第19話 決着と後始末

 「かっ、勝てた……こっ、怖かった〜」


 レナは安心したのか気が抜けてしまい、床にヘタり混んでしまった。


 「それはそうでしょうね」


 レナの目の前には青筋をピクピクとさせ、ご立腹な様子のカレンが仁王立ちになって囲んでいた。


 「……あっ、お姉さ───」


 バシッ!


 レナは首筋が引っ張られる感覚と共に頬に焼けるような頭を感じた。

 

 (バシッ? いまバシッっていった? パシッとかじゃなくて? 結構強めにビンタされた?)


 カレンはそのビンタから繋がるように、ムエタイの様な動きで強烈な肘打ちをビンタしたのと同じ箇所に叩き込んだ。


 「ぐっべぇ!!」


 式神ナオンの能力で無効化するのは、能力対象として取り込んだ相手のみ、それ以外の人間の攻撃は普通に通じる。


 ビンタだけならまだしも、なぜ肘打ちまでされたのか分からず困惑しているが、そんなレナをカレンはギュッと抱きしめる。


 「あんな無茶をして、アナタ下手したら死んでいたのよ! 心配させないで!」


 「カレンお姉様……ごめんなさい」


 そんな二人を見守るイユリは、疑問に感じていた事を言った


 「てかさアンタ、なんでボンテージなんか着てんの?」


 イユリはレナの服装が気になったようで、それを聞いて来た。


 「あぁ、これですか、解除するの忘れてた。えっと〜こうかな?」


 ナオンとの合体を解除しようとした。

 その瞬間だった。


 『待って、レナお姉ちゃん!』


 突然、レナの頭に直接語りかけるようなナオンの声が聞こえた。


 「えっ、なに?」


 思わず問い返すレナ、しかし、突然の事でそれは間に合わなかった。

 ナオンの静止も虚しくレナは合体を解除してしまったのだ。

 次の瞬間、強烈な寒気がレナの体を迸る。


 「なっ、何、ききゅ、急に、てっ、手が物凄いかじかんで来た」


 レナは突然全身の熱が急激に冷めていく感覚に襲われたのだ。


 歯をカチカチとならして、震えが止まらない、顔色も唇も青くなっている。


 あまりの寒さに、レナは立つことすらままならず、その場に倒れ込んでしまう。


 「レナ!」「天童!」


 それと同時、レナの周囲にいた皆が彼女の名を呼び一斉に駆けつけて来た。


 レナは自分の身に何が起きているのか、体が冷え切って頭が回らないながらも、思い当たる情報を必死に絞り出す。


 (なに、これ、まさかまだ肺が凍ってる? いや、それは治ってるっぽい、てことはまた別の奴?)


 「レナ、気をしっかり! 今温めますから!」


 カレンは上着を脱いで、それをレナのかけた。

 しかし、次の瞬間、その上着が凍りついてしまったのだ。


 「なっ!」


 その時、その場にいたナオンがレナの陥っている状況を語りだす。


 「それじゃダメだよ、これは、あの雪女本来の力、私と融合してた時は無効化できたけど、とにかくただ温めるだけじゃ効果は無いの」


 サオリはその話を聞いて、レナの症状を冷静に読み取っていた。


 「たぶん、斬った瞬間に、漏れ出た、悲哀愁の霊力を浴びたのが、原因、ね、にしても、驚いた、まさか、結界そのものが、凍るなんて」


 発揮される事が無かった悲哀愁の本来の力は凍るという概念の強制。


 彼女の冷気が込められた霊力を浴びれば、同じ雪の妖怪だろうが、炎だろうが、たちまち凍らせてしまう。


 その能力があった故に本来寒さに強いはずの雪女だろうと、凍傷や低体温症にする事が出来たのだ。


 今のレナは自分を守っていた結界そのものが凍りついてしまった。

 悲哀愁の霊力に汚染され、それが障害となって結界が解除出来なくなっていたのだ。


 そして、この状態のレナをどう救うのか、ナオンは語る。


 「この結界は、レナお姉ちゃんの霊力とそのイメージで構成されている。だからお姉ちゃん自身が結界を再構築できればいいんだけど」


 フユキはそれを聞いて、提案を口にする。


 「なら結界は暖かいって思わせればいい、それなら熱に弱い雪女の霊力は排除されて、解除できる様になるはず」


 その意見は実際に悲哀愁と契約し彼女の能力を扱っていたフユキ自身が確信を持って言える最適解だった。


 霊能力とイメージは密接な関係にある。

霊力というエネルギーは脳から作り出され人間の精神と深く結びついている。


 さらにその力を現実の肉体、即ち己の生命力と接続する事で霊能力者は、非現実の存在への物理的な干渉を可能にしているのだ。


 カレンの他者の幻覚を具現化する能力然り、レナの被造物の実体化然り、その力の根源は精神力にある。


 そして、属性の相性とは、たとえ概念的な物であろうと、くつがえる事はない、要するに想像さえ出来てしまえば、この状況からレナを救う事ができるのだ。


 「なら、私の能力でレナを温めれば」


 カレンはすぐさま、能力を発動しようとするが、サオリが「やめておきなさい」と保健教諭として静止する。


 「今、レナさんの、頭の中は、自分が、冷えてることで、いっぱい、だから、カレンさんの、能力では、現状の悪化を、招く、だけ」


 担任教諭のハツネは生徒のピンチに居ても立っても居られないのか、焦った様子でサオリに言った。


 「なら、あーしがどっかから、火持ってくるか? ライターとか!」


 「現実の炎では、効果は無いと思う、そうすると、近づけた瞬間に、火の方が凍る、多分」


 「じゃーどーすんだ!」


 「悲哀愁は、カレンさんの、幻の炎は、消せなかった、みたい、だから、概念を強制させられるのは、現実にあるもの、だけで、生命力を用いず、直接精神を具現化した物、とかは、凍らせられない」


 それを聞いて立ち上がったのは、月之輪姉妹の次女、加木屋イユリだった。


 「なら、イユリに任せて」


 イユリは自らのショットガン型の式神を召喚する。

 するとそのショットガンの銃口をレナの額に押し当てたのだ。


 「イユリ先輩、何を!?」


 「大丈夫です」


 その様子に慌てふためくフユキだったが、カレンはそれを止める。

 長年姉妹として苦楽を共にして来たカレンは、イユリを信頼している。


 イユリはレナの目を真っ直ぐ見つめて、言った。


 「イメージしろ、レナ」


 「いっ、いいっ、いめーじ?」


 「この式神はイユリの記憶を触媒にして生成してる。ソレを読み取れ、出来なきゃアンタ死ぬから」


 (記憶、イユリお姉様の……)

 

 「アンタなら出来るはず。やれ」


 レナは生存反応からなのか、瞬間的に集中力を高めた。

 なんの説明も無しに、レナは一発でそれを成功して見せた。


 深く、深く、落ちていくような感覚、どこかへ辿り着こうとしているのか、レナはだんだんと暖かい空気が伝わって来るような気がした。


 そして、レナはイユリの持つ記憶の世界へと足を踏み入れた。


 「これが、イユリお姉様の記憶の中、えっと夏祭り?」


 夏の暑い日、蒸し蒸しとする暑さに加えて花火の熱が伝わって、かなり暑い。


 (あっつい、記憶の体験だから、当時のお姉様の体調まで感じる)  


 レナの脳内に投影されたのは、イユリ自身のありし日の記憶だ。

 少し歩いて散策すると、見覚えのある二人を見つけた。


 「あれって、昔のイユリお姉様? 隣にいるのは、たしか度し難いショタの、えっと、月之輪リアムさん?」


 そこにいたのは中学時代のイユリとカレンの愛弟リアム少年が、花火をバックに二人並んで歩いている姿だった。


 イユリにとってそれは、最良の記憶。 

 その日は、カレンにも邪魔されず、また、イユリ自信がリアムに対して嫌味を吐くこともなく、ただ純粋に二人きり夏祭りを楽しむことが出来た唯一の日。


 「アンタに見せてやるのは、ここまで」


 どこからか、イユリの声が聞こえると、記憶の上映会は終わった。

 目を覚ますと、レナを冷やしていた冷気が消えていた。


 「イユリ、素晴らしい判断だわ、お陰で助かった」


 「……まぁ、妹だし」

 

