べると、言った。


 「私と共に来い、この私がお前を本物にしてみせよう」


 その人に手をルゥは取った。そのおかげで、ルゥは初めて施設から出る事が出来た。


 それからは、今まで空想に等しかった経験が現実となっていった。


 初めてのオシャレ、初めての学校、初めての友達、親身になって向き合ってくれる心療内科の先生、多くの人達と出会ったお陰でルゥは苦しまず健やかに眠る事ができる。


 そして、今がある。


 この娘から感じる思いが理解できる。

 家族と離される気持ち、失う気持ち、痛いほどわかる。


 ◇


 「悲しい女の子、ルゥが助けてあげるの」


 先手を取ったのは魔王バロル、その単眼から紫色の閃光が放たれた。


 「でっ出たぁ! バロル必殺の破壊視線光線! 当たれば相手は死ぬ!」


 「遊んでんじゃねぇぞ天童! よそ見してねぇで集中しろテメェ!」


 しかし、相手は囁木テルハ。


 その攻撃は、既に読まれていた。いや、聞かれていた。


 「あれ、ルゥちゃんどこいった!」


 レナがそう言った時には、テルハ既に上空、バロルの頭上に跳躍して陣取っていた。


 ビームと発射と同時、テルハは目にも止まらぬ速さでスタートを切っていた。


 助走をつけるため、太ももに血管が浮き出る程力をためて走り出す。その脚力はコンクリートの床をヒビ割り足跡をつける程。


 その速力は、重量級の両手斧を手にしているとは到底思えない。


 そして光線の着弾と同時、テルハは飛び上がっていたのだ


 「悪い子には、お仕置きなの!」


 落下と同時に振るわれたのは、一撃必殺、大地をも揺らす一振り。


 それはドゴォォン! と轟音という共に魔王の頭蓋を完膚なきまでに粉砕、その魔眼ごと真っ二つに叩き割ってしまった。


 「まだまだ、がんばるの!」


 その斧をまるで小枝を払うように、縦横無尽にぶん回し、アンナの家族を模した群がる怪物達をバッサバッサと薙ぎ倒していく。


 その光景を見て、レナはイメージに反する活躍っぷりにドン引きしていた。


 (やべぇ、この姉妹イユリお姉様の言う通り、全員ゴリラだこの姉妹)


 彼女の名誉のために言っておくが、イユリはそんな事は一言も言っていない。


 「何をしている天童レナ!」


 レナに襲いかかる群勢がまるで映像を飛ばして視聴したように、吹っ飛んでいた。


「戦闘中によそ見をするとは何事だ! またクソガキ呼びに戻りたいか!」


 「うぉレジーナ先生! なんでいるんですか!」

 

 「私の能力が対策された以上、外で陣取っていてもなんの意味もない、だから乗り込んだ」

 

 巻き戻しが対策された後、レジーナは止めに入る協会のメンバー達の反対を押し切って単身モールに突入していたのだ


 「えぇ!? なんで乗り込んじゃうんですか! 危ないですよ!」


 「見損なって貰っては困る。私は教師、生徒を助け導くのが仕事だ。生徒が危機的状況にさらされているのに何もせんなど言語道断」


 「先生……染み入る言葉大変ありがたいんですけど、入る前に学園に一報入れてからきたんですよね?」 


 「……すまん」


 「オォイッ! って突っ込みたいけど! ちょっと安心しました。助けに来てくれて心強いです!」


 「フッ、さて、おしゃべりは終わりだ。お前の力を見せてみろ、天童レナ!」


 「はい! それじゃあ活躍するぞ、じゃないと退学だらかね私」

 

 レナは深く深呼吸をし、霊力を整えていく。

 その目から光が消え、極限の集中状態に入る。


 ゾンビのように襲いかかる群勢、その動きを全て理解した。


 「……ここだ」


 布に針を通し隙間を縫う様に、群衆を合間あいまを容易く掻い潜っていく。

 

