第15話 大寒気が進行中 弍

 「ふぇぇ、誰もいないですぅ」


 結界を破壊して、悲哀愁はケーブルカーの通る舗装ルートを進んでいく。


 すると、彼女を待ち構えていたかのように、集団が立ち塞がっているのが見えた。 


 「なんですかぁ?」


 壁の如く整列にして道を阻むのは、訓練された一流のメイド達と、礼服を来た紳士が一人。


 紳士は名乗ると共に、悲哀愁に告げる。


 「この林川ミカド、僭越ながら生徒の皆様の避難が完了するまでの間、殿しんがりを勤めさせて頂きます」


 彼らは防寒着を着ていない、吹雪く極寒の中であるにも関わらず震え一つしていない。


 彼らの任務は時間稼ぎ、悲哀愁の接近を少しでも送らせて、ハツネの空間能力で生徒を学外の敷地へと転送して避難させる。


 涼しげな表情で背筋を揃えて微動だにせず立っている。


 それ以上に悲哀愁には、計算外の事が一つあったのだ。


 「霊力がない、普通の人間ですぅ」


 林川ミカドもメイド・イン・メイデンも誰一人として霊能力者はいない。


 そんな人間達が無謀にも自分の迎撃をしようとしているという事実に驚いていた。


 これなら楽に突破出来るだろうと、たかを括ったが、それは大きな油断だった。


 ドォン。


 「ふぇ?」


 耳を引き裂くような破裂音が響き渡る。

 その音を聞いたと共に、悲哀愁の額に風穴が空いた。


 穴からは湧き出るように硝煙が立ち上っている。


 ミカドの手に握られていたのは、オートマチックのハンドガンだった。 


 それもイユリのように霊力で生成した式神ではない、マジもんの拳銃である。


拳銃を構えながら、ミカドはニコッと笑いながら言った。


 「僭越ながら、この林川ミカド、野蛮な侵入者には鉛玉を差し上げる事を心掛けておりますゆえ……」


 その早撃ちは音速の如く、一呼吸の間に追撃の弾丸が飛ぶ。


 その弾は、悲哀愁の両目を正確に射抜いてみせた。


 「それでは、メイド・イン・メイデンの皆様、防衛任務開始です」

 

 悲哀愁が視覚を奪われている隙に、ミカドの号令でメイド達が銃を構える。

 彼女達が構えているのは、なんとアサルトライフルだ。


 ガチャガチャと音を奏でながら、次々と銃口が悲哀愁に向けられる。

 準備万端、ミカドはニコやかに号令する。


 「それでは皆様、撃て撃てぇ〜、で、ございます」


 「「「お帰りくださいませ、お客様」」」


 そう言った瞬間、メイド達はミカドの合図と同時に一斉射撃、橙色に光る閃光が悲哀愁に降り注ぐ!


