第5話 もう一人のお姉様

 (誰、あの感じ悪そうな人)


 突如現れたのはどこか子供っぽさを感じつつも大人びているような少女。

 彼女は現れてからなんの脈絡もなく容赦もなくフユキを容赦なく罵り始めた。


 「あんなに息巻いておいてボロ負けするとかダサすぎ、コントかよ〜って思ったし♡」 


 嘲笑う彼女の名前は加木屋かぎやイユリ、二年生。

 去年の推薦入学者にして生徒会副会長を務めるカレン姉妹の次女。


 「これで分かったっしょ、アンタより今年の首席の方が姉妹に相応しかったってコト、もう諦めなよ♡」


 「嫌です。私はまだやれます! 私はここで、カレン様と姉妹になるために、それが夢でこの学園に来たんです!」


 「アハハッ、アンタみたいなザコがカレンねぇの姉妹になるだなんて、身の程知らな過ぎ、マジウケるんだけど♡」


 「……お前ッ!」


 イユリの侮辱に我慢ならずフユキは怒りのまま溶けかけている氷の刀を振るった。

 しかし、相手は二年生の中でもトップの成績を誇る生徒。

 ハッキリ言ってフユキとは格が違う。


 「はい、アホ確定♡」


 イユリは何か動作した様子が無い、にも関わらず突然、色鮮やかな閃光と共に何かがフユキに炸裂する。


 「あ"あ"ッ」


 その衝撃はフユキは悲痛な断末魔と共に教室の端まで大きく吹っ飛ばしてしまった。

 炸裂したのはは言うなれば花火のようだった


 「こんなザコがイユリと同じ推薦入学とか、試験のハードル下がったんじゃないの?」


 入学したての下級生に対しては余りにも容赦のない反撃に周囲の生徒はイユリにドン引きする。


 「ちょ、フユちゃん、何するんですか!」


 「アンタ見てなかったの? 完全にイユリの正当防衛だし」


 慌てて駆け寄り再びレナは治療を始めた。

 一応手加減はしたのか軽傷ですんでいる。

 怒りが収まらないのかフユキは治療中にもかかわらず無理矢理立ちあがろうとする。

 たまらずレナは彼女を制止しようとする。


 「ちょ、どうしたの落ち着いて、フユちゃんちょっと変だよ?」

 

 「お前にだけは言われたく無い!」


 これほど取り乱したフユキをレナは未だかつて見たことがない。

 薄いSM本を渡したときも怒ってこそいたがある程度は理性的だった。

 中学時代から大きく変化しているように見えていた。

 怒りを抑えられていない様子にイユリは呆れながら言った。


 「アンタさ、さっきコイツに喧嘩売った時もいきなりキレてたよね?」


 「うるさい、私は冷静だ!」


 「情緒不安定かよ、キモ♡」


 治療を待たずして、イユリは立ちあがろうとするフユキを押し倒し髪をガシッと掴み上げると殺気じみた威圧ぶつけて言った。


 「ウチの姉妹はアンタみたいな身の程知らずのザコがやっていけるほど甘くねぇから」


 それを受けてフユキは怒りがおさまったのかビビって萎縮してしまう。


 人を見下した生意気な態度。

 冷ややかでナイフのような罵詈雑言。

 それに当てはまるキャラの属性をレナは良く知っている。


 (この先輩やっぱり、ナマイキ系女子だ!)


 そう、もう一人のお姉様、加木屋イユリは紛う事なきメスガ……もとい、ナマイキ系女子だ。

 侮辱大好き、高慢ちき、相手を煽りに煽って返り討ち、打ちのめした相手にトドメの一言を刺すいじめっ子気質の少女。

 それがそのまま成長したのが彼女だ。


 「ねぇ、アンタ天童だっけ」


 「えっ、はい」


 イユリはレナの方は顔を向けて話を振る。

 

 「霊力を知覚してコントロール出来るようになるまでどれだけ時間かかった?」


 なぜそんな事を聞かれたのか、レナは分からなかったが、とりあえずありのままを答える事にした。


 「え〜と、教科書開いてすぐくらいですかね、読んだ通りにやったらできました」


 あまりに軽々しく放たれたその言葉に。フユキは思わず我が耳を疑う。


 「……は?」


 「さっきの治療は?」


 「それは確か……アニメ見ながらやってたんで三十分くらいですかね」


 教室がどよめき出した。観戦していた他の新入生、そして上級生までもが「ウソでしょ」や「そんなこと、可能なの?」言った声が聞こえてと驚きを隠せない様子。


 それはフユキも同様だ。


 「アンタ、何言ってんの? ありえないそんなの……この学園の生徒達がどれだけの時間を修練に費やしてると思ってんの」


 そう、ありえない。

 どんな天才だろうと、霊力は感覚をつかむまでに最低でも年単位での修行を求められる。

 先天的に素質があって見える人もいるがそれでも霊力コントロールを身に付けるにはそれなりに時間を要する。


 しかし、レナは生まれつき見えたわけでもない正真正銘の一般人だ。 

 遊びの片手間、ほぼあやふやな感覚に委ねて瞬時に力を発現させてみせた。


 やり方さえ知ってしまえば、難易度など関係ない。

 彼女にとって霊能力そのものがあまりに簡単な作業なのだ。


 「えっ、ウソ、あれそんな難しいの?」


 天童レナは紛れもなく選ばれた才能の持ち主である。

 そんな彼女からしてみれば容易くできた霊能力がそれほどの修行を要するなど寝耳に水


 「なっ……ハッタリでしょ」


 「事実ですよ」


 そこにカレンが口を挟む。

 

 「月之輪家が入学前に彼女の身辺を調査したところ、天童家と霊能力との間にはこれと言った関わりはありませんでした」


 それを聞いた生徒の一人が手を挙げてカレンに聞いた。


 「つまり天童さんは修行もせずに、本当に一瞬で霊能力を目覚めさせたというのですか?」


 「その通りです。先程おっしゃっていた教科書の購入履歴と覚醒した時期も一致しています」


 かなり詳細に調べられている事にレナは割とガチめな恐怖を感じた。


 「えっ、ちょっと待って、私どこまで調べられてるんですか?」


 カレンは続けて観客全体に向けて宣言をする様に言った。


 「天童レナさんは詐称などしていないことは月之輪の名において断言します」


 政財界にすら圧倒的な影響力を持つ月之輪の名にかけた発言。

 その娘がこれを口にするからには相応の責任を背負うことになる。

 それを口にしたのは天童レナの才能は真実だという絶対の確信があるからこそ、それを理解できない生徒はおらず彼女を認めざる終えないのだ。

 

 事実、学力は努力で霊能力は才能という理不尽な力でレナは学園首席をもぎ取ってみせた。


 カレンがここまでの発言をした以上フユキも

これ以上は否定することが出来なかった。

 イユリは項垂れるフユキの頭を優しく撫でながら言った。


 「これでわかった? コイツとのアンタとじゃ立ってるステージが違うってこと♡」


 その様子を見てカレンは見かねたのか小さくため息をつくと、キッとイユリを睨みつけ圧を込めて言った。


 「イユリ、あまり後輩をいじめてはだめよ」


 「ピィッ! カレン姉……」


 「あなた、さっきの口ぶりからして最初からいたようね、時間通り来るよう伝えたはずなのに、どう言うつもり?」


 「あっ、いや、それは」


 「どうせ、来た時ちょうど面白そうだったから決着ついたら良いタイミングで負けた方を煽ってやろう、などと考えていたのでしょう?」


 「うぅ、はい」


 「呆れた、後でお仕置きです」


 「ピィ、そんなぁ……」


 イユリはカレンのことがよっぽど恐ろしいようで、諌められると先程調子づいていたのはどこへやら、涙目になってシュんとなりあっという間に大人しくなってしまった。

 それを見てレナは理解する。


 (あっ、すでにわからせ済みなんだ)