 そして、人混みを抜けた瞬間、全員の体が硬化したイクンによって封じられていた。


 その対応にレジーナは疑問の問を投げかける。


 「どういうことだ、なぜトドメをささない?」


 「この人達まだ助けられます」


 「……聞こう天童レナ、どういう事だ?」


 「はい、この人達は多分魂を抜き取られて体だけ利用されている状態なんです。そして、その魂は一箇所、魔導書の中に封じられている!」


 「その根拠は?」


 「私がかかった呪いです!」


 「最初の突入時にかかったというものか」


 「あの時の私の身に何が起きたのか、アトラ先輩に治していただいた後、移動しながら少しづつ解析していたんです!! その結果が今出ました!」


 レナは漫画と並行して受験勉強をしていたけっかマルチタスクが得意になっていた。


 「結論からいいましょう、私、魂抜かれかけてました!」


 「……なに? 大丈夫なのか」


 「あの呪いだと思っていたのは、肉体から魂を切り離すための言うならば作業の前工程だったんですよ」


 「では、抜き取った魂はどうなるのだ?」


 「アンナちゃんの日記に記載されていた。力を与えた存在が封印されていたという魔導書、被害者達の魂は恐らくそこにあります」


 例えるならば、ライトノベルのテーマによくあるフルダイブ型のVRMMOに近い。


 このシステムはプレイ用のVRマシンを取り付ける事でまるでゲームの世界に入り込んだような体験ができる。


 それと同じ様にアンナ・オーサーは空間内部で呪いの影響下においた人間から魂を徴収。


 その魂を魔導書内に生成された精神空間へとダイブさせて幽閉していた。


 肉体は現実で放置されたまま残った肉体は、

アンナの支配下に置かれ、侵入者を捉える人形として扱われていたのだ。


 「しかし、なぜ、そんな事を?」


 「多分ですけどモール内に展開した異空間を維持するためかと」


 「……なるほど、大勢の魂から霊力を集めることで、空間を維持するために足りない分の霊力をまかなっているということか」


 この説明に真っ先に反応を示したのは、シノブだった。


 「……って、ちょっと待て! つまり我は助かる人を殺しちゃったってこと!?」


 「あぁ、多分大丈夫だと思いますよ、ほら」


 レナが指を刺した先には、先程シノブが真っ二つにした従業員達がいた。


 「アレは、さっき我が倒したはずの人々!」


 レジーナこの現象に思い当たる事例がある様でそれを語る。


 「……死霊術、それも魂を封じる事で擬似的な不死を獲得するという外法の一種それの応用版か、なるほど」


 「感謝するぜ、それさえ分かればもう手加減なんざ必要ねぇな」


 「よっ、よかった〜、あっ、ゴホンッ! 我が妹が活躍しているのだ。姉たる我らも負けてはおれぬな、再び我が身に纏え黒き鎧よ!」


 纏われた黒き鎧、繰り出したのはプロレス式殺人技の数々、基本のチョップを始めとしてラリアット、ドロップキック、バックブリーカー、次々と被害者を破壊、もとい無力化していく。


 「いや、不死身だからって容赦なさすぎません?」


 「ところで、今まであったアメリカで行方不明になっていた被害者はどうなる」


 「う〜ん一般人に関してはわかんないですけど、おそらく霊能者の方達は───」

 

 「いいね、いいね、こういうのだよ、アツい展開になって来たじゃねぇか!」 


 頭上から奇襲をかける人影が現れる。


 それは槍を突き刺そうと、真っ直ぐに落ちてきた。


 アトラは横っ飛びで難なくそれを回避し、槍を持つ戦士と対峙する。


 「あぁ? なんか強そうなのが来たな」


 それを見たレナが叫ぶ。


 「それクーフラン! 例の映画の主人公ですよ!」


 「クーフラン、たしかぁ、ケルト神話の英雄のクーフーリンがモデルだったか?」


 先手を取ったのはクーフラン、彼は槍を突き出してアトラを貫こうとする。


 初動が遅れ、その攻撃に対応するため、アトラも拳を打ち込む。


 「オラァァッ!!」 


 京極アトラ、その能力は至ってシンプル。

 早い、硬い、強いである。 


 目にも止まらぬ速さで動き、あらゆる攻撃を物ともしない肉体強度を誇り、無双の怪力で敵を討ち滅ぼす。


 アトラが繰り出したのは、なんの変哲もない正拳突き、拳が狙う先は槍の切先だ。


 槍と拳が衝突したその瞬間、クーフランの魔槍をアトラの拳が切先から粉砕してみせたのだ。


 「その槍、ぶっ刺さったら確実に死ぬだったか? こんなもん食う前にぶっ壊せばいいだけだろうが!」


 アトラの能力の恐ろしい所は、攻撃力、防御力、スピードが常時同時に、それも全てが限界を超えて強化されているという事。


 例えるならば、ダイアモンドの体を持つゾウが戦闘機並みのスピードで突進してくる様なものなのだ。


 「映画のオマージュキャラじゃダメだなやっぱ神話に出てくる様な本物じゃねぇと」


 次の瞬間、アトラはクーフランの顔面を鷲掴みにする。その握力はまるでネジか何かで固定されたみたいにビクともしない。


 アトラは空いた片手の拳を空気が歪むほどのプレッシャーを放ちながらグッと握りむ。


 「歯ぁ、食いしばれやッ!」


 繰り出されたのは目にも止まらぬ打倒のラッシュ、その拳は残像で腕が増えたと錯覚させるほど。


 クーフランは、その猛攻に耐えきれず。顔面が見事に変形、アトラがそのままぶん投げるとまるで砲弾のように吹っ飛んで壁にめり込んだ。


 アトラは接敵にしてものの数秒で、敵の主戦力一人を圧倒してみせたのだ。


 「鮮麗白花の特攻隊長にして番長、この俺、京極アトラを舐めんじゃねぇぞ!!」


 勝利を収めて、他の加勢へと向かおうとしたアトラ、その瞬間だった。


 二つの人影が横をの前を通り過ぎるように吹っ飛ばされて行ったのだ。


 アトラが振り向くとそこには、大きなダメージを受けて倒れ伏す妹達がいた。


 「シノブ! テルハ!」


 「あーやっぱり、流石に死んでたか」


 「なっ、なんという事だ!」


 全員が視線を向けたその先にいたもの、過去の被害者達がバラバラにされて部位ごとに無茶苦茶に縫い合わせて合体させた歪な怪物。


 その容姿は、インド神話で猛威を払った魔王ラーヴァナ、あるいはギリシャ神話のガイアとウラヌスの子、神ヘカトンケイルを彷彿とさせるような多腕多頭の怪物だった。


 真に注目するべきは、その霊力量、一般の行方不明者達に加えて、一級霊能者達の強大な力を掛け合わせた事でその力は途方もなく膨れ上がっている。


 その怪物をアトラは闘争本能を剥き出しにした猛獣のようにビキビキと目を血走らせていた。


 テルハは怒れる姉の後ろ姿を見て、彼女の荒れ狂う思念を受け取ってしまう。


 「かっ……火山なの……」


 妹を傷つけられた怒り。


 それは煮えたぎるマグマのように、アトラの腹の内をグツグツと焼き焦がしていた。


 「許せねぇ、合体ゾンビ野郎がァッ……ぶっ殺してやるよォッ……!!」


 それをまたレナは口から心情を漏らした。


 「おっ、お嬢様が言うセリフじゃない」

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