第17話 能力覚醒
(周りがうるさい、寒い、私どうしてたっけ?)
周囲の騒ぎによって、意識を失っていたフユキが目を覚ます。
瞼を開いたその先には、式神である悲哀愁、それに対峙するのは憎んでいたクラスメイトだった。
「あれは、天童?」
レナは拙いながらも、正眼の構えで自らの式神である具現筆を悲哀愁に向ける。
一見すれば誰でもわかる素人の構え、しかしその構えはサマになっている。
「集中、集中……」
そうレナは自分に言い聞かせる。
先に仕掛けたのは、悲哀愁だった。
「妖術【
悲哀愁がそう唱えると、植物の蔦のように造形された氷の檻がレナの周りを取り囲んだ。
「【
続けて唱えるは檻を閉じる鍵の言葉。
これぞ悲哀愁の必勝パターン、レナを閉じ込めた氷の檻の中は気温がグングンと下がっていき、獲物の体温を奪っていく。
最終的には低体温症に追い込み、殺す。
霊能力を初めてまだ毛が生えた程度の学生相手ならば、本来これで十分だった。
しかし、天童レナは違う!
(あれぇ……消えちゃいましたぁ)
悲哀愁の作った牢に閉じ込められていたはずのレナの姿がどこにも見当たらない、消えた獲物の行方を探すべく、術を解除した。
その時、悲哀愁の胸中に黒いインクの刃が突き刺さる。
「ふぇ? アナタ、どうして凍ってないんですかぁ?」
その問いはレナにかけた物ではない、その手に握られる式神に投げかけられた物だ。
インクの刃はまるでチェーンソーのように刀身を回転させて切れ味を増している。
しかし、悲哀愁本人は強烈な冷気の塊、触れようものなら、骨の芯まで凍りつく、にも関わらずインクな凍りつかない事に疑問を抱かずにはいられなかった。
それを確かめるべく、次に悲哀愁が見せたのは、無数の
無数に降り注ぐ氷柱の雨を、レナは一つ一つ見極めて確実に回避していく。
「あの子の霊力、ちょっと変ですぅ」
気がついた時には、レナは悲哀愁の懐にまで接近していた。
「まずは、一太刀」
次の瞬間、レナはまるで、達人のような逆袈裟斬りで悲哀愁の体を切り裂いた。
「ふぇぇ!!」
戦いを見ていたフユキは、その太刀筋に見覚えがあった。
「あれ、私の技」
それはフユキがレナとの模擬戦で見せた剣術だった。
レナは、技の見切りをした際にフユキが披露した技を記憶していたのだ。
そして、まさに今ぶっつけ本番で見よう見まねしている。
最初は拙かった剣術もこの僅かな時間で磨き上げられて来ている。
驚異的な集中力から発揮される学習能力は、怪物を前にした事による生存本能でさらに磨きがかかっていた。
インクの刃を悲哀愁の眉間に突き立てた。
その刃は見事に狙い目を捉え、頭部を貫いて見せたのだ。
「なるほどぉ、街にあった妾に対する弱体化の結界を応用しているんですねぇ」
しかし、奴は急所を貫いたその攻撃にすら微塵も動じなかった。
レナは街に展開された結界を再現して自らの体を悲哀愁の放つ冷気から守っている。
さらには結界に付与されている効果を刃に反映していた。
そのことを、悲哀愁はあっさりと見抜いてしまった。
次の瞬間、悲哀愁が見せたのは、なんでも無い力任せの腕の大ぶりだった。
レナはその動きを読んでいた。
すぐに回避行動を取るも、その大ぶりはレナの予測を上回る速度だった。
「うそっ、はやっ───」
少しでも狙いを逸らすため、レナは刃を形成していたインクを解除、それにより形を保っていたインクが液体に戻る。
インクは悲哀愁の眉間から両目を覆うように飛び散り、彼女の視界を黒く染め上げた。
「痛ったぁ! 目になんか入りましたぁ!」
しかし、攻撃の勢いはゆるまなかった。
その一撃は無慈悲にも、レナの体に直撃してしまった。
「うぁ!」
その一撃は、まさに車に轢かれたと錯覚してしまいそうな程の衝撃、華奢な細腕で振るわれたとは思えないほどの致命の一撃だった。
まるでスーパーボールのようにレナの体は跳ね上がる。
地面に叩きつけられ、口から吐血し、鼻血が右頬を覆うようにこびりついた。
今まで感じた事が無いような苦痛に、思わず体がすくんでしまう。
