「修行と葛藤」
鬱蒼とした森の中にある日本家屋。ある理由の為、俺はとある人の元を訪ね他のだ。
インターホンを押して、しばらくすると足音が近づいて来て、玄関の戸が開いた。
「珍しいね。君から稽古を頼んで来るとは」
「今日は宜しくお願いします」
松阪シライ先生が道着姿で迎えてくれた。今日は先生に稽古をつけてもらうために来たのだ。
先生の家にお邪魔するのは今回が初めてだ。俺が指南を受けたいと言うと、先生がわざわざ道場に招いてくださった。
道着に着替えて、先生の道場に足を運部と畳の香りが鼻に流れた。
心落ち着かせる叩きの匂いと通気口から聞こえる鳥の鳴き声が心に安らぎを与えてくれる。
先生と剣を交えるのは久しぶりだ。かなり緊張もするし、今の俺に勝てるかも分からない。それでもやらないといけない理由があるからここにいるのだ。
「いつでも来たまえ」
竹刀を構えた松阪先生が穏やかな声音でそう言った。しかし、その雰囲気とはがたくに先生の周囲からは凄まじい気迫を感じる。
「行きます」
俺は素早く、前に出て先生に仕掛けていく。竹刀が重なり、互いに目を合わせる。
俺よりも数十センチも小柄なのにも関わらず、凄まじい筋力だ。
「まだだ!」
俺は一歩下がってから、打ち込んだ。何度も攻めていき、防御が崩れる隙を伺って行くのだ。
「いい動きだね。でも!」
先生が突然、後ろに下がった。下がったせいか、僅かに前のめりになった。
「隙ありだよ」
先生が目にも留まらない速さで俺の竹刀を下から突き上げた。
「うっ!」
手元に伝わる凄まじい衝撃に俺は思わず、竹刀を手放した。
「私の勝ちだね」
「参りました」
やはり先生は強い。現場で実戦を積んで来たが、まだ勝てそうにはない。
「なんで私と交えたいと思ったんだ? 何かわけがあるんだろ?」
先生が見透かしたように俺の顔を見る。先ほどの穏やかな顔とは違い、僅かだが威厳すら感じられた。
「俺は本来、しないはずのミスを犯しました。だからこれはその戒めです」
もう二度とあんなことはしない。彼らを危険にさらしたりはしない。
「その失態とは?」
「友達が危うく殺されかけました。気絶させたと思っていた相手が息を吹き返したんです。俺がもう少し念入りにしていれば、こんなことには」
「そうか。良かった」
「何がですか?」
「君、今まで失敗という失敗をしてこなかっただろう?」
「そうですね」
自分で言うのもなんだが、色々とそつなくこなせたせいか、これといって失敗したことがなかった。
「そういう人間は失敗すると立ち直りにくい。自分の中で苦汁を舐める経験がなかったからだ。失敗は人生の大きな財産だ。間違いない」
「はあ」
言いたいことは理解できるが失敗で悩んでいる以上、先生と同じ理解の仕方はできない。
「そして、何より誰かを守りたいと君が自ら思ってくれたのが嬉しいのさ」
先生の言葉がすっと胸に染み込んだ。誰かを守りたい。今までは与えられた任務でそうして来たが、今回はそうではなかった。友達を守りたい。俺は心の底から思ったのだ。
「以前の君ならこうもならなかっただろう」
「ええ」
「変わったんだね。葛藤を抱いた事を誇りなさい」
先生がまっすぐな目で俺にそういった。俺は強く頷いた。
道場を出た後、夕日が差していた。木々や道場の屋根が紅く染まって眩しい光が目に当たる。
「言葉って重いんだな」
先生に打ち明けた時、舌と口がやけに重生まれて初めて感じた。
月曜日。僅かな緊張感を抱きながら、教室の扉を開けた。中には既に北原と庭島がいた。
席に着く前、北原と目があった。彼女が気まずそうに目をそらした。それは俺も同じだ。
しかし、彼女や庭島は遠ざかった俺に声をかけ続けてくれた。なら今度は俺の番だ。
「おはよう」
「うん。おはよう」
「今日、放課後空いているか?」
「空いているよ」
「三人でどこかに行こう」
その瞬間、彼女の目に光が宿った。
「えっ!? 良いの! 行こう! 行こう!」
北原が先ほどとは打って変わり、飛び跳ねた。
「もう大丈夫なのか?」
庭島が心配したような口調で訪ねて来た。
「うん」
心は晴れやかだった。心にかかっていた靄も晴れた。それでも大事な人たちを守るために強くなるということは変わらない。
必ずもっと強くなる。俺は二人の姿に強く誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます