「終点の街」
雲一つない青空の下、俺は自販機で買った炭酸飲料に口をつけていた。喉を通り過ぎる炭酸を感じながら、その味を堪能する。夏休み初日。俺は一人で夏を感じていた。
今日は特に予定はない。だから自分の知らない場所に行ってみようと思ったのだ。
俺は駅に向かって、電車に乗ることにした。車内には額から流れる汗をハンカチで拭くスーツ姿の男性や小学生くらいの男の子と女の子を連れた母親らしき女性がいた。
クーラーの効いた車内に心地よさを覚えながら、窓の外に広がる夏の景色を眺める。しばらくすると隣の町まで来た。何度か恵那や庭島と来た事がある場所だ。数人の乗客が流れ込んだ後、電車は出発した。
電車が駅に着くたびに人が降りては、乗ってを繰り返して等々、終点に着いた。
俺の車両には俺以外、誰もおらず、平日の昼間だというのに少し寂しさすら感じた。
扉が開いた瞬間、一気に蝉達の鳴き声が耳になだれ込んで来た。直射日光の熱さを頸に感じながら、改札を出た。小さなタクシー乗り場とバス停があるが出発時刻などにかなり空きがあることからここの人口密度がどれほどのものか伺える。
初めて来る終点の街。俺は一人、散策をする事にした。目的も何もない時間。以前なら無駄だと切り捨てていたものだが、こういう時間も悪くない。
しばらく歩いていると向こう側からおばあさんが歩いていた。両手にはビニール袋を抱えており、見るからに辛そうだった。
「あのおばあさん。よろしければ持ちましょうか?」
「えっ? いいのかい?」
「ええ」
「そうかい。それじゃあお言葉に甘えようかね」
俺はビニール袋を全て受け取った。おばあさんは一つで十分だと言っていたが俺は構わず、全て持った。老体には響く重さだろうが、訓練でこれの倍以上の重さを持って山道を登ったりしているので問題ない。
しばらくするとおばあさんの家に着いた。
「さて。俺はもう行きますね」
「ねえ。急ぎじゃないならお昼ご飯でも食べていかないかい? 恩人に何も返さず、帰らせるなんて私の良心に反するよ」
俺はおばあさんの善意に甘える事にした。部屋に入ると客間に通された。ちゃぶ台と日焼けした畳の部屋。一人暮らしなのか、部屋には人の気配がない。
おばあさんがキッチンの方にいる中、俺はお昼ご飯が出来上がるのを待っていた。
不意に視線を逸らすと写真立てに入った一枚の古い白黒写真が見えた。写真には若い和服の女性と精悍な顔をした男性が写っていた。その男性の胸元を見て、目を見開いた。そこには対策本部の紋章が刻まれたバッジが付けられていたのだ。
「その写真かい? そこに写っているべっぴんさんが私。その横が旦那さんだよ。もう何十年も前に殉職しちゃったけどね」
おばあさんが盆に冷やし中華を乗せながら、やって来た。
「今だに忌獣がい続けている。本当に疎ましいったらありゃしないよ」
おばあさんがそうぼやきながら、手を合わせた。ここには忌獣によって大切な人を奪われた被害者がいた。俺の胸に強烈な不快感が出て来た。
それを押さえ込むように冷やし中華を口に入れた。
冷やし中華を食べ終えた後、俺は玄関に向かった。
「今日は本当にありがとうね。助かったよ」
「いえ。こちらこ、美味しい冷やし中華をありがとうございました。では」
俺はおばあさんに手を振って、家を出た。外では未だに雲ひとつない青空と蝉時雨という夏の代表格二つが我こそと競っているくらい主張しあっていた。
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