第4話 vsフユキ

 模擬戦の準備が進む中、ハツネは予定通りの説明ができなかった原因であるカレンに不貞腐れながら話しかける。


 「おいカレン、あーしまだ明日からの日程について全然説明終わってねーんだけど? 勝手に決闘なんて許可してんじゃねー」

 

 「でもハツネ先生お止めになりなりませんでしたよね?」


 「それは……」


 図星を突かれる。

 対戦を後回しにして先に説明をすれば良いのに止めなかった。

 彼女もまたカレンと同様、天童レナという一生徒に注目していたからだ。

 それに対して何も返すことができず言葉を濁してしまう。

 それを見透かしたようにカレンは言葉を続けた。


 「昔から図星を突かれると言い返せ無くなる癖、治ってないようで安心しました」


 「おめー後で反省文な」


 黒さを感じるカレンの笑みにハツネはちょっぴり青筋が浮き出る。

 続けるようにカレンは言う。


 「興味があるのでしょう? 天童レナの実力に」


 「……まーなー」


 「二人とも位置についたようですね」


 審判役はカレンが務める。

 手を挙げて両者の様子を見る。


 「それでは、始め!」


 カレンの合図ともとに天童レナ対凍河フユキの模擬戦が始まった。



 ◇



 (入学初日からバトルとかリアルでやらなく無い? こう言う展開って普通はもっと話数とか重ねてくもんじゃないの?)


