閑話 悲哀愁物語

 東北の地。

 とある辺境の山奥。

 かつてその山の神は、自分の領域に住まう冬の妖怪達が安全に暮らして行けるよう強力な結界を張った。


 ソレによって外界からは隔絶され山に生まれた者以外は何人なんぴとの出入りも許さない、永久凍土の領域が誕生した。


 その土地では、独自の生態系が形成されていて行き、妖怪以外の生物も外界とは違う寒い土地に適した進化を遂げていた。


 悲哀愁ひあいしゅうはそんな故郷の永冬山えいとうざんにある雪女の隠れ里で生を受けた。


 ◇


 「悲哀愁お前また狩りに行かなかったね!」


 「ふぇぇごめんなさぁい」


 私は悲哀愁、雪女の里で生まれたか弱く哀れな娘だ。


 私は今、里の長に言いがかりをつけられている。


 雪で鎌倉を作りながら、遊牧民の様に各地を点々として暮らしている。


 私達に適した環境でも、雪山とは厳しい環境だ。


 なにより女であること、それによってしょうじる危険は多く無視できない、今後の食料の事もあるが、自衛の術を学ぶという意味においても、雪女にとって狩りは必須の技術だそうだ。


 しかし同じ里で暮らす雪女よ数はそれなりに多い、狩りだなんて、そんな怖くて面倒なことわざわざ私がしなくても他の娘達が勝手にやるのに、里長はいつも私を理不尽に叱りつけてくる。


 「なぜアンタは当番制を守らないんだ。里の仲間に迷惑かけてんのがわからないのかい!」


 里長は何が言いたいのかよくわかんない、私に非があるという事にしたいみたいだ。

 たぶん支離滅裂なこと言ってんだろうな……


 反論したら火に油を注ぐだけ、長引いても面倒なので私は涙を流して謝る。


 「ふぇぇ、ごめんなさぁい」


 私は小さい頃から泣き虫な女の子だった。 

 こうして悲しそうにしていれば私は弱く見える。


 お陰で自分には無理だとか怖いからと適当な理由をつけては狩りをせずに済んで来た。


 そんな態度を取り続けていたら、里長も半ば諦めているのだろう。

 私にはいつも同じようなセリフしか言わなくなっていた。

 

 「アンタが臆病なのはよくわかってる。だけど雪女は弱くちゃ生きていけない、狩りへ出るのはアンタのためにもなるんだ」


 私が泣く度にいつもこんな様な事を言う。

 お説教、終わったかな?

