「境目」
対策本部の一室。俺はシライさんと話をしていた。突然、連絡が来てこうして部屋で話すことになったのだ。
「学校生活はどうだい?」
「それなりに充実しています。友達もできたので」
「おー。それはそれは」
シライさんが朗らかな笑みを浮かべた。この人がいなければ今の日々を堪能できていない。
少し不安だった学校生活も楽しくなってきた。
「お声がけしてくださったのはそれが理由ですか?s」
「ああ、そうだ。呼んだのはそれもあった。実は君が通っている学園の地域の外れで忌獣の目撃情報が出ている。もし報告が入ったら討伐に向かって欲しい。事後処理はこちらが請け負う」
「はい」
学園付近で忌獣。早めに見つけなければ学友達に被害が出る恐れがある。
どうにかして駆逐しなければ、俺は決心を固めて差し出されたコーヒーを飲んだ。
晴れた日の屋上。俺は北原と庭島の三人で過ごしていた。ここ最近、この二人とよく関わるようになっていた。
「へえ、庭島君ってヤンキーじゃないんだ! バリバリのアウトローかと」
「違うっての! そりゃ売られた喧嘩は買うけどさ」
「それが良くないよ」
「何を!」
「あと目つきが悪い」
「はい! 容姿差別!」
庭島が俺と北原の指摘に声を荒げた。たあいもない話。のどかな時間。今までこんな時間を過ごした事なんてほとんどなかった。
「なあソラシノってさ苗字ないの?」
「それ思った。言いたくないのかなって」
二人の目がこちらに向いている。
「分からないんだ。姓が」
「親に聞けばわかるんじゃないのか?」
「親いないんだ。俺」
突然、庭島がバツの悪そうな表情を浮かべていた。おそらく罪悪感を覚えているのだ。
「悪いな。無粋な事聞いた」
「いいよ。気にしてない」
俺は生まれた時から両親はおらず、ソラシノという名前だけで過ごして来た。研究所の人間もわざわざ研究対象に姓をつけるほどの情もないだろう。
ふと北原の方に目を向けると大きく目を見開いて、俺の方を見ている。
「ソラシノ君も」
「ん? どういうこ」
言葉と思考を遮るようにチャイムが鳴った。
「授業始まっちゃう! 早く行こう!」
北原が急かすように教室に向かって走り始めた。
放課後。俺は北原と庭島の三人で下校していた。あたりは静けさが漂う住宅街で普段、通らない道だ。
先頭にいる北原がいつも以上に張り切っている。
「それでそのシュークリームって美味しいの?」
「えー! ソラシノ君食べたことないの!? 人生半分は損しているよ!」
どうやら俺は知らない間に八年も損していたらしい。
「まあ、行ってみて食えば分かるだろ?」
「そうだね」
彼らの後をついていくと向こう側から複数のバイクの走行音が聞こえた。音からしてかなりの速度だ。すると目の前から見覚えのある顔ぶれが向かってきた。
「あれは」
「あいつら。バイクで奇襲か?」
以前、庭島と喧嘩していた不良達がバイクでこちらに向かってきたのだ。
「逃げろ!」
「やべえやべえ!」
「クソ!」
彼らの表情から焦りや恐怖などが感じ取れた。何かから逃げているようだ。
「グアアアアアアアア!」
突然、何かの雄叫びが辺りに響いた。俺はこの叫び声に聞き覚えがあった。 鳴き声の主が曲がり角から姿を見せた。
俺の予想は当たっていた。犬でも熊でもない。忌獣だ。
口から見える黄色がかった鋭い牙と狼のような姿。牙と同様の鋭い視線が俺を捉えていた。
「ゲルルル」
よく見ると後ろの方にもう一体の姿が見えた。どうやら二体の忌獣が市街地に入ったようだ。
「ひっ」
「なっ、何だ。あの化け物……」
俺の後ろには怯える北原と動揺する庭島がいる。彼らを危険に晒すわけにはいかない。
「二人とも逃げて。ここは俺がどうにかする」
「無茶だよ! ソラシノ君!」
「なに言ってんだよ。お前も逃げんだよ。いくらお前でも」
「大丈夫。俺、こっちをメインにしているから」
忌獣対策本部の戦闘員として見過ごすわけにはいかない。俺は背負っていたバックの中から刀剣型の聖滅具を取り出した。
「お前、それは一体」
「説明は後でいくらでもする。だから逃げてくれ」
俺は二人に逃げるように催促する。正直、二体だけなら大したことはない。問題はここが住宅街である事だ。
他の人間にこれ以上、被害を出すわけにはいかない。
「分かった! とりあえず生きて帰ってこいよ」
「ソラシノ君! 待っているから!」
二人が遠く離れていく。
俺はすぐさま忌獣二体に剣先を構えた。
「オオオオオオオオ!」
「ゲルルル!」
忌獣二体が俺に向かって走ってきた。
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