 レナは状況を受け入れてきれてないのか頭を抱えて心配事で思考を詰まらせている。

 フユキの方はそれを好機と捉え開始の合図とともに制服の袖を捲り上げていた。

 その腕には悲しげな着物姿の女性が描かれた刺青が彫られている。


 「力を貸せ、悲哀愁ひあいしゅう!!」


 そう一言放つとフユキの刺青は煌々と光を放つ。

 フユキを中心とする周囲の温度がグッと下がり室内だと言うのに雪が降り始めた。


 「何それ、って寒ぅっ!」


 「あれが凍河家次期当主に伝わる一子相伝の式神、雪女の悲哀愁ですか」


 式神とは霊能力の一種であり、妖怪や鬼神と言った人ならざる怪異を調伏し自らの使い魔として魔を打ち払う力とする術法である。


 式神は主に三種類に分けられ、

 術者の霊力と思念によって具現化され本人の能力次第で大きく個人差が現れる【思業式しぎょうしき


 思念が籠った道具や人形などの依代に術者が霊力を流し込むことで式神と化す【擬人式ぎじんしき


 過去に罪を犯した怪異を調伏し他二種よりも強力な式神となるが、その分術者が未熟であれば取り込まれるリスクはある【悪行罰示あくぎょうばっし


 凍河家当主に代々継承される式神、雪女の悲哀愁はかつて凍河家の初代当主によって調伏されるまでに三つの国を滅ぼした伝説を遺している【悪行罰示】の鬼神。


 それは凍河家の歴史、権威、力の象徴でもあり、それを継承するということは凍河家の次期当主として認められたという証であることに他ならない。


 「式神の本体を召喚せず能力だけを引き出す高等技術、凍河の次期当主は優秀だな〜」


 その力の一旦ともなれば教室ひとつ豪雪で埋め尽くしてしまう事など造作もない。


 教室が雪が積もりそうになり他の生徒も体を冷えだして来た。


 「ったくよー、入学初日から手のかかる生徒だなー」


 それを見かねたハツネが指をパチンと鳴らすとリング内は結界に包まれた。するとリング内の空間が拡張され体育館ほど広くなった。


 「えっ、今度はなに、教室広ォ!」


 空間形状操作、空間の形を思うまま自在に変形させる能力。

 ハツネが天変女帝と呼ばれる由縁である。


 式神の雪やら天変女帝の空間広くなるヤツやらで驚いている隙を見逃さずフユキは先制して攻撃を始めた。


 「よそ見とか舐めてんの」


 「ふっ、フユちゃんタンマ、キャァ」


 とんで来たのは雪玉、それは弾丸にも高い速度でレナの頬をかすめる。

 出血は流れなていない、患部は凍りついているかだ。 

 頬の傷口を指でなぞってみると血が凍った真っ赤な霜ができていた。 


 「戦いも知らない素人、学年首席であろうと私の敵じゃない!」


 それを目にして周りも止める様子がなくこれが本気の模擬戦であると実感した。

 傷つきたくない悲鳴と共にレナは必死に基礎術を使う。


 「ヒィッ! しっ、身体強化ァ!」


 教科書に書いてあった事を思い出し、霊力で身体能力を高めてフユキの飛ばす攻撃を交わしながら逃げ回る。

 必死に避けて躱わして駆け抜けて、初戦闘にギャフンと泣きそう。


 「ちぃっ、ちょこまかと!!」


 見物しているフユキとハツネは戦況を見極めながら試合を解説している。

 実力者二人の見解はいかなるものだろうか。


 「あーし、ちょこまかと、って戦闘中に言うやつ初めて見たわ」


 「私は聞いた事ありますよ、鬼瞳きどうさんがそう言った言い回しを好んで使っていますね」


 否、全然関係ない世間話をしている。

 一応試合はちゃんと見ている。


 そして、いつのまにか教室には模擬戦を見物に来た生徒や教師がドンドン増えている。

 学年首席と推薦入学者の模擬戦、この対戦カードを見逃す手は無いとその話しは瞬く間に学園中に広がったのだ。


 ギャラリーが増えて緊張感が増していく中、レナは必死に思考を回していた。


 (やばいやばいフユちゃん本気だ! 戦うとか無理だし、でもワザと負けたら私をスカウトした会長の面子丸潰れだし、とにかく勝って終わらせないと)


 試合開始からずっと回避し続けられフユキは苛立ち初めている。

 何故ならレナは身体強化をかけているとは言え逃げ続けているにも関わらず一切バテていないのだ。


 霊能力を扱うにはそれを操るためにある程度の制御能力が求められる。

 もちろん基礎技術である身体強化も例外では無い、つたない制御をすれば当然早くバテる。


 しかし、レナはバテない、焦って追い詰められて冷静さを欠いている状態でも霊力の流れは至って正常だ。


 (コイツさっきから変だとは思ってたけど、霊力制御が卓越してる。微塵も揺らいで無い、学年首席は伊達じゃないってわけね)

 

 完璧に制御されたレナの霊力はほんの僅かな量でも高い出力を発揮することができる。

 しかし、防戦一方なのは変わらない、形勢逆転しなければ攻撃の雨は止まない


 攻撃の手を一切緩めない、止まればレナはやられる。

 雪玉の雨は威力を抑えているにしても暴徒鎮圧用のゴム弾にも匹敵する豪速球。


 (落ち着け漫画を描く時と同じ、心を空っぽにして集中、集中、集中……)


 集中、自己暗示を掛けるように心の内で唱え続けている。

 ふと、レナの顔から焦りが消える。みるみる落ち着いてまるで感情を失ったような無表情となり雰囲気がガラリと変わった。


 「……これは」


 その異変に気付いたのは対決を見物しに来ていた一部の実力ある生徒と教員のみ。

 一般の生徒と言っても鮮麗白花に入学したエリート達でも気づかない、それほど地味で洗練された変化だ。


 「何、気持ち悪い、さっさと終らせ───」


 その雰囲気を不気味に感じている刹那、フユキの視界は真っ白に染まる。それは一瞬点滅しただけの光。光はすぐに消える、次に見た光景は教室の天井だった。


 痛みが遅れてやってきて、鼻血を流した。その時になってようやく顔に何かぶつけられたのだと理解した。


 いつ手に持ったのかレナはまるで魔法使いの杖に見立ててGペンを構えていた。

 そのペン先はフユキに向けられている。


 「なにそれ、魔法使いにでもなったつもりかよ!」


 次の瞬間、レナは砲撃を機関砲の如く連射し始める。

 それを見ていたハツネとカレンはレナのやった事を冷静に分析した。


 「基礎技、霊力を収束しただけの砲撃か、威力控えめにしてあるな〜」


 「そう、基礎の基礎、学べば誰にでも出来るありふれた技、しかし、早い」 


 打ち込まれた砲撃に対してフユキはすかさず迎撃、先程の倍のペースで雪玉を打ち込む。

 そんな足掻きは意に返さずをレナは全て撃ち落として見せた。

 集中放火となった砲撃を雪を操作して瞬時に鎌倉を作り砲撃を防ぐ。


 「舐めるな、単調なんだよっ」


 フユキはレナの足下に積もっていた雪を操り雪玉を作り出す。

 死角からアゴを目掛けて雪玉を打ち込んだ。

 その反撃の矢がレナに届く事はなかった。


 レナはまるで予感していたようにピンポイントでアゴにバリアを展開していた。


 「見ないで防いだ!?」

 

 それを見て攻撃の手段を即座に切り替えた。

 鎌倉の層を厚くしている隙に氷塊を生成すると一人でに形を変えて氷の刀となった。


 (接近戦に持ち込む、武術に心得がある私が有利のはず)


