第3話 入学早々、一波乱

 鮮麗白花学園では、主に松竹梅しょうちくばいの順に成績に応じてクラス分けが行われる。


 成績優秀者が集められた松組まつぐみ

 中間成績の竹組たけぐみ

 最低合格ラインの梅組うめぐみ


 学内は実力至上主義を掲げつつも成績という格差にあぐらをかき淑女としての正しい振る舞いを忘れることは恥とされる。


 開校者、月ノ輪ミカヅキは同じ学舎まなびやで寝食を共にする仲間である以上、格差で礼を失するは淑女にあらずと語った。

 

 己を律し、鮮麗白花の生徒として恥じぬ淑女であるべし。

 開校百年から続く鮮麗白花学園、鉄の校訓である。



 ◇

 


 「しっ、死ぬかと思った」


 入学式を終え、緊張から解放されたレナは案の定干からびていた。

 新入生代表としてスタジアムの中心に立ち、360度全方位から見られる、あまりの緊張と恥ずかしさで憤死する寸前だったが、何とかやり遂げる事ができたようだ。


 (それにしても新入生代表か〜自分がやる事になるとは思わなかったけど中々新鮮な体験だったかも、コレはいいネタになりそう♪)


 ひとまず明日から通う教室の下見だけしようと校内を散策してると彼女の目に道中気になる光景が映る。

 それは上級生らが新入生達に声をかけてなにやら勧誘をしているようなのだ。


 (入学式終わってすぐなのにもう部活の勧誘? ただ親睦を深めてるだけかもしれないけど、気になる)


 漫画家としてのさがなのか知らないことに対しては好奇心を掻き立てられる。

 取材したい事が山ほどあるこの学園、まずはリアルな百合カップルを見つける事が彼女の目標だ。

 

 「おっ松組あった」


 そうこう考えているウチにクラスの教室に辿り着いた。

 教室内は時代を感じさせる洋風なデザインだが広さや机、黒板などは一般の高校に近いがどこかアンティークなデザイン味がある。


 (クラスの人達なら知ってるかな、聞いてみよっと)


