第11話 しんしんと降る。
門に雪の結晶の家紋が刻まれている和風家屋は凍河家邸宅。
その最奥にある当主の自室。
フユキとの電話の後、凍河レイジはそこでワインを嗜みながら、窓の外を眺めている。
「誰だ?」
突然、背後から気配を感じ、レイジが圧を強める。
「ちょ、待て待て、俺だ! 驚かせて悪かったって、お久しぶり凍河レイジさん」
音もなく現れたのは、飄々とした態度の、無機質なのっぺらぼうの仮面をつけた謎の男。
男は気さくな挨拶をした。
「なんだお前か、いったい何の用だ」
「計画の進捗を聞きに来たんだよ、経過を報告しろ〜って上がうるさくてさァ、今どんな感じか教えてけろ〜」
二人は知り合い同士のようで、何やら怪しげな密会を開き始めた。
「たった今、最後の仕込みが終わった。予定通り事が運べば、月之輪の連中を纏めて始末できる」
二人の目的は、月之輪一族の抹殺。
凍河レイジは長年の間、月之輪一族に対して強い敵対心を抱いていた。
日本霊能業界の頂点になることがレイジの野望、現在にその地位に座する月之輪一族はまさに目の上のたんこぶ。
月之輪一族を引きずりおろすために、目的が一致するテロ組織と密かに手を組んでいた。
仮面の男はその組織の窓口役を務める構成員だ。
「それはそうと、荻野八束橋で作ったアレはなんだ。報酬が良かったから話に乗ってやったが、あんな雑魚を作ってどうするつもりだ?」
「知らね、計画した奴に聞いて、俺は単なる仲介役だから」
「案外暇なのだな、【神霊の剣】も」
国際テロリスト組織【神霊の剣】。
世界中平和を名目にあらゆる壊滅的事件を
引き起こしている危険集団。
凍河レイジは彼らと通じていた。
「話を戻すぜ、アンタ結局、自分の娘に一体何したんだ?」
「式神を継承させる際に細工しておいた。フユキのストレスが限界を迎えた時、悲哀愁との契約を強制的に破棄される様にな」
「契約破棄、なんで?」
「最強の妖怪である悲哀愁が式神の呪縛から解き放たれれば、奴は必ず暴走する」
「解き放ってどうすんだよ、何か理由あんだろ?」
「分からんのか愚図が、世界中の名家の令嬢を預かる月之輪家が、悲哀愁の暴走を許せばその信用は完全に失墜する」
「あ〜なるほど、引きずり落とすネタにする訳ね、でも、その計画だと月之輪も死ぬんじゃね?」
「結果がどちらにせよ、奴らが消えてくれれば、私は空席となった玉座に座る事ができる」
(アホか、そもそも、悲哀愁が暴走すれば、未成年の娘にそんな危険な
レイジは自分という存在を大きく捉えすぎていた。
実際、優れた実力を備えてはいる。しかし、自己中心的に考えているが故に視野が狭いのだ。
自分が責められるなど、微塵も考えていない。
(それに、月之輪が堕ちれば次に業界を牛耳るのは霊能協会だ。あの総裁がそれを逃すハズがない、まったくツメの甘いオッサンだぜ)
「悲哀愁って、結構上位の妖怪だろ、そんな上手く行くもんかねぇ?」
「お前は知らんのだ、悲哀愁は正真正銘の怪物、奴は必ず街を滅ぼす」
「つまり自分の娘を爆弾代わりに使おうって訳か、テロリストの俺が言えた義理じゃねぇが……アンタ最低だな」
「私にとって家族とは道具だ。私の凍河家に次期当主など不要、一族を統べていいのは、この凍河レイジただ一人だけだ。最後に役立ててやるだけ、感謝するがいい、フユキ」
◇
「あらすごい、風紀委員は良い仕事をしてくれましたねぇ」
フユキが住むタワーマンションを覆うドーム状の結界、万が一にも街に被害が出るような事態を避けるために、用意したモノだ。
「
サチヨはフユキが暮らしているマンションに向かっていると、人影を見た。
夜中に薄着で外をとぼとぼと歩く少女、白く透き通る雪のよう、近づいて見た所、それはフユキだった。
サチヨも一人の母。
年頃も近い娘がいるからか、心配するように、フユキに声をかける。
「あらあら凍河さん、そんなはしたない格好で外を歩いたら、風邪を引いてしまいますよ」
そう言って、フユキの肩に手を奥と、サチヨは異変に気づいた。
「あらやだ、霜焼けしてる」
肩に触れた手のひらを見ると、小さな氷が張り付いている。
ほんの一瞬触っただけで、手が凍るところだった。
冷えた手をさすって温めながら、サチヨは言う。
「これは、嫌な予感が当たっちゃったのかしら……
サチヨは両手が凍る事に怯まず、フユキの両肩をガッシリ掴んで、力強く声をかけ続ける。
「凍河さん、しっかりなさい、凍河さん!」
フユキは何も言わない、しかし、その目から頬を涙が伝う。
涙は凍って、フユキの顔に張り付いた。
まるで、誰かに伝えるための涙が枯れないように、懸命に残そうとしているようだ。
そしてフユキはまるで霧が晴れて行くかの様に一瞬で姿を消した。
(消えた、周囲に気配は……ありませんね)
それを見たサチヨは一気に警戒を強める。
事態の緊急性を改めて理解し、フユキが暮らすマンションの一室へと向けて駆け出した。
そのふくよかな体型に見合わず驚異的な速度で、数秒と経たぬ間にもうマンションに到着していていた。
その速度と比例するように、思考も加速している。
先程のフユキが何なのか、サチヨは仮説を立てる。
(アレは、おそらく凍河さんの生き霊、出てきた理由は警告もしくは、SOS)
マンションの入り口へ入ろうとしたその矢先、冷ややかな白い物体がサチヨの頬にゆっくりと降り落ちる。
「冷たっ!」
思わず声を出すサチヨ。
それは空から落ちて来た。
自分の身に落ちた物の正体を知るべく、天をを見上げるとサチヨは驚愕する。
「あらやだ、大変!」
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