第14話 大寒気が侵攻中

 保健室のあるのは別校舎、もはや完全に病院であり、緊急時は複数人の入院も可能なこの建物で、フユキの治療は行われた。

 そして───


 「ハァ、とりあえず、危険な状態から、は、脱したわ……」


 目元にはクッキリとクマがついて癖っ毛で少しバサついた髪の保健教諭、不健康そうな祇園ぎおんサオリは、フユキの治療が無事に終わった事を伝えた。


 「よっ、よかった〜」


 保健室、というよりは病院の診察室みたいな本格的な空間。


 祇園サオリの背後の扉には手術室らしき物もある。


 重症者とはいえ、応急処置済みの生徒一人を治療には十分すぎる程に整った環境だ。


 サオリは欠伸をかきながら、気怠そうにゆっくりとした口調で言った。


 「それで、彼女の体、色々調べてみたけど、条件付きの契約、が、組み込まれてたわ……」


 「条件付きの契約? なんだーそれー」


 同席していた担任教諭の駿部ハツネは、サオリが明かしたフユキの状態に深刻な面持ちで耳を傾ける。


 サオリは話を続ける。

 

 「フユキさんは、悲哀愁と、契約する条件として、術者が学園ここに来て強いストレスを感じた時、契約が自動的に解消される、という、もの、よ」


 「凍河は気づかなかったのかー?」


 「記憶に細工された、痕跡があったわ、おかしな契約、してるから、妙だと思ったけど、多少勘づく事は、あっても、都合の悪い、疑問や記憶は、抑制されたり、消されるように、なってる、みたい」


 そして、フユキがレナとの模擬戦の際に見せた高等技術についても、サオリは見解を述べる。


 「フユキさん、が、式神の、本体を召喚せず、能力、を、使えたのは、契約が甘くて、抑えきれずに、漏出した悲哀愁の霊力、を、使っていただけ、みたいね」


 「副作用、で、少し、情緒が、不安定、になったり、したみたい、だけど」


 「ふーん、なるほどなー」


 徐々に明かされていくフユキの背景に、ハツネの表情は少しづつ険しくなっている。


 自分が教師として初めて受け持ったクラスでその生徒がなにか、良からぬ事に巻き込まれていると理解していく。


 そこで、レナはサオリに手を挙げて一つ気になる事を尋ねる。


 「あの、参考までにストレスって何があったんですか?」


 サオリは「ふぁ〜」と大きく口を開けて欠伸をすると、診察の結果調べた結果を、眠そうにしつつ淡々と述べる。


 「えっと、彼女の、記憶を、覗いた時に、見たのは───」


 そう言いながら、サオリは先程作成したフユキのカルテを確認し、読み上げる。


 「───憧れの人がいる学校に、進学、出来て苦手なレナさんから、離れられると思ったのに、アナタ、が、いたり」


 「ん?」


 「憧れの、カレンさんの前で、苦手で、内心ちょっと、侮ってたアナタに、ボロ負け、したり」


 「えっと」


 「カレンさんが最初からアナタを見初めていて、フユキさん姉妹入りを断られたりしたとかがあったわ」 


 「……あの、本当、ごめんなさい」


 彼女がどうやってフユキの記憶を覗き見たのかは、さておき、今回レナの邂逅したことが、悲哀愁解放の主な原因の一つだと知り、レナは自責からか、やや情けない謝罪を漏らす。


 ハツネは続けて質問に答える。


「トドメに、なったのは、父親から実家を、勘当された事ね」


 「ん、勘当、どゆこと?」


 あまり耳にしない、されど聞き捨てならない言葉に、レナは目を丸くする。

 サオリは続けて言う。

 

 「アナタに負けたことで、凍河の看板に、泥を塗ったと、難癖、付けられたみたい、ね」


 「なっ、なにそれ、なんでフユちゃんが家を追い出されないといけないんですか!」 


 「……それは、悲哀愁を、解放するため、でしょうね」

 

 つまり、凍河レイジは、いずれ学園で悲哀愁を解き放つ際、それを円滑化するために、フユキがストレスを抱えやすくなる様に、長期的な精神誘導をしていたのだ。


 「それに、凍河さんは、お母様が病床に、伏せていて、それをダシに、お父上は、日常的に、プレッシャーを、かけていた、みたい」



 それを聞いたハツネは、いつも通りの調子で言った。


 「じゃあ、あれかー? 凍河がこんな目に遭ってんのも、父親が原因、ってことかー?」


 その間延びした口調とは裏腹にハツネの気配は、明らかな怒気を浴びていた。


 今回の事件の裏を理解し、フユキの父親がどう言う思惑で娘を鮮麗白花への入学を許したのか、それを知った彼女は、時間をかけて付けたつけ爪がへし折れ、割れて尖った爪が刺さって血が出ているのも気にしないほど、強く、拳を握りしめていた。