 教室内を見渡すと見知った顔が一人いた。

 他人を寄せ付けない孤高の一匹狼っぽい雰囲気を出している凍河フユキだった。


 「おっ、フユちゃ〜ん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど〜」


 レナ声を耳にしたフユキはその表情に冷気が宿る。

 少し敵意のこもる凍てついた視線と共にフユキは言った。


 「天童、あなたも松組なんだ、まぁ首席だし当然か」


 「ねぇねぇ、新入生が先輩達に誘われてるのを結構見たんだけど、あれって部活の勧誘なの?」


 「あぁそれ? そのうち先生から話くらいあるでしょ、すぐ分かるよ」


 「えぇ〜いいじゃん今教えてよ〜」


 絡まれる事を少しウザく感じ始めたのかフユキの言葉に棘が混じり始める。


 「天童さ、首席合格だからって調子乗ってるよね、場違いだってわかんないの?」


 「それは否定しない、ちょっと別世界すぎてビビってる」


 「なら、退学した方がいいよ、それともあの時みたいな事また繰り返すつもり?」


 「あぁ〜いやあの時はその、十徹の上に拍車をかけてにエナドリブーストしてたから、テンションがぶっ壊れてて……」


 レナにとってはフユキとは中学時代の同級生で作品のモデルにするくらいには気に入っていおり、友達だと思っている。


 一方フユキは敵意剥き出しであまり友人意識を抱いていない。

 もちろん、そうなったのにはちゃんとした理由がある。


 それは遡ること中学時代。

 フユキはレナから漫画なキャラのモデルになって欲しいと頼まれた事があった。


 当時レナは編集部から体調不良で描けない作家さんの代打を突然頼まれ、締切間近の別作品も並行して執筆しなければならずでキャラクターのアイデアが沸かず困っていた。


 クラス委員長として責任感を持っていたフユキはクラスメイトが困っているなら助けようと快く引き受けた。


 そう、引き受けたまではよかった。

 しかし、いざその漫画が出来上がるとモデルを引き受けた事を激しく後悔した。


 出来上がったとして意気揚々と渡された漫画を読んでみれば口にするのも憚られるようなの凄惨で残虐なエグすぎる超ハードなSM作品だったのだ。


 自分ソックリな主人公が頭おかしいクソサドヒロインに目を覆いたくなる様な拷問を受けて苦痛に悶えて最後はマゾヒストに堕ちて死亡する描写をクソ真面目に読破してしまう。


 それによって体調を壊して寝込んでしまい漫画の描写が自分視点になって体験する悪夢まで見る始末。


 これが原因で腹を立てたフユキと徹夜十連にエナドリを飲んでハイになっていたレナとの間で大喧嘩に発展した事がある。


 フユキからすればクラスメイトを助けるつもりでキャラのモデルを引き受けたのにその結果出来上がったのは自分をけなすようなおぞましい作品でそれを満面の笑顔で嬉々として出されたのだ。


 恩を仇で返されたと感じても不思議ではないだろう。

 レナの言葉はフユキのトラウマの炎に油を注いだだけだった。


 「……なにそれ言い訳のつもり? それならもっとマシなこと言いなよ」


 (フユちゃんキレてんな〜、こう言う気が強い性格だったからモデルにしたんだよね〜)


 呑気なレナを見て沸々と湧き上がる怒り。

 その怒気は教室内の周囲の気温がグッと下がげる。

 フユキの座る椅子をよく見ると僅かに霜が降り始めていた。


 「あれ、なんか急に寒くない?」


 一色触発のその時、音も気配もなく二人の間に割って入る人が現れた。


 「入学当日から荒れてんなー」


 現れたのは一見気だるそうな雰囲気のギャルっぽい女性教師だ。

 時間をかけてまいたであろう金髪のポニテとそれに相反するように黒にマゼンタのラインが特徴のジャージという雑なお芋ファッション。


 「あーしはおめーら松組の担任する駿部するべハツネでーす。よろー」


 成績トップの松組担任とは思えない人物だが、ここでフユキが驚愕の声を上げた。


 「駿部ハツネって、まさか天変女帝!?」


 (何その強そうな肩書き)


 どうやら相当な有名人らしく、教室に居た生徒の中には何やら怯えた様子の人達がチラホラいる。

 どうやら、あまり穏やかな背景がある人物ではないようだ。


 「今来てるのはコレだけかー、まぁいいや、とりあえず今いる奴に明日からのスケジュール伝えんぞー」


 明日に向けた説明、それが始まろうとした瞬間コンコンと教室の戸を叩く音が聞こえた。

 ガラガラと扉を開けて入って来た生徒はハツネに挨拶する。


 「ハツネ先生、失礼します」


 「おーカレンじゃん、どしたー?」


 カレンが教室に入ると教室がザワザワとどよめき出した「カレン様よ!」「キャー、こっち向いてー!」などとまるでアイドルのライブ会場のように盛り上がっている。


 フユキも周りと同様でカレンに釘付けになっている。

 白い頬は赤く染まり、興奮している事が見てとれる。


 「カレン様、本物っ……!」


 (もしかしてフユちゃん会長推しでこの学校入ったのでは?)


 フユキの推しに萌える様子を見てレナの脳裏に妄想の電流が迸る。

 上級生による勧誘、ザ・お姉様の月之輪カレン、百合疑惑浮上中のフユキ。

 それらのキーワードが全て線となり繋がる。


 (もしやこれは、百合の芽生え! 初々しい新入生のフユちゃんは憧れのカレン会長に誘われ着いていくと大人の指導をされ──)


 妄想に花を咲かせるレナを他所に、カレンはハツネに用件を伝える。


 「実は姉妹のスカウトへと来たのですが」


 「そんなんのあーしの話が終わった後でいいだろー」

 

