第41話 それは果てに届く親愛の言霊
「というわけでアンナ・オーサーさんが私の式神になりました」
「どういう事だ貴様、一旦成仏した霊魂が自力で戻って来るなど、そんな事象聞いた事もないぞ」
アンナな自発的にレナの仲間になった状況を聞いてレジーナは眉間にシワを寄せた。
それとは逆に京極姉妹は腹を抱えて笑ったりと面白がっている。
「ハハハッ! マジかよ天童やるじゃねぇか!」
「フフフッ、レナっちょ先生に新たなる百合の波動を感じる……まさか幽霊の外人幼女とおねロリ展開とは……流石だ」
モールでの依頼を終え帰路に着いたレナ達は高速道路の中、バスで今回の反省会をしつつ談笑しながら平和な一時をすごしていた。
「あの先輩、その語弊を産みそうな表現やめてもらっていいですか、私確かに百合は好きですけどその言い方だとまるで私がロリコンみたいに聞こえるじゃないですか」
「でもレナちゃん、そういう本いっぱい持ってるってカレン様言ってたの」
「本はいいの、だって好きなんだもん、でもリアルはダメなの、私にも世間体というものがあるんだもん」
すでに日が落ち夜になっている。
車窓から見える夜景は高速道路の上と言っても妙な美しさが感じられる。
談笑して騒がしいはずなのに、車内にはどこか静かさすら感じられるのだ。
そんな中、レナの発言に口を挟むように誰かの一声が車内き響き渡る。
「ウケる。アンタに世間体を気にするような理性が残ってたんだ」
「アレ? イユリお姉様の声がする。どっから?」
その疑問にはレジーナが答える。
「車内のモニターを見てみろ」
バス車内前方その上部から、大型のモニターが出現している。
そこにはイユリの姿が映し出されていた。
「へぇ、リモート機能なんて付いてたんですねこのバス」
レナがバスに関心を示しているがそんなのお構い無しにイユリはレナに鋭い口撃を始める。
「ガールズラブのエロ漫画が趣味でーすって自分で公言しといて今更何ってんだーってカンジ、アンタの世間体なんてとっくの昔に他に落ちてるっつーの」
今のイユリは普段の他人を見下してはしゃいでいるようなメスガ……もとい生意気な感じとは、雰囲気が異なっている。
「どうしたんですか? いつもよりニヒルな感じになってますけど、なんかあったんですか?」
するとイユリは「ハァ゛〜」と空気が抜けた風船のようなため息をつくとグチグチと自分が担当した依頼の愚痴を吐き出していく。
「はぁ、依頼の犯人、結局見つかんなかったし……第一、何年も前から指名手配されて一度も捜査網に引っかかってないような奴がこんな依頼で見つかるかってーの」
イユリは一日中犯人の調査に付き合わされた挙句になんの成果も得られなかったため、疲れ切っている様子だった。
「イユリお姉様の方って結構無茶振りな依頼だったんですねぇ、あぁ、こっちは依頼完了しましたよ、死にかけましたけど」
「うっせぇ、ざぁこ」
姉妹二人の絡みをレジーナは咳払いをして静止し、話題を本題へと切り替える。
「それで加木屋イユリ、我々に連絡をよこすと言うことは、何かあったのか?」
イユリはハッと我に帰ると疲れた表情から一転、気を引きしてキリッと真面目な顔つきに切り替わる。
「はいレジーナ先生、そちらの依頼完了を最後に生徒全員の選抜依頼が完了しました。つきましては、学園に戻り次第、その報告を口頭にて伝えよ、とのことです」
「? そういうのって、教師同士で共有するもんですよね、なんでお姉様が伝えるんですか」
「イユリが聞きたいしそんなの、だからあの先生苦手なんだよ」
アトラはその話を聞いてシノブに尋ねる。
「なぁシノブ、イユリの引率って誰だっけ?」
「我が校が誇るマッドサイテンティスト……祇園先生である」
祇園サオリ、学園の保健教諭。
旅行中、自らの薬学研究のためにマフィアの息がかかった売人相手に強盗を働く危険人物である。
彼女は基本、専門外だったり興味のない事の報連相に関しては自分でせずに他人に押し付けがち。
理由は単純、本人曰く「面倒、臭い、から」だそう、彼女が依頼の引率を担当した際には必ず教師が作成するレポートすらも生徒に押し付けそそくさと帰ってしまう。
今回はイユリがその被害者となったのだ。