 自然と彼女の周囲には、蜃気楼の様な僅かな空間の歪みが生まれたいた。


 「自分の娘にそんな事を?」


 「自分の娘、だから、好きに使って、当たり前と、思っているのよ、古臭い思想と、野心、が、染みついた、オッサン、ですもの」


  ◇


 サオリからあらかたの話を聞き終えたレナは今回のフユキの事情を電話で姉妹達に報告する。


 「ふ〜ん、要は自分の娘を爆弾代わりに使ったわけね、そんな事のためにわざわざ、周りくどい計画立てちゃって、ハッ、ヘドが出るんですけど……」


 それは、いきどおり、息詰いきづまった様な嘲笑。


 凍河レイジの計画にイユリは鼻で笑いながら、自らの野心のために娘の命を平然と捧げる事への怒りが募る。


 そして、カレンもこの話を聞いて、母親が何処へ向かったのかを理解する。


 (なるほど、先程お母様の霊力が消えたと思ったら、そういう事なのね、凍河家も終わりかしら)


 フユキが眠る病室、最早豪雪地帯となりつつある月之輪市をハツネは窓から眺めていた。


 同じく病室でフユキを見守る傍ら、気晴らしのスケッチをするレナに、ハツネは言葉を溢すように、話しかける。


 「なぁー天童」


 「はい、なんですか?」


 「あーし、ちゃんと先生やれてるかな?」


 「なりたてのヒヨッコ教師がなに熟練教師の悩み〜みたいな事いってるんですか」


 「あーしなーやりたくて先生なったけどさーちゃんと先生やれてる気がしねーんだよ」


 「……」


 「生徒が危険な目にあったてのに、なーんにもできなかった。天変女帝なんてよばれてんのに、情けねーよなー」


  ハツネは落ち込んでいた。

 担任教師であるにも関わらず、生徒の悩みにも大変な時にも、寄り添ってあげることが出来なかった。


 フユキがレナに負けたあの日、ハツネもどうしてやるべきなのか分からなかった。

 

 レナには、話しかけない方がいい、などと言っておきながら、それは、自分に対して言った逃げの言葉でもあった。


 先生として、何か声をかけてあげるべきなのか、だとしたら、一体何と言ってあげれば凍河フユキのためになるのか。


 ハツネは自分がまだ、高校を卒業してすぐに教員になった大人になりきれない子供である事を、この一見で思い知らされていたのだ。


 「確かに、天変女帝のハツネ先生は凄いと思います。知らないけど」


 「知らんのかい」


 レナは語る。 

 ハツネと交流した時間は正直まだ一ヶ月にも満たない短いものだ。


 「私も、やりたいから漫画家をやっています」


 「思い描きたい理想があって、でもそれはハッキリとしないモヤで覆われているせいで、未だ私の理想はこれだって思える様な作品は、描けていません」


 レナは長年使い続けて来たGペンをぼんやりと眺めながら言った言葉。


 「先生も、思い描く、理想の姿があるんだと思います」


 「理想か……まぁ、そうだな」


 ハツネには確かに、憧れがあった。

 かつて自分に教鞭を払った恩師たる人は、今でもハツネの理想だ。


 その人の様になりたい、そう思って彼女は母校である鮮麗白花の教師となった。


 レナは続けて言った。


 「天変女帝なんて看板があって、実力もあって、さぞ自信がお有りだったんでしょうけど、教師という仕事の前では、何の役にも立たない、生徒の注目を集めるだけの看板に過ぎなかった。なんて思ってますよね?」