 イユリは自分の夏の記憶を見せることで、レナに自分の体温が上がるイメージを擦り込ませた。そこで、カレンの能力を使い、レナが見た記憶で体験した夏の暑さを現実に具現化したのだ。


 それによって、レナの現実の体温も上昇して難を逃れることが出来た。


 「……一日に二回も死にかけるとか、それに、春夏冬の三つの季節をまとめて体験するなんて」


 「実際、死ぬところ、だった、わよ、レナさん、完全に、低体温症、だった、から」


 「イユリお姉様、本当にありがとうございます」

   

 イユリは真正面からお礼を言われて照れてしまったのか、顔を赤く染め、早口になりながら必死に否定する。


 「ハ……ハァ? アンタなに勘違いしてんの、キモッ、イユリは単にアンタの姉としてので手ェ貸してやっただけだし♡」


 そうは言うも、イユリの口角はちょっと上がってニヤけている。

 それを見てレナは、心中思う。


 (……ツンデレかな?)


 「あーあ、せっかく無理難題ふっかけて慌てふためくアンタを拝めると思ったのに、一発成功とか、天才すぎてチョーキモいんだけど、変態かっつーの♡」


 (次は貶し風の褒めか、バリエーションがついて来たな、可愛い!)


 「あっ、あのぉ」


 一同は声がする方を向いた。

 弱々しく声を挙げたのは、真っ二つになって大の字になっている悲哀愁だった。

 どうやら左右に分離しても、普通に喋れるようだ。


 「真っ二つになっちゃって、動けないので、あの、誰かぁ、体くっつけて貰えませんかぁ?」


 それを横目にしながら、レナはナオンに聞いた。


 「ねぇ、ナオンちゃんさっきコイツが舐めプしてるとか言ってたけど、どゆこと」


 「えっとねぇ、まずこの雪女さんは、基本的に戦闘経験が不足してるの、今までゴリ押しで勝てる奴としか戦った事がなかったんだと思う」


 「じゃあ、ホントは弱かったってこと?」


 「ううん、強いよ、この人が本来の力のままなら手抜きでも十分この街を滅ぼせたもの」


 「それに、結界で霊力が封じられてたでしょ、アレもあって、自分が思っていたように力が出せななってたの」


 「弱体化してたクセに、ずっと縛りゲーの舐めプしてたわけか、まぁ、私もランクマでよくやるからなぁ、わからんでもない!」


 そうして、談笑していると、ナオンは体から光を放ち始めた。


 「あっ、時間みたい!」


 「えっ、ナオンちゃん消えちゃうの!?」


 「大丈夫だよ、私達はいつでもレナお姉ちゃんに呼ばれるのを待ってるから、またね♡」


 「あっ、ちょっと待って! って、消えちゃたし」


 「なんで私の知らない設定が追加されてるのか、聞きそびれちゃった」


 悲哀愁は再び声を出す。

 悲しくなって来たのか、ボロボロと涙を流している。


 「あのぅ、無視しないでぇ、私の体ぁ、治してくださぁい」


 そんな中で、悲哀愁に歩み寄ったのは、元契約者のフユキだった。


 冷たく、突き刺すように見下す目、フユキは悲哀愁の顔面目掛けて、思いっきり足を踏み下ろし、鼻の骨をへし折った。


 「ぐぇ!」

 

 二分割されているので、丁寧に二回踏み抜いた。


 「ごぉ!」


 悲哀愁は、殺されると思ったのか、みっともなく命乞いを始めた。


 「まっ、待っで、殺さないで、死にだぐないんですぅ……」

 

