第13話 凍結タワーマンション

 「タワマンとか、フユちゃんって結構いいとこ住んでんじゃん、なんか凍ってるけど」


 姉妹はフユキがいるタワーマンションに到着すると、まるで、氷で作り直したと見紛うほど完全に凍りついていた。


 扉も氷で硬く閉ざされ、ビクともしない。


 「これは、どうやって入ろうかしら?」 


 「どいて」


 レナとカレンが思案を巡らせている中、先に動いたのはイユリだった。

 彼女は能力で作ったショットガンを空中に構える。


 「凍河がいる部屋は最上階の東側、ちょうど真上」


 構える位置を調整しながら、狙いを定め、引き金を引いた。

 ヒューと音を立てて打ち上がった弾は、タワー最上階まで到達すると同時に爆ぜる。


 すると火球がフユキがいる部屋の外壁に直撃し穴が開いた。


 「入り口できた。あそこから入れる」


 「もう、強引すぎよイユリ、凍河さんが怪我したらどうするの?」


 「ていうか、あんな高いとこに壁開けてどうするんですか?」


 その疑問に答える様に、突如、車が浮上し始めた。

 エレベーターに乗っているように、スムーズに上昇する。


 「どっ、どゆこと」


 「私の能力です」


 カレンはイユリが考えていた計画のイメージを元にそれを幻覚に映す。


 カレンは、相手に見せた幻を現実化させる事ができる能力を使い、イユリのイメージをそのまま具現化したのだ。


 長年共に過ごして築いて来た信頼関係あっての連携である。


 「カレン姉、着いた」


 空いた穴にねじ込む様に車を駐車し降りると部屋には、異様な気配に包まれていた。


 「この部屋、雪が無い?」


 「いえ、僅かですが床が湿っています。あったと言う方がいいでしょう」


 「ミカドさん、アナタはここで待機していて下さい、いざという時、車をいつでも発進できる様にしておいて欲しいの」


 「仰せのままに、カレンお嬢様」


 車をミカドに任せると、三人は室内の散策を始めた。


 タワーマンションの一部屋なだけあって大変広く、しかも二階建て部屋。


 忘れていたが、レナはフユキも超絶お嬢様の一人であるという事を思い知る。

 どんなセレブだとツッコミたくなる。

 

 「───ぁ、る」


 (うん?)


 レナは部屋のどこからか微かに声が聞こえた気がした。人の声の様にも聞こえるそれは、廊下の方から響いてくる。


 三人は慎重に進むと、閉じた扉の隙間から明かりが漏れ出る部屋を見つけた。


 音を立てないように、ゆっくりと静かに扉を開く、そこには人がいた。


 「フユちゃん?」


 レナは思わず声をかけるが、向こうから反応が無い、思い切って扉を開けて、部屋に突入した。


 そこに、いたのはフユキでは無かった。

 青みがかった黒髪、青い帯の白い着物、まるで白粉おしろいをつけていると見紛う様な白い肌。


 ダラダラと床に寝そべって、スマートフォンの画面を眺めている。


〇〇


 ───この私こそが、お前の父なのだ!


 ───そんな、嘘だ。僕の父は……


〇〇


 声の正体はインターネットの配信サービス、有名な海外映画のワンシーンだった。


 入って来た三人に遅れて気づいた彼女は、突然の事に驚き、怯えた様な態度をとった。


 「ふぇぇ〜!? 誰ですアナタ達はぁ!」


 目に涙を潤ませて、悲観に暮れた様な表情を浮かべて、とても気が弱そうな女性だ。


 彼女を見て、何かを感じ取ったのかイユリは反射的に銃口を向ける。


 (コイツ、マジやばい!)


 「イユリお姉様! ちょっと危ないですよ」


 「アホか、状況から考えろクソザコ!」


 「えっ?」


 「コイツが、戦国時代にその名を轟かせた大妖怪、雪女の悲哀愁だ!」


 (え、コイツが?)


 レナがそう思うのも無理は無い、そこにいたのは伝説で語られるような怪物などではなく、見目麗しい雪の美女なのだから。


 レナはそんな迫力にかけた戦国最強に対して、質問を問いかける。


 「あのぉ、悲哀愁さんでしたっけ? アナタ以外に誰か人います?」


 「人ですかぁ? それならソコに今すけど」


 三人の死角になる場所にフユキはいた。

 体には霜が浮かび上がり、寒さでブルブルと震えて、意識が無い。


 「……ふっ、フユちゃん、フユちゃん!」


 「まずいわね、式神が離れた影響で冷気への耐性が失われている。凍傷を起こしているわ、レナ、今から指示する物を探して持って来て、大至急!」


 「はっ、はい!」

 

 カレンは即座に状況を判断し、素早い指示を出した。

 それに従いレナは駆け足で風呂場からタオルを大量に拝借する。


 後は体を温めるお湯を集めようとするが、少し問題が出てくる。


 (お湯は、水道が凍って使えない、電子レンジ、死んどる。ライターはある訳無し、他に何か)