 メイド達は強烈なアサルトライフルの反動をモノともせず打ちまくる。


 その証拠に発砲した衝撃でブレるはずの銃身は時が止まったようにピクリとも動かず固定されているようだ。


 無慈悲に、そして、正確無比に、なんの躊躇いも無く引き金を引いたメイド達。


 悲哀愁の体を弾丸の雨が貫いていく、打ち終わる頃には、まさに蜂の巣状態だった。


 「あの、ミカド様、以前から思っていたのですが、これらの銃は何処から仕入れたので?」


 銃の出所が気になっていたメイドの一人が、ミカドに尋ねた。


 「この林川ミカド、仕事で裏取引の現場を潰す際に奪っ……もとい、押収した密輸品を使わせて頂いています」


 普通に犯罪で手に入れた銃だった。

 しかし、火力は十分、通常の相手ならば、これで大抵は殲滅できる。はずだった。


 異変にいち早く気づいたミカドは、手をパンパンと叩いてメイド達に注意を促す。


 「皆様、相手から目を逸らしてはいけませんよ、ほら良くご覧になってください、彼奴きゃつめは出血していません」


 悲哀愁は体の穴は瞬く間に塞がっていく、そして口から打ち込まれた弾丸を全て吐き出した。


 「おぇぇ、コレ気持ち悪いですぅ」


 「おやおや、下賎な蛮族さん風情が月之輪の土地に吐瀉物としゃぶつを吐き散らすなど、許すまじでございます」


 笑顔のミカドだが、額には青筋を立てて普通にキレている。


 メイドに何か持って来る様に指示をだすと、とんでもない物を構える。


 そのブツがなんなのか、ミカドは懇切丁寧に説明する。


 「日本価格にして、およそ約八百九十億円、自由の国アメリカ製の対空ロケットランチャー【高貴蒼血ブルーブラッドメアリー】でございます」


 「ふぇぇ!? なんでバズーカまであるんですかぁ!」


 流石にそんな代物まであると思わず、びっくりする悲哀愁。

 その時すでにミカドは照準を定めていた。


 「そぉれ、ファイアです!」


 放たれた蒼き弾頭は、黒煙を吐きながら悲哀愁に襲いかかる。

 

 (アレに当たったら不味い!)


 直感的にそう思った悲哀愁は、次の瞬間、驚異的な反応を見せつけた。


 「……なんと、流石は大妖怪」


 ロケットランチャーの弾頭を、まるでバスケのボールでもキャッチするように受け止めてしまったのだ。


 それが、であるともしらずに……。


 次の瞬間、強烈な青い閃光とともに、爆発したのだ。


 光はドーム状に広がり


 その爆音はまるで女性の悲鳴のようにも聞こえ、鼓膜が引き裂かれそうになる。


 アメリカに伝わる都市伝説の怪異の名を関する兵器は伊達では無い。

 

 「アレはですね、要は被弾した対象を原始レベルで分解する条約で禁止された超兵器ですので」


 「本来霊に対して現代兵器の効果は、あまり期待できません、しかし、物は使いようです」


 「弾丸やロケランの弾頭には、我が妻サチヨちゃん謹製、魔除けの護符が山盛りですので、効果はバツグンでございます」


 「うぅぅ、痛いですぅ」


 悲哀愁は立っていた。

 涙を目浮かべているものの、傷は見当たらず。


 ふぅーっ、と吐息を吹きかける。


 「むっ、総員たいひ───」


 「妖術【桜吹雪さくらふぶき】」


 花びらのように薄い雪の刃が、風に乗って飛んで来る。


 メイド達は切り裂かれ、ミカドもそれをモロに受けてしまう。


 (これは恐ろしい、生徒とは戦わせたくありませんなっ!)


 吹雪で前が見えない状況、悲哀愁は風に乗ったかの様に突然ミカドの目の前に接近していたのだ。


 「おっと」


 危機的状況でもミカドは冷静だった。

 ゼロ距離ならと、悲哀愁の土手っ腹に拳をかます。


 その技はワンインチパンチ、ジークンドーの技の一つで衝撃を体内に流し込む技。


 その威力は凄まじく、悲哀愁をよろつかせて見せたのだ。


 しかし、代償は大きかった。


 「なんと、これは、恐るべきですね」


 拳を打ち込んだはずのミカドの腕が、骨の芯まで凍りついていたのだ。


 それならばと即断、ミカドは凍りついた腕を武器の代わりにして追撃をする。


 それに対し悲哀愁は、悲壮な表情を浮かべながらも、真っ直ぐ拳を見据えている。


 ばりっ!!


