「予兆」

月明かりが照らす森の中、周囲を警戒しながら走っていた。今日は久しぶりの夜勤だ。


 辺りからは血の臭いが漂っている。おそらく近くに戦闘員がいる。血の臭いが濃い場所に向かっていくとそこには多く戦闘員が倒れていた。


 その中心には一際、大きな忌獣がいた。口の周りを赤い血で染め上げており、両目はしっかりと俺を捉えていた。


「グアアアアア!」

 忌獣が雄叫びをあげながら、走ってきた。通常の忌獣よりも動きは早いが、問題ない。俺は身をかわして、即座に相手の足を切り落とした。


 目を疑った。なんと切り落とされた足からもう一体、忌獣が生まれたのだ。


「特殊個体か」


「ゲルルル」


「グルルルル」

 おそらく手足を切れば、無限に増殖するタイプだろう。ならやることは一つだ。


「オオオオオオオオオオ!」

 忌獣二体がうめき声をあげて、突進してきた。同じ種類ということもあってか、コンビネーションはかなりのものだ。だけど対処できないものではない。


「落ちろ」

 俺は一体の首を落として、すぐさまもう一体の首も落とした。首のない忌獣がすばらくのたうち周った後、倒れた。


「こちら北原ソラシノ。複数の戦闘員が重症。現在地を送るのですぐさまに医療班を派遣して欲しい」

 俺は医療班に連絡したのち、別のところへ向かった。



 戦闘を終えた後、俺は護送車で揺られながら、忌獣対策本部に向かった。医療班曰く死亡者はいなかったらしいが、重傷者が何人もおり、中にはもう現場に出ることができないほどの負傷の人間もいるらしい。


 作戦終了時間がかなり中途半端な時間だったため、まだ日も登っていなかった。

 恵那はまだ眠っているだろう。なるべく起こさないように部屋へ入ろう。


 家について、ゆっくりと扉を開けた。


「おかえり」

 恵那がいた。そこにはいつもの笑顔があった。日も出ていないのに周囲が明るくなった気がした。




 数日後、俺はとある場所に向かっていた。しばらく歩いていると目的地が見えてきた。真っ白な無機質な建物。忌獣対策本部が管理する研究所だ。


 ここにいくのは何年振りだろう。どうやら数日後に取り壊しが行われて、新しく作られるらしい。その過程で研究員達も入れ替えるそうだ。

「名残惜しいかい?」

 隣にシライさんが立っていた。どうやら彼も見にきたようだ。


「どうですかね。生まれた時から行った場所であり、俺を閉じ込めていた場所ですからね」

 これといった思い入れもなく、寂しさも感慨深さもない。


「まあ、今の君にとってはどうでもいいか」


「そうですね」

 彼のいう通りだ。今の俺の帰る場所はここじゃないのだ。




 家に帰ると恵那が出迎えてくれた。いつにも増して真剣な表情だ。一体、何があったのだろう。


 ソファーに座って、お互いに向き合った。少し不気味に思えるほどの静けさが漂っていた。


「恵那どうした?」

 彼女に問いかけるとしばらくした後、照れ臭そうに口を開いた。


「おめでたです」

 その言葉を聞いて、全てを察した。


「そうか」

 静かな空気の中に穏やかさが染み渡り始めた。

 


 忌獣対策本部の最上階にある首長室。そこで聖堂寺輝は書面と睨み合っていた。


 しかし、脳裏にはソラシノの姿が浮かんだ。


「あいつが結婚か」

 一人、ほくそ笑んでいると扉がノックされた。


「入りなさい」


「失礼します。首長」

 返事をすると一人の職員が入って来た。


「どうした」


「鳥籠の本部が発見されました」


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