第20話 冬の終わり

 私、天童レナ、百合を求めてお嬢様学園へと入学した高校一年生!


 華やかな世界に胸躍らせ名門の鮮麗白花学園に入学取材中!


 だったんだけど、入学してから一ヶ月も経たないウチに入院しちゃった!


 悲哀愁を倒して春の風が戻ったあの日から、数日、時間の経過とは早い物で、すでに四月末に差し掛かっていた。


 もうあと数日すれば、あっという間に五月のスタートだ。


 まるで雪女の置き土産のように、あちこちには溶けずに雪が残っていて、道の端に山積みにされているのを見かけた。


 子供達が溶けないうちにと、それで雪だるまや鎌倉を作って遊んでいる。


 流石にその雪で遊ぶのは、大丈夫かと心配になったりもした。


 でも、悲哀愁が完全にフユちゃんの制御下に入ったお陰で雪は完全に無害になっている。


 私は病棟の窓から、雪で楽しそうに遊ぶ子供の姿を眺めながら、見舞いに来てくれているカレンお姉様に聞いた。


 「ねぇねぇ、カレンお姉様」


 「何かしらレナ?」


 カレンお姉様は、慣れた手つきでリンゴの皮を果物ナイフで剥きながら、私の言葉に耳を傾けた。


 「私、傷はもう自分で治したのに、どうして入院しているのでしょうか?」


 「アナタ、自分が死にかけたという事、まさか忘れたわけじゃないわよね?」


 そう言葉にしたカレンお姉様の表情は穏やかな笑みを浮かべている。


 しかし、なぜかそこからはまるで大岩でも背負わされたかのような強烈の圧力を感じる。


 言葉にせずとも、私にはわかる。これは、かなり怒っている。


 これが世に言う、無言の圧力、という奴か……良い体験が出来た。


 「……」


 しかし、その怒りの理由は、重々承知しているので、流石の私も正直返す言葉が見つからない、もはや無言になることくらいしか思いつかなかった。


 カレンお姉様は「ハァ」とため息をつく、そして私に言い聞かせるように言った。


 「いいですか、これはアナタの体に後遺症が残ってないか検査するために入院しているんです。相手は高位の妖怪だったのですから、何かしら肉体に霊的な影響が残っていないとも限りません、ですので、今は絶対安静、わかりましたね?」


 私は叱られた事で、思わずしゅんとなって落ち込んでしまい力無く「……はい」と答えた。


 我が子を叱る母がなぜ恐ろしいのか、何となく分かった気がする。


 この人は、月之輪カレンという人は、私を本気で心配してくれている。


 例え仮初かりそめの姉妹でも、擬似家族でも、この人は私を妹だと思っているんだと、その愛情が伝わって来た。


 その時だった。


 激しい動悸が突如襲って来たのだ。

 過呼吸になって、胸が息苦しい、目がグルグルする。


 姉妹二人は特に心配する様子はない、この入院中、私のこの状態は今に始まったことではないからだ。


 「ねぇねぇ、イユリお姉様」


 「なに?」


 「すぐ戻るんで寮から百合の漫画持って来ていいですか?」


 「アンタさぁ、カレン姉のハナシ聞いてなかったの?」


 「お願いですぅ! ここ最近百合をキメてないせいで禁断症状がヤバいんですよぉ!!」


 「退院するまで我慢しろ、じゃないとイユリがアンタの入院期間延ばすからな……もちろん力ずくで」


 「じゃあお姉様が持って来てくださいよ! 漫画三冊、小説二冊、今すぐダッシュで!」


 「へぇ、一年の妹の分際でイユリをパシリにしようなんて、随分度胸あるじゃん」


 そう言って凄むイユリお姉様、私は彼女の迫力を前に一つ彼女に聞きそびれていた事があった事を思い出した。


 それはイユリお姉様に見せてもらった過去の記憶だ。


 男女仲睦まじく夏祭りデート、私は基本百合専門だけど、男女間の恋愛を側から眺めるのも嫌いでは無い、私が嫌いなのは単に百合に男が混じる事だけだ。


 私はイユリお姉様の記憶の続きが気になり、聞いた。


 「そう言えば、あの夏祭りの後、リアムさんとはどこまで進んだんですか?」


 私がそう言ったその瞬間だった。


 カレンお姉様がリンゴの皮剥きの手をピタリと止めた。それと同時、背筋が氷つくような空気が病室を包んだ。


 比喩ではない、また冬が来たのかと勘違いするほど空気が凍りついたのだ。


 「イ〜ユ〜リ〜?」


 ジメジメとした憎悪、べっとりと張り付くような嫉妬、そんな感情が籠めカレンお姉様はヌルりとイユリお姉様の名を口にした。


 危険を感じて即座に立ち上がるイユリお姉様。


 「レナ、アンタさぁ、あっ、カレン姉違うのアレはね───」


 イユリが何か言いかけた時の事だった。


 不運にも予感は的中、カレンお姉様はリンゴの皮剥きに使っていた果物ナイフを至近距離から空気を切り裂く程の剛速でぶん投げた。


 その投擲はやたらと正確で、イユリお姉様の眉間の直前まで迫る。


 「ピィ!?」


 イユリお姉様はそれを驚きながらも驚異的な反応でナイフを回避した。


 その時には既に、カレンお姉様は追撃の一手を繰り出していた。なんとイユリお姉様の首をガシッと鷲掴みにした!


 「グビィ!」


 「アナタぁ、私の知らない所でリアムくんと何していたのぉ?」


 「カレン姉、首がっ、握力弱めてッ!」


 先程投げた果物ナイフを見てみるとその刃は、根本まで壁に深々と突き刺さっている。

 

 薙刀をぶん回した事も然り、どうやらカレンお姉様は、腕力が物すごいらしい、細腕な様に見えるけど、結構鍛えられているのだろうか?