 それに対して、フユキは一言。


 「おい、私の名前を言ってみろ」


 「ふぇ? えっと、あなたは、サユキちゃん? でしたっけ?」


 「契約者の名前も覚えられないわけ? つくづくアホな奴、頭ん中かき氷でも詰まってんじゃないの?」


 フユキは親指を噛み、血を流すと非哀愁の顔に何やら呪文のような物を書き始める。

 そして、言った。


 「契約だ。条件は今まで通り、アンタに衣食住の提供を約束してやる。その代わりに」


 そう聞いて安堵したのか、ホッと胸を撫で下ろし息を吐く。

 続けてフユキが言う。


 「悲哀愁これからお前は、一生私とその子孫達に絶対服従、今後一切の自由を禁ずる」


 「ふぇ、ふぇぇぇぇ!?」


 「お前が犯してきた罪のツケを私達が子々孫々に渡って償わせてやる」


 「ひっ、酷い……妾は、何も、悪い事なんてしていないのに、なんでぇ?」


 「いやいや、街を襲ったり、フユちゃん食べようとしたりしといて、な〜に言ってんですか、それ結構悪い事ですよ」


 悲哀愁の色のない白い肌は、絶望感で青ざめた事により一層の深みを増した。


 「嫌ですぅ! 妾は、束縛が強い人は、タイプじゃないんですぅ!」


 「最初の命令、私の許可なく喋るな」


 何か抗議しようと、した瞬間、悲哀愁は再びフユキに封印され消えて言った。


 そして、侠客のように新たに背中へと刻印されたのは、泣く雪女の刺青、その涙は以前にもまして悲哀に満ちていた。


 ◇


 「まさか、悲哀愁がやられるとは」


 その時、千里眼で高みの見物を決め込んでいたフユキの父、凍河レイジは計画の失敗を目に驚きを隠せなかった。


 「まぁいい、サブプランは考えてある。次こそは月之輪を亡き者にっ……」


 「……へぇ、アンタにサブプランなんてあったのか、興味あるなぁ」


 音もなく現れたのは、テロ組織【神霊の剣】において、仲介役を務めるのっぺらぼうの仮面をつけた男だった。


 「またお前か、何のようだ」


 「悲哀愁の計画が失敗して、残念だったな、って言いにきたんだが、サブプランってのが気になる。教えてくれよ」


 「はっ、そんな事か、いいだろう」


 すると、凍河レイジは自慢げにサブプランとやらについて語り出した。


 「ウチの妻は病で寝たきりなんでな、妻がファンだから会ってやってくれ、とでもいって誘い出すのだ。後は病床に爆弾でも仕込んでおけば、月之輪も油断するはず───」


 「良い加減にしろよクソ野郎」


 すると男は突然、凄まじい鉄拳を飛ばす。

 予備動作も無い上に完全な不意打ち、凍河レイジは、反応できずモロに食らった。


 「なっ、いきなり何をする!」


 「今まで多少は下手に出てやってたが、我慢の限界だ。大体テメェ! 【神霊の剣】から資金援助されてる分際で態度がデケェんだよ!」


 「小僧ォ、俺を誰だと思ってる! 一級霊能者にして凍河家当主の凍河レイジだぞ!」


 「違ァァァァう! 違う違う違いますぅ〜、お前は自意識過剰でDV常習犯のパワハラ毒親の社会問題濃縮しゃかいもんだいのうしゅく親父ですぅ〜!」


 「なんだとぉ!? キサマぁ合わせておけば!」


 その口論はだんだんと幼稚になっていく様にも感じる。


 「私わねぇ、アンタみたいに人を人とも思わない様な悪党が大ッ嫌いなんだよ!」


 「キサマ、テロリストの分際でよくもそんな戯言を吐けたモノだな……えっ、私?」


 「はぁ!? 私がテロリストぉ? ならとっくにテメェ切り捨ててとっとと逃げてるから!」


 男の声が突然変わった。

 若い男の声から一変、女性の声へと変わったのだ。

 口調も体格も、まるで最初からそうであったかのように。


 「こんなセンスのカケラもないコスプレは、もうヤメ!」


 「なっ、お前は確か!」


 レイジはその風貌に確かに見覚えがあった。

 鮮麗白花学園、一年竹組担任。


 「はいはい、そうです私です。林川シアですよ! あー疲れた」


 「どう言う事だ。お前は学園にいるはずだ。どうやってここまで!」


 「ハツネ先生に転移先を変更して貰いました! てかお母さんになにが「貴方にしか出来ないお仕事がありますのよ」だし、こちとら次の授業の準備があるってのに!」


 「いっ、いったい、いつから、いや、まさか先日来たのは!」


 「はい、そうです私です。シアちゃんです」


 ドゴォォン!


