「初めての学校」
登校中、北原さんは俺の隣で延々と話し続けていた。先ほどまで痴漢をされて、恐怖していたとは思えないほど、快活で話していて心地が良い。
「ソラシノ君。何年生?」
「一年。クラスはAの予定」
「私と同じだ!」
「君も?」
「そーだよ。あっ! 見えてきた」
そうこうしているうちに学校に着いた。初めて見る学校という施設に俺は息を飲んだ。
ここで俺と同年代の人間が勉学に励んでいる。この時点で俺は自分がいた場所は他とはまるで違うと理解した。
校内に入り、早速職員へと向かった。担任の先生への挨拶と遅刻の理由の説明のためだ。
職員室に入ると担任の先生がいた。少し勝ち気な顔つきの若い女性の先生だった。
「転入初日から遅刻とはいい度胸だな」
「すみません」
「先生! ソラシノ君は私を!」
「冗談だよ! 事情は聞いている! うちの生徒を守ってくれてありがとうな」
先生が白い歯を見せて、快活な笑い声をあげた。良かった。悪い人ではなさそうだ。
俺は先生に導かれるまま、教室に向かった。
「じゃあ、私と北原は先に入るから呼ばれたら入ってくれ」
「自己紹介頑張ってね!」
北原が両手でガッツを作って、教室に消えた。教室の中は見えないが賑やかな声が聞こえる。
この扉の向こうには未知の世界が広がっているのだ。俺は意を決心して指をかけた。
教室に入ると一斉に周囲の目が俺に向けられた。
「えー。今日から新しいクラスメイトになる生徒だ。自己紹介を」
「初めまして、ソラシノと言います。よろしくお願いします」
俺はクラスメイトに軽く会釈した。生徒達が皆、拍手で出迎えてくれた。その中で北原が一際、派手に手を叩いていた。
休み時間、北原と数人の女子が俺の席にやってきた。
「ねえ。ソラシノ君。恵那ちゃんの事、助けたんでしょ?」
「友達助けてくれてありがとう!」
「大したことないよ」
クラスメイトから感謝の言葉をかけられた。同年代の子とこんな話したのは初めてかもしれない。
大体、会話する相手は対策本部の研究員や戦闘員といった年上の人間ばかりだ。 松阪先生が言っていたのはこういう事なのか。
突然、教室の扉が音を立てて開いた。そこにはヘアバンドで髪を上げた長身の男子生徒が立っていた。
目つきは鋭く、無愛想な表情を浮かべている。一瞬、彼と目があったがすぐに逸らされた。
「庭島君。今日は学校来たんだ」
「今日は?」
「うん。不良生徒って奴よ。他校の生徒ともしょっちゅう喧嘩しているらしいよ」
女子生徒から話を聞いている中、庭島という生徒は後ろの空いた席に勢いよく座った。
「庭島くん! おはよう!」
「おう」
北原が快活に挨拶すると庭島という生徒はぶっきらぼうに答えた。しばらくするとチャイムが鳴り、授業の準備を始めた。
放課後、俺は北原と下校していた。友達はどうやら部活動で一緒に帰れないらしい。北原は朝と同じく止めどなく言葉を吐いていた。
「ごめんね。私ばかり話しちゃって」
「構わない。俺は上手く話せないから凄いと思う」
俺は任務と検査以外で人と会話することはほどんどない。俗にいう雑談はどうも苦手だ。
「あっ! そうだ! せっかくだからメアド交換しようよ!」
「ああ」
北原が懐から携帯を取り出した。
俺は連絡用に持たされていた携帯電話を取り出した。北原が二つ折りの画面を開いて、慣れた手つきで携帯に俺の連絡先を登録した。
「これでメル友だね!」
「め、る、トモ?」
「メール交換する友達の事だよ!」
「ああ、そういうことか」
メル友。初めて聞く名前だ。俺は今日、初めて対策本部以外の人間の連絡先を手に入れた。
北原と別れた後、俺は研究室に戻った。この建物を見ると俺が学校に行った事は妄想にすぎないとも思えてしまう。
それほどまでにここと学校では取り巻く空気が違っているのだ。
「ソラシノ。訓練だ」
研究室に戻ると早速、訓練に向かうように命じられた。聖滅具を手に取り、指定された場所に向かった。
いつも訓練で使う部屋より遥かに広いの白い部屋。俺は目を見開いた。忌獣がいた。
しかし、俺が驚いたのはその数だ。十や二十などを遥かに超えている。飢えているのか、俺を見るなり荒い鼻息と唾液を垂らし始めた。
「室内にいる忌獣六十体を駆逐せよ。以上」
無線機から聞こえる無機質な声に言われて、俺は武器を構えた。するとそれを皮切りに忌獣達が飛びかかってきた。
いつも通りの日常。ただ、心はどこか暖かかった。
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