 氷で作った刀を手に取ると吹雪の如しスピードで駆け出す。

 砲撃を掻い潜りながらレナの懐を取る。


 「獲ったっ!」


 左脇腹から逆袈裟斬り。

 レナは振るわれるタイミングをまるで示し合わせたようにバックステップで後方に回避。


 振り上げた体勢から繋がるよつに追撃をかけ、前に踏み込んだ。


 次は右上段から振り下ろし

 振るわれる前にタイミングに合わせてレナはフユキの腕と顎をつかみ足を引っかけて体勢を崩すと合気道のように投げ飛ばす。


 フユキはそれに対して冷静に受け身を取って間合いを取り直し再び追撃。

 攻撃を切り替え喉に目掛けて素早い刺突を繰り出した。


 それをすかさずしゃがんで回避、フユキにはレナが一瞬で消えた様に見えた。


 そして回避から連動するようにレナは躰道の海老蹴りをフユキ腹にブチかます。


 「あぐぁ!」


 突き刺さるように入った蹴りは心胆まで響くようで、フユキは体を大きく吹っ飛ばされる。

 格闘技経験が皆無のレナが武術の技を使うことに驚きを隠せない。


 その秘密はレナがネットで動画を漁っている時に見つけた格闘技の技をうる覚えながら再現しただけ、要は単なる見よう見まねである。


 攻撃は動きを読まれた上で対処されている。

 この事に関心を寄せた担任と生徒会長が戦況をようやく解説し始めた。


 「凍河の奴、動き読み切られてるし、天童の動きを捉えるのはもう無理だろうなー」


 「そうでしょうね、完全にペースを握られていますので」


 「天童の動きさアレじゃね、ホラ、風紀委員長がやってるヤツ」


 「あぁ、後の先ですね彼女のは自前の反射神経であの芸当をやってのけているので厳密には違います」


 「そうかー似てると思うけどなー」


 「恐らくレナさんはもっと昔から凍河さんを分析していたのではないでしょうか」


 レナは漫画家として数々の取材をこなしてきた中で発達した分析能力を手に入れた。

 誰かをモデルにしてキャラを描く際は入念な観察をしていた。それは当然フユキも例外では無い。


 手にできた剣ダコ、すり足のような歩き方、人との話す際間合いを取ろうとするクセ、剣術に心得がある事は中学時代から既に見抜いかれていた。

 そこからどう動くか予想して攻撃に対処している。


 「初見で読み切る風紀委員長とは違う、個人への深い理解と考察を重ねた上でやっているのでしょう、決着もすぐにつきますね」


 雪玉は初見の攻撃でレナは対処ができなかった。もし雪玉で攻めていればフユキに勝機が巡って来たかもしれない。

 すでに見切られている接近戦に持ち込んだことは悪手だった。

 自分の動きが最初から知られているなどフユキは知る由もないだろう。


 (どうなってんのコイツ、全身に目ん玉でもついてるわけ?)


 「フユちゃん」

 

 攻勢を強める最中、自分は余裕だと言わんばかりにレナはフユキに語りかける。


 「ッ!」


 それは考察、レナから見た彼女の力について導き出した答えをただ一言だけ話した。


 「その式神、ちっとも本気出してないね」


 その指摘に思わず攻撃の手が止まる。

 それは勝敗を決する大きな隙となった。


 「ゴァッ!」


 先程、雪玉を顎に当てようとした意趣返しと言わんばかりに威力控えめの砲撃が顎を撃ち抜く、つもりだった。

 まだまだ狙いの精度が甘かったようで思いっきり顔面に直撃し右フックかましたみたいになってしまった。

 

 「のわ、フユちゃん大丈夫!」


 (なっ……んで、天童、悲哀愁の、こと、気づいて……)

 

 掠れる意識のなか倒れそうなフユキの体をレナはすかさず支えた。

 そのまま腫れているフユキの頬に手をかざすと緑光を放つ、それは腫れた赤みを瞬く間に癒してみせ、元通り綺麗になった。


 霊力による傷の治癒。

 身体強化の応用で自己治癒力や新陳代謝を高める医療術の一種。

 これを行うには細胞レベルの微細かつ繊細な霊力制御を求められる。

 使い熟すには霊力制御に緻密な計算を行わければならない。

 故に使い手は世界でも限られたごく一握りしかいない超高等技術だ。


 レナはそれをごく当たり前のようにヒョイと使って見せたのだ。

 教室内は驚嘆の声で包まれている。


 「こんな芸当を……アナタが?」


 当然レナはそんなこと知らないため、自分に驚嘆しているなど微塵も思っていない。

 異世界モノの無自覚系主人公を鼻で笑ってツッコミを入れるタイプであるが今まさに自分がそれになっているのだから他人事ではない。


 勝負はついた。勝者はレナ。

 前半優勢なフユキだったが後半に入ると驚異的な集中力を発揮しそこから容易に形勢を逆転されてしまった。


 勝敗を見届けてハツネが結界を解くと教室が縮小するように元通りになっていく。

 それを待っていたかのように笑い声が聞こえてくる。


 「アハハハハ♡」


 嘲笑う声の主は軽やかに二人を囲う机を飛び越えリングの中に上がり込む。

 その少女からは明確に相手をけなそうとする意思が感じられる。

 

 「遅かったわね、イユリ」


 カレンにイユリと呼ばれるその少女。

 見下し舐め腐ったような目つきのウェーブがついた赤髪ツインテールのスレンダー美人だ。

 彼女はフユキへと近づき不意に耳元で囁く。


 「ざぁ〜こ、マジ無様チョ〜受ける♡」

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