「普通の学生」

 閑静な住宅街付近。その中で俺は聖滅具を振り回していた。理由はもちろん、忌獣退治だ。


「ガルル!」


「ゲルル!」

 二体の忌獣が凄まじい連携を見せてくる。おそらくこの二体は戦闘慣れしている。

 

 奴らの振り下ろした鋭利な爪が道路や壁と斬りつけていく。今まで忌獣よりかは少し強い。


「面倒だな。異能を使うか」

 俺は異能を発動するために聖滅具を強く握った。


「影ノ雷」

 そう呟くと刀身から黒い電気が発生し始めた。聖滅具との相性が高ければ、高いほどこの技は威力を増す。


「はあああ!」

 刀身を勢いよく降った瞬間、黒い電気が忌獣二体に直撃した。


「ガアアアアアア!」


「オゲエエエ!」 

 忌獣達が聞くに耐えない叫び声を上げて、絶命した。


「さて、事後報告しないとな」

 俺は携帯を取り出して、忌獣対策本部に連絡を入れた。




 電話して数分後、対策本部の職員達が駆けつけた。コーションテープを辺りに貼って、現場の調査に入った。


「近くの住民に聞き込んだところ、複数の若い男性達が忌獣生息域に踏み込んだとの目撃情報が」


「よし。そいつらを特定するぞ」

 おそらく忌獣と戦う前に出会った不良どもの事だ。俺は職員達に事の詳細を伝えることにした。


「ソラシノ君!」


「ソラシノ!」

 黄色と黒色の混じったテープの向こう。北原と庭島が心配そうにこちらを伺っていた。


「二人とも。無事でよかった」


「なあ、さっきの化け物って」


「あれは忌獣。一度は聞いたことあるだろ?」


「かなり前にテレビで見てうろ覚えだけど、百年くらい前に出て来た化け物だっけ」


「そう。そして俺は奴らと戦う忌獣対策本部の人間」

 その言葉を聞いて、二人の顔色が変わった。明らかに驚愕している。無理もない。身内に対策本部の人間がいるならともかく、彼らは一般人。縁もゆかりもない世界の住人なのだ。


「ずっとあの大きい怪獣と戦っていたの?」


「うん。生まれた時からずっと対策本部が管理している施設で訓練し続けて、十四の時から戦地に駆り出されていた。今、学校に通えているのは世話になっている人の計らいなんだ」


「そうだったんだね」

 北原が少し重めのため息をついて、頷いた。


「そんな事話してよかったのか?」


「ああ、俺多分、学校やめるから」


「えっ?」

 北原が目を丸くしていた。おそらく俺の言葉に息が詰まったのだろう。


「どういう事だよ!」

 庭島がたくましい両手で俺の肩を掴んだ。


「一般人の前で素性を見せた。外部へこれ以上情報を露見させないためだ」


「他のやつに言ったりしねえよ」


「そうだよ! あの武器だって私達を守るために武器出したんでしょ?」


「民間人に危険が及んだ。きっと上も黙っていない」

 未成年の言葉を受け入れるほど、うちの組織は寛容ではない。


「小さい頃から訓練しかやってこなかったからさ。今まで学校行った事なかったんだ。学校、楽しかったよ」

 俺は口角を上げた。ほんの少しだけ普通の人達と同じ人生を歩めた。それだけでも十分だ。


「ソラシノ。首長がお呼びだ」


「はい」

 俺は処罰の内容を知るため、忌獣対策本部に戻ることにした。


「ソラシノ君! 絶対に抗議して!」


「俺らが証人だ! 何かあったら俺らを呼べ!」

 用意された車に乗ろうとした瞬間、北原と庭島が声を上げていた。こんなにも俺を想ってくれている。


 人に恵まれたようだ。俺は二人に手を振り、乗車した。


 


 忌獣対策本部の最上階。重厚感が漂う扉の前に立っていた。指で叩くと返事が聞こえた。


「失礼します」

 扉を開けた向こうには一人の男性が椅子に深く腰掛けていた。聖堂寺輝。忌獣対策本部のトップがそこにいた。


 後ろにくくった黒い長髪と凛々しい顔立ち。その佇まいから凄まじい威圧感を覚えた。


 聖堂寺家は対策本部を創設した一族。故にこの組織の中で権力は絶大だ。この人の言葉一つで俺の処遇が決まる。


「よくきてくれた」


「この度は申し訳ございませんでした。私の力及ばず、民間人を危険に晒してしまいました」


「いや、私は怒っていないよ。忌獣を街に招き入れたのは別の一般人だと聞く。君は戦闘員としての使命を全うしたに過ぎない」


「では退学の方は」


「引き続き、学業に励むといい」

 首長が口角を上にあげた。俺は頭を下げて、感謝の意を示した。



 次の日の朝。俺は少し遅れて、学校に向かっていた。学校には事前に事情を説明しているため、怒られる事はないだろうが北原と庭島にはまだ連絡をしていない。


 しばらく学園に着いて、教室の扉を開けた。クラスメイト達が一斉に押し寄せてきた。


「ソラシノ! 大丈夫だったのか!」


「先生に聞いたぜ。化け物に襲われたって」


「怪我してない!?」


「大丈夫大丈夫。心配かけてごめん」

 同級生達を通り抜けると、北原と庭島が笑みを浮かべていた。


「もう少し入れるようになったよ」

 そう言った瞬間、北原が僕の胸に飛び込んできた。


「良かったあああ!」

 涙を流しながら、俺に強く抱きついていた。


「こいつ。すげー不安がっていたんだぜ」


「そうなんだ。ごめんね」


「ううん。良かった」

 涙を流しながら、鼻水をすする北原。その様子を見て、庭島が苦笑いを浮かべていた。


 余談だが忌獣達を入れた不良達は警察に捕まったらしい。どうやら不良達が忌獣生息地域に踏み入り、奴らを呼び寄せたとの事だ。


 幸い、一般人に被害は出なかったがもし遅れていたら、確実に死人が出ていた。


 本当に良かった。俺は未だに泣いている北原の頭を優しく撫でた。

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