それを聞いてレジーナは深くため息を着いた。
「ハァ、ったくあの人は、面倒だからと毎度毎度、生徒に報告を押し付けて」
(い、いつもそうなんだあの人)
「報告は以上です。イユリは疲れたので帰ります。では」
そう言うとイユリはさっさと通話を切ってしまった。
その時のイユリの言葉からは、本気の疲労が感じられ、今日彼女が体験した徒労感がしみじみと伝わってくるようだった。
「イユリお姉様、今日大変だったんだろなぁ」
「さて、学園までは後もう少し時間がかかる。サービスエリアで少休憩を挟みつつ、夕食としよう」
レジーナによって方針が固まると、サービスエリアで休憩がてらの夕食を取ることとなる。
ちなみに食べた料理は偶然にも、全員醤油ラーメンだった。
◇
「わっ、ぷ、ぁ、はぁ、ぁ」
黒い雨が降り、荒れ狂う嵐のなか、黒い墨のような海の上でレナは溺れていた。
いくらもがいても、黒い水は水飴のように体にネバネバと絡みつくようで、レナを水に引き
これは、夢の中。
一瞬、稲光がその闇に染まった水面を照らす。
その一瞬、レナは垣間見た。
「はぁ、はぁ、何あれ」
その海底には、巨大な何かがひそんでいる姿を……。
それは自分で引き込まず。レナが力尽きて沈む時を今か今かと待ち構えている。
体が揺らされる。
誰か、助けて欲しい、そんな願いを込めて、レナは天に手を伸ばした。
「起きろ天童レナ」
その声が聞こえた瞬間、レナは夢から目覚め現実へと帰ってきた。
「うぇ? あれ、私寝てました?」
「うん、いびきうるさかったの」
長いバス移動の末、疲れからか食後もあってか、レナはバスの中ですっかり眠ってしまっていた。
そ時間はすでに九時を回っており、夕食後から二時間、一同はようやく学園に到着した。
「んんっ〜つっかれたぁ〜」
レナは長い事座っていた疲れから、体を伸ばしてストレッチした。
「皆、今回の依頼ご苦労だった。今日はこれにて解散とする。明日は放課後に学園長室に集合だ。以上」
レジーナは生徒達を労いながら明日の予定を伝えると、報告のため一人学園へと戻っていった。
「おっし、じゃあ俺らは先に寮に戻るぜ、またな天童」
「レナっちょ先生、此度の別れ、非常に名残惜しいが、また会おう」
京極姉妹も、任務疲れを癒すため、今日はいち早く帰宅を優先、レナへの別れを告げると、寮へと戻っていった。
「はい、今日はありがとうございました」
そう言って、レナも自分の寮へと向かおうとした時、それを呼び止める声が聞こえる。
「レナちゃん」
「ルゥちゃん、どしたの」
声の主は囁木テルハ、彼女は何か言いたげな様子でレナを見ている。
「あの、レナちゃん」
もじもじと、気恥ずかしそうにしながら、テルハ勇気を出して言った。
「私と、お友達に、なって、ほしいの」
そう言われたレナは、ポカンとした様子で次の瞬間には当たり前のように返答する。
「え? 何言ってんの、もう友達でしょ」
それは、嘘などではない、考える間も無く即答それはあまりに自然で、心から本心だとテルハは理解出来た。
「……ホントに? ホントのホントに、ルゥ達、お友達、で、いいの?」
「そりぁもちろん、あっ、じゃあ今度一緒に遊びに行こうよ、二人でさ、私まだこの街そんなに歩いてなくて」
レナにそう言われたテルハは今にも跳ね上がってしまいそうな嬉しそうな表情を見せる。
その表情にレナは目を奪われた。
不思議とその気持ちがまるで繋がっているかのように共感できたからだ。
それに、レナ自身も同学年の友達が新しく出来た事は素直に嬉しい。
「じゃあ、また明日ねルゥちゃん」
「うん、また明日、なの」
そうして、明日の再会を約束し二人は互いの帰路に着いた。
互いに背中合わせに別れて行く中、二人の会話を聞いていたアンナは、レナの中からテルハの去り行く姿を静かに見つめる。
「可哀想な子、か」
それは、戦いの最中、テルハがアンナに対して言った言葉。
テルハ自身、父を亡くしたその境遇が自分とよく似ていた事からそう発言したにすぎない。
アンナ自身もその言葉の真意はわからずとも、何か通ずる物がある事ぐらいは容易に察する事ができた。
アンナはあの時言われた言葉を思い出しながら、テルハに対し、誰に対して聞かせる訳でもない、そんな他愛無い戯言を、哀れみを込めて言う。
