第40話 昇る魂は分岐路に立つ。

 私は、どうなったのだろう?


 いたい、からだじゅうが、いたい。


 私は死ぬのかな? 


 覚悟していたことだけど、こわい

 

 望んでいたことだけど、こわい


 死にたくない、死にたくない

 

 けど、死ななければ、私は終われない。


 こわいなら、せめて、静かに、眠りたい


 「よっしゃ、あったどぉー!!」


 うるさい、やかましい声が聞こえる。


 私はこの声を知っている。


 「アンナさん、待っててくださいね」


 天童レナ、あなたの声だ。


 ◇


 「レナちゃん、見つけられてよかったの」


 「サンキュー、ルゥちゃん!」


 仮面の男によって爆破され、瓦礫の山と化したモール、レナはその中に埋もれている魔導書を探していた。


 しかし、大量の瓦礫の中から一冊の本を探す事は至難を極める。


 爆破の炎で焼失している可能性も十分にあったのでほぼ賭けに等しい。


 そこでレナはテルハのテレパシー能力を借りる事にした。


 まだ彼女の魂が現世に留まっているのなら、テルハの能力でアンナの思念波を探知し、正確な場所を特定できる。


 その策は見事功を奏し、土埃に塗れた状態の魔導書を発見出来たのだ。


 入手した魔導書にレナは早速手を加え始める。


 「えっと、まずはこれに封印されたアンナさんの魂を解放……こうかな?」


 レナは魔導書に自らの霊力を流し込むと、そこからアンナの魂との分離を試みる。


 その前に魔導書を始末してしまうと、魂も纏めて消滅させてしまうためだ。


 「おっ、いけた」


 本来なら針穴にノールックで糸を通すレベルの高度な霊力制御技術を求められるが、レナはそれをあっさり解除してみせた。


 「おぉ、レナちゃんすごいの、機械みたいに正確なの!」


 レナの天性の霊力制御能力にテルハは関心したのかパチパチと拍手した。


 そうして魂を縛る封印の解除に成功すると、魔導書から解放された魂は霊体と化しアンナがレナ達の前に姿を現した。


 「死んだと思ったのに、これはいったい?」


 「はい、アンナさんは魂が魔導書にあるのでそれを解放しました」


 レナはこの時気づいていなかったが、魂が魔導書に封じられている間、アンナは実質不死身であり、生物的な死はやってこない。


 肉体となっていたモールが壊滅した状態でも生物上の定義としてアンナはまだ生存していたのだ。


 しかし、それをレナが解放したことで、肉体が完全な死亡を迎え、そのまま霊へとその身を転じた。


 つまりレナが封印を解除したことで、繋ぎ止められていたアンナの命にトドメを刺したのである。


 「あなた、そのうち本当に人を殺しそうね」


 「え? どういうことですか?」


 アンナは少し呆れながらも、霊となった自分を見てため息をついた。


 「にしても拍子抜けね、死ぬのは苦痛に満ちていると身構えていたのに、こうもあっさり死ぬなんて、待ち望んだのとは大違い」


 「あの、アンナさん」


 「なに?」


 「えっと、さっきは爆破から助けてくれて、ありがとうございました!」


 レナが行ったのは、アンナに対するお礼の言葉を送ること、直角九十度にお辞儀して、その意を伝える。


 「私からも、ありがとなの」


 テルハも同様に頭を下げる。


 この光景に驚きながらも、自らへの嘲笑と共にアンナは言う。


 「まさか、礼を言われるなんて、考えてもみなかったわ」


 「アンナさん、私の手をとってください」


 レナはアンナにその手を差し伸べる。


 「手、これでいいの?」


 アンナは差し伸べられた手をそっと握る。


 そして、レナはゆっくりと包み込むように、その霊力を流し込んでいく。


 「これは、あたたかいのね」


 アンナの霊体は目に優しい暖色の光を放ちながら光の粒子となって消えていくのがわかった。


 「そう、成仏させてくれるのね」


 苦しまずに眠れる。


 疑問も残る。後悔もある。本当にこれで良いのか頭の中をよぎる。


 しかし、嫌ではない、あたたかな光に包まれて今までアンナを縛っていた冷たい鎖の重荷から解放されるのが体感してわかった。


 その感覚に安堵感を覚えたアンナは、この成仏を受け入れる事にした。


 その時、ふと、レナに伝えるべき事を思い出す。


 「あぁ、そうだ最後に忠告」


 「はい?」


 アンナの空気は少し硬くなると、彼女の言う忠告を語り始める。


 「気をつけてね、あの仮面の男は人間じゃな

い」

 

 その話題は度々暗躍していた仮面の男のもの、彼女はその正体を語る。


 「アイツは、とある作家な執筆した小説に登場する架空の神で貴女の式神と同じように現実には存在しないキャラクターを具現化した存在、だから、気をつけてね」


 その言葉には、確かな心配を感じる。


 レナは仮面の男の話を聞いた時、こんなことを思っていた。


 (さては、けっこうデッカいネタバレしたこの人?)


 昇天もいよいよ最終段階、アンナを包む光はより一層強くなり、照明が明滅するようにゆっくりと消えていく。


 「それじゃあ、ありがとう天童レナさん、最後の戦い、ちょっと楽しかったわ!」


 アンナの霊体全ては完全に光の粒子と化し、天へと登っていった。


 こうして、アンナ・オーサーは遠い異国の地にて、ようやく、永遠の眠りに着くことができたのだ。


 ◇


 あたたかい、あたたかい。

 

 わたしはこのまま天国行くのだろうか?


 人を殺したのに、たくさん傷つけたのに、私はこのまま地獄に落ちないでいいのだろうか?