 お腹すいたなぁ……早く狩りに行った娘達、帰って来ないかなぁ。


 でも、涙は誰にでも通じるという訳ではないみたいで、狩りに出ていた奴らが帰って来ると、怖い顔でコチラにやって来た。


 泣いている私の事が気に入らないのか、同世代の奴らはよく私をいじめてくる。


 たぶんリーダー格っぽい感じの女が眉間にシワを寄せて私に詰め寄ってきた。

 えっと、たしか氷華ひょうか? とか言う人だったと思う、たぶん。


 「ちょっと悲哀愁、またアンタな狩りに行かなかったせいで紗雪さゆきが怪我したじゃん!」


 「さゆき? 誰ですかぁそれ?」


 「いい加減仲間の事くらい覚えてよ! いつもアンタの事を気遣って代わりに狩りに出てくれているだよ!!」


 「なんですかそれぇ、私関係ないじゃないですかぁ、言いがかりはやめてくださいさいぃ」


 「……ッ!? アンタねぇ!!」 


 「氷華ひょうか、私は大丈夫だから」


 コイツらは知らない奴が苦労していると引き合いに出しては、ソイツと私を比較しているらしい。


 後ろの包帯巻かれた人、さっき言ってた怪我した人? が止めてるのにこのボス女は私を貶す事を辞めない。


 「紗雪は無理してアンタの代わりに狩りに出てるんだ! そのせいで、全然休めてないんだよ! 分かってんの!?」


 「氷華もう落ち着いて、ほら行こ? ごめんね悲哀愁、また今度ね」


 あの怪我人の人もアホだなぁ、休んで無いなら適当な奴を代わりにすればいいのに……て言うか、早く獲物を捌いてくれないかなぁ、ご飯食べたい。


 ◇


 夜になると、狩った獲物を皆んなで分け合って食べる。

 でも、私の分が無い。


 「あのぉ、私の分がありませぇん」


 「はぁ? 狩りはおろか仕事を何一つしようとしない様な奴に食わせる飯なんてあるわけないでしょう!」


 「ふぇぇ、酷いですぅ」


 「ダメよ氷華、仲間ハズレにするような真似は御法度だって里長も口酸っぱくして言っているでしょ、ほら、私こんなに食べれないから、悲哀愁にあげる」


 「ふぇぇ、いいんですかぁ、ありがとうございますぅ!」


 この性格はやはり便利だ。

 この包帯巻いてる人もそうだが、ちゃんと私を弱いと思う人が助けてくれる。


 ご飯おいしい。


 ◇


 幸せな日々が続いていたある日、私は里長に呼ばれた。

 鎌倉に入ると、里長は険しい面持ちで、また理不尽な説教でもされるのかと思っていると、ゆっくりと話し始めた。


 「悲哀愁、お前にやって貰いたい事がある」


 里長が言うには、雪女は同じ山で暮らす異種族の雪男、現代では俗に言うイエティとちょっとした小競り合いを起こしていた。


 理由は単なる狩場を巡るシマ争いだ。

 と言っても、非好戦的な雪男達とは、武力的な争いになることは無く、現状は痴話喧嘩の範疇で済んでいる。


 しかし、警戒心が強く故に攻撃的な雪女は、戦闘力だけは高い雪男に対して、なかなか気を許す事が出来ず緊張状態が続いていた。


 一触即発、特に雪女側はいつ暴発するかわからず両種族の里親は気を揉んでいた。


 そこで里長達は、いち早く種族の和平の証としてそれぞれの代表による政略結婚をしようという事になった。


 その和平のための政略結婚になぜか私が選ばれた。

 意味がわからない。


 里長曰く


 「厳しい事を言うようで悪いが、アンタは狩りにも出ずに、泣いてタダ飯を食うだけ、そんな娘を養ってやる余裕はウチには無いんだ」


 らしい。

 詳しい理由はよくわかんないけど、理不尽な因縁を付けては、私を厄介払いしようとしているみたいだ。


 「安心しろ、雪男達は穏やかで優しい奴らだ。お前みたいな奴でも、無我むげには扱わんだろう、きっと良くしてくれる」


 こうは言うがなんで私が毛むくじゃらな猿モドキの偽物みたいな生物と結婚しないといけないんだろう、どうせなら金持ちなイケメンにしてくれれば良かったのに。


 その夜、私の元に紗雪と名乗る同胞が訪れて来た。


 「いいなぁ、悲哀愁がお嫁さんかぁ」


 「私ぃ、嫌ですぅ」


 この女は嫌味でもイイに来たのだろうか?

 獣と結婚する事の何がいいのだろうか、そう思うなら変わって欲しい。


 「心配しなくても平気だよ、私もこのあいだ会ったけど、雪男の里長さんって、自分の里だけじゃなくて、私達の未来も考えてくれるようなすっごい優しい人なんだよ」


 その紗雪とか言う女は、知らない奴の事を褒め讃えて、私が気を良くするとでも思っているのだろうか?


 なんかやたらと絡んで来るし、ちょっと面倒くさいなコイツ。


 「あのね、悲哀愁、私もね、いつかお嫁さんになりたいんだ」


 「お嫁さんですかぁ?」


 「うん、好きな人がいて、麓の村の人間なんだけど、その人といつか結婚できたらなって」


 人間を好きになるなんて、物好きな女だなぁ、そんなにイケメンなのかな?


 それとも嫁になるとか言って近づいて村の人間を食べようと思っているのかな?

 その時は私も誘って欲しいな、人間って食べた事ないし。


 「あなたの夢、楽しみにしてますぅ」


 「……ありがとう、悲哀愁!」


 ◇


 後日、私の結婚相手になる雪男の里長が村にやって来た。


 顔はゴリラそのものだったか、知性が感じられてキリッとハンサムな感じの人だった。


 「悲哀愁殿、私は幸せです。これほど美しい方に嫁いで頂けたのですから」


 このオッサンは思っていたより紳士的で、紗雪の言うことも案外間違いではなかったと理解した。


 (これは、玉の輿婚でしょうかぁ?)


