第2話 入学とお姉様
天童レナは長時間のバス移動の末、降りた先に広がる眼前の景色に思わず立ち尽くしてしまっていた。
「ほえーここ全部学校の敷地なんだ」
特別教育特区【
その実態は世界中のありとあらゆる最先端技術を積極的に取り入れているSF映画でも見ているのかと思う超ハイテクシティ。
高層ビルが立ち並び、住人は全て学校関係者とその家族、あとは生徒のみ。
ここを支配している月之輪一族は日本でも有数の名家で政財界でもトップクラスの権限を持っている。
その権力を余す事無く利用し、先端技術を優先的に使う事ができるのだ。
世界中から名家の令嬢を預かる故に作られた正にセキュリティは国防レベル。
不正な侵入者を決して見逃さず、アリ一匹近づけない絶壁の要塞都市だ。
セキュリティを抜けるには専用の送迎バスでないと立ち入ることができない。
東京都心にも匹敵する月之輪市の規模には自分が通う鮮麗白花の校門まで辿り着けるかレナは少し考えるが、
「うん、迷うな、一歩進めば迷子確定」
一人では到底辿り着けないと悟ったのか、とりあえず住人に道を尋ねる事にした。
すぐ近くにいた街で暮らし慣れているっぽい感じの青年に声をかけるようだ。
「あの、すいませんちょっといいですか?」
「はい、いかがいたしましたかな!」
(ぬおっ、声ちょっとデカい)
声の大きい青年は全体的にハツラツとしていて人が良さそう。
レナは少し絡みづらそうと思ったが、もう話しかけちゃったのでそのまま道を聞くことにした。
「あの、学園までの行き方お聞きしたいんですけど……」
「勿論よろしいですとも、まずはこの駅に入ればよろしい!」
「駅? コレ駅なんですか!」
「いかにも、ここから山頂に繋がるケーブルカーが出ておりますので、それに乗れば校舎へと迎えるでしょう!」
青年が指差したのはバス停前にそびえ立っていた建造物。
それは駅というよりは、どちらかと言うと国会議事堂みたいな、あるいは博物館とも言える様な
おおよそ駅舎には見えない。
駅に見入っているレナに、青年はハッキリとした口調で言った。
「お急ぎになられた方がよろしいかと、そろそろケーブルカーが来る時間ですので!」
「ウソやば、ありがとうございます!」
「お力になれたようでなにより、良き学園生活を!」
やけにハツラツとした雰囲気の青年のおかげケーブルカーの事を知れたレナは急いでそこへ向かう。
青年のおかげでとりあえず学校の場所を聞き出せたレナは学園校舎を目指す。
ケーブルカーの駅に着くと本当に時間ギリギリだ。
「間に合えっ」
閉まりそうな所を駆け込み乗車。
ハァハァと息を切らせて何とか間に合う事ができた。
ふぅ〜と息を整え席に腰掛ける。
車内にはレナ以外にもこれから入学する新入生達が何人か乗っている。
(右から
少し見回せば見目麗しい美少女ばかりで目眩がしていた。
レナは自分の容姿にそこそこ自信がある。
中学時代、断わりこそしたものの、一度告白されたこともあるため自分の事は割と可愛い方だと思っていた。
実際、容姿は整っている方だ。
栗毛の髪をボブカットに揃えて頭の両サイドをお団子型に結い、クッキリとした目鼻立ちで人当たりも良かったために男子をよく勘違いさせていた。
しかし、その容姿が平凡に感じるほど綺麗な少女ばかりなのだ。
顔だけでは無い、所作や言葉遣い立ち振る舞いに至るまで名家の子女に恥じぬ教育を受けて来た彼女達とド一般家庭出身の百合厨レナとの差は明白と言えた。
(うぅ、今更場違いに感じてきた。大丈夫だよね私?)
