「夏休み」

 突き刺さる太陽の暑さと蝉の鳴き声に少し、億劫になりながら北原と庭島を待っていた。


 夏休み。俺は今、学生の長期休暇を堪能しているのだ。


「おはよう!」

 突然、背中を叩かれる感覚とともに消えた。声で誰かは理解できた。


「北原。おはよう」


「おうおう。相変わらず騒がしいな」 

 ため息交じりな声で庭島が背後からやってきた。


 今は戦場とは違い、こうして時間を共にする友が出来た。


「だって初めてじゃん。みんなで海! 楽しみだねー!」

 北原が元気よく飛び跳ねた。彼女の言う通り、僕らは今から海に向かう。夏休み。


 体験したことがないから分からないが長期休暇らしい。


「ビーチバレー! スイカ割り! 海の家でかき氷!」


「君は明るいな」


「笑っていなきゃ人生損だもん!」

 ひまわりのような彼女の笑顔。それを見ていると俺もどこか明るい気分になる。


 こういう人間が増えれば世の中も少しは良くなるのかも知れない。



 電車に揺られて、数十分。俺達は海に着いた。どこまでも広がる青い海と砂浜が目に入った。


「わあああ! 広おおおおい!」


「うわっ、人多いなあ」

 二人の反応を横目に俺は人の多さに圧倒された。あちらこちらで水着姿の若者達が彷徨いている。


 娯楽目的で海に行くのは初めてだ。内心、驚きと僅かな興奮が入り混じっていた。


 事前に調べたがこの地域で忌獣は確認されていない。つまり目一杯、羽根を伸ばすことが出来るのだ。


「さあ、ソラシノ君! 庭島君! 今日は倒れるまで遊ぶよ!」


「おいおい。無理すんなよ」


「やほおおおおおお!」


 早速、俺達は水着に着替えて海に向かった。海に飛び込むと全身が一瞬で泡に包まれた。


 海の中で北原が目を押さえながら、口から特大の泡を吐き出していた。


「痛ったああああああああい!」


「ゴーグルつけずに目を開けるからだろ?」

 海水が目に入り、涙目になる北原。それに呆れる庭島。思わず笑みがこぼれた。



 砂浜に上がろうとした時、海の向こうから悲鳴が聞こえた。


「助けてええ!」

 よく見ると小さな男の子が溺れていた。近くには人がいない。しかも顔が水上から見え隠れしている。ことは一刻を争う。


「庭島、北原! 監視員の人を呼んできてくれ! 俺はあの子を助けに行く!」


「ソラシノ君!」


「ソラシノ!」

 二人の声を振り切るように俺は少年の元に向かった。海水をかき分けて、前へと進んで行く。


 頼む。間に合ってくれ。少年が沈みそうなタイミングで俺は彼を抱き寄せた。


「大丈夫か!」


「うん、あ、りがと、う」

 溺れそうになったことがよほど恐ろしかったのか、言葉の節々が詰まっている。


「俺に掴まって」

 俺は少年に掴まるように言うと、彼とともに砂浜に向かった。砂浜に着くと監視員と少年の母親らしき女性。北原と庭島が待っていた。


「カイちゃん! ダメでしょう! 奥に行ったら! もう! ありがとうございます! うちの子を助けてくれて!」


「いえ、無事で良かったです」

 母親が少年を抱きしめながら、俺に礼を言った。そうこうしているうちに夕日が海を照らし始めた。



「凄かったね。ソラシノ君。ペンギンみたいに早かったよ」


「お前、基本的に何でもできるな」


「水連の一環でかなり泳がされたからね。泳ぎの心得はあるよ」

 過酷な訓練が誰かの役に立つ。そんな事考えたこともなかった。役に立つ。誰かのためになる。それがこんなにも胸が暖かくなるものとは思わなかった。


「夕方の海も綺麗だね」


「だな」


「ああ」

 こうして友人三人でみる夕焼けの海。こんな平和な一日が過ごせるなんて数ヶ月前では想像も出来なかった。


 夕日が沈むまで三人共。海から離れることはなかった。

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