 彼に連れられてやって来た集落は、洞窟の中を削ってマンションのような集合住宅を彷彿とさせる集落を形成している。


 狩りで集めた鹿や熊の肉、結界の外で釣られた川魚、冬にしか栽培できない果物、それらを凍らせて丁寧に保存し蓄えている。


 獣臭い所だと思っていたけど、ここは思っていたより楽園だった。


 「雪女の里長からは、貴女が問題児だと聞き及んでおりますが、私はそんな貴女を受け入れる覚悟です」


 このオッサン、改め旦那様のお陰で雪男の里には早く馴染む事が出来た。

 雪男達は人を疑うことを知らないようで


 「私ぃ、泣き虫だからいじめられていてぇ」


 こんな風な適当な身の上話しを話すと「そうか、そりゃ大変だったべな!」「これでも食って元気だすべ!」と田舎臭いような垢抜けない喋り方で美味しいご飯を食べさせてくれる。


 おかげで贅沢しながら、暮らす事ができていた。


 そして嫁いでから二年ほど経った頃。

 雪男達が酒の席で話していた事なのだが、そこで気になる話を聞いた。


 「なぁ、聞いたか? 雪女の紗雪ちゃん、麓の村の人間と祝言しゅうげんを挙げるらしいべ」


 「あんのむすめは、めんこくて器量もええからなァ、あの人間さ、ええ嫁さんもろたべ!」 


 (人間かぁ、見たことないなぁ)


 その話しによると、その紗雪なる同胞が麓の村の人間と結婚したそうだ。


 人間と結婚するなんて、どんな物好きなのか、そんなにイケメンなのかと興味を持ち、祝言を見物しに行った。


 その村では、多くの人間と雪女に祝福されて晴れ着を着た二人の男女が歩いていた。


 「あぁ、紗雪ってあの人か、じゃあ人間のほうは……」


 種族的に美しい者しか生まれない雪女、紗雪もまぁ当然美しい。

 それの隣に歩く人間は、ブサイクでこそないが、何というかそばかすくらいしか特徴の無い凡夫だ。

 ガワの釣り合いが取れているようには到底見えなかった。


 (なんだか、泥臭そうな人間だなぁ、農夫かな? あんなの好きになるなんて、紗雪って子も変わってるなぁ)


 ◇


 「悲哀愁! どこにおるか!」


 見物を終えて帰って来ると、旦那様がデカい声で私を探していた。

 顔を真っ赤にしてキレ散らかして、取り柄のハンサムがみっともなくなっている。


 「はいぃ、お呼びでしょうか旦那様ぁ……」


 「貴様、また備蓄していた食料を盗み食いしておったな!」


 そう、実は私は、夜な夜な備蓄していた食料をよくつまみ食いしていた。

 バレていないと思っていたが、流石に何年も隠し通せないか……

 

 しかし、今回は少し食べすぎたようで旦那様は珍しくカンカンだ。

 なんでも、備蓄していた食料が少々底を尽きてしまったらしい。


 とりあえず、泣いておけばお人好しな雪男は許してくれるだろう、でもまずは、しらばっくれるか。


 「ちっ、違いますぅ、決して妾ではございませぇん」


 「とぼけるな! お前が食った食料は山をお守りくださる山神様がその身命を賭して築いてくださった結界、それを維持する為の供物なのだぞ、この里の者は皆知っていることだ! それを食う輩なぞ、お前以外に誰がおる!」


 私は子犬のように震えて、泣きながら許しをこい、反省を示した。

 それなのに、旦那様は私を怒鳴った。

 それを見て、何か腹を据えかねたようで、溜め込んで頭のを吐き出すように怒りを露わにしていく。


 「いい加減にしろ妻だからと甘い顔をしていたが我慢の限界だ!」


 「旦那様ぁ怒らないでくださいぃ」


 私はいつも通りの泣き顔で許しをこう。

 コイツも雪男だし、いつも通りならこれで大丈夫だろう

 そう思っていた。

 

