第39話 レジーナの強さと後始末

 「おお、レナっちょ先生よしっかりしろ!」


 レナが精神世界に囚われている間、同行していたシノブが彼女を揺さぶっていた。


 本に触れた瞬間、突然気を失って倒れた。


 側から見れば完全にそうなので、シノブは心配している様だ。


 テルハは冷静で、レナの様子を見守っている。


 「死ぬなぁ! レナっちょ先生ぇ! まだ我は貴女の新作を読んでいないのだぁ!!」


 「ぬぉっつうぅ!!」


 「おお、レナっちぐはぁっ!?」


 その時、精神世界から解放され、レナが飛び起きる。


 その中で、我慢していた体中を灼熱で焼かれていた痛みが限界にきて跳ね起きたのだ。


 その勢いでシノブに頭突きをかましてしまう事になってしまった。


 「いたた……あっシノブ先輩、すいません」


 「うぐっ……気ィ、にするな、この程度、痛くも痒くもないわ」


 嘘である。結構効いている。


 「はぁ、はぁ、生きてる。戻って来れたんだ」


 レナは自分が現実世界に戻って来れた事に、安心感を得ているようだ。


 しかし、少しパニック気味なレナの精神状態を感じたってなのか、テルハは彼女の体調を気にかける。


 「レナちゃん大丈夫?」


 「うっ、うん、なんとか」


 レナは全身から汗が吹き出しており、まるでサウナの中にでもいた様な状態になっている。


 「無事か天童!」


 その時、上からレジーナ、アトラ、が降りてくる。


 「被害者達は無事だ。全員戻った」


 屋上に繋がる穴から様子を見ようとすると、その前に喧騒が聞こえる。


 活気あふれるその声には確かな正気が宿り、先ほどのゾンビのような状態ではないのがよくわかった。


 「異空間も解除されてやがる。よくやったな、天童」


 アトラがレナの肩にポンと手を置いた。そのタイミングだった。


 ドカァァァァン!!

 

 と鼓膜を貫くような強烈な爆破音がすると建物全体を大きく揺らした。


 窓の外を覗いて見る。


 「あの、ヤロウッ!!」


 そこには、アンナの怪異化を仕組んだ【神霊の剣】に属する仮面の男が立っていた。


 男はその視線に気づいたようで、意気揚々と手を振っている。


 「おーよかったよかった。まだお嬢様達は中にいるな……じゃ、もう一発いってみよーファイア!!」


 仮面の男は異空間が解除された直後、ひと足先に脱出、外に待機していた仲間が仕掛けていたダイナマイトで、建物を爆破しているのだ。


 「爆発オチなんてサイテーなんて言うけどさぁ、やっぱ幕引きとしては派手でスッキリするよねぇ」


 建物が徐々に崩壊を初めていく、屋上に固まっている被害者達はパニック状態だ。


 「テルハ、奴らの思考を辞め!」


 その指示を聞いた時にはすでにテルハは行動に移していた。


 仮面の男と周囲にいる仲間と思われる人物達の思考を読み取った。


 「あいつら、出口から爆破しているの!」


 (一緒にいて思ったけどテルハちゃんって、もしかして結構チートなんじゃ?)


 「どうする先生! 我々はともかくとして、このままでは民間人に被害が」


 「ならば、奴らの時間を貰うとしよう」


 レジーナはそう言うとふところから懐中時計を取り出す。


 そして、唱える。


 「【時止ストップ】」


 レジーナがそう言った瞬間、世界が静止する。


 レナ達も爆炎も何もかも、まるで凍りついたかのように、ピタリと止まって動かない。


 ただを除いては……


 「はぁ? おい、なんで爆破しないんだよ、スイッチ壊れたか? え?」


 静止した時間の中、組織の仲間達までも停止している中、唯一仮面の男だけは平然と活動している。


 まだ時間停止には気づいていないようで、手にしている爆弾のスイッチを連打している。


 「停止した時間内でも活動できるとは、あいつ何者だ? いや、今考える事ではないな、皆の避難が優先する」


 レジーナが救助行動に移そうとしたその時だった。


 『まかせて』


 レジーナの脳裏に閃くように聞こえた声、それはテルハのテレパシーではない。


 あまりに、か細く今にも消えそうな弱々しい声、しかしそこには確かな意思が宿るのを感じる。


 『いそいで、みんなを、おくじょうに』


 レジーナはその声に従い生徒を四人をまるで早送りにしているような凄まじい速さで移動させた。


 「よし、全員上だぞ!」


 レジーナの合図を聞くと、モールの屋上にいた人間が一斉に姿を消した。


 気がつくと全員はモールの外、声の主は囚われた人々を外に転移させて逃したのだ。


 レジーナは時間停止を解除する。


 「うぇ、あれ、いつのまに外に!?」


 「レジーナ先生の時間停止か!」


 「いや、私だけの力ではない、何者かが支援した。おそらく」

 