 突然、凍河邸にて爆発音が響き渡った。


 「なっ、何事だ!」


 「わかんない? もう終わりなんだよ、プライドが高いと現実も見れないんだね?」


 そう言い残すと、シアは影も形もなく、まるで霧が晴れるかのように消えていく。


 「どう言うことだ。おい、待て!」


 ◇


 その時、凍河邸では激しい戦闘が繰り広げられていた。

 屋敷には火の手が周り初めている。


 とある和室の中には、床、天井、壁に鮮血が飛び散っていた。


 忍びの装いをした護衛達は、あまりの格の違いに恐れをなしてしまい、一番最前にいる者は忍者刀をカタカタと震わせている。


 「あらあら、いけませんことよ、護衛なら最後までシャキッとなさいな」


 「おっ、おのれぇ、この化け物めぇ!」 


 護衛の一人が刀を全力で振るう、その一撃は人体を両断するほどの一流の一太刀だ。

 しかし、現実とは時として、現実離れしているほどに不条理である。


 「そうそう、護衛とはそうあるべきです。気骨があってよろしい!」


 サチヨはそう言うとアイアンクローで護衛の顔を容赦なく鷲掴みにする。


 その瞬間、その護衛はありえない程の速度でみるみると痩せ細っていく、遂にはミイラのように干からびてしまい、その護衛は二度と動かなかくなった。


 その時、サチヨにも変化が現れていた。


 「これは、まさか、生命力を吸われたのか、林川サチヨお前もしや、サキュバスかっ!?」


 「オッホッホッやーねぇもう、サキュバスなんてそんなに若く見えますことぉ?」


 「いや、若く見えるってか、若返ってね?」


 そう、サチヨは若返っていた。

 肌のハリは十代さながら、ふくよかな肉体は引き締まり、モデルのようなセクシーなダイナマイトボディとなっていた。


 ◇


 騒ぎを聞きつけ、レイジは家の庭園へと飛び出した。


 そこでは、死屍累々、屍の山、その光景を作り出したのは、返り血に濡れた目の前の少女だと理解した。

 学生服に羽織を着た二刀流の少女は、どこか艶かしい京都訛りで話し出しす。


 「おやぁ、これは凍河はん、ご機嫌うるわしゅう、今日はええ夜ですなぁ」


 「なっ、なんのつもりだ貴様、ここを凍河家の敷地と知っての狼藉か!」


 「当主様お下がりをっ!」


 「おやぁ、もう逃げはりますの? せっかくお会いしたのに、いけずな殿方やなぁ」


 少女は軽薄な態度とは裏腹にその気魄は周囲の空気が歪んで見えるほど、凍河レイジに向かい悠然と歩み寄る。


 「隙ありぃ!」


 次の瞬間、息を潜め、音もなく現れた護衛が背後から斬りかかって来た。


 「あかんわぁ、そらあかん」


 その護衛に気づいていたにも関わらず。少女は見向きもしなかった。


 であるにも関わらず背後にいた護衛は、いつの間にか両断されていた。


 「不意打ちがなっとらんわぁ……」


 人を斬り殺したにも関わらず、その少女はニヤリと不気味に笑っていた。


 「小娘が、俺の庭を汚しおってぇ!」


 護衛を殺された事より、念入りに手入れしていた自慢の提案を台無しにされた事に怒っているレイジ。


 「朱鳳すおう風紀委員長、ご協力感謝致します」


 レイジが声のする方は向くと、そこには目の敵にしていた相手がいた。


 「しっ、シラユリぃ、貴様ぁ!」


 「気にせんでええよ、学園長がくえんちょはんの頼みとあらば、ウチら風紀委員は従うだけですので」


 「それで、裏は取れましたか?」


 シラユリは風紀委員にとある仕事を頼んでいた。

 一年の末妹は街の結界の維持、二年の次女はその護衛を勤めていたが、長女である風紀委員長、朱鳳アマネには後ほど合流したシアと協力して、襲撃と同時に屋敷の中を調査していたのだ。


 アマネは意気揚々と今回発覚した凍河家の闇を語り出す。


 「それはもう、あのオッサン、実の娘に催眠やら人体改造やら、ボロボロと、しまいには、どこぞの変態オヤジに高値で売り飛ばそう、なんて密約書まで出てきてもう……ふふっ、ヘドが出ますわぁ」