 「今、よろしいですか?」


 その時、カレンから放たれたのは酸素が薄い山の頂上にいるような息苦しさと肌寒さを感じさせる強烈な威圧感。

 ほんの少し語気を強めるだけで別人のように迫力が変わる。


 流石教師と言うべきかハツネはそれに動じる様子は微塵もない。

 しかし何か意図を汲み取ったのかフッと目を瞑る。


 「……ふーん、いー度胸じゃん、手短にすませろよー」


 「ありがとうございます」


 教室の床をコツコツと乱れぬペースでローファーの歩む音が響く。

 その音はレナの席の前で止まった。


 自分に来るとは予想しておらず少し驚いた様子のレナをまじまじと見つめながらカレンが言った。


 「単刀直入に言います。天童レナさん私と姉妹になりませんか?」


 「……ふぇ、私ですか?」


 突然のカレンのスカウト。

 自分に来る事を予想してなかったレナは妄想に夢中で話を全く聞いていなかった。

 故に、突然の姉妹発言が何の事なのかまったく理解出来ていない。


 「えっと、姉妹はいないですけど、弟ならいますよ私」


 空気読め、話聞いておけ、とトゲトゲした視線が四方八方からチクチク飛んでくる。

 どうやら兄弟の有無について聞かれたと勘違いしてしまったようだ。


 たが、その中でカレンだけは少し違った様子を見せる。

 弟、ただこの一言を耳にしてから、カレンの雰囲気が少し変わる。

 微笑みながら目がキッと見開いたというか、よく見ていないと見逃してしまいそうなほんの一瞬、彼女の目がガンギマッた。


 「奇遇ねレナさん、実は私にも弟が──」


 その時、ハツネが割って入り静止した。


 「カレン、話をそらすな。長くなる」

 

 カレンが何か話を弾ませようとした所をハツネは鋭い威圧を放ったのだ。


 するとカレンのいる辺りからか「……チッ」と小さな舌打ちが僅かに聞こえた気がした。

 気を取り直してカレンは姉妹について説明を始めた。


 「……失礼、さて、レナさんこの学園では姉妹シスターと呼ばれる三人一組になって学園生活を共にすごす伝統があるの」


 (おぉ、百合展開キタァ! やっぱりここ来て良かった〜ネタの宝庫じゃん! アニメの時みたいにロザリオの交換とかするのかな?)


 三姉妹、鮮麗白花開校時より続く伝統。

 三年は長女、二年は次女、一年が末妹という形を取り三人一組となって学園生活を過ごす。


 この伝統の始まりは開校者月之輪ミカヅキが一人っ子で幼い頃より姉妹が欲しかったという願望からインスピレーションを得て発案したと言う。


 「それで今ちょうど末妹になってくれる新入生を探していたの、レナさんお願いできないかしら?」


 「あの、私でいいんですか誘って頂いて大変光栄なんですけど、その、もっと相応しい方がいるんじゃあ……」


 「いいえ、レナさん以上に我が姉妹に相応しい人物はいません」


 「お待ちくださいカレン様!」


 この姉妹スカウトに対して意義を唱えたのはフユキだった。


 「どしたの、フユちゃん」


 「天童レナをカレン様の姉妹に入れるのは反対です。彼女は月之輪に相応しくありません!」


 「あなたは確か、今年の推薦入学者の凍河さんね、理由を聞いてもいいかしら?」


 「推薦入学って、フユちゃんが!」


 フユキが推薦入学者の聞いてレナはかなり驚いている。

 毎年一人しか選ばれない推薦入学者は特待生として扱われ学費が完全免除という恩恵を得られる。

 入学前からすでに霊能力者として相当な実績を積まないと選ばれる事は難しい。


 事前の学校研究でレナもその制度については知っていたがまさかフユキがその特待生とは思いもしなかったようだ。


 荒くなりそうな声を抑えながらフユキは反対の理由を話していく。


 「その女は未成年の学生であるにも関わらずいかがわしい漫画を描いて出版いるんです。そのような破廉恥はれんちな者を側に置いては月之輪家の名に傷がついてしまいます!」


 その反対意見ごもっとも、そもそも成人向け漫画を執筆している人物が格式高い学園に入学できている事自体がそもそも謎。

 正論すぎてレナ、返す言葉も見つからない。

 それを聞いてカレンは冷静に返す。

 

 「彼女が漫画家をしていることは存じております。その件に関しましては学校側も許可していますので問題はないと判断しています」


 「「許可しちゃったんですか!?」」


 フユキとレナ奇遇にもハモる。

 レナに感してはそもそも許可されているという事自体を知らなかったようだ。


 (在学中は流石に書く無理だと思ってたのに……なんかラッキー☆)


 フゥと小さく一息つくとカレン。

 再びレナの方へと向いて彼女に問う。


 「天童レナさん貴女はどうして我が校の門を叩いたのかしら?」


 「百合の、漫画の取材をするためです」


 レナは一切迷わず即答した。

 ただ己が作品を高めるという目的を果たすためだけにこの学園へとやって来た。

 その望みに一切の揺らぎなし。


 「ふふっ、素直でよろしい」


 「ダメですカレン様!」


 「これは既に決まったことです。我が校が掲げるのは実力至上主義、彼女はその基準を満たしている。だから選びました。どの様な職についているかなど天童レナさんの自由、あなたが指図することではありません」