 時間停止した世界で活動できる人物は限られている。


 術者のレジーナ、原理不明であるが活動可能な仮面の男、そして、異空間の支配者であるアンナ・オーサーだけである。


 彼女はせめてもの償いとして、自ら閉じ込めていた人間達を解放したのだ。


 脱出後、遅れてモールが爆破される。

 崩れ去る建物、それはアンナ・オーサー個人の肉体的な死を意味する。


 「アンナさん……私達を助けて、そんな」


 仮面の男は脱出した人々に気づくと、その事に悪態をつく。


 「はぁ!? アンナのヤツなんで全員脱出させてるんだよ! 逃げよ!」


 仮面の男はなんと躊躇いもなく仲間を置いて背を向け全力疾走、逃走を謀った。しかし。


 「逃さんぞ」


 その時にはすでにレジーナは仮面の男に接近して拳を打ち出している。


 (早い、この移動速度、例の時間操作能力か)


 「私の拳は時の重さ、卑劣な貴様の身には収まらんぞ」


 「ぐぉッ!!」


 繰り出されたのはボディーブロー、腹を目掛けてねじ込まれた拳は鍛えられているとはいえそれだけでは説明がつかないほどの重量だ。


 (おっ、重い!!)


 レジーナは時間の圧縮する事で攻撃の威力を上げている。


 鍛え抜かれた肉体を霊力で強化、それに上乗せされた一撃は人体など紙切れのように吹き飛ばす。たが、そうはならなかった。


 「ほう、塞いだか」


 仮面の男はインパクトの瞬間、攻撃の間に自らの腕を挟んで致命傷を塞いだのだ。


 しかし、レジーナの攻撃はこれだけでは終わらない。


 「ぐっ、あああ!! なんだ、俺の、腕が!!」


 強烈な痛みを感じ、急いでローブの袖をめくる。


 すると拳を塞いだ腕はしわくちゃに痩せこけており、まるで枯れ枝のように変貌してしまっていた。


 レジーナはその問いに淡々と答える。


 「分からないか……老いたのだ」


 レジーナは触れた相手の時間を進めたり戻したりできる。


 局所的な操作も可能で、人体の一部のみを急速に老化させるといった芸当も可能、レジーナの力に仮面の男は戦慄する。


 (レジーナ・ライニンガーこれが鮮麗白花の教師の実力、噂以上に出鱈目な能力だ!)


 男は袖から落とす様に隠し持っていた何かをスルリ取り出すと、それをレジーナに向かって投げつける。

 

 「あばよ」


 男が投げたのは手榴弾だ。


 しかし、それが発動することはなく、レジーナの目の前で空中でピタリと停止した。


 「なっ、不発ッ!」


 「手榴弾の時を止めた。返すぞ」


 レジーナは手榴弾を掴むとそれを大きく振りかぶって男に投げ返す。


 その投擲は時間速度が加速され、もはや視認不可能になる。


 「解除」


 手榴弾は男の目の前で時間停止を解除、黒煙と共に爆発した。


 「わーお、やばかった。メジャーリーガーもびっくりの豪速球だな!」


 男は爆破の直撃を食らったにも関わらずケロッとしている。


 それ以上にレジーナの注目を奪った物があった。


 (!? 腕の老化が治っているだと)


 そう、先程老化させたはずの男の腕は、いつのまにか元通りになっていた。


 「それ、式神本体を召喚していないね、てことは本来の出力はこんなもんじゃないわけだ」


 男はレジーナの戦いを観察していた。

 追い詰められた様に見せつつ、どの程度の力を見せるのかと。


 「テメェ、一体何もんだ?」


 その声はアトラだ。

 声のする方を向くと、仲間はすでに生徒達によって拘束されていた。


 二人の攻防の最中、レナ達は【神霊の剣】の構成員達を足止めしていたのだ。


 「いやぁ、数的不利、もう、まともに戦っても勝てないねぇ、怖い怖い」


 「くだらん嘘を」


 「嘘じゃないさ、勝てないのはホント、俺マジで弱いし、でも強いていうなら───







 ───逃げるのは簡単かな?」


 そう言うと、目の前にいるはずのレジーナが仮面の男の背後にもう一人現れていた。


 (えっ? 増えた?)


 レナはその異様な光景に面食らっているようだ。


 もう一人のレジーナも本物同様、肉体を加速させ不意打ちの踵落としを振り下ろした。


 その一撃は凄まじく、大地をヒビ割り地面を揺らした。しかし、その攻撃は空を切る。


 仮面の男の姿は影も形もなく、文字通り跡形もなく消えていた。


 「……消えた。時間を巻き戻しても効果が無い……いったいどうやって」


 「レジーナ先生!!」


 その時、シノブが報告に駆け寄ってきた。


 「学園、及び協会への報告が完了、被害者達は事情聴取のため、一度協会本部へと向かって貰うことになった」


 「わかった。ご苦労だったならお前達」


 レジーナは仮面の男を仕留め損なった事を歯痒く感じつつも、ひとまずは当初の依頼が完了した事を受け止め、撤収を決める。


 ◇


 撤収準備に取り掛かる中、レナは一人、瓦礫と山となったモールを漁っている。


 「レナちゃん、どうしたの?」


 その様子を見たテルハが声をかけた。

  

 「テルハちゃん……ちょうどよかった。手伝って」


 レナがそう言うと、テルハは質問で返す。


 「手伝うって、なにをなの?」


 レナは瓦礫の山を眺めながら、その真意を答える。


 「私、アンナさんを、成仏させてあげたいの」

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