第42話 レナ百合チャージ率50%

 「っはぁ〜眼福ぅ〜」


 モールでの任務を終え、晴れて退学を免れたレナは、自室にて休日を満喫していた。


 部屋を暗くして、至近距離でテレビを見て、ニヘニヘと気持ち悪い笑顔を浮かべながら視聴している。


 彼女が見ていたのは録画していた女児向けのアイドルアニメ【歌踊女王うたおどじょうおうアイドライブ】よくゲーセンで見かけるカード系のゲーム台として有名なシリーズだ。


 子供向けなため直接的な百合描写は皆無に等しいがそれでも、少女達が時にぶつかり合いながら絆を深めていく描写からは、レナからすれば美味しい栄養になり得るようだ。


 「うんうん、今期のアイドライブはダンスシーンのCGのレベルが格段に上がってますなぁ、脚がいいね、脚が、太ももの肌艶はだつやの光沢感というか、アニメ感を崩さず程よいリアリティがいいんだよねぇこのアニメ、そしてライバル同士だった二人がまさかのコンビ結成! ダンスの振り付けの一つに一瞬手を恋人繋ぎするトコとかもう……っはぁ〜脳が回復する〜」


 誰に聞かせるわけでもないアニメの感想を一人でベラベラ話し続けるレナ。


 モールではほとんど百合について考えられず触れられもせずで、相当なストレスが溜まっていたのだろう、必死に発散しているのだ。


 しかし、そんな至福の時は長くは続かなかった。


 「レナ、テレビを見る時は、部屋を明るくして、画面からなるべく離れて見なさい」


 「ぬぉビックリしたぁ!! カレンお姉様、どうしたんですか?」


 レナの背後に立っていたのはカレン。


 彼女は扉を開けた音、足音、何一つ立てずにレナの背後に近づいていたのだ。その身のこなし、さながら忍が如し。


 カレンは少しため息をつくとレナに学校からの連絡を共有した。


 「お楽しみの所申し訳ないのだけど、妖刀探索の件で呼び出しよ、学校に行くから準備しなさい」


 「えぇ〜日曜日にですかぁ? はははっ、嫌です!! 断固拒否します私は今日安全地帯でぬくぬくしながら百合という名の英気を養うと決めているんです!」


 レナの我儘な態度、それに向けてカレンが放ったのはビームでも出るんじゃないか、そう思わせるほど殺気じみた視線。


 「……そう、ならこのまま連れていくわ」


 「へ? ちょっと私いまパジャマなんですけ……ごほぇ!?」


 その瞬間、レナに穿たれたのは体が内側から波打つような衝撃を感じる強烈な腹パン。


 腹の肉が潰れたのではないか、そう錯覚してしまそうな威力でレナの意識は容易く刈り取られてしまい、深い闇に落ちていく。


 レナはたまらず膝から崩れ落ち、あっという間に気を失った。


 「イユリ、留守を頼むわね」


 カレンが声をかけた先にはイユリが待機していた。


 彼女はカレンからの指示を受けると逆らう事なく素直に従う。


 「カレン姉……、ホントにコイツ連れてくの?」


 「どうしたのイユリ、なにか不満?」


 イユリが指摘したのはレナの事、彼女は


 「いや、確かにそいつの才能はイユリもよくわかってる。でも流石にあの山に入らせるのは早いんじゃ、だってあそこは───」


 「イユリ」


 イユリが何かを言いかけた時、カレンはそれを遮った。


 続けて、カレンは言う。


 「貴女も分かっているはずよ、レナには特別な才能がある。今は鞭を打ってでも鍛えないといけない、でないと、いつかレナは


 それ以上、イユリは意を唱えない、彼女も理解しているからだ。

  

 才ある霊能者の宿命、いずれ向き合う事になる闇はレナにも着実に近づいている。


 ◇


 「うっ、ぉぉ、違う、そうじゃない」


 「そのキャラ像じゃ百合に、男が挟まってしまう、せめて男は、百合に挟まんないくらいの適切な距離感で、ちょい出しに」


 「いつまで寝言を言うつもり、起きなさい」


 カレンは寝言を言いながら気絶するレナのパジャマをめくり腹を丸出しにさせると、先程腹パンを食らわせ腫れあがっている部分にアルコール消毒液を吹きかける。


 「ぎゃおああああ痛ぁ! しみるぅ!!」

 

 「やっと起きたわねレナ」


 「やっと起きたわね♡ じゃないですよ! 腫れてる所にアルコール吹きかけるヤツがありますか絶対にやめてくださいよ、悪化しちゃうじゃないですか!」


 レナが目を覚ますと、周りには顔馴染みが数名、集まっていた他のメンバーは京極アトラ、囁木テルハ、朱鳳アマネの3人、彼女達も同様に妖刀探索のメンバーに選ばれたのだ。


 「あらあら、レナはん、ずいぶんとお寝坊しとりましたけど、何がありましたん?」


 話しかけたのは朱鳳アマネ、エセなのか本物なのか判断に困る関西弁で質問をするが、それにはカレンが答える。


 「来る気がないようでしたので、ぶっ飛ばし……このまま連れて来ました」


 「うぇぇ、ぶっ飛ばされて連れて来られましたぁ」


 「フフッ、愉快でなにより、こないだのお説教で随分頭に血ぃ昇っとったからなぁ、ウチにあってご機嫌斜めなっとらんか心配しとったんよ」


 「あの、その節はすみませんでした」


 「ええよ、ええよ、気にしてへんむしろレナはんののコ・ダ・ワ・リ♡ よう知れたわ、感情剥き出しなって、それでこそ猥談のしがいがあるってもんや」


 同じ女も惑わす歳相応の色気、その艶かしい立ち振る舞い、レナを誘うように顎を撫でて、アマネはそう言った。


 (この人、二刀流とか以前に純粋に頭真っピンクなんだよなぁ)


 「レナちゃん、また一緒にお仕事なの」


 「おぉ、ルゥちゃん!」


 続いて声をかけたのは囁木テルハ、彼女はレナのまた仕事を共にできる事を喜んでいるようだ。

 

 「アトラ、あなた武神来を使ったんでしょ、来て大丈夫だったの?」


 「あぁ、いや、実はシノブが反動を肩代わりしてくれたんだ」


 「鬼瞳さんが? まさか、またあの力を使って……それでいないのね、もうアトラ、また妹に無茶させて」


 「返す言葉もねぇが、今回はアイツの分までしっかり働くつもりだぜ!」


 (もう一つの力? なにそれ、シノブ先輩そんな力あるの? ちょっと見たいんだけど)


 その時、レナは集まっている面々を見てある事に気がつく。


 「あれ、来てる人ってこれだけですか? 他にもたくさんいましたよね?」


 「厳正な審査の結果です。今回はこの皆様で妖刀の確保に協力してもらいます」


 そう答えたのは、学園長シラユリだ。

 教頭サチヨを連れて、少し遅れてから部屋に入る。


 「お母様、遅いですよ、どこで道草をお食べになられていたのかしら?」


 「カレン生徒会長、いつも言っていますがここでは学園長と呼びなさい、それと遅れた件に関しましては、今からお話しします。」


 そのただならぬ気配に、一年生二人は少し萎縮してしまっている。テルハとレナはコソコソ声でその様子について話す。


 「学園長、いつになく真剣なの」


 「ねぇ、恐ろしい子、みたいなこと言いそうな雰囲気」


 そんな二人をよそに、準備は流れるように進み、シラユリは皆を席に座らせると、今回の任務内容の説明に入る。


 「まずは、皆さんが招集に応じてくれたことに心より感謝申し上げます」


 「お母様、まずは遅れた理由をお尋ねしても?」


 「はぁ、つい先程、京極姉妹並びに天童レナ一年生が解決したモールでの事案について、霊能協会の会長から質問がありました」


 それを、聞いたレナ以外の面々は、警戒の色を露わにした。


 「……それで彼女はなんと?」


 カレンが協会側の質問の内容がいかなるものだったかをシラユリに聞く。


 「そうですね要約すると会長殿は『学生があのモールを攻略するとは大したものだ。天童レナに興味が沸いた。会わせろ』とのことでした。ハァ、まったく恐ろしい人ですよ」


 少し疲れたように話す学園長シラユリ、多忙な中ストレスが増えるのはさぞ辛いだろうと察するにあまりある。


 それに、霊能協会会長の話を聞いたカレンは露骨に不機嫌になっている。それを隠すつもりがないのか、堂々と悪態をつく。


 「ッチ、ったくあの人は……」


 (えっ、舌打ち?)


