「好きと言う気持ち」

 俺は驚愕していた。かなり大きな難題に直面しているからだ。ラブレターをもらったのだ。下駄箱のロッカーを開けると入っていた。


「参ったなあ」

 重い溜息が喉の奥から出て来た。いかんせんこういうものは初めて受け取ったのだ。

「よっ!」


「おっはよーう!」


「ああ、二人ともおはよう」

 庭島と北原がやって来た。二人に聞いてみることにしよう。


「実はさ。これ」


「えええええええ! ラブレターじゃん! 初めて見たあああ!」


「マジかよ」

 二人からかなり大きなリアクションをもらった。予想はしていたが、かなり驚くべきイベントらしい。


「中身は見たのか?」

「まだ」

「えーー! 見して!」

「馬鹿。こういうのは一人で見るもんだ」

「あー! 馬鹿って言った!」

 二人がいつものように言い合っている。ここは庭島の意見に乗っ取って一人でみよう。


 開いて見ると、そこには俺の事が好きとか、そういう事がいくつも書いていた。

 そして、最後のところには放課後、屋上で待っていると書かれていた。


「どうしたもんかな」

 ため息が再び、溢れた。それから授業を聞きつつも頭からその事実が離れずにいた。そうこうしているうちに放課後を迎えた。


「屋上だったっけ? 行ってこいよ」

「おう」

 俺は庭島に背中を押されて、屋上の階段を踏んだ。


「そういえば、北原は?」


「ああ、なんか。用事があるとかで今はいない」


「そうか」

 そう言えば、授業中もどこか気の抜けた様子が多かった気がする。まあ、今気にすることではないか。俺はそのまま階段を登った。人生初の体験。まさか自分に起こるなんて考えもしなかった。人生というのは何が起こるか、分からないものだ。


 扉を開ける少し涼しい風が俺の頰を撫でた。屋上に足を踏み入れると、そこにいたのは見知らない少女だった。


「手紙書いたのは君?」

 彼女が頷いた。丸メガネで肩まで伸びた黒い髪。とても可愛らしい雰囲気が漂っていた。


「わっ、私。文化祭の時、ソラシノがやっていたカフェ行って。そこからずっと気になっていたんです」

 文化祭のカフェ。俺がウェイトレスの格好していた時で動いていた時か。


「それからあの! あの! ずっとその、好きでした! 私とよければお付き合いしてください!」

 ついに彼女の口から聞いた言葉。人生で初めて経験する告白。フィクションの中でしか見たことがない光景。それが今、現実に起きているのだ。


「ごめん。そういうの分からないんだ」

 俺にはそれが分からない。きっと理解できるまで心が大人になれていない。

 あまりに不明瞭で無機質な概念だからだ。


「そっか。ごめんね」

 彼女が俺の隣を走って行った。去り際、彼女の目元が見えた。泣いていた。




 下駄箱入れに向かうと、庭島と北原がいた。二人とも何かを期待しているような顔を浮かべている。


「断ったよ」


「ええええええええ!」


「そうか。理由は?」


「よく分からなかったからかな」

 俺は搔き消えるような細いため息をついた。

 

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