 そんな音が響くと同時、気がつくとミカドの凍った腕は喪失していた。


 「ふぇぇ〜やっぱり、あんまり美味しくないですぅ」

 

 よく見ると、悲哀愁の口元には食べカスの様に、氷片が付着している。


 大の男の片腕をその小さな口で、それもたった一口で喰らってしまった。


 だらしない顔つきで駄菓子でも頬張るようにバリバリと食べている。


 それに、ミカドは恐怖も驚きもせず、ただただ怒りが爆発した。


 「キサマぁ、この林川ミカドの腕を食っておきながら、挙句、お味がお気に召さないなどとぉ、不覚にも怒髪天をついてしまいそうです」


 「ふぇぇ、ごめんない、死んでください〜」


 氷化した悲哀愁の貫手が容赦なくミカドの腹を貫いてしまった。


 「ぐっ……ゴフッ!」


 口から溢れる吐血は、外は出たと同時に凍りつき、真っ赤な雹のようになって落ちてゆく。


 そしてそれは、無情にも致命の一撃となってしまい、ミカドは力無く倒れ伏してしまった。


 「薄味のおじさんは食べたく無いですぅ」


 悲哀愁はその場を立ち去った。

 

 「待てぇ、どこへ行くぅ」


 「ふぇ?」


 悲哀愁が声のする方は視線を向けると、倒れ伏したはずのミカドがムクリと立ち上がる。


 次の瞬間、ミカドの形相がまるで鬼が宿ったかのように豹変、腹から強烈な大声をは放つ!


 「貴様きさんらぁ! ナニ死んどるんじゃぁ! 寝とらんで早よぉ立ぇぇぇぇ!」


 紳士はどこへやら、訛りの聞いたズシンと響く怒声は、倒れ伏すメイド達に発破をかけた。


 メイド達はその声に条件反射で立ち上がる。

 

 「イエス教官!」


 それは果たして意識的に言ったのかそれとも反射的な物だったのか、メイド・イン・メイデンは凄まじ素早さで立ち上がる。


 その叫びを聞けば、彼女達は訓練生時代に経験した地獄生活おもいでが鮮烈に蘇る。


 教官であるミカドから現代では、バッシング間違いなしのスパルタ教育の記憶は死に体に鞭を打つには十分な効果だった。


 「ぞっ、ゾンビですかぁ?」


 中には重症者も多い、中には既に死ぬ寸前だった人すらいた。

 

 そんな人すらも、恐怖からなのか、あっという間に復活した。


 その薩摩隼人にも劣らぬ精神性にはさしもの悲哀愁もドン引きした。


 土手っ腹に風穴が空いたミカドですら、先程より生き生きとしているようにも感じる。


 「我々が倒れれば、生徒に被害が出るじゃろうが! 月之輪に全てを捧げよと言うたはずじゃあ! 死んどる暇あったらとっとと生き返ってそのクソブチ殺せぇぇぇぇ!!」


 まさに決死の特攻、獣の咆哮を放ちながら、ミカドはメイド達を先導し悲哀愁へと立ち向かった。


 「ふぇぇ、うるさいですぅ」


 それを目撃した悲哀愁の表情は、とても冷たく心無いものだった。


 ◇


 「なんか、ヤベェ声聞こえませんでした?」


 場面は移ろい、保健室のある病棟。

 ハツネが生徒全員を避難させる準備を整えている。


 ミカドの絶叫はレナ達のいる場所にまで聞こえて来た。


 流石に何を言ったのかまではわからなかったが、偶然耳にしたレナは本能的に戦々恐々とした。


 「さっ、さー、気のせいじゃね?」


 冷や汗を流し、ハツネはずっとぼける。

 どうやら声の主、その恐ろしさを彼女はよく知っているようだ。


 「あぁ、ここに、いた、のね」


 扉を開いて、入って来たのは保健教諭のサオリだった。

 彼女はカレンとイユリを連れている。


 「サオリ先生、どうしたー」


 「フユキさんが、意識を、取り戻した、わ」


 「ほっ、本当ですか!」


 それを聞いたレナは飛び上がるようだった。


 「でも、ごめんない、面会は無理」


 「へ! なんで!」


 「フユキさん、呪われているわ」


 「外部に影響がでるほどなのか?」


 「今、フユキさんは、良質の霊力を、放出している状態」


 「それ、呪いなんですか?」


 「本人の限界、とは、関係なしに、発露し続ける、霊力は、様々な、霊障を、起こす」


 一例として生き霊がある。

 教頭、林川サチヨが目撃したのはその影響によって発生した物だ。


 場合によってはポルターガイストなど、他者に危険がおよぶ可能性がある。


 続けて、サオリは言う。


 「それは、自分から、食欲の、そそる香り、を、漂わせて、いるような、もの、妖怪にとっては、ご馳走」


 「なにが言いたいんですか?」


 レナは詩的にも感じるハツネの言い回しを聞いていぶかしげな表情になる。

 問い返してみると、ハツネの発言は驚き満ちたものだった。


 「あれは、悲哀愁が、つけた、マーキング」


 「おい、今なんて」


 「フユキさんは、文字通り悲哀愁を呼び寄せるため、の、エサ、放置せず、助けると、見越して、位置が分かるように、した」


 「より、沢山の獲物がいる場所に案内させる為に」


 それを聞いて、ハツネは致命的なミスに気づいた。


 それに続く様にレナも気づく。


 「まさか、わざと逃し───」


 ドゴォォォォン!!!


 レナが気づいた事を口にしようとした瞬間、轟音と共に病棟が激しく揺れた。

  

 「まさか」


 そう言って窓を覗くと、レナの眼前にいたのは、先程見ただらしない女などではない。


 美しく、危険な、本物の雪女。


 悲しげな表情は変わらないままだ。

 しかしその瞳は、冷ややかで、とても涙を浮かべる人の顔では無い。


 「ミカドさん、悲哀愁が来たぞ! そっちは無事か!」


 ハツネは急いで無線を手に取り、力強く声をかける。


 『はい、この林川ミカド、幸運な事に生きております。死にかけてはいますが』


 返答は帰って来た。

 悲哀愁はミカド達の相手にするのが面倒になって、あっさり振り切った。


 驚異的な跳躍は、凍河フユキという印を辿って、医療棟まで運ぶかのように、その身を飛ばして来た。


 「やばい、フユちゃんが───」


 そう、言おうとした時、レナの体が弛緩する。

 まるで糸が切れた傀儡のように全く体が動かなくなった。


 「ごめんなさい、ね、レナさん」


 その言葉で、この状況を作り出したのは祇園サオリだという事はすぐに理解できた。


 「大丈夫、幻肢痛、みたいなものだから、大人しく、避難して、ね」


 悲哀愁が来ればレナがフユキを心配して病室へ向かおうとするのは読めていた。

 サオリは霊能力で危険な行動を取ろうとするレナを止めたのだ。


 「あっ、───が!」


 口が麻痺して、思う様に言葉を発せない。

 それについて、サオリは次のように語った。


 「私の能力、薬物の効果を、再現、したわ、直接、接種、しなくても、人体に、同様の、反応を、引き起こせる」


 祇園サオリは、自身の霊力で自身が知る薬物や毒などの物質を再現できる。

 

 相手にそれを浴びせることで、それによって人体に引き起こされる症状などを、直接薬や毒などを取り込まずとも引き起こせる。


 例えば、スズメバチの毒を直接用いず、霊力を浴びせるだけで、同様のアナフィラキシーショックを発症させる事が出来たりする。


 レナは麻酔薬の効果によって引き起こされる肉体反応を再現されていたのだ。

 

 「悪いけど、凍河さんは、避難させられない、居場所を知らせる、GPSに、なっているから」


 そんな事は認められない、一番危険な場所に弱った友人が晒されなければならないなど、あってはならない事だ。


 しかし、抗おうにも、レナの体に麻酔が回って来て、意識が朦朧としてくる。


 ハツネは何かを覚悟したような面持ちで、レナに言う。


 「安心しろ、凍河はこの身に変えても必ず守るから」


 (フユ、ちゃん……)


 ハツネの言葉を最後に聞き、レナは深い眠りに落ちてしまった。

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