 意気消沈したフユキの前にそっとしゃがみカレンは穏やかに語る。

 

 「凍河さん、あなたは私の事をとても慕ってくれているのは、よくわかりました」


 「カレン様」


 「でもごめんなさい、厳しい事を言うようだけど、私の妹を務めるにはこの天童レナさんをおいて他にいない」


 「あっ」

 

 フユキは座り込んで動かない。

 もはや立ち上がる気力も起きないようだ。

 憧れているカレンからハッキリと相応しくないと突きつけられれば無理も無いだろう。


 「先生、お邪魔しました。レナさん、また後で迎えに来るわね、行くわよイユリ」

 

 「はぁ〜い」


 教室のいたたまれない空気。

 それを切り替えるようにハツネがパンパンと手を叩く。


 「……はいはい、おめーら、机戻せー」


 教室に居合わせていた生徒達は協力して机を戻す作業を始めた。

 そのおかげであっという間に元の教室へと戻っていった。


 「あー、えっと、フユちゃ───」


 立ち上がる気力を失っているフユキ。

 心配で駆け寄ろうとするレナをハツネはポンッと肩にてを置いてを止める。


 「今お前が行くのは今の凍河によくないからなーあーしに任せとけ」


 ハツネが肩を貸してフユキを立ち上がらせる。

 この時レナは落ち込む彼女にかける言葉が見つからず、ただハツネに言われた通りにすることしか出来なかった。


 ◇


 (結局、フユちゃんと仲直りできなかった)


 明日からの日程を伝えられてその場では解散となった。

 途中フユキに話しかけようにも先に帰っており、それすら出来なかった。


 「待っていたわ、レナさん」


 ケーブルカーの駅舎にて声をかけたのはイユリとともに待っていたカレンだった。


 「あっ、カレン会長とメスガキせんぱ……じゃなくてえっと、誰ですか?」


 ムッとした顔でイユリは言った。


 「メスガキ先輩って、それイユリの事言ってんの?」


 「あっ、いやすいませ、いてっ!」


 生意気言ったレナのおでこにイユリはちょっと強めのデコピンをかました。

 音も気配も無く、気がついた時にはキレイなデコを弾かれていた。


 「加木屋イユリ、よ〜く覚えとけ一年」


 先程フユキを相手にしていた時とは打って変わって雰囲気が和らいでいる。

 見下したような感じは変わらないが、嫌味な毒気は抜かれているようだ。


 それを見ていたカレンは話題を変えるように言った。


 「イユリも自己紹介できたようですし、早速寮へ向かいましょうか」


 その時、レナはハッとした様にやろうと思って忘れていた事を思い出す。


 「あっヤバ、そういえば寮の場所調べてなかった!」


 バスを降りてすぐの時にケーブルカーの発車時間を教えられて走っているウチに忘れてしまったようだ。

 それをフォローする様にカレンは言う。


 「心配しなくて大丈夫ですよ、これから一緒に暮らすのですから」


 レナ、聞き逃させない単語をキャッチ。

 一緒に暮らすとカレンは言った。

 改めて真実かどうか問い返した。


 「一緒に暮らすとは、どういう事ですか」


 「察せアホ、この学園では姉妹で同居すんの一つ屋根の下でね」


 一つ屋根の下。

 この上なく百合の気配を感じるシチュエーション。

 レナ思うそそるぜ、と。


 入学初日からトラブルに見舞われてこれからどうなることかと気を揉んでいたが、当初の目的である取材ができそうだと思うと、一日の苦労も軽く感じられた。


 ケーブルカーは乗って麓の駅に降りる。

この駅は月之輪市全体を巡る環状線を走る電車も出ている。


 乗り換えて生徒の居住区域近くの駅へと向かう。

 ついて電車を降りるとついたのは閑静な住宅街、一気に下町感が出てきた。


 (学生寮もマイホームになる時代か〜)


 そんなくだらない事を考えながら自分が暮らす寮がどんな場所なのか、レナの中にはそれを少し楽しみにしている自分がいた。

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