 「黙れ、お前のそれは泣きっ面を取り繕っているだけだろうが!」


 「ふぇ?」


 他の雪男はあんなにチョロいのに、早く私を許してよ。


 その旦那様は私の本質をさも見抜いているぞ、とでも言いたげな口ぶりで、私を罵り始める。


 「己が働きたく無いがために涙を流して皆を騙す、お前は臆病者などではない、強欲で大喰らいな卑しい怠け者だ!」


 この感じからして、私が犯人だという事は既にバレているようだ。

 ここまで来たらシラを切っても意味はない、素直に認めて許して貰おう。


 「ふぇぇ、お許しください旦那様ぁ、悪気は無かったんですぅ」


 しかし、ここまで、しおらしくしてやっているのに、旦那様は理不尽にキレ散らかして、私に無理難題を突きつけて来る。


 「悪気が無いとは益々救い難し、許して欲しくばお前が食い尽くした食料の補填を今すぐせよ!」


 しかし、ふっかけられた難題は思っていたよりもハードルが低かった。


 「ふぇ、そんな事でいいんですかぁ?」


 私は瞬時に妙案を閃いた。

 これなら旦那様のお申し付け通り食料の補填も出来るし私も怠けられる。


 これなら旦那様も

 私は食料問題を解決するべく、すぐさま行動に移した。

 これでしばらくは、食うに困らなくて大丈夫そうだ。


 本当に私は運がいい。

 ついに安住の地を手に入れたんだ。


 でも、問題というのは次から次へとやって来る。

 この里には金がない。完全に自給自足なせいで一銭たりとも蓄えていない。


 金目の物は無いかと集落をうろついていると、美しい青色の水晶を見つけた。


 偉い人間にでも売りつければいい金になるだろう、近所で戦の噂を聞いたから、適当な奴に売っぱらって行こう。


 ◇


 それから、三年くらい経った時、久々に雪女の里長達が雪男達の集落を訪れて来た。


 もてなすのも面倒なので、私は人間の街の書店で買い漁った春画を読みながら、かりんとうの様なオヤツをかじって居留守を使おうとした。


 「悲哀愁、ここか!」


 でもバレてすぐに辿り着いて来た。

 その時の私は肘をついて寝そべり、ダラダラと過ごしていたのに、空気が読めない人達だ。


 「あれぇ、長ぁ、お久しぶりですぅ」


 「……お前、何を食っている」


 里長は私が食べているオヤツが気になるようだった。


 「あぁ、これですかぁ、食べますぅ?」

 