 カレンは再び深くため息をつき、まるで自分の行いを猛省するように頭を抱え出した。 


 「アナタの事ですから、どうせそんな事をする度胸なんて無いだろうとたかを括っていたのに……油断していたわ」


 「まって、してない! ホントにリアムとは夏祭り一緒に周っただけだから!」


 「ホントに?」


 カレンお姉様は、そう言いながらイユリお姉様を睨みつけると観念したように語り出した。


 チョロい


 イユリお姉様は気恥ずかしそうに、振り絞るような声で言った。


 「……えっと、手、繋いで、一緒に帰った」


 私は自ら立てた推理を名探偵みたいに雰囲気出してを言った。


 「ほほう、それで、その後に大人の階段登って卒業したわけですか?」


 しかし、当のイユリお姉様は、それがなんの話なのかよくわからないみたいだ。


 「は? なに卒業って、それで終わりだけど」


 「え、それだけ? せっかくのムードが出来てたのに、男女でやるアレを、思春期の男女がやってないんですか」


 イユリはその言葉の今をようやく理解し、顔を真っ赤にして取り乱す。


 「……はぁ!? 何言ってんの、やっ、やるわけないし、結婚もしてないのに、そんな」


 イユリお姉様は普段現代っ子ぶってるクセに妙な所だけ純粋というか、箱入りだなと最近思うようになって来た。


 「ふん、その程度なら今回は多めに見ましょう、リアムくんと夏祭りデートなんて羨ましい事この上ないですが、ある意味そのお陰でこうしてレナが助かった訳ですしね」


 二人の関係が進んで無いとわかると、カレンお姉様はようやく落ち着いた。


 そうして私たちが和やかに過ごしていると、ガラガラと扉を開けて新たに来客が入って来る。


 「……天童」


 「おっ、フユちゃん、退院したんだ!」


 病室に来たのは、フユちゃんだった。


 彼女も一時的に危険な状態に陥っていたが、どうやら回復したらしい。


 「体、大丈夫?」


 「寝て食べたらすぐ治ったわ、そのおかげか知らないけど、なんか色々スッキリした」


 フユちゃんは「はいこれ」と少し照れ臭そうに言いながら手渡された見舞いの品、それはスケッチブックだ。


 しかもそれは、超々希少素材を用いて作られた世界最高級の代物だった。


 「うわぁ、これ確かパソコンくらいする奴じゃん、ありがとう!」


 質の良い物をプレゼントとして貰い、私は思わず舞い上がる。


 「あっ、そう言えば、ご実家のこと」


 私はその日に流れていたニュースで凍河家の上層部が集団失踪をした事を聞いた。


 フユちゃんやそのお母様などの一部の人間を除いて、当主派閥にいた人間は一人も残らず失踪したそうだ。


 ネットじゃあ、月之輪を怒らせて消されたともっぱらのウワサになっている。


 いくつかの都市伝説を扱う配信者がこの件を取り上げていたのでそれで私も今回の件を知った。


 その噂は大当たりだと私も思う、だって前にお見舞いに来てくれた教頭先生からは、隠しても隠し切れないほどおびただしい数の血の匂いがしたから。


 「あぁ大丈夫、父が消された時点で当主は自動的に私になったから、でも今、学業に専念している間は家のことは従者に任せてあるけど」


 とりあえず、家が取り潰しとかにはならず、友達が路頭に迷わなそうで私は安堵した。


 「それに私アメリカ行く事になったから」


 「アメリカ? なんでまた」


 「海外にいる三年にさ、リモートでスカウトされたんだよね、妹にならないかって」


 その話にカレンお姉様は顔をしかめて、フユちゃんに言った。


 「えっ、まさか、その三年生ってイブリンですか……それはまた。難儀な人に目をつけられましたね」


 「有名な人なんですか?」


 普段は本校にいない生徒なようで、私はとりあえずイユリお姉様に聞いた。


 それにイユリお姉様はサラッと答える。


 「そりゃまぁ、大統領の娘だし」


 「へぇ〜大統領……だいとうりょう? それってなんのダイトウリョウですか?」


 「なんのって、アメリカ合衆国の大統領に決まってんじゃん」


 世界中の令嬢が来るとは聞いていたが、まさか他国の国家元首の娘まで来るとは……。


 「大統領の娘……流石にVIPすぎません」


 「そんなん、ウチじゃ珍しくもないし」


 カレンお姉様はフユちゃんの肩をガシッと掴んで顔を近づけながら、芯に迫るような気魄で言った。


 「いいですか凍河さん落ち着いて聞いてください、彼女の無茶苦茶っぷりは大統領が匙を投げて我が校に押し付けたくらい、ものすっごい面倒くさい人ですからね!」


 「かっ、カレン様、お顔がっ、お顔が近いですぅ!」


 「へぇ、面白そうですねその人」


 二人の会話に割り込む様で申し訳ないが私は素直に思った事を言った。


 「ウチのメイドの訓練も受けさせても治らなかったらしいから、寧ろ逞しくなった」


 「大丈夫です。どんな人であろうと必ず学びを得て、憧れの貴女に追いつけるような人間になって見せます!」


 「あぁ、なんという事でしょうか、素晴らしい気概です! 凍河、いいえフユキさん、私は貴女を見直しました!」


 そのイブリンという人によほど振り回されていたのか、カレンお姉様の表情は時々辛酸を舐めるような顔になる。


 良い思い出ないんだろうなぁ……


 次の瞬間、カレンはフユキに熱の籠った熱い抱擁をした。


 「はぅわぁ!!」


 「イブリンの妹になると言うのに、その前向きな姿勢、アナタは賞賛に値します! 素晴らしい!」



 推しに熱いハグをされて口をパクパクさせながら綺麗なお顔が爆発しそうなほど紅潮、フユちゃんは真っ白に燃え尽きて……昇天した。


 「ぬぉぉぉぉ! 百合キタァァァァ!! 脳が回復するぅぅぅぅ!!!」


 私は久々の思わぬ形で百合接種できたことに狂乱した。


 ◇


 一日も終わり、日も沈み、すっかり夜になる。


 窓を開けると夜風が冷たい、十中八九あの雪のせいだ。


 私は理想の百合を見つける事そう、全ては百合の為、だが、今回の件で私も覚悟が足りなかった事を思い知った。


 愛する百合のためにハードルがクッソ高い鮮麗白花の門を叩いたと言うのに、今の所百合探しはおろか、死に目に遭うような事ばかりだ。


 結局のトコ、私はこの霊能業界を甘く見ていたのだ。


 ラノベやアニメの様な異能力学園と同じであるはずが無い、だってこれは現実、断じてフィクションなのではないのだから。


 でもそのおかげも言うべきなのか、私の理想への求道は、より強く、より深くなった。


 だって、危険な場所に飛び込めればそれによって芽生える百合、愛に深みを増す百合、それらを見れる機会も増えるはずだ。


 式神となった相棒を手に、フユちゃんから貰ったスケッチブックへと顔を合わせる。


 これからは、もっと厳しい事が待っているだろう、また死にかける……いや、最悪死ぬかも知れない、でも溢れ出る創作意欲はそんなもんじゃ止まらない。

  

 なんて言ったてそんな経験すらも、全て百合の糧にする事が出来るのだから。


 万物万象その全てが、百合に通づるのだ。


 想いに駆られた私は、フユちゃんからお見舞いの品に貰ったスケッチブックを開いた。

 

 それはまだ何も無い真っ白な紙、それが将来描く理想の第一歩となるよう、私はそんな願いと共に百合への感謝と祈りを込める。


 そして、無色の世界を彩るように私は真っ白な紙に筆を舞い踊らせた。

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