初めて骨が折れた。アニメで散々見ていた吐血の苦しさを知った。肺の空気が全部抜けたように息ができない。
「てっ、てんどぉ」
フユキはレナに手を伸ばす。
しかし、霊力を大量に放出した影響が肉体にも出ている。
強烈な疲労によって、フユキは身動きがとれなかった。
「ふぇぇ、お着物に血が着いちゃいましたぁ」
一撃、ただの一撃でレナは叩き伏せられた。
これまでの戦い、悲哀愁は一度も本気を出していない、彼女にとっては児戯に等しい。
(あ〜、痛ったいなぁ、体は動かないし、血は出るし、最悪、だけど)
レナは力を振り絞り、震えながら、不安定に揺れながら、立ちあがっていく。
「漫画の主人公じゃ、無いけどさ、友達くらい助けないと、理想の百合なんて、描けるわけない!」
「ふぇぇ、しぶといですぅ、怖いですぅ」
悲哀愁は小さな雪玉を作って弾丸のように飛ばした。
それは立ちあがろうとするレナの太ももを撃ち抜く。
「ッあぁ!!」
思わず倒れ込んでしまうレナ。
悲哀愁は無慈悲に極めて作業的に雪玉の弾丸を乱射する。
レナは雪玉の雨をなんとか身を捩りながらギリギリで回避していく、致命傷は避けられているが、足を一本封じられた以上無傷とはいかなかった。
頬を掠めたり額にザックリと切り傷を付けられたりした。
巨大な氷塊が作り上げられていた。
その大きさはさながら隕石を彷彿とさせるものだ。
そして、悲哀愁の合図と共に、その氷塊はレナに向かって落とされた。
「天童ォォォォ!!」
レナは再びGペンからインクよ刃を形成していた。
剣の構えを変えた。
それは蜻蛉の構えと呼ばれる物。
落ちてくる氷塊をギリギリまで引き付けながら、力を溜める。
次の瞬間心胆から震え上がらせるような猿叫が木霊する。
「チェェリャァァァァ!!!!!」
渾身の一撃を受けた氷塊は見事真っ二つに断ち切られた。
「ウッソ、示現流マジで出来たんだけど」
レナは傷の回復を最小限に止めつつ、肉体の強化に霊力を回した。
そして、かつて学んだ知識を頼りに一撃必殺の一太刀を再現して見せた。
「あのぉ、ビックリするので大声出すのやめて貰えませんかぁ」
悲哀愁が先程受けた逆袈裟斬りのダメージは既に完治している。
目を塞いだインクを既に消えている。
才能に恵まれていても、悲哀愁は住んでいる世界が違った。
「フッ」
レナは鼻で笑い、言うと、続けて言う。
「ペンは書くものですよ、剣より強いだけで別に武器じゃありません」
「ふぇ? なんですかぁ、いきなりぃ」
悲哀者が周囲を見渡すと、インクで魔法陣のような円陣が描かれていた。
レナは剣戟を浴びせると同時にずっと仕込んでいたのだ。
式神の能力を使うため、その準備したのだ。
「私は漫画家、絵を描くのが仕事、これが、私の戦い方!」
両親に初めて買って貰った日から丁寧に使い続けて来たGペン。
このペンには、レナが今まで描いて来た百合への思い、作品に注がれた情熱が鏡に写し取られたように、それが宿っていた。
その思い出と情念はGペンを付喪神として昇華させ新たな力を目覚めさせる。
レナの口は一人でに動き出し、一つの名前を口にする。
「
───【
レナの前には漫画風の絵柄をした巨大な百合の蕾が出現した。
その百合が咲き誇ると、花びらを散らしながら、一人の少女が現れる。
「これが……私の能力、私の式神の力」
レナの目覚めた能力はこのGペンを使って執筆し出版した漫画の登場人物を読者の記憶を媒介として現実に召喚する力。
それを見て、フユキの顔色はみるみると青ざめていった。
「は?」
言葉にもならないほどの驚愕。
その人物はフユキの記憶にも鮮明に刻まれている中学生くらいの女の子。
それもそのはず、それはかつてレナとフユキが大喧嘩をするキッカケになった作品のキャラクターなのだから。
「やっとワタシを呼んでくれたね、レナお姉ちゃん」
少女は屈託のない笑顔で召喚者であるレナに話しかける。
明るく優しそうな青髪の少女。
声や言動はどこか幼く、しかし立ち振る舞いは大人びているような印象をうける。
「あのぉ、その子は───」
バシュッ!