 レナはちょっとビックリした。


 霊能協会会長とは何者なのか、レナがそれを聞こうとした時、ここでサチヨがパンとひと拍子手を叩く、それに呼応するようにシラユリは言った。


 「失礼話が逸れてしまいましたね、さて、この話は一旦置いておくとして、本題に入りましょう、サチヨ」


 「はい、かしこまりました。それではみなさん、こちらの画面をご覧ください」


 画面に映し出されたのは月之輪市を中心とした山の地図、そこには一部赤く点滅している場所があった。


 そこを指差しながらサチヨは次のように説明した。


 「現在、妖刀の反応があるのは学園から南東に位置する密林地帯、他の地域にも言えることですが、その中でも肉食の魔物が多い領域ですねぇ」


 「はい、サチヨ先生質問いいですか!」


 そう言って挙手したのはレナ、説明の中、聞き慣れているが、ここでは聞かないような単語に引っかかった。


 「あら元気がよろしいこと、なんですか?」


 「あの、魔物ってなんですか、悪霊とか妖怪と、なんか違うんですか?」


 「あら、まだご存知なかったのですね、いいでしょ授業も交えてお話しします」


 サチヨは画面を切り替えると、山に生息する魔獣を霊にあげながら説明を始める。


 「えぇ、まず魔獣というのは、簡単に言えば瘴気によって突然変異を起こした原生生物の事を指します」


 「瘴気? なんかの病気ってことですか?」


 「大体はその通りです。この地球全体には膨大な霊力が流れる霊脈、まぁ俗に言うと血管のような組織が存在します。瘴気というのは、そこに混じった不純なエネルギーを排出した際に生じる一種の老廃物のようなものなんです」


 人体で例えるなら、膿みなどがそれに近いかもしれない、雑菌が体に溜まりそれを体外へ排出する事によって生じる拒絶反応、それがこの世界における瘴気と呼ばれる概念。


 サチヨは説明を続ける。


 「これがまた厄介でしてねぇ、瘴気には星が放出した強烈な毒素が含まれまして、これを生物が取り込むと、たちまち肉体が変異を起こしてしてしまいます。幸運なら耐えられず即死で済みますが最悪の場合は凶暴化し、見境なく暴れるだけの怪物と化します。それが魔物と呼ばれる存在なのです。特に我が校が建つこの魑魅魍魎の山々は、世界でも五本の指に入る瘴気発生スポットで住む魔物は軒並みまぁ、強いわ危険だわで、色々と有名なのですよ」


 レナ続いて気になった事を質問する。


 「あのぉ、参考までにその魑魅魍魎の山でしたっけ、そこにいる魔物ってどんだけ強いんですか」


 サチヨは少し考えてから言う。


 「最低でも戦車数百台分、上澄まで行くと、特撮番組の怪獣と大差なし、といったところでしょうか?」


 「あの、は? いまなんて、って、え? 戦車百台? なんですかその頭悪そうな数字の単位、てか怪獣って、大袈裟すぎません?」


 「大袈裟じゃねぇぞ、地上にいる連中は大体そんなもんだ」


 あんまりにも突拍子もない話、本来なら信じないが、さらに今発言したアトラもそれを肯定してた。


 そんな事実を突きつけられ、レナは途端に汗が吹き出してきた。


 (そんな化け物みてぇなのが身近にいる場所で暮らしてたのか私は……)