 風紀委員長は、クスクスと笑いながらも最後はドスの聞いた声で言った。


 「まぁ、暴走によって凍河フユキが死にいたり、その責任を我々に擦りつけようと言う魂胆だったのでしょう」


 「実の娘を爆弾代わりに使ったわけですなぁ、凍河レイジはん、ほんま怖いお人やわぁ、人の心とかありますぅ?」


 「何を言う、アレは私の娘だ。それを有効に活用して何が悪い、むしろ人道に準じているくらいだ!」


 凍河レイジはさも当たり前だと言わんばかりに吐いたセリフは正に吐瀉物を撒き散らしていると見紛うほどに、醜いものだった。


 その言葉を聞いたシラユリはそっと目を閉じた。


 「理由はどうあれ凍河家は我が校の生徒を危険に晒しました」


 「ぼざけぇ!!」


 「あらまぁ、流石は一級霊能者、悲哀愁がおらんのに、見事な氷ですなぁ」


 「当然だ! 俺はこの家の現当主、ここの王! 俺の国に入る下賎の輩には相応の裁きを下す!」


 いきり立つレイジを無視して、シラユリは言葉を続けている。


 「故に!」


 降り注ぐ氷塊を、シラユリは腕で打ち払っただけで容易く粉砕してしまった。


 「ヒィッ、バカな、俺の渾身の一撃が!」


 「保護者であろうと生徒の安全を脅かす者をこの月之輪シラユリは許しません」

  

 瞬間、シラユリの纏う空気が一変する。

 相対した者にしかわからない、濃厚な死の気配が辺りを漂い始めたのだ。


 「ほら朱鳳さん後ろを向いて、学園長の式神を見てはいけませんよ」


 いつのまにか現れたサチヨ。

 彼女はアマネの目線をシラユリの式神に行かない様にした。


 「教頭せんせ、お優しいわぁ、でも───」


 「唱名───【異端審判地獄王いたんしんぱんじごくおう】」


 ソレは黒いヴェールに覆われて姿をハッキリ見ることが出来ない。

 ただ、一つ言える事は、巨大である。


 放たれる気配は、死そのもの、それは影を目にしただけでも怖気が立つ様、アマネの額には冷や汗が伝っていた。

 

 「こんなん、直接見んでも変わらんわ」


 その迫力を直接見ていたレイジはその比ではない、今まで積み上げて来た自尊心が一瞬で折れる程の絶望。

 

 自分では決して辿り着けない高みに、月之輪シラユリは到達していたのだ。


 「ばっ、バカな、これは思業式なのか? ありえん、個人の霊力で、人間の精神力で、こんな……」


 巨影は木に掘って色を塗ったような光も生気もない人形の様な目でじっと見ている。

 まるで、子供の様な幼い声で言った。


 「トガビト、凍河レイジ、凍河レイジ、ユウ罪、ユウ罪」


 「判決、断罪───



───断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪断罪」


 「よせっ、来るな、やめろ、やめ───」


 凍河レイジは無数の黒い手に捕まれ、地獄王の胴体である底無しの闇へと、ジワジワと引きづり込まれる。


 「いやぁぁぁぁ!!!」


 その断末魔を最後に凍河家当主、凍河レイジは消えた。

 その後なにがどうなったか、凍河当主の末路を知る者は月之輪シラユリただ一人。


 ◇


 「お見事です。シラユリ様」


 待機していたシアは、最後の一仕事終えた主を労った。


 「シアさん、ありがとう、悲哀愁と戦った後で大変でしたでしょうに、突然の召集に応じてくれて、ありがとうございます」


 「いえ、私も教師ですので、あのオッサンにはどうしても一言いってやりたかったんです」


 「それでサチヨ、ミカドはどうでしたか?」


 「主人なら無事ですよ、腹に穴が空いたくらいで死ぬ様じゃ私の旦那は務まりません」


 シラユリとサチヨ、シアが今回の出来事について話し合う中、アマネの興味は別の所に向いていた。


 (にしても、弱っていたとはいえ、あの悲哀愁を倒したっちゅう一年、カレンが妹にした言うて自慢しとったけど、ウチも興味が湧いて来たわ)


 アマネは星空を見上げながら、ニヤリと不敵に笑った。


 「天童レナ、会うのが楽しみやなぁ……」

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