 お腹が空いてるのかと思った私は、食べていたおやつ、氷付けにしてスナック菓子みたいにした雪男の指を里長に差し出した。


 ソレを見た里長と数名の雪女達は変な顔をしていた。

 怒っていたり、なんか具合が悪そうに青くなっていたり、色々だった。


 「……お前、まさか……食ったのか」


 「ふぇ? 何をですか?」


 「……雪男達をだ!」


 「あぁ、旦那様の言われた通りにしただけですぅ、私が食べた食料の備蓄を補填しろって」


 「それで出した答えが……自らの夫を殺すことなのか?」 


 「あのぉ、なんかダメでしたぁ?」


 そう言いながら、私は随分とキリッとハンサムな顔で死んでる凍らせた雪男の首を食べる。

 あっ、これ旦那様だ。うまっ。


 「……最近、山を守っていた結界の効力が弱まって来ている。外は季節外れの大寒気だ」


 「へぇ、いいことじゃないでふか、ふごしやふくて」


 私は旦那様を口いっぱいに頬張って、ちょっと喋り辛いながら、里長に答えた。


 「……要石かなめいしはどうした?」


 「かなめいし? なんですかそれぇ」


 「山神様より授かった結界の青い要石だ! 雪男達が守っていただろう!」


 「あおい石? あぁ、あれですかぁ、ここの人達お金持ってなかったんで、近所で戦争してた人間に売りましたぁ」


 私の冴えてる金策を簡潔に話してやると、里長は何も言わなくなった。

 なんかプルプル震えてるし、寒いのかな? 雪女のクセに変なの……。


 「私は、お前を見誤っていた。悲哀愁」


 「ふぇ?」


 「人間は我々を妖怪と呼ぶが、まさにお前のためにある様な言葉だな悲哀愁!」


 すると、突然里長は私を攻撃を仕掛けはじめる。


 「妖術【雪結晶手裏剣ゆきげっしょうしゅりけん】!」


 里長は右手を掲げると、てのひらから巨大な雪の結晶が現れた。


 それは風を切り裂く高速で回転し、私の元に飛んできた。


 私は手裏剣みたいに飛んでくる雪の結晶を、指でつまんで止めた。


 いきなり攻撃を仕掛けられて、いくら温厚な私でも、流石にムカつく。


 「あのぉ、何するんですかぁ?」


 「なに!?」


 「私何もしてないのに、いきなりいじめるなんて、里長は酷い人ですぅ」


 「ぐぅ、負けられん! 里長として、お前の母親として、お前を止めねばならんのだぁ!」


 よくわかんない事を喚き散らしながら、里長は大業っぽいのを始める。


 「妖術【苦無氷柱くないつらら】!」


 里長は渾身の霊力を込め、円錐上の巨大な氷柱をぶん投げて来た。


 「妖術【涙雪崩なだなだれ】」


 私は津波のように大きな雪の巨壁を作り出した。


 「なにっ!」


 私は飛んできた氷柱ごと里長と周りの取り巻き共を纏めて押し潰した。


 雪男達を皆殺しにした時に知ったけど、どうやら私の雪や氷は、冬の妖怪だろうと関係なく凍らせたり、冷気の影響を与える事が出来るらしい。


 他の連中が雪に押し潰されてぐしゃぐしゃになっているが、里長だけは原型を保っていた。

 半身が雪に埋もれて、体も凍傷になって動かないみたいだ。


 天井を見つめながら、何か考えていそうな顔をしている。


 (悲哀愁っ、雪男の霊力を取り込んで、ここまで強く、いや、元々この娘には、天賦の才があったのか……)


 「運動したらお腹空きましたぁ」


 私は口で空気をすぅーっと吸うように、雪崩の雪ごと雪女達をまるでバキュームのよう吸い上げる。

 

 里長も他の連中も纏めて食べた。

 まぁ、そこそこ美味しかった。


 でも、入り口に生き残りが待機していたみたいで、ソイツは結構なスピードで山を駆け降りていた。


 「紗雪、聞こえる紗雪!」


 後から知ったけど、雪女は狩りでの連携を円滑にするために念話という術が使えたらしい、私は狩りに参加していなかったので、その術について知らなかったのだ。


 『氷華? どうしたの』


 「悲哀愁が暴走した。里長も村の精鋭も皆殺しにされた!」


 『えっ? 悲哀愁が、どうして』


 「いいから、旦那さんと娘達を連れて逃げて!」


 えっと、たしか、あの女は、氷華とか言ったかな? 

 なんか、走っている割にはすっとろいので、普通に歩いて追いついた。


 「あのぉ、なんで逃げるんですかぁ?」


 私は氷華の足首を掴んで、ぶん回した。

 木に叩きつけて食べやすいように肉を柔らかくする。


 私は、足首を掴まれて逆さ吊りになった無様な同胞をどこから食べようか考えていた。


 すると、氷華は私にこんな事を言ってくる。


 「なんで、なんでよ、アンタそんなに強かったんなら、どうして狩りを嫌がったのよ!」


 何を分かりきった事を聞いて来るんだろう、コイツ、アホなのかな?