「なんであなたがいるの、天童レナ」
レナに声をかけたのは彼女にとって聞き覚えのある声。
声のする方へと振り向くと自分のよく知る美少女が同じ制服を着て睨みつけていた。
「あれ、フユちゃん?」
声をかけてきた白髪の女子生徒。
凍てつく氷のように透き通るような白い肌、氷柱のように鋭い視線、その美しさは一見脆く儚い様だが触れるとこちらがケガをするのではと思わせる迫力がある。
彼女の名前は
「久しぶりじゃん、フユちゃんも鮮麗白花に入ったんだね!」
「それはこっちのセリフ、あなた一般家庭出身よね、なんでここに通っているのよ」
「私にそれ聞くの、百合のために決まってんじゃん!」
「ハァ、相変わらずね」
そう言うと彼女はレナのとなりに座りスマホを開く。
「言っとくけど、あの時の事まだ許した訳じゃないから」
「再会してすぐ言う事それ〜」
───無言の時間が続く。
二人は中学時代に起きたある事件で揉めて以来一度も口を聞いていない。
気づけば校舎まで着いていた。
「また後で」
それだけ言ってフユキは先にケーブルカーを降りた。
(相変わらずクールだなぁ、でもまぁ、そこが可愛いんだよねぇ)
続いて降りるレナ。
すると駅で待機していた教師が彼女に声をかけて来る。
「あぁ、来た来た、天童レナさん」
「はい、なんですか?」
「初めまして私はこよ学園で教頭を勤めている
声をかけて来たのは恰幅の良いおばちゃんと言った感じの教頭先生、林川サチヨ。
おおらかで優しそうな人といった雰囲気だ。
(なんか近所に住んでいたアメのおばちゃんに似てるかも、なんかホッとする)
「レナさん、突然で申し訳ないのだけど、新入生代表の挨拶をしてくれませんか?」
「えっ、挨拶ですか?」
「はい、我が校の伝統で首席で入学した生徒には新入生代表の挨拶をしていただくことになっているんです」
「首席、なんの話ですか?」
「あら、ご存知なかったのね。あなた入試の成績が歴代でも五本の指に入る記録なのよ」
「……初耳です」
合格することしか考えて無くて自分の順位を失念していたレナ
努力が実って嬉しい思いと新入生代表と言われて上手く出来るのか自身が無いのと恥ずかしい思いが内心でせめぎあっている。
「あれ、でもそういうのって事前に連絡がくるんじゃ」
「それではよろしくね、後の説明は生徒会長にお任せしますので、カレンさんこちらへ」
教頭に呼ばれるとモデルがランウェイを歩くような上品な足運びで歩む一人の女子生徒が現れた。
カツカツとローファーの靴音はまるでリズムを刻むように歩みよる。
「初めまして、あなたが天童レナさんね」
「……ふぇ?」
レナは思わずすっとんきょうな声が出てしまう。
それもそのはず目の前に立つのは理想の一つを体現した様な存在なのだから。
凛として上品な佇まい、クセの無い真っ直ぐな黒い長髪、抜群のプロポーション、キリッとした自信に満ちた目元。
他の生徒からも羨望の目で見られているようで周囲のキャーという歓声が駅車内にこだましている。
その注目の人物はレナに名乗り上げた。
「
一目で理解させられる。
ビジュアルもさる事ながら、生徒達の憧れの的である事、生徒会長である事などあらゆる要素が詰め込まれた紛う事なき理想のお姉様。
この美少女まみれの群衆の中、それをかき消すかの如く月之輪カレンという女性は
(こっ、こんなお手本のようなお姉様系女子がリアルで存在してだいるだなんて……)
あまりの美しさにレナは見惚れていたが途端にハッと我に帰る。
目の前にいるカレンに自分が置かれている状況をテンパって早口で話してしまう。
「あの、すいません私、首席合格なの知らなくて、新入生代表挨拶で何喋るか分からないんでふっ!」
(うわぁぁ、噛んだぁ)
ドキドキと緊張している。
そんなレナにカレンは穏やかな口調で優しく声をかける。
「落ち着いて、心配しなくていいわ私がしっかり教えるから安心して」
「あっ、ありがとうございます!」
パンッとサチヨ教頭が軽く手を叩く。
それを聞いた二人の注目は教頭へと向いた。
「それでは生徒会長、天童レナさんな事はお任せしますね」
「はい教頭先生、レナさんとりあえず細かいことは歩きながら話しましょうか」
◇
煉瓦造りの校舎は歴史と共にある種の威厳すら感じられる。
用務員の代わりなのか何人かメイドが働いてもいるようだ。
レナはこの新天地が気になるようで周囲をキョロキョロと見回すその姿はまるで家に来たばかりで落ち着きのない子犬のようだ。
会場のホールへ向けて歩きながらカレンは話し始めた。
「ごめんなさい、当校では代々首席の生徒が突然の指示をこなせるかどうか見定めるために新入生代表挨拶についてはあえて知らせずにいるのが伝統なんです」
(ヘェ〜さすが名門、新入生にもスパルタだなぁ)
「あれ、でもそれ教えて大丈夫だったんですか?」
「いいえ、だからこの話をしたことは内緒にしてくださいね、理事長に怒られてしまいますので」
「そんな大事なこと、どうして教えてくれたんですか?」
「あなたは一般の学校から我が校を受験したと聞いています。学園のしきたりを熟知している他の生徒と比べるとあまりにアンフェアでしたので」
「そんな、私のために」
「それに、新入生には気持ちよく入学式を過ごして欲しいですからね!」
月之輪カレンのその屈託のない陽光のごとき笑顔。
その姿を目の当たりにしレナは神々しさすら感じ「お姉様ァ!」と叫びたくなるが、百合厨の昂る魂をグッと堪えた。
「ところで天童レナさん、霊能力はいつから学んでいまして?」
「はい? あぁ中三の夏休みに宿題と一緒に覚えたので大体半年くらい前ですかね」
「なるほど、それであれほどの成績を……」
その話を聞いたカレンの口角が僅かに釣り上がる。
それと同時、目的地の講堂へと辿り着いたのだが。
「着きましたよレナさん、ここが会場です」
それを見たレナは絶句した。
それはイメージしていた会場とは明らかにかけ離れていたからだ。
半分裏返った声でカレンに聞く。
「あの私、会場はホールって聞いてたんですけど、すっ、スタジアム? ですよねこれ」
「はい、このスタジアムが我が校のホールですよ、普段は体育の授業や運動部の練習に利用されていますが……レナさん?」
レナはこれから自分がこのスタジアムで新入生代表の挨拶をする姿を想像すると自然とフリーズしポロッとこう言い漏らす。
「……ちびりそう」
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