「今、ここにある温もりを」

 雪降る夜。公園のベンチに一人、腰掛けていた。今日は世間でいうクリスマスだ。

 高校生活二度目の冬。季節の巡りは恐ろしいほど早いもので俺の意識を置いていかんばかりの勢いだ。去年の今頃。俺は北原から告白を受けた。告白という想定外の事態に俺は困惑したが交際を始めた。そこから楽しい日々だ。心身に支えが出来た気がした。

「お待たせ!」

 白いマフラーを巻いた北原が子犬のように跳ねながら、俺の元に来た。可愛い。

 今日は交際して、一年記念だ。俺は彼女の白く小さな手を握って、街に向かった。

 街はきらびやかで若い男女が仲よさそうに歩いていた。おそらくここにいるのは俺達と同じような関係の人たちだろう。


「お腹すいたー どこ行こっか?」


「美味しそうな料理をやっている店を見つけたから、とりあえずそこへ」


「了解!」

 彼女はいつもそうだ。色々なものに目を輝かせていて、とても楽しそうだ。俺にとっては世界を無機質なものだった。でも彼女と過ごしていくうちに綺麗なもの位なっている。

「ここがそのお店!」


「ああ、パスタが絶品らしくてな」


「じゃあ早速Go!」

 北原が俺の手を引っ張っていく。パワフルなものだ。


「美味しい!」


「それは良かった」

 どうやらかなりお気に召したようだ。その証拠に彼女の目は星の光に負けないほど光っている。食べる。巻く。食べる。巻く。パスタを食べるという行為において、当たり前の工程を彼女という存在がするだけで愛おしく感じる。


 食事を終えて、店を出た後は映画を観に行った。今流行りの恋愛映画だ。正直、この類の作品はあまり関心を持っていなかった。でも今、北原と交際しているのなら、少しは理解できるかもしれない。


 物語が山場に差し掛かると館内の所々からすすり泣く声が聞こえた。しばらくすると一際、大きな鳴き声が聞こえた。北原が薄暗い館内でも分かるくらいに涙を流していた。号泣だ。


「泣けたね。感動もんだ」


「そうか。鼻噛むか?」


「うん。ありがとう」

 俺が差し出したハンカチで目を抑えている。映画が終わって三十分は経つというのに実に感受性が豊かだ。


「ソラシノ君ってさ。泣いたことある?」


「どうしたんだ? 急に」


「いや。思えばそういう顔や表情、観たことないなって。仏教面というか、たまに少し笑ったりするくらいだからさ」

 仏教面。確かに自分でも喜怒哀楽はあまりはっきりしないと自覚していたが、改めて聞くとやはりそうなのかと確信した。


「泣く? 記憶にはないかも」

 涙を流すというのは今までなかったかもしれない。


「そっか。強いね。ソラシノ君は」

 そう言って北原が止まない涙をハンカチで拭っている。果たして俺は強いと言えるのか? 彼らと関わっていくうちに俺は否応にも自分と他の人間に気付かされた。それは感情でもそうだ。涙を流すまでの感情の動きを俺は知らない。


「でもきっと人とは違う環境にいたからだね。涙を流す余裕がなかったのかも」

 北原が少し泣き止んだ顔で俺に言った。そうかもしれない。俺にも来るのか。そんな日が。いずれ訪れるかもしれない不確定な瞬間について、考えながら北原の家に向かう。しばらく歩いていると彼女の家に着いた。


「お邪魔します」

 彼女の部屋に入り、肩を寄せ合った。


「去年の冬から一年経ったなんてね」


「驚きだな」

 本当に驚きだ。任務。デート。修学旅行。今年は様々な行事が折り重なっていた。今まで彼女がいつも色々なものを見せてくれた。なら今度は俺が何かを提案する番だ。


「なあ、北原」


「何? ソラシノ君」

 北原が不思議そうな顔をして、尋ねる。


「先の話だけさ。卒業したら一緒に住まないか?」

 北原に胸中に抱いていた言葉を吐いた。俺は彼女とともにいたい。心の底からそう思っているのだ。


「うん! 住もう! 絶対!」

 北原が快く快諾してくれた。


「そうか。よかった」


「じゃあ私からもお話」


「なんだ?」


「私のこと。名前で呼んで?」

 北原が少し物憂げにそう言った。そうだ。もう一年も経つのだ。彼女だって下の名前で呼ばれたいと思うのは自然な事だ。

「分かった。恵那」

 俺は彼女の名前を呼んだ。彼女が瞳を揺らしながら、俺の胸に顔を置いた。胸元に感じる愛おしさを俺はずっと噛み締めていた。

 

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