「緊迫の汗」

 中天で熱を放つ太陽。それに匹敵するくらい彼女から熱気を感じた。その歩みは普段よりも大股でまるで背に鬼を宿しているような様だった。


「浮気か? おっ? 浮気か? 貴様。おっ? 彼女をほっぽり出してナンパか?」

 北原が眉間にシワを寄せて、睨んでくる。可愛い。そうとは言え彼女が何かを誤解しているのは事実だ。なんとかして誤解を解かなければならない。


「ああ! 彼女さんでしたか! 誤解させてすみません! 私、仕事でこちらに着ていまして道に迷っていたところを助けていただいたんです」


「本当?」


「ああ」

 嘘偽りない事実だ。


「そっか! ごめんね! ソラシノ君! お姉さんも疑ってごめんなさい!」


「いえいえ! 誤解が解けて何よりよ。それじゃあ失礼します!」

 北谷さんが笑みを浮かべて、街の方へ歩いて行った。


「よし。戻るか」


「うん!」

 北原と庭島達のいる海の方に向かった。



 海を終えた僕達は昼食を終えて、カヌーをすることになった。沖縄の大自然を悠々自適に楽しめるという素晴らしいイベントだ。

「綺麗!」


「ああ、良いものだな」

 北原と漕ぎながら、自然を感じる。頰を撫でる優しい風。風が運ぶ草木の匂いと川のせせらぎ。それらを楽しながら、辺りに目を配る。忌獣や鳥籠関係の証拠が残っているかもしれない。


 しかし、今の所それらしきものは見つからない。これ以上の観察は無意味。そう判断したので、カヌーを楽しむことにした。



 しばらくしてから宿泊所に移動して、中にある温泉に入った。


「あー! 良いな」


「極楽だね」

 他の男子生徒達が温泉で舞い上がっている中、俺と庭島はゆったりと温泉に浸かっていた。


「温泉初めてだけど、こんなに良いものだったなんてね」


「本当だよな」

 海とカヌーで感じた肉体の疲れがお湯の中に溶けていくのを感じる。体の芯から癒しを覚えているがこの数時間後に任務があるのだ。


 数時間後に起こるであろう激闘に備えて、英気を養う事に徹した。


 夜。先生や生徒が寝静まったタイミングを見計らい、ホテルを抜け出した。


「きたわね」

 集合地点には既に北谷さんがいた。数時間前とは違って対策本部の職員の服装だった。


 俺達は辺りに視線を配りながら、アジトへと向かった。夜の静かさな森は昼間とは違い、不気味さを孕んでいた。この夜の闇に紛れて忌獣は襲ってくる。

 

 アジトに向かう道中も警戒は緩める事は出来ない。


「あれだね」

 北谷さんの視線の先。古びた洞窟があった。確かにその中からV因子の臭いが漂ってくる。


「V因子の臭いがするわね」


「ええ。ここで間違いありません」

 辺りには誰もいない。しかし、昼間はならともかく夜になると活発化する忌獣が一体もいないのはあまりにも怪しい。


「他の侵入経路はありますか?」


「ここから少し歩いたところに裏口があります」


「そこから回ってみましょう」


「はい」

 裏口からの侵入を企てようとした時、視界の端から気配がした。



 目を向けると何かが伸びて来ていた。黒色の手だ。形は人間の手そのものだが黒く液体のように滑らかで光沢がある事から明らかに人の手ではない事が理解できた。


「北谷さん!」

 北谷さんに警告すると、彼女はすぐさま奇襲を躱した。


「おやおや随分と若い侵入者じゃないか? それと美しいレディーも」

 洞窟の近くの茂みから声がして、首を向けると男が立っていた。スーツ姿でどこにでもいる普通のサラリーマンのような格好をしている。


「あんたがここの管理人か」


「そうだよ。偉大なる迦楼羅様から勅命を授かったのだよ!」

 男が誇らしげに話した。


「さっきの異能。V因子が適合した人間か」

「その通り、俺の名はちぎり。鳥籠の幹部だ」

 その言葉を聞いた時、背筋に緊張が走った。


「大荒れじゃないか」

 これから起こるであろう困難に思わず、ため息をついた。

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