「悪いけど……貴女の方がよっぽど可哀想に見えるわ、囁木テルハ」
その言葉が何を意味するのか、アンナ自身にもわからない、ただ一つ言えることは、テルハ自身の運命はあまりに数奇な物になること察してしまったという事だけだった。
その哀れみの言葉は、当のテルハに届くことは……なかった。
◇
京極姉妹が暮らす猛虎寮、道場完備であるのとは不釣り合いの洋風の屋敷である。
京極家の娘が代々利用する寮だが、姉妹達の趣味でだいぶ魔改造されており、暑苦しい複数の垂れ幕が吊るされ【京極姉妹参上】とか【物血切理】などと書かれている。
垂れ幕はそれだけにとどまらず、シノブが外壁などにアニメのポスターを飾っているのだが、ご丁寧に映画館で見るような額に入れて飾っている。
壁などにもヤンキー趣味なスプレーアートが多数施されている。
姉妹それぞれスプレーアートが描かれているが各々の画力差や、個人の趣味主張が強く統一感がまるで無いため、デザインもなにも無くなってしまっている。
内装も厨二っぽいゴシックデザインのカーテンや虎柄のカーペット、メルヘンチックな壁紙など、などかつての気品は見る影も無く姉妹それぞれの趣味が前面に押し出されたカオスなっ物件と成り果てている。
「お母さん、今日はありがとうなの、お母さんが教えてくれたおかげで、いち早く行動出来たの」
ピンク一色のメルヘンチックな部屋そのベランダでは、星々が輝く夜の空、天を見上げ、囁木テルハは一人誰かに語りかけるように話していた。
「お母さん聞いて、あのね今日は大変だったの、友達とお姉様達と一緒に頑張ったの」
会話の相手はどうやら母親らしい、テルハは意気揚々と今日の出来事を相手に話しているようだ。
テルハの言葉にテレパシーの返答が帰って来る。
『そう、それはよかったわね、テルハ』
甘く、柔らかい、聞いただけで包み込まれてしまいそうなその声は続いて言った。
『母も今日は忙しい一日でした。ソナタにはまだ会いに行けそうもない』
「ううん、気にしないで、母さんは女王様なんだから」
その思念波は、地球上のどこにも届いていない、その行き先は、空。
さらに雲を超え、成層圏を超え、星を超え、太陽系を超え、ずっとずっと遠くに届けられている。
囁木テルハ、彼女のテレパシーその真骨頂、それは物理的な距離に関係なく念話を繋げられるという一点に尽きる。
それがたとえ何億光年先だろうと、宇宙の外だろうと念話は果てしなく届く。
それは逆もまた然りであり、テルハは宇宙中の思念をキャッチする事ができ、声を届けたい相手が明確に分かっていれば、正確にテレパシーを繋がる事が出来るのだ。
それは、相対性理論をも無視して一切のタイムラグ無しにリアルタイムで円滑な会話をする事が可能。
その力は、人間の霊能力の枠組みを遥かに逸脱した一つの権能とも評すべき力。
『それにしても、テルハに友達が、母も会ってみたいものですね』
その声は、遠い遠い、人類では到底辿り着けない外宇宙の果てにポツンと鎮座する星
大きさで言えば月と同程度の比較的小型の天体で、纏う大気の壁は形を成しておりハート型となっている。
その星の名は───
「ルゥも会わせたいの、お母さんのいるテルルン星にお母さんにお友達やお姉様を紹介したいの」
───テルルン星、それは囁木テルハの妄想によって生まれた架空の星……などでは断じてない。
人類が観測できる宙域の遥か外、外宇宙とでも言うべきその領域に、その名の天体は実在している。
『テルハ、母の愛、可愛い可愛い、母の宝、ソナタの成長をこの目で見れぬ事がどれほど口惜しいことか、しかし、それと同時にソナタと繋がれるこの時が、母はとても愛おしいのです』
「うん、ありがとうなの、ルゥもお母さんの事が大好きなの」
『あぁ、テルハ、父も母も常にソナタと共にあります。どうか健やかに、どうか幸せに、ソナタが元気なだけで母はこの上なく幸せなのですから』
「うん、約束なの、そろそろ消灯時間だから、もう寝るね、おやすみなの」
『えぇ、おやすみなさいテルハ、いつか必ずソナタを迎えに行きますからね』
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