 「どうした天童おめー、今イユリよりキレのある毒吐いてるぞ」


 それでも、落ち込む担任教師に思いつく限りの精一杯の励ましを送る。


 「でも、先生としてまだまだ新米、言うなれば私達と同じ一年生です」


 レナが口にしたのは、かつて小学校の時に見たアニメの心に染み入る名言を言った。


 「何にも出来なかったと思うなら、出来る様になってください、精進あるのみです!」


 その言葉を聞いたハツネは目を見開いた。

 それと同時、「プッ、ハハハッ!」と割れた風船から空気が抜けて行く様に、吹き出し、笑った。


 ハツネは笑いで浮かぶ涙を指で軽く拭って、レナに言う。


 「おめーそれ、ニチアサのトップバッター【マジカル闘士レッカ】32話で師匠マスターレレミが言った名ゼリフじゃねーかよー」


 「なぬっ、ハツネ先生ってニチアサ民なんですか!」


 「あたりめーだろ、あーしは幼稚園の頃から【マジカル闘士シリーズ】は欠かさず観てるからなー丸パクリなんてすぐバレるに決まってんだろーが」


 意外や意外、ハツネはニチアサをこよなく愛するアニオタだった。


 よく見ると彼女の着ているジャージはシリーズ劇中に登場したキャラの愛用していた物と同様の物だと、レナは遅れて気づく。


 駿部ハツネと言う女は、名門校の教師でありながら、この学校ではバレないだろうと、密かにコスプレして教鞭を振るっていたのだ。


 「良いこと言うならさー、せめて自分で考えた言葉で言えよなー神アニメの台詞をパクってんじゃねぇー」


 ハツネはレナの頭をクシャクシャと髪を乱すように撫でる。


 それによって頭を揺られる。特に嫌な感じはしない様で、レナは笑いながら、されるがままだ。


 「うぇ〜、すいません」


 「でも、名シーン思い出したら、ちょっとは元気出た。ありがとなー天童」


 寒い中で暖かな雰囲気になる二人だが、突如、引き戸が弾き飛ばしかねない勢いで、ひらいた。


 二人は結構びっくりした。


 「はぁ、ハツネ先生っ……!」


 扉を開けた生徒は、慌てた様にハァハァと息を切らしている。


 「んーどしたー」


 「悲哀愁が、学園に向かって接近して来ています!」


 ◇


 「ふぇぇ、映画終わっちゃいましたぁ」


 雪だるまの中に乗せられて、フユキのスマホを勝手に使いサブスクで映画を視聴する悲哀愁は、暇つぶしに見ていたソレが終わってしまい少し悲しそうだ。


 突然雪だるまが、爆発する。

 木っ端微塵になった雪だるま、爆発で「あーれー」と対して緊迫感のない喜劇のような悲鳴をあげて外に投げ出された。


 これによって、スマホも粉々になって砕けちった。


 「ふぇぇ、私のスマホがぁ、映画観れなくなっちゃいましたぁ」


 繰り返すようだが、これはフユキのスマホである。

 断じて悲哀愁のものでは無い。


 『外敵を確認、排除を実行します』


 「ふぇぇ?」


 悲哀愁が声のする方を見回すと、彼女を包囲する鉄の巨人。


 これは、都市内の警備システムとして採用された海外発祥の式神【土塊巨人ゴーレム】は、全身が現代兵器などを装備して改良されている。


 「ふぇぇ、いじめないでぇ……」


 『肩パルト方、一斉発射』


 四方八方からの一切砲撃!

 それに対して、悲哀愁は竜巻のように吹雪を渦巻かせると、雪は暴風は壁となり、砲弾を巻き上げていなしてしまった。


 『全機体、近接戦闘へ以降、外敵を速やかに排除します』


 鋼鉄の剛腕が、か弱そうに見える悲哀愁を襲う、振るわれる拳はまるで銃器が迫って来る様な迫力がある。


 悲哀愁は悲壮な表情を変える事なく、吹雪の勢いを増す。

 

 暴風に吹き飛ばされる雪は、鉄など容易に切り裂き貫く刃や弾丸となり、【土塊巨人ゴーレム】に付けられた戦艦級の装甲をまるで、ぬいぐるみを破壊するかのようにズタズタにしてしまった。


 悲哀愁は【土塊巨人ゴーレム】の群勢を片付けるとうずくまった。

 

 膝に顔を埋めてネガティブな言葉を言い始める。


 「どうしてぇ、いつもこうなんですかぁ」


 己の運命に悲観し、嘆き悲しむ、その目には、ホロリと涙が溢れる。 


 「わらわは、ただ面倒くさいだけなのに、ただお腹が空いてるだけなのに、何も悪くないのに、こんなに可哀想なのに、よく分かんないロボに虐められて、スマホ壊されるだなんてぇ、こんなのぉ、理不尽過ぎますぅ……」

 

 その足元には、圧倒的な力を前に何も及ばず無惨に倒れ伏す【土塊巨人ゴーレム】達があった。


 理不尽なのはどっちだ!

 そう言いたくなる。


 彼女を中心として、今や都市は雪に沈んでもおかしく無い。


 「ここなら、美味しいご飯が沢山ありそうですぅ」


 彼女の求める食事とは、良質な霊力だ。

 この学園には、教員含め多くの霊能力者が在籍している。


 それらを全て余さず残さず、誰もいなくなるまで食い尽くすことこそ、今の彼女の目的なのだ。


 「なんですかぁ、この壁ぇ邪魔ですぅ、こんなのなんか〜えいっ!」

 

 彼女が繰り出したのはなんの特別な能力など込められていない、単なる素人パンチだ。


 しかし、莫大な霊力で常に強化されている悲哀愁の拳は、戦車の砲撃をも凌ぐ一撃を生み出す。


 その結果、学園を守っていた結界はまるで豆腐のように呆気なく砕け散ってしまった。


 暖かな青春を蝕む‘‘冷たい厄災,,は、レナ達のすぐそこまで迫っていた。

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