 何か無いかと棚を開けまくっていると、箱入りの使い捨てカイロを大量に見つけた。

 

 これしか無い、そう判断したレナはそれを手にして駆け足で部屋に戻る。


 「お姉様コレ!」


 言われた品を手渡すと、カレンは凍った服を脱がせ始めた。


 カイロで火傷しない様に、タオルにカイロを貼って、フユキの体に巻きつけた。


 自身の術者が一刻を争う中、置いてけぼりを食らったような様子をしながら、悲哀愁は、弱々しく声を出す。


 「あのぉ、それでぇ、アナタ達はぁ?」


 「動くなし、殺すぞ」


 「ヒィ、ごめんなさいぃ、撃たないでぇ!」


 噂の最強はどこへやら、すっかり弱腰で抵抗する様子もない。

 レナはそれを見て、少し拍子抜けしていた。


 (あれが戦国時代最強、無自覚系無双とかするタイプなのかな)


 「なぜ、突然暴走を?」


 「暴走ですかぁ? 私は別になんともないですけどぉ……?」


 「外で降っている雪のことです」

 

 悲哀愁はあぁそれかと、納得したような態度を取ると、弱々しい雰囲気で理由を語り始めた。


 「実はぁ、わらわ最近太ってきてぇ、ダイエットしたくてぇ、力を解放したんですぅ」


 「ダイエットって、あなたフユちゃん死にかけてるのに、何もしなかったんですか!?」


 その後、悲哀愁はキョトンとした表情を見せると、発言にレナは耳をうたがった。


 「フユちゃんって……なんですかそれぇ?」


 「はぁ?」


 思わず呆れた様な声を漏らすレナ、フォローするようにカレンが言った。

 

 「凍河フユキ、あなたが今契約しているその子のことですよ」


 「いてかわ? あぁ、そのそんな名前なんですねぇ」


 悲哀愁は本気でフユキが誰なのか分かっていない様子だった。

 続けてカレンは言う。


 「凍河家とは江戸時代から契約していると言うのに本当に知らないのですか?」


  「あの家とは最初の契約者さんがぁ、衣食住も用意してくれるって言うからぁ、家賃代わりに契約してるだけなのでぇ」


 どうやら、悲哀愁はそもそも契約先の凍河家についてもあまり把握していない様だ。


 そんな調子で頼りない式神の悲哀愁は、続け様に言った。

 

 「あのぉ、実はぁ、私ぃ、式神の契約が何もしてないのに勝手に途切れてぇ、困ってるんですけどぉ」 


 「我々にどうしろと?」


 「突然契約が切られてぇ、食い扶持ぶちに困るのでぇ、助けて欲しいんですけどぉ」


 そう言う悲哀愁の瞳には、フユキの姿は文字通り眼中に無かった。


 部屋に入ってダラけていた事からもわかる様に、この女には契約者をどうこうしようなどに興味は微塵も無い。


 外は大雪で、インフラに大きな被害が出ている上、フユキも重症だ。

 

 それにも関わらず悲哀愁はヘラヘラと自分本位な事を言ってのけた。


 イユリは引き金を引いた。


 爆竹の様にパチパチと小規模に爆ぜるが、その威力は屠るに事足りるはずだった。


 「ふぇぇ、撃たれましたぁ、痛いぃ、目がチカチカしますぅ」


 「アンタさぁ、マジふざけんなよ」


 「酷いですぅ、私何も悪い事してないのにぃ」


 悲哀愁は無傷だ。

 着物にすらかすり傷一つ着いていない。

 こうなる事をイユリは分かっていた様だが、ここから更に畳み掛ける


 「アンタさぁ、外の大雪、死にかけの凍河、全部アンタのせいじゃん、自分のせいで誰かが傷つくって、どうしてわかんないの」


 「何ですかそれぇ、私ぜんぜん関係無いじゃないですかぁ!」


 そのやりとりを見ながら、レナはフユキを背負ってそろ〜りと出ようとする。

 

 気弱にしているとはいえ、危険な妖怪が目の前にいる場所では、落ち着いて看病などできるはずもなし、ひとまずは退散しようと、していた。


 そうして、扉を開いて出ようとすると、レナはヒンヤリとした大きな何かにぶつかった。


 前を見ると、そこには待ち構える番人がいたのだ。


 「これって、雪だるま? 随分マッシブな」


 筋骨隆々な体をした雪だるまの巨人。

 雪の剛腕を大きく掲げている。


 「レナ、下がりなさい!」


 カレンは叫ぶ、それを聞いたイユリの銃口は、即座に雪だるまに向いた。


 剛腕を振り下ろそうとするその瞬間、雪だるまに花火が炸裂する。


 武装霊術と呼ばれる式神を術者のイメージや記憶を元にして異能を秘めた武器として具現化する能力。


 「何してんの、早く離脱!」


 イユリは呆けているレナの首根っこを掴んで、車へと走り出した。


 「カレンお姉様!」


 「心配しなくていい」


 カレンが出現させたのは鍔が薔薇になっている薙刀。

 次の瞬間、豪速で振るわれた薙刀によって雪だるま達は一瞬のウチに薙ぎ払われた。


 「つっ、つよ」


 (カレン会長って、もっと絡め手タイプだと思ってたのに、結構武闘派だったんだ!)