 魔物の説明が済んだ所で話は再び本題へ、サチヨは地図から見た妖刀の霊力発生源の場所を画面に指し示しながら、喰血斬について話し始める。


 「そして渦中の中心にあるのが、今回の確保対象、そのを【妖刀・喰血斬くいちぎり】別名人食い刀と呼ばれ恐れられている一振りです」


 ◇


 【妖刀・喰血斬】遡ること戦国時代、歴史に名のある将に使える武士の領地で一人重宝されていた鍛治師がいた。


 人呼んで鉄空斎てっくうさい、彼の打った刀は不思議と切れ味が良く、特に領主に献上された刀は、人骨を容易く両断する程だったという。


 その鉄空斎には人には言えないある悍ましい趣味嗜好があったのだ。


 それは……


 鍛治師鉄空斎は家族ぐるみで生粋のカニバリストであり、旅人を密かに捕らえては一家団欒で生きたまま食い殺すという事を繰り返していたのだ。


 その際に残った肉や骨は鉄に溶かして混ぜて刀にしていた。


 しかし、そんな事は領主に言える訳がないのでとにかくその事はバレないようひた隠ししていたのだが、ここで彼は口にするのも恐ろしいとんでもないミスを犯した。


 彼はいつも通り、人肉となる獲物を手に入れようと息を潜めていると、複数の護衛を連れた若い武士とその妻と思われる女がいた。


 その女を一目見て美味そうと感じた鉄空斎家族は、周りの護衛と武士の男を殺し、その妻であろう若い女は生捕りにしたのだ。


 その女は妊婦だった。鉄空斎家族は彼女の命乞いなど聞こえておらずいつものように生きたまま容赦なく食い殺す。


 そして残った骨と食い残した半分だけの子宮を鉄に溶かして刀に変えた。


 そしていつも通り、領主にその刀を献上すると鉄空斎は突如捕らえられた。


 そう、彼らが食い殺した武士の妻は、親交ある家に嫁いでいた領主の妹だったのだ。


 彼女の夫は妊娠した妻を気遣い安心して産めるようにと、妻の故郷へと帰省。


 その時に運悪く鉄空斎に襲われてしまい、夫婦そして生まれてくるはずだった命が無惨にも奪われてしまったのだ。


 知らせが来ていたにも関わらず一向に領地に来ない妹達を心配した領主が、部下の霊能者に調査させた鉄空斎のこれまでの悪業が発覚した。


 この事を知った領主は怒り狂い、鉄空斎の四肢を切り落とすと、目の前で彼の妻子を焼き討ちにした。


 その後、鉄空斎は牢にぶち込まれ、殺される事なく生かし続けるという形で裁きが下された。


 牢の中ではウジにたかられ、病気にかかり、自らも長くない事を悟りながらも、妻子を殺された鉄空斎は領主に激しい憎悪を燃やした。


 その怨念が身を結んだのか、彼は霊能力に覚醒、自ら鍛冶場を式神として具現化し、つたない霊力操作で手足を形作る。


 彼はひたすら槌を打った。


 憎い領主を食い殺す。自分たちの食を否定する社会を食い殺すという憎悪を炎に、自らの体を全て鉄に捧げても、灼熱の鉄の中から霊力の手だけになっても、ひたすら、ひたすら。


 次の朝、牢の番がその様子を見に行くと、牢の中には誰もいなかった。


 あったのは当たりに飛び散る夥しい血のりとすす、そして一振りの刀だった。


 牢の話を聞きその刀を領主が手にした瞬間、彼は突如誰彼構わずその刀で人を斬り始めたのだ。


 刀に斬られた者の傷は斬られたというよりも食いちぎられたような傷だったと言う。


 刀に心を支配された領主は、自らが守ってきた領民を部下を全て殺すまで止まらなかった。


 そして最後には、刀を振るった領主自身も刀に吸い込まれるように貪り喰われて死んだ。


 それこそが【妖刀・喰血斬】人を操り人を喰らう悪き刀である。


 ◇


 「えーそれでは、今回の皆さんの役割配分を言いますので、忘れないようちゃんとメモするように」


 サチヨは今回の人選、それぞれのメンバーの役割を任じ始めた。


 「まずは妖刀の確保役に朱鳳風紀委員長」


 「喰血斬くいちぎりは剣士は食わんらしいし、ほんならウチしかおらんやろなぁ」


 「テレパシーによる索敵を囁木テルハさん」


 「うん、ルゥがんばるの!」


 「シンプルに戦闘要員の京極アトラさん」

 

 「任せとけ、魔物だろうが妖刀だろうが全部纏めてぶっ飛ばしてやるよ!」


 「不要な戦闘の回避、そして撤退する際における敵の撹乱をカレン様」


 「うけたまわりました」


 「怪我人の回復及び戦闘におけるサポート役に天童レナさん」


 「今なんだかんだ一番リスキーな役回り押し付けられませんでした私」


 「えーそして、今回のチームリーダーですが……」


 そう言ってサチヨが目をやると、その先にいた人物が名乗りあげる。


 「今回はこの私月之輪シラユリがこのチームの陣頭指揮を取らせて頂きます」


 「おぉ! 学園長が直々かよ! こりゃ心強えな!」


 「当然です。元はと言えばこの件は我が月之輪の失態、であれば当主である私が向かうのが筋ですので」


 レナはその堂々たる振る舞いを見て、どこかカレンを彷彿とさせる。


 (やっぱ親子なんだなぁ、カッコいい所はちょっと似てるかも)


 「出発は明日の早朝、すでに探索の段取りは済んでいます。各々準備をしておくように」


 かくして、レナ達は妖刀探索へと向かうべく魑魅魍魎の山々へと挑むのであった。


 ◇


 一方、月之輪姉妹らが暮らす月光寮。


 暇だったイユリはコーヒー片手にレナの録画していたアニメ【歌踊女王アイドライブ】を見ていた。


 「意外と面白いじゃんこれ」

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