 

 「そんな……」


 認められない。

 憧れている人が百歩譲って自分を選ば無いにしても自分と確執がある人間が姉妹に引き入れられようとしている。

 レナが月之輪カレンの姉妹になる事、それだけは凍河フユキとしてのプライドが許さなかった。


 「それとも、あなた方が私の姉妹に相応しいとでも?」

   

 「っ……はいっ、私は推薦入学枠で入った特待生です。実戦もすでに経験しています。凍河フユキは月之輪の姉妹に恥じない実力を持っていると自負します」


 「ほう、その歳で実戦経験済みとは、けれどそれでは足りませんね」


 「なぜですか、月之輪の次女は私と同じ推薦入学者だったはず、それなのに」


 「同じではありません、私の妹は一年時の時点で既に今のあなたとは格が違います」


 先代の推薦入学者はカレン姉妹の次女。

 その人物は中学一年から実戦を経験して難しい任務を難なくこなして頭角を表していた。

 この学園では入学してから僅か一週間で卒業に足る単位を全て取得し成績も常に学年トップの才女だ。


 「それは天童レナも同じこと、彼女は学園始まって以来の、いや、いにしえより続く霊能力の歴史において史上稀にみる逸材です」

 

 カレンがそう断言すると、レナを的にヒソヒソと声を立てる生徒達。

 歴代でもトップの成績で入学したからと言ってあまりに誇張しすぎではないか、そんな声で溢れていた。


 そんな声はレナの耳に届いておらず、手帳を開いて何かを書き留めているようだ。

 その行動になんの意図があるのかフユキは問う。


 「天童、あんた、何してんの」


 「んっ、何って、今の会話メモってるだけだよ、例えばフユちゃんのだと「自負します!」とか「次女は同じ推薦入学者だったはず」ってヤツ」


 そのセリフを言ったフユキのモノマネをしながら答えるレナ。


 フユキには空気を読まず煽っている様に聞こえたのだろう、額に青筋が走る。

 一方レナは特に深く考えずセリフ言い回しの参考になりそうな言葉をメモしていただけだ。


 しかし、憧れの人に認めて貰えない悔しさとその人に認められている相手が神経を逆撫でするような事を言われて、何かがプチっと音を立ててキレた。


 「ッッ……ふざけんな!」 


 突然、慟哭とも取れる怒りの叫びをあげる。

 気がつけば強い怒りに導かれるように口にしていた。


 「天童レナ、私と戦え! アナタがカレン様の姉妹に相応しいかどうか私が見極めてやる!」


 「うん戦いね、って、たたかい!? 戦いってバトルの戦い!?」


 レナ思わずノリツッコミ!

 異能力学園だと自分で言っていたのに、まさかバトル展開が無いとでも本気で思っていたのかァ? 

 

 百合の事ばかり考えてるので、こう言う状況になる事を全く想定していなかった。

 勉強は普通にできるのに、それ以外の所ではアホの子な一面を晒す。そういうタイプの女の子である。


 想定してない事に弱くパニクる。

 何とか無しに出来ないかとレナは全力で模擬戦を拒む。


 「ちょっ、この学校バトルとかあんの!? ムリムリ、私運動好きじゃないし、ゴリッゴリのインドア女子なんですけど!!」


 「あら、良い提案ですね、レナあなたの実力ここで見せてもらいましょう!」


 「カレン会長ォ!?」


 カレンもノリノリ、教師のハツネも止めない、故にレナの決闘あっさり決定!

 もはや戦わなければ生き残れない!

 その戸惑いを他所に、生徒達らは手慣れた様子で流れる様に机をどかし、あっと言う間に格闘技のリングの出来上がり。


 「レナさん頑張ってね」


 カレンからの爽やかな応援。

 不思議とまるで心強く感じない。


 唐突に決まってしまったレナ対フユキの模擬戦。

 喧嘩無縁のインドア百合厨ガール天童レナ、彼女の運命やいかに……。


 (いきなり学園バトル展開とか無理なんですけどぉぉぉぉ!?)

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