 このままのうのうと、誰かに裁かれないまま終わって良いのだろうか?


 「お疲れ、アンナ」


 聞き覚えのある声がする。


 とても懐かしく、ずっと聞きたいと願っていた。その声。


 私は閉じていた目を開き、声のする方を向いた。


 「……お父さん」


 それだけではない、その両隣には、義父と義姉もいた。


 「お姉ちゃん達まで、いったいどうして?」


 「待っていたんだ。ずっと、アンナの事を」


 目の前にはかつての家族、もう会えないはずの死者達、アンナは今まで溜め込んでいたものが溢れ出し、止められなくなって、吐き出すように、慟哭と懺悔の言葉を叫んだ。


 「ごめんない、ごめんない、私のせいで、 もっと早くお母さんを止めていれば、お父さん達が殺されることなんて無かったのに! お姉ちゃんがアイツに辱められることもなかったのに! 全部、全部私のせいで、ごめんなさい、ごめんなさいッ!!」


 謝る。ひたすら謝る。その言葉しか思いつかないから、頭を床に擦りつけて、必死に、息を忘れるほど、喉が千切れてしまいそうなほど、とにかく、泣き叫びながら、謝る。


 そんなアンナを、父親はそっと抱きしめた。


 「こちらこそすまない、お父さん達はお前を守ってやれなかった。お母さんの本性に気づかずにお前をずっと犠牲にしてしまっていた」


 「ッ───! ……うん、うん、ごめんなさい、ごめんなさい……ありがとう!」


 「アンナ、一つ聞いていい?」


 その時声をかけたのは、義姉だった。


 彼女はなんの気無しにある事を聞いてきた。


 「どうして、あの子をアナタの世界に招いたの?」


 義姉の言うあの子とはレナの事、アンナはあの中からなぜ彼女を選んだのか、それについての質問だった。


 「それは……私を殺せると思ったから」

  

 「それなら他の人達でも出来たじゃない、それなのにわざわざあの子を選んだの?」


 義姉はアンナの事をよく見ていた。

 なぜ、そうなぜレナなのか、アンナを殺すだけだったら魔導書を破壊するだけで済む、それなのに、見るからに一番戦闘経験が未熟なレナを選んだと言うのは、アンナの望みとは矛盾しているのだ。


 アンナは言葉を詰まらせながら、照れくさそうに視線をそらして言った。


 「おっ、お友達になれそうだと、そう、思ったのよ」


 「ふーん、いい顔するじゃん」


 義姉はアンナの姿に微笑みを浮かべながら言った。


 「ジャパンの閻魔様えんまさまは、アナタにはもっといい罪滅ぼしがあるとのおおせだわ」


 義父がしゃがんでアンナに目線を合わせて彼女に問う。


 「アンナ、君には二つの道がある。一つはこのまま私達と地獄へ行って鬼の裁きを受けるのか、もう一つは───」


 アンナは立ち止まって、悩む。


 ずっと会いたかった父達ともう一度一緒にいられる。


 そう思うと幸せで胸が張り裂けそうになる。


 しかし、そうなれば、大好きな家族に自分と同じ罰を受ける事になる。


 本当にそれで良いのだろうか、悩む。


 「私の、道は……」


 アンナは選ぶ、自分の足でその道を歩く、その魂の行く末は、果たしてどちらなのか、地獄か果ては別の道か、ただ一つ確かに言える事は、アンナはこの先もう、一人ではないと言う事だけだ。


 ◇


 「ん? なんか戻って来た?」


 除霊を完了したレナ、昇天する光子を眺めていると、それらはやがてUターンするように、降り注いで戻ってきたのだ。


 光の粒子達は収束、一筋の光となると、レナに向かって一直線に落ちて来る。


 「お、おお!?」


 その光線はレナの口に直撃、まるでねじ込まれるように、レナの中へと入っていく。


 「ほぇ、ほろろ、オェ!?」


 光が全て体に入った時、勢いのままレナはそれをゴクンと飲み込んでしまった。


 「ゲホッ、オェ、一体なにが?」


 「レナちゃんその本なに?」


 「え? 本?」


 アンナが指摘するとレナの頭の上には一冊の本が乗っかっていた。


 先程の魔導書のようにハードカバーの洋書のようで、表紙には、乙女を表したような意匠の紋様が描かれている。


 手にして本を開いてみたが、中身は白紙、何も書かれていない。


 「なんじゃこれ、変なの」


 「変なのとは失礼ね」


 「……は?」


 本には口なんてない、にも関わらず声が聞こえて来た。


 その声はついさっき成仏させたばかりの霊、アンナ・オーサーの物で間違い無かった。


 「あっ、あれぇおかしいな〜、浄化の術失敗しちゃいましたかねぇ〜」


 「いえ、自力で戻ってきたのよ、今の私は、そうね、使い魔って言うよりは、この国で言う所の【悪行罰示】の式神って言った方がしっくり来るかしら、あっ、勿論あなたのね」


 「……えぇ!? 戻って来るって、戻れるもんなんすか成仏って!!」


 「いや、流石にルゥも聞いたことないの」


 「地獄のエンマに言われたのよ、こっち来るくらいなら、先にこの世で償ってこいってね、だからヨロシク、えっと、マスターとかでいいのかしら?」


 アンナの選んだ道、それはまだまだ地獄に行かずにレナと共に行く道だ。


 家族達はその選択を拒まない、快くその旅立ちを見守った。


 図らずも新たな式神を仲間にしたレナ、心中にて思う。


 (かつて敵だった相手が仲間になる少年漫画展開は、ちょっと想定して無かった)

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百合は散らぬが咲き淫れず! 和馬 有佑 @Gin115

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