 「だっ、だってぇ、怖いし、あと、面倒くさいですしぃ」


 「面倒くさい? 言うに事欠いて、面倒くさいですって……ふざけんな! 私達は命懸けてんだぞ!」


 「命懸けなら、他の人にやらせれば良いじゃないですか、この人にとか、死んでますけど」


 私はそう言うと、おやつ用に取っておいた里長の首を見せた。


 「そう、ソレがアンタの本性って訳ね、この化け物がぁ!!」


 そう言って、逆さ吊りになりながらも、私に攻撃に仕掛けて来た。


 「妖術【細雪ささめゆき】!」


 何をするかと思えば、雪の小粒をぶつけるだけだった。

 ちょっとくすぐったい。


 私は掴んだ綺麗な足、肉付きの良い美味しそうな太ももに噛みついた。

 でも、ちょっと薄味だなぁ。


 「イヤァ、なんでよ、なんでこんな奴に殺されないといけないの、イヤよ、死にたくない、助けて、誰か助けてぇ!!」


 氷華を食べていると、私はとある事を思い出した。

 そういえば、麓に人間の村があったんだった。


 その時、麓の村では私が来るということで、相当パニックになっていたようだ。


 村から離れた小さな洞窟に、双子の娘を連れた雪女が隠れていた。


 「お母さん、怖いよぉ?」


 「大丈夫よ、お母さんが絶対に守るから」


 「ねぇ、お父さんは、どこいったの?」


 「村の皆んなに逃げるよう伝えに回っているわ、大丈夫すぐ戻ってくるよ」


 そうやって子供に声かけしているのが聞こえたので、見つけるのは簡単に澄んだ。


 「あっ、見つけましたぁ」


 私がそう言うと、洞窟から血相を変えた雪女が飛び出して来た。

 何かを訴えて来ている。


 「待って、悲哀愁! 私、紗雪だよ!」


 「さゆきぃ?」


 「そうだよ、同じ里で育ったでしょ、覚えてない?」


 「あぁ、思い出しましたぁ」


 「ほんとに!」


 「前に人間と結婚したいとか言ってた変な人ですよねぇ」


 「……っ、そう、それ! 思い出してくれたんだ!」


 「人間の男につけ込んで、村の人間食べようとするなんて、頭良い人だと思ってたんですよぉ」

 

 「……え?」


 「あっ、これさっき麓にいたんですけど、お近づきの印に、食べますぅ?」


 私はそうして人間の男を放り投げた。

 そばかすがついてちょと不味そうだけど、農家だからなのかな? 野菜みたいに新鮮な味がして結構美味しかった。


 紗雪はその死体を見た途端、大声をあげて駆け寄った。


 「イヤァァァァ!!! あなたぁ!!!」


 紗雪は死体を揺さぶりながら、子供のように泣きじゃくっている。


 「ウソウソ、こんなの嘘だよ! 死んじゃ嫌、起きてよ、ねぇ、あなたぁ……!!」


 見ていて、なんというか、すごくみっともないように見えた。

 紗雪はぬらりと立ち上がると、奇声を叫びながら私に襲いかかって来た。


 「お前ぇぇぇぇ!!」


 私は襲いかかって来る紗雪を氷の剣で上下で真っ二つにした。


 下半身を食べてみたけど、コイツは雪解け水見たいな、美味しいけど食べ応えのない味気なさで、あんまり美味しくなかった。


 洞窟の中を覗いてみると、双子の娘がいた。

 私を見て、双子は手を繋ぎながらプルプルと震えている。


 その時、私は新しい金策を思いついた。

 自分で言うのも恥ずかしいが、案外商才があるのかもしれない。


 「遊郭って、雪女も買ってくれるんでしょうか?」


 すると、上半分だけになっても這いずって追いかけて来た紗雪がいた。


 「娘達に、手を出すなっ!!」


 漆黒のGみたいで、ちょっとキモいと思いつつ、私は無視して、娘達を首トンでサクッと気絶させて、担いで運び出す。


 紗雪は自らの、死を悟り、悔しそうな顔をしている。

 泣いて、死んだ人間やこの小娘達になぜか謝罪している。


 そして、死にかけの紗雪が私を睨みつけながら、言った。


 「あなたは、自分が犯した罪から、逃げられない」


 何を言っているんだコイツ、何も悪いことをしていない私が、何の罪から逃げるというのだろうか?


 「予言してやる。無様に敗北して無様に命乞いをしても、絶対に許されない、何の欲も果たせない永遠の地獄に堕ちるだ───」


 「えいっ!」


 私は紗雪の頭を踏み潰した。

 しぶとくて、ちょっとビックリしたけど、漆黒のGには、生命力では及ばなかったようだ。


 子供二人を連れて遊郭へ連れていく、雪女は美形だからそこそこ高くなるはずだ。


 早くお金使って、ダラダラしたい、美味しいもの食べたい、私は可哀想なんだから、ソレくらいして当然だよね。


 それから、私は雪女の娘達が遊郭で高く売れたので、その金でどう遊ぼうか考えてながら、放浪の旅をしていた。


 そんな時の事だ。


 「もし、そちらの方、少しお話よろしいかな?」


 その人間は、凍河氷左衛門とかいう霊能力者のだった。

 かなりのイケメンで中々にいい物件そうで、養って貰えないか頼もうとした。


 すると、そのイケメンは、衣食住を用意するから、代わりに私を式神として契約を結んで欲しいと頼んで来た。


 力を貸すだけという簡単な仕事で、条件も良かったので、私は二つ返事でその誘いを承諾した。


 こうして、私は名家に拾われて、誰にも邪魔されない安住を手にすることができた。


 ◇


 それから数百年の月日が流れて、現代。


 私は敗北した。

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