悲哀愁が喋ろうとすると少女は振り向きざまに凄まじい速度で腕を振りかぶる。
それとほぼ同時、悲哀愁の片目を何かが切り裂いた。
音速を超える速度で振るわれたのは鞭だ。
「いったぁぁい! ちょっと何するんですかぁ〜」
その様子見てナオンは恍惚とした表情で甘いため息を吐く。
「はぁぁ、かわいい声♡」
かつてレナが編集部からの依頼で執筆し、今でもコアなファンから評価を集めるハードSM百合漫画の怪作【苦痛に悶えるキミが好き】
式神の彼女、
真性のサディスト、ついでにヤンデレな性格で年上幼馴染の主人公を監禁誘拐。
ここではとても文章にできないエグすぎるSMプレイを披露した恋するアブナイ女の子。
彼女は消耗しかったフユキの方を見ると、悲哀愁にこう言った。
「私のお姉ちゃんのソックリさんをイジメるなんて……お前、
彼女がお姉ちゃんと呼ぶ人物は、登場した作品の主人公の事。
その主人公こそが、フユキをモデルに描かれた作品だ。
自分そっくりな主人公がナオンによって筆舌に尽くし難い拷問される漫画を読まされてしまったフユキのトラウマである。
自分をソックリさん呼ばわりされた事に、芳しく無い体調の中、フユキは激しく抗議した。
「ソックリさんじゃない、私がアイツの元ネタ! てかお姉ちゃんじゃない!」
「あのぉ、いじめないでぇ」
「あぁ、あぁ、やめてよ、そんなこと言わないで……そんなこと言われたら、私───
───昂っちゃから♡」
式神の能力で召喚したナオンの強さ、その様子を見て、レナは驚愕していた。
「あれ、なんで強いの?」
レナは正直、ナオンが勝てるとは思っていなかった。
例えナオンが狂人でも、彼女が登場する作品は、あくまで現実の社会がモデルの作品。
つまり彼女自身は特にファンタジー要素が無い危険なだけの普通の人間であるからだ。
彼女のキャラクター性を作り上げたレナだからこそ彼女の事を知り尽くしている。
だが、いざ呼んでみると、予想外に戦闘力が高くなっていた。
(なんだろう、自分で召喚しておいてアレだけど、なんか突然乱入して来た人が美味しい所だけ掻っ攫って行きそうな展開になって来た)
さらに、ナオンは畳み掛けるように、造物主のレナの知らない謎詠唱を披露した。
「
ナオンがそう口にすると、見に纏う装束が形を変えていった。
黒いレザーのミニスカが特徴のボンテージ衣装へと変化した。
その様子はさながらニチアサ女児向けアニメの変身バンクのようだった。
「ちょい、なにそれ、私そんな設定書いた覚えないんだけど?」
(まさか、二次元から異世界召喚した影響でスキルの獲得したとか、それとも私が知らない二次創作? なに、どう言う理屈?)
自分に発現した能力なのに全容がまるで掴めない、非常時であるにも関わらずレナは、かなり困惑していた。
「じゃあ、ビシバシ、イクね♡」
ナオンはその細身な体からは、想像がつかない程の膂力で鞭を振るった音速を超える速度で振るわれる。
彼女の鞭捌きもあり、その軌道は縦横無尽で予測不能。
悲哀愁は攻撃への警戒を強め、生身で受けることは危険と判断。吹雪の壁を使って、振るわれる鞭を吹き飛ばす……はずだった。
鞭は風の影響を受けずにまるですり抜けるように飛んで来たのだ。
「ふぇ!?」
悲哀愁は反射的に身を引いてその一撃を回避するも、一瞬反応が遅れてしまい、顔に一文字型の傷をつけられる。
「痛いぃ、ヒリヒリしますぅ」
「これで痛いとか言っちゃダメだよ、本番はこれからなんだから」
悲哀愁の傷は塞がる。
ジロリとした目つきでナオンを睨みつけると、まるで、こびり付くようなネットリとした殺気を爆発させた。
「……痛いのは、嫌いですぅ」
「雪女さん、それはあれだよ、今更遅いってヤツ」
レナやフユキよりも先に、危険分子であるナオンを先に始末しようと悲哀愁は術の出すために手をかざす。
「妖術ッ───」
ブチっ! ブチっ!
生々しい音と共にかざした手の爪が一枚、一枚と、ゆっくり剥がれていくではないか。
「ギャッ!」
普段なら大したダメージでは無い。
しかし、普段とは比べものにならない苦痛が悲哀愁を襲った。
それを見て、ナオンは笑顔を浮かべる。
「もう雪女のお姉ちゃんはワタシに勝てないよ? もう私の物語の中だから」
「ふぇぇ、せっかくケアしたお爪がぁ〜なんですかぁ、これぇ」
レナがまだ把握していない能力は二種類。
能力バトル要素があればキャラクターの設定をそのまま再現する。
逆にファンタジー要素が無い作品のキャラクターは登場した作品の物語上のキャラクター対象を当てはめてその人物の身に起こる出来事をそのまま体験させるというもの。
悲哀愁は【苦痛に悶えるキミが好き】の主人公が受けた責苦を主人公の痛みをそのまま体験しているのだ。
「ふぇ、うっ! ガァ、お腹に何か入って、いだぁ!」
「剥がしたお爪、綺麗だったから、雪女さんの子供部屋に入れちゃった♡」
フユキは吐き出してしまった。
かつて読んだ漫画の凄惨な描写が鮮やかに思い出されてしまった。
「散々舐めプしたツケ、払ってもらうから」
「酷いですぅ、お姉さんは怒りましたぁ」
「ようやく本気? じゃあ我慢比べだね、私達が勝つか雪女さんが
白熱する二人の戦闘、後ろで突っ立っていたレナは自身の心情を吐露した。
「……あれ、私、置いてけぼり?」
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