 「あぁ、待ってくださいぃ」


 「唱名───【幻魔之薔薇げんまのばら】」


 カレンが見せる幻想ユメのは、相手が一番恐れているもの、この場合は雪女の弱点である炎を具現化させた。


 「なんですかぁ、アッツっ!! ちょ、体燃えてますぅ!?」


 「ミカドさん、フルスロットルです! 離脱してくださ!」


 「ちょ、ここ最上階ですよ!」


 「カレンお嬢様の仰せの通りに」


 「ちょ、ミカドさん、待って、アクセル踏むなあ!!」


 瞬く間に火だるまになる悲哀愁、慌てている隙に車に乗って車を急速発進させる。

 

 最上階から飛び降り、車はフライアウェイ!

 飛行機の様に飛行してタワーマンションから離脱した。


 「どゆこと、今度は飛んでるし」


 「この林川ミカドのイメージをカレン様がそのお力によって具現化なされたのです。飛行機の様に飛べたらいいなと」


 (一瞬でそこまで、なんというイメージ力だろう、漫画家として負けられん)


 「うっ、てんどぉ」


 そうしていると、フユキが朦朧としながらも目を覚ました。


 レナはカレンの応急処置が間に合ったとホッと一息ついて胸を撫で下ろした。


 「フユちゃん、よかった〜、心配したよ〜」


 「悲哀愁は、どうなって……」


 「今は休んで、後で説明するから」


 強い眠気に逆らえなかったのか、レナが優しくかけた言葉に従うように、再び眠りについた。


 その間に、こっそり治療術をかけて、氷でついた小さいながら、多くある傷を癒す。


 ◇


 結界が一番強固な学園まで移動すると、車はゆっくりと着陸した。


 「お父さん、カレン様」


 レナ達を迎えたのは林川シアと担任教諭の駿部ハツネだった。


 ハツネは車内の様子を見ると、まだ油断はできない状況のフユキを目にする。


 「シアは保健室へ連絡を頼む、ハツネ先生は凍河さん保険の祇園先生の所へ」


 「「了解」」


 二人はミカドの指示の元、迅速に行動を始めた。

 ハツネはお姫様抱っこでフユキを抱えると、瞬間移動の準備を始めた。


 その間、ミカドとカレンから詳しく状況を聞いたシアが保健室に連絡する。


 「準備オッケー」


 その発言と同時、ハツネはフユキと共に、テレビの場面転換のように、フッと姿を消した。


 レナはその光景を見ながら、言った。

 

 「……フユちゃん」


◇ 


 場面は戻り、タワーマンション。

 突然大量の雪が噴火した様に、爆発的に放出された。


 最上階の外壁な吹き飛ばされ、見晴らしが良くなってしまった。


 カレンによって鎮火させた悲哀愁は眼下に広がる街を見下ろす。


 「ふぇぇ、火傷しちゃいましたぁ」 

 

 そう言いながらも、焼けた皮膚は白い皮膚に押し流させるように、みるみると再生していく。


 しかし、報復にレナ達を追うような事もせず、悲哀愁はポツリと呟く。


 「お腹空いてきましたぁ」


 そう言うと、唯一壊れないように凍らせて守っていた冷蔵庫から、食料をあさり始めた。


 自分で降らせた雪が邪魔でカマクラを作り、生野菜や生肉を調理せずにただ冷気で凍らせてポリポリとスナック菓子のように食べ始めた。


 それと同時にスマホを起動し先程の映画の続きを視聴し始めた。


〇〇


 ───さぁ、来い息子よ、お前は闇に染まり私と共に世界を支配するのだ!


  ───断る。僕は息子として、あなたの過ちを止めてみせる!


◯◯


 「ふぇぇ、オヤツの味が薄いですぅ」


 鎌倉の外を眺めていると、あるものを見つけた。

 その視線の先にあるものは、鮮麗白花学園。


 「お肉も野菜もあんまりお腹にたまらなかったし、ふぇぇ、面倒ですぅ」


 彼女は悲観にくれる。

 心のそこより自分を哀れんでいる。


 お腹が空いたのに、食料を確保するためにこんな面倒な狩りに行かないといけない、自分はなんて可哀想なんだろう。


 悲哀愁はそう考えていた。

 しかし、さっきの雪だるまでは、学園にいる教員や生徒には太刀打ち出来ない。


 自分が出迎えしか無いと分かると、先程の同様に大きな雪だるまの巨人を更に大きく作ると、中にコックピットの様な部屋を作ると、動画を見ながら移動を始めた。

 

 「そういえば、人間食べに行